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「自己愛性パーソナリティ障害」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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「強力な劣等感および決して愛されないという感覚に対する防衛」という説明が正しいかは定かでは無く、正しいとしても常に成り立つとは考えづらい。
 
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{{Infobox Disease
{{Medical}}
|Name = 自己愛性パーソナリティ障害
{{出典の明記|date=2012年6月|}}
|ICD10 = {{ICD10|F|60|8|f|60}}
'''自己愛性パーソナリティ障害'''(じこあいせいパーソナリティしょうがい、{{lang-en|Narcissistic Personality Disorder}})とは、ありのままの自分を愛せず、自分は優越的で素晴らしく特別で偉大な存在でなければならないと思い込む[[パーソナリティ障害]]であるとされる。過度に歪んだルールである内的規範が弱いケースであるため、[[精神病]]的に扱われる事もある。1968年に明確にされ、歴史的に誇大癖 と呼ばれた。自己中心性(self-centered)<ref>Nancy C.Andreasen([[ナンシー・C・アンドレアセン]]) etc.,Introductory Textbook of Psychiatry, 4th ed.,2006,page296</ref>に強く関連している。
|ICD9 = {{ICD9|301.81}}
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|MedlinePlus = 000934
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}}
{{パーソナリティ障害}}
{{読み仮名_ruby不使用|'''自己愛性パーソナリティ障害'''|じこあいせいパーソナリティしょうがい、{{lang-en-short|narcissistic personality disorder}}、'''NPD'''}}とは、過大な[[自尊心]]と自信、過度な賞賛の欲求、共感の欠如といった特徴を示す[[パーソナリティ障害]]の一類型である<ref name="ichihashi">[[#市橋秀夫 (2006)|市橋秀夫 (2006)]] pp.56-63</ref>。


DSMでは'''クラスターBパーソナリティー障害'''に分類される<ref name=DSM5>{{cite book|title=Diagnostic and statistical manual of mental disorders : DSM-5|date=2013|publisher=American Psychiatric Publishing|location=Washington [etc.]|isbn=9780890425558|pages=645, 669–72|edition=5th}}</ref>。診断は専門家による面接によって行われる<ref name=Cal2015/>。鑑別疾患として[[躁病]]と[[物質使用障害]]がある<ref name=DSM5/>。
== 概要 ==
[[境界性パーソナリティ障害]]とセットにして扱われる事もあるが、自己愛性パーソナリティ障害の方が内的規範は比較的高いとされる。また、境界性パーソナリティ障害の回復期には、一過性の自己愛性パーソナリティ障害を経るケースが多いという報告もあり、より安定した状態であるとも考えられる。これとは逆に、自己愛型防衛に失敗した自己愛性パーソナリティ障害の患者が、境界性パーソナリティ障害同様の状態を呈した例も報告されている。自己愛性パーソナリティ障害はどちらかと言うと男性に多いとされる。[[世界保健機関|WHO]]の[[ICD-10]]では正式な精神障害としては採用されていない。


<!-- Treatment, history, and epidemiology -->
*境界性パーソナリティ障害でも原因として[[日本]]では[[過保護]]、[[アメリカ合衆国|アメリカ]]では[[虐待]]が多いという指摘があるが、自己愛性パーソナリティ障害に関しても似たような言説がある。しかし、果たして本当にそうなのかは専門家の間では[[合意形成|コンセンサス]]が取れていない。あくまでもパーソナリティ障害の原因として挙げられる虐待や過保護は、病院に来た患者の告白や環境を事後的に観察した結果、得られた答えである。実際に確認できるものもあれば、患者の思い込みのケースも多く、確定はされていない。
患者はたいてい自分が問題であるとは認識していないため、多くの場合において精神療法は困難である<ref name=Cal2015>{{cite journal|last1=Caligor|first1=E|last2=Levy|first2=KN|last3=Yeomans|first3=FE|title=Narcissistic personality disorder: diagnostic and clinical challenges.|journal=The American Journal of Psychiatry|date=May 2015|volume=172|issue=5|pages=415–22|pmid=25930131|doi=10.1176/appi.ajp.2014.14060723}}</ref>。人口の1%が、一生のある時点でNPDを経験すると考えられている<ref name=Sed2009>{{cite book|last1=Sederer|first1=Lloyd I.|title=Blueprints psychiatry|year=2009|publisher=Wolters Kluwer/Lippincott Williams & Wilkins|location=Philadelphia|isbn=9780781782531|page=29|edition=5th|url=https://books.google.com/books?id=7_7-5dQIpBQC&pg=PA29|}}</ref>。女性よりも男性に多く、また老年者よりも若者に多い<ref name=Cal2015/><ref name=DSM5/>。このパーソナリティーは1925年にロバート・ウェルダーにより初めて記され、1968年にNPDとの用語が使われるようになった<ref>{{cite book|last1=O'Donohue|first1=William|title=Personality disorders : toward the DSM-V|date=2007|publisher=SAGE Publications|location=Los Angeles|isbn=9781412904223|page=235|url=https://books.google.com/books?id=A7ODnQJnD74C&pg=PA235|accessdate=17 July 2016|deadurl=no|archiveurl=https://web.archive.org/web/20170908145308/https://books.google.com/books?id=A7ODnQJnD74C&pg=PA235|archivedate=8 September 2017|df=dmy-all}}</ref>。
*過保護や虐待は、強い束縛や暴力だけではなく、多忙な親に放置されたり無視される等のネグレクトが原因である事もある。
== 定義 ==
*境界性パーソナリティ障害でも脳の脆弱性が問題となっているように、生理学的要因も考えられている。
{{See also|精神障害#定義}}
*実際に社会的に評価されたり、ルックスや家柄が良い、[[知能指数|IQ]]が高い等、常に多大な賞賛を浴びる状態が幼少期から続く、など環境要因が強く主張される事もあるが、それが絶対的というわけではない。生理学的要因も強くあるとされ、脳の障害だけではなく、双子研究などからそもそもの素因からそのような性格が生まれているのではないか、と考えられている部分もある。
精神医学的障害の一種である。
*自己愛性パーソナリティ障害の万能感は母子関係によってさらに強化されることがある。境界例的な親自身や周りの家族や友人が見捨てられる不安から、子どもを甘やかす等である。


== 臨床像 ==
== 症状 ==
[[メイヨクリニック]]によると、自己愛性パーソナリティ障害は劇的で感情的な行動に特徴づけられ、主として以下の症状を含んでいる<ref name="mayo">{{Cite web | title =Narcissistic personality disorder: Symptoms | publisher=MayoClinic.com. | work = | url=http://www.mayoclinic.com/health/narcissistic-personality-disorder/DS00652/DSECTION=symptoms | year =2 Dec. 2011. | accessdate=2013-07-09 | unused_data = }}</ref>。
*内的には不安定であるにもかかわらず、誇大的な自己像や積極的な自己顕示により、「頭がいい」「仕事ができる」「表現力がある」といった長所を持つと思われることが多い。そのため、彼らが不適応行動を起こしたとき、周囲の人は意外な感じを持つことが稀ではない。

*自分について素晴らしい理想的な自己像(誇大的自己)を抱き、自分は他人より優れた能力を持っているとか、自分は特別だと思い込んでいる。[[ナルシシズム|うぬぼれ]]が強い。
{{Quotation|
*その背後で、常に深刻な不安定感や頼りなさを経験し、本質的には他者依存的である。[[自尊心]]を維持するために、絶えず周囲からの称賛・好意・特別扱いを得ようとする(アルコール依存症患者が酒を求めるように)。あるいは、自分が理想とするような権力や能力のある人に頼り、まるで自分がその人であるかのように考えたり振る舞ったりする。
{{Center|'''自己愛性パーソナリティ障害の症状'''}}
*自己肯定感や自尊心が高まっているという感覚を、一定の期間維持することができる。この感覚が自分を支配しているとき、自分が傷ついたという、弱い一面を持っていることにほとんど気付かない。しかし、誇大的な自己像が傷つけられるような体験をすると、一転して自分はだめだ、価値がない、無能だと感じる。自分についてもある一つの体験についても、よい面もあれば悪い面もあるといったとらえ方ができない。
* 人より優れていると信じている
*自分に向けられた非難や批判に対し、怒りや憎しみを持つか、屈辱感や落胆を経験する。これらの感情は必ずしも表面にあらわれず、内心そのように感じているということがしばしば。自分に言い聞かせて自分を慰めることができない。誰か他の人に慰め、認めてもらわないと、自分を維持できない。否定をされるとそれを受け入れられずに現実逃避し、嘘や詭弁で逃げようとする。そのため失敗について本当に反省したり、そのときのつらさや痛みを認識する能力に欠けている。失敗(あるいは批判)から新しく何かを学ぶことができない。
* 権力、成功、自己の魅力について空想を巡らす
*次から次へと際限なく成功・[[権力]]・名声・富・美を追い求めており、誇大的な自己像を現実化しようと絶えず努力している。しかし上記のような考え方の偏りにより、その過酷な努力を社会的成功に結び付けられないことがある。能力がない自己愛者は、より退行した形で他者からの是認を求めようとする。
* 業績や才能を誇張する
*誇大的な自己像を思い描き、その空想的な思い込みの世界に浸っている。他者と関係を持つにしても、それは自分の自尊心を支えるために人を利用している傾向がある。本当の意味で他者に[[共感]]したり、思いやりを持ったり、感謝したりすることができない場合が多い。(もっとも言語的表現力がしばしばあるので、うわべだけの思いやりを示すことに長けている)。表面的な適応はさておき、他者との現実的な信頼関係を持つことができない。
* 絶え間ない賛美と称賛を期待する
*自己愛性パーソナリティ障害の人は、良心に乏しく利己的な人間である<ref>M・スコット・ペック、『平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学―』、草思社。</ref>。それにもかかわらず「自分は良心的で利他的な振る舞いをしているから、他者から愛されるべき存在でなければならない」と自己評価している場合が多いため、現実とのギャップが受け入れられずにより精神的に不安定になってしまう、というスパイラルに陥る危険性を多分に孕んでいる。
* 自分は特別であると信じており、その信念に従って行動する
* 人の感情や感覚を認識しそこなう
* 人が自分のアイデアや計画に従うことを期待する
* 人を利用する
* 劣っていると感じた人々に高慢な態度をとる
* 嫉妬されていると思い込む
* 他人を嫉妬する
* 多くの人間関係においてトラブルが見られる
* 非現実的な目標を定める
* 容易に傷つき、拒否されたと感じる
* 脆く崩れやすい自尊心を抱えている
* 感傷的にならず、冷淡な人物であるように見える
}}

これらの症状に加え、自己愛性パーソナリティ障害の人物は傲慢さを示し、優越性を誇示し、権力を求め続ける傾向がある。彼らは称賛を強く求めるが、他方で他者に対する共感は欠けている<ref>[[#岡田尊司 (2006)|岡田尊司 (2006)]] p. 96.</ref>。これらの性質は、強力な劣等感および決して愛されないという感覚に対する防衛によるものではないかという説がある<ref>Ronnigstam E. (2011). "Narcissistic personality disorder: A clinical perspective". ''Journal of Psychiatric Practice'' '''17''' (2): 89-99.</ref>。

自己愛性パーソナリティ障害の症状は、高い自尊心と自信を備えた個人の特徴とも似通っていると捉えることができる。そこに違いが生じるのは、これらの特徴を生み出す、基底にある心理機構が病理的であるかどうかである。自己愛性パーソナリティ障害の人物は人より優れているという固有の高い自己価値感を有しているが、実際には脆く崩れやすい自尊心を抱えている。批判を処理することができず、自己価値観を正当化する試みとして、しばしば他者を蔑み軽んじることで内在された自己の脆弱性を補おうとする。痛ましい水準の自己価値観を有する他の心理学的状態とは対照的に、[[自己愛]]的な性格を特徴づけるのはまさにこの所以である<ref name="mayo"/>。

幼少期における高い自己意識と誇大的な感覚はナルシシズムには特徴的なものであり、正常な発達の一部である。概して児童は、現実の自分と、自己に関して非現実的な視点の元となる理想自己との間にある違いを理解できない。8歳を過ぎると、自己意識にはポジティブなものとネガティブなものの両方が存在し、同年代の友人との比較を基盤にして発達し始め、より現実的なものになる。自己意識が非現実的なままで留まる原因として二つの要素が挙げられており、機能不全の交流様式として、親が子に対して過度の注意を向けること、あるいは注意が過度に不足していることのいずれかが挙げられる。その子どもは注意もしくはケアの不足により生じた自己の欠損を、誇大的な自我意識という手段で埋め合わせようとするだろう<ref name="npdchild">Development and Validation of the Childhood Narcissism Scale, SANDER THOMAES,1,2 HEDY STEGGE,1 BRAD J. BUSHMAN,3,4 TJEERT OLTHOF,1 AND JAAP DENISSEN. Department of Psychology, VU University, The Netherlands Department of Psychology, Utrecht University.</ref>。力動的な児童精神科医の多くは、自己愛性パーソナリティ障害は学童期までには同定できるという<ref>[[#狩野力八郎 (2002)|狩野力八郎 (2002)]] p. 80.</ref><ref>Kernberg, P.F. Narcissistic personality disorder in childhood. In : Psychiatry. Clin. North. Am., 12 ; Narcissistic personality disorder (ed. Kernberg, O.F.), pp.671-694. Saunders, Philadelphia.1989. </ref>。また幼児期の不安定な養育は[[独りでいられる能力]]の確立を阻害し、安心して一人でいること(孤独)を楽しんだり、一人でくつろぐことを困難にする傾向がある。

児童期ナルシシズム測定(CNS)尺度によると、自己愛的な子どもは他者によい印象を与え、称賛を得ることを求め続けるが、誠実な友情を形作ることにいかなる関心も持たないと結論づけられた。CNSの研究者達は、児童期のナルシシズムは西側社会においてより優勢に見られることを測定した。過度に個人を称賛することに焦点を当てたいかなる活動も、自己愛的な側面を強めうる。ナルシシズムを先鋭化させる、あるいは保護する因子を発見する更なる調査が求められている<ref name="npdchild"/>。

=== 強迫 ===
[[強迫性障害]](強迫神経症)の形成には生物学的基盤をもつものから心因性疾患として生じるものまで様々なルートが存在するが、その一つに自己愛性パーソナリティ障害が挙げられる。[[レオン・サルズマン]]は、[[強迫性格]]は今日もっともよくみられる性格であり、すべてをコントロールしようとし、それが可能であるという万能的な自己像をもつ点が特徴であることを指摘している<ref>[[#L・サルズマン (1998)|L・サルズマン (1998)]] pp. 3 - 12, 73 - 76.</ref>。強迫とは、同じ思考を反復せざるを得ない[[強迫観念]]と、同じ行為を繰り返さざるを得ない[[強迫行為]]を指すが、これらの症状の背後には強迫症者の持つ自己不全感が関与している。行為や思考を強迫的に反復して完全を期すことは、自己不信という根源的不安を防衛し、自己の完全性を維持することへと繋がる。現実に直面して敗退した自己愛性パーソナリティ障害の人物は、退却して仮想の世界で万能的自己を維持しようと試みる。現実との関わりを避け、決断や実行を回避し、ひきこもることで自己の栄光を維持しようとする。それは、何もしないでいれば、何でもできる可能性の中にとどまっていられるからである。[[強迫症状]]が軽減・消退した直後に抑うつが生じるのは、尊大な自己像が揺さぶられ、現実の自己を受け入れなければならなくなることへの反応であり、強迫は抑うつに対する防衛として機能している<ref>[[#成田善弘 (2002)|成田善弘 (2002)]] p. 33.</ref>。

=== 恥(羞恥心)との関連 ===
自己愛性パーソナリティ障害の人物は概して恥をかくことをひどく恐れる。[[精神分析医]]のアンドリュー・モリソンは、[[恥]]や[[羞恥心]]の感覚は自己愛の傷つきによって生じる感情と捉えた<ref>{{cite book|author=Andrew P. Morrison |title=Shame: The Underside of Narcissism |publisher=Analytic Press |year=1989 }}</ref>。初心者が犯しても問題にならないような初歩的なミス(たとえば将棋の二歩など)を、専門家が犯すとひどく恥ずかしく感じるのは、相応に高い自負心を持つ当人にとっては、それはあってはならないことだからである。すなわちプライドが高ければ高いほど、自己愛が先鋭化しているほど、失敗した際の恥の感覚はより一層強まる。恥の体験のしやすさと自己顕示的傾向は相関しており、恥の感情と自己愛が表裏一体の関係にあるといわれるのはこの所以である<ref>[[#岡野憲一郎 (2014)|岡野憲一郎 (2014)]] pp. 5 - 9.</ref>。

聴衆のいるスピーチ、歌唱、演技(舞台)などの状況下においては、通常は他人に見せたい自分、見せてもよい自分が注意深く選択され表現されていくが、声の震えや発汗、顔面のこわばりや紅潮などは[[自律神経系]]の支配下にあるため、意識ではコントロールできない予期せぬ反応が生じることがある。自己表現を生業としない大多数の人にとって、こうした状況は見せたくない自分がいつ漏れ出すか分からない、非常に緊迫した状況となる。プライドの高い人間が最も避けなければならないのは、狼狽する自分の姿が衆目に晒されることであり、他人から認められたいという人一倍強い欲求が、彼らを圧倒して強い緊張を生みだし、それはやがて恐怖感となって彼らを覆うようになる。[[対人恐怖症]]や[[社交恐怖]]をわずらう人もまた、自己愛の病理を抱えている<ref group="注">対人恐怖症や対人緊張に悩む人は、自分を恥ずかしく思うと同時に、人前で完璧に振る舞い羨望の眼差しを向けられたいという願望を有している。理想的な自己イメージと卑下された自己イメージの間を揺れ動き、その多くは自己愛の病理を抱えている(ただしすべての対人恐怖症が自己愛と結びつくわけではない)。( [[#岡野憲一郎 (1998)|岡野憲一郎 (1998)]] pp. 29 - 34. )</ref>。自己愛性パーソナリティ障害の中でも過敏なタイプは、恥の感情に特徴づけられ、強い羞恥心と対人恐怖的な性格を有している<ref>[[#岡野憲一郎 (1998)|岡野憲一郎 (1998)]] p. 14 - 35.</ref>。

{{main|[[自己愛性パーソナリティ障害#回避傾向を持つ群|自己愛性パーソナリティ障害 - 回避傾向を持つ群]]}}

== 原因 ==
自己愛性パーソナリティ障害の原因は知られていないが、[[アーノルド・クーパー]]らは様々な研究から可能性として以下の項目をリスト化した<ref name="AMN">{{Cite web | title =Narcissistic Personality Disorder | publisher=Armenian Medical Network | work =Personality Disorders – Narcissistic Personality Disorder | url=http://www.health.am/psy/narcissistic-personality-disorder/ | year = 2006 | accessdate=2013-07-09 | unused_data =Leonard C. Groopman, M.D. Arnold M. Cooper, M.D.}}</ref>。

{{Quotation|
{{Center|'''自己愛性パーソナリティ障害の原因となる因子'''}}
* 生来の過度に敏感な気質
* 現実に立脚しない、バランスを欠いた過度の称賛
* 良い行動には過度の称賛、悪い行動には過度の批判が幼少期に加えられた
* 親、家族、仲間からの過剰な甘やかし、過大評価
* 並外れて優れた容姿、あるいは能力に対する大人からの称賛
* 幼少期の激しい心理的虐待
* 予測がつかず信頼に足らない親の養育
* 親自身の自尊心を満足させるための手段として評価された
}}

いくつかの自己愛的な特徴はありふれたもので、正常な発達段階においても見られる。これらの特徴が人間関係の失敗によって複合的なものとなり、成人期にまで持続し続けると、症状が最も激しくなった時点で自己愛性パーソナリティ障害と診断されることになる<ref>Cooper AM: Narcissism in normal development, in Character Pathology. Edited by Zales M. New York, Brunner/Mazel, 1984, pp. 39–56.</ref>。この障害の原因は、[[フロイディアン]]の言葉で言えば、発達上の早期幼年時代への固着の結果であるとする精神療法家もいる<ref name="Joseph Fernando 1998">Joseph Fernando, MPSY, M.D., The Etiology of Narcissistic Personality Disorder, (1998). Psychoanalytic Study of the Child, 53:141–158.</ref>。

病理的なナルシシズムは重症度の連続体の中に生じる。その中でも極端な形のものが、自己愛性パーソナリティ障害である。自己愛性パーソナリティ障害は、自分は人に根本的に受け入れられない欠陥があるという信念の結果によるものと考えられている<ref name=gol1>Golomb, Elan PhD (1992). ''Trapped in the Mirror''. New York: Morrow, pp. 19–20.</ref>。この信念は無意識下に保持されているため、そのような人は、もし尋ねられても、概してそのような事実を否定するであろう。人が彼らの不完全性(と彼らが思うこと)を認識し、それに続いて耐え難い拒絶や孤立が生じることを防ぐために、その様な人々は他者の自分に対する視点と行動を強力にコントロールしようとする。

病理的なナルシシズムは[[幼年期]]の世話役である親との関係性の質の低下によって発達することがあり、そのような関係性においては、両親は健全で共感的な愛情を彼らに与えることが出来なかった。その結果として子どもは、自分が人にとって何の重要性も持たず、関係性もないと認識してしまう。このような子どもは概して、自分には価値が無く、誰にも必要とされないというパーソナリティ上の欠陥をいくらか有していると信じるようになる<ref name="Johns">{{cite book|author=Stephen M. Johnson|title=Humanizing the narcissistic style|url= |accessdate=16 07 2013|date=1 May 1987|publisher=W.W. Norton|isbn=9780393700374|page=39}}</ref>。

病理的に自己愛的である限りにおいて、彼らは操作的で、非難がましく、自己没頭的で、不寛容で、人の欲求に気がつかず、自分の行動の人への影響を意識せず、他者に対し自分が望むように自分のことを理解するよう強く主張する<ref name=DSM1>[http://www.behavenet.com/capsules/disorders/narcissisticpd.htm full list in DSM-IV-TR, p. 717]</ref>。自己愛的な人物は、他者を犠牲にして自分を守るための様々な戦略を用いる。彼らは他者を[[価値下げ]]し、非難し、傷つける傾向がある。また彼らは怒りと敵意を持って、脅迫的な反応で応じる<ref>Identifying and understanding the narcissistic personality Elsa F. Ronningstam. Oxfard University Press Inc.</ref>。

過度に自己愛的な人物は概して、批判されたときは拒否され、屈辱を与えられ、脅かされたと感じる。これらの危険から自分を守るために、現実あるいは想像上のものにかかわらず、いかなるわずかな批判に対しても、彼らはしばしば軽蔑、怒り、あるいは無視などで反応する<ref name=DSM2>American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition. Washington, DC, American Psychiatric Association, 1994, p. 659.</ref>。そのような状況を避けるために、自己愛的な人の中には、社会的にひきこもって内気で謙虚であるように装うものもいる。自己愛性パーソナリティ障害の人物が、称賛・是認・注目・肯定的態度が不足していると感じた場合には、彼らは自身が脅かされたという感情をはっきりと示すことがある。

自己愛性パーソナリティ障害の人物は、しばしば野心的で有能なことがあるが、挫折や反対意見、批判に我慢強く耐える能力がなかったり、加えて[[共感性]]の不足が、人と協調的に仕事をすることや、長い期間を要する専門的分野での成果を保持することを困難にしている<ref name=gol2>Golomb, Elan PhD (1992). ''Trapped in the Mirror''. New York: Morrow, p. 22.</ref>。自己愛性パーソナリティ障害の人物は、現実離れなほど誇大的に自己を認識しており、しばしば[[軽躁]]気分を伴って、概して現実の業績に不釣り合いな認識でいる。

=== 分裂 ===
{{Double image aside|right|NarcisNormalSelfReg-JP.png|325|NarcissFigureTable-JP.png|120|カーンバーグによる正常な自己評価の調節図|}}
[[File:NarcisPatholSelfReg-JP.png|thumb|right|450px|カーンバーグによる病的な自己評価の調節図<br />誇大的・万能的自己と無能的・無価値的自己に分裂している]]
自己愛性パーソナリティ障害と診断された人々は、中心的な[[防衛機制]]として[[分裂 (心理学)|分裂]]([[スプリッティング]])を用いる。[[精神分析医]]の[[カーンバーグ]]は「現実の自己が一方にあり、他方に理想自己と理想対象があり、それらの間にある通常の精神的緊張はうず高く築かれた自己意識により排除され、そのような状況の中で現実の自己と理想自己、理想対象が曖昧になっている。それと同時に、受け入れられないイメージの残余部分は抑圧され、外界の対象に[[投影 (心理学)|投影]]され、それらは[[脱価値化]]される」<ref>Kernberg, O.F. (1970). Factors in the psychoanalytic treatment of narcissistic personalities. Journal of the American Psychoanalytic Association, 18:51–85, p. 56</ref>と指摘している。

うず高い自己意識と現実の自己の結合は、自己愛性パーソナリティ障害に内在する[[誇大]]性の中に見られる。また、これらの過程に固有の防衛機制は、[[脱価値化]]・[[理想化]]・[[否認]]である<ref>Siegel, J.P. (2006). Dyadic splitting in partner relational disorders. Journal of Family Psychology, 20 (3), 418–422</ref>。他の人びとは、唯一の役割である賞賛と是認を与えることで奉仕する、彼らの延長として操作された人々であるか、あるいは自己愛者の[[誇大性]]と共謀することが出来なかったために、価値がないと見なされた人々のどちらかである<ref>Kernberg, O.F. (1970). Factors in the psychoanalytic treatment of narcissistic personalities. Journal of the American Psychoanalytic Association, 18:51–85</ref>。

境界性パーソナリティ障害の人格構造は良い自分と悪い自分に分裂していて、灰色の自分が存在しないのに対し<ref>[[#成田善弘 (2004)|成田善弘 (2004)]] pp. 15 - 16.</ref>、自己愛性パーソナリティ障害の人格構造は誇大的自己と無能的自己に分裂しており、真の自己である等身大の自分が存在しないのが特徴である<ref>[[#岡野憲一郎 (1998)|岡野憲一郎 (1998)]] p. 88.</ref>。

=== 羨望 ===
[[嫉妬]](jealousy)と[[羨望]](envy)は、通俗的には同じような意味を持つ言葉として用いられるが、心理学的には異なる2つの感情である。羨望は、自分以外の誰かが望ましいよいものをわがものとしていて、それを楽しんでいることに対する怒りの感情であり、二者関係に基づいている<ref>[[#小此木啓吾 (2002)|松木邦裕 (2002)]] p. 305</ref>。対して嫉妬は、三者関係で自分が愛する対象が別の存在に心を寄せることを怖れ、その存在をねたみ憎む感情である<ref>[[#小此木啓吾 (2002)|岩崎徹也 (2002)]] p. 194</ref>。

羨望はよい対象を破壊してしまうが、嫉妬は愛する対象への愛情は存在していて、羨望の様によい対象が破壊されてしまうことはない。この点において、羨望は最も原始的で悪性の攻撃欲動であり、破壊衝動である。自己愛性パーソナリティ障害の人物は、自分がほしいのに得られなかったものを持っている人をみたとき、激しい羨望に駆り立てられ、よいものを所有していることをねたみ、憎み、批判し、破壊しようとする。羨望と万能感に結びついた激しい攻撃性は、自己愛性パーソナリティ障害の重要な性格標識の一つである。

健康な発達過程においては、羨望の破壊性が受け止められ、そこから生じる罪悪感や抑うつを十分に体験し次第に羨望の感情を統合していく。羨望と破壊衝動に結びついた万能感は次第に減少していき、それに伴い分裂排除されていた愛情と感謝への能力が解放されるようになっていく。自らの建設的な[[償い (心理学)|償い]]と、愛情への信頼感が、次第に羨望を減少させ、感謝の感情がやがて永続的なものへと変化していく<ref>[[#メラニー・クライン (1996)|メラニー・クライン (1996)]] pp. 3 - 89</ref>。自己愛的な人物は、羨望が処理された後に発達するこうした感情が未発達な傾向がある。[[メラニー・クライン]]をはじめとするクライン学派は、羨望の精神病理と軽躁的パーソナリティを生みだす[[躁的防衛]]が、自己愛性パーソナリティ障害を構成する中核部分であることを強調した<ref>[[#オットー・F・カーンバーグ (2002)|オットー・F・カーンバーグ (2002)]] pp. 45</ref>。

=== 構造 ===
病理的な親は自分の延長物として子どもを利用する。常に上を目指すよう励まし、人より優れることを期待する。期待に沿う限りにおいて子を甘やかし、賞賛するが、出来ないときには失望し、怒りを表出する。自身の[[自己愛]]によって子を振り回すのである。こうした期待の内実は親自身の[[欲望]]であり、子供の事を自分を飾る道具、所有物、モノとして扱っているにすぎない。親の自己愛の照射を受けて養育された子どもは、期待に添う限りは賞賛され、愛されるが、一方では自分は無条件には愛されない(すなわち、本当には愛されない)という二重構造の中で生きる事となる<ref name="shinteki">{{Cite journal|和書 |author=市橋秀夫 |title=自己愛性心的構造と精神療法 |volume=11 |issue=1 |year=2010 |journal=日本サイコセラピー学会雑誌 |publisher= |location= |pages=15-25 |url= |ref= }}</ref>。

そうした子どもは物を介して甘やかされてはいても、信頼と受容の関係という甘えることを体験していない。輝く子どもであることを無意識に要求され続け、しかし際限のない親の欲望を満たすことができず、常に自己が無力化される機構が働いている。無力化される体験を浴び続けることで形成されるのは、深刻な欠損を抱えた空虚な自己である。自己不信を中核とした自己意識は常に悪性の[[抑うつ]]を生み出し続ける。自分は無力で価値のない、無意味な存在であるという極度に価値下げされた自己像を抱える子どもは、自己不信が生みだす深刻な抑うつを防衛するために、鏡像で映したような、等価の価値のある自分を発展させて自己をバランスしようとする。甘えを断念して手に入れたのは病理的自尊心であり、背後には茫漠たる自己不信が横たわっている<ref group="注">“プライドの高い人”とは、一般に自己評価の低い人である。だから、他人からの評価によって傷つくのである。逆にいえば、他人からの評価によって揺らぐような低い自己評価所持者が「プライドの高い人」と周囲から認識されることになる。( [[#中井久夫 (2011)|中井久夫 (2011)]] p. 146)</ref>。そしてその内部には愛されないことへの不安と怒り、嫉妬と羨望の感情が渦巻いている<ref name="shinteki"/>。

内的価値は自分の存在が周囲から許され愛されており、無条件に自分という存在には価値があるという感覚によって成立する。自分の内的なものに自信がない彼らが社会で生きていくためには、誰もが目で見てわかるような外的価値を獲得するしかない。収入、学歴、職業、地位、才能、ブランド、優れた容姿、スリムな体型などはその代表的なものである。周囲の人からどう思われるかに敏感であり、常に他人と自分を比較しながら生きざるを得なくなる。輝く自分を実現するには、他人を蹴落してでも上位にならなければならない。外的価値は結果を出すことでしか得られないため、プロセスはなんの意味も持たなくなる。結果主義は勝ち負けの世界を用意し、必然的に嫉妬と羨望を呼び起こす。等身大の自分を持ち合わせていない彼らは、優越している自分は他者を見下す対象にし、転落した無能な自分は見下される対象になり、対等の人間関係をつくることが困難になる。早期に自立を期待され、甘えを封印してきた彼らは、子ども時代を積み残したまま次の発達段階へと進んでいく。誇大的自己は自己不信の裏返しであり、これは一種の[[躁的防衛]]でもある<ref name="shinteki"/>。

マスターソンは、「自己愛パーソナリティ障害の精神内界構造は、誇大自己表象と万能対象表象から成り立っているが、この両者は融合して一つの単位となり、継続的に活性化されて、基底にある攻撃的な、あるいは空虚な対象関係融合単位に対して防衛している。このように絶えず活性化されているので抑うつを経験することが少ないのである」<ref>[[#ジェームス・F・マスターソン (1990)|ジェームス・F・マスターソン (1990)]] p. 30.</ref>と述べており、誇大的自己は抑うつを防衛するために機能していることを指摘している。

誇大的自己が意識にのぼっている時にはエネルギーに満ち、軽躁的な活動性を示す。それに対して無能的自己が持続する状態に陥った時には、深い無力感、空虚感にとらわれ、絶望的な抑うつの海へと沈みこむ。自己愛性パーソナリティ障害の人格構造は、誇大的自己と無能的自己のあいだで振幅運動を繰り返すところにある<ref name="shinteki"/><ref>[[#岡野憲一郎 (1998)|岡野憲一郎 (1998)]] pp. 87, 97.</ref><ref name=areich/><ref group="注">万能的な自己と無価値な自己とに連動したうつと躁のエピソードから、しばしば双極性障害(rapid cycler)と誤診される。( [[#上島国利、市橋秀夫 (2006)|市橋秀夫 (2006)]] pp. 96 - 97. )</ref>。こうした2つに分極した自己構造を持ち、中間にある等身大の自分が存在していない。失望や失敗をきっかけに無能的自己へと転落して激しい抑うつを体験する一方で、自己評価を高めるような出来事を体験すると誇大的自己へと復帰する。適応が上手くいっている時には問題がないが、現実が思う通りにならず破綻をきたした時に露呈する感情は、激しい怒り、強烈な羨望、無力感、無価値感、空虚感、孤独感であり<ref>[[#ジェームス・F・マスターソン、アン・R・リーバーマン (2007)|ジェームス・F・マスターソン、アン・R・リーバーマン (2007)]] p. 92.</ref>、それは自己不信にまみれた人間の抱く感情でもある。

[[摂食障害]]や[[身体醜形障害]]の人物も同様の構造を抱えている。分裂した自己像を抱える人物は交代性にその一方を生きるが、優れた・よい自分が持続している時は身体も優れた・よい身体と体験され、劣った・悪い自分が固定化されると身体も劣った・悪い自分として体験される<ref>[[#成田善弘 (2002)|成田善弘 (2002)]] pp. 92-93.</ref>。ボディイメージの歪みの背後には底知れぬ自尊心の欠如があり、それはありのままの自分には何の価値もないという幻想に由来している。[[美容整形依存]]や極端な拒食は、現実で価値の獲得に失敗し、無条件には愛されない無価値な自分が生みだす深い抑うつを、輝く理想的な自分を実現することで振り払おうとする懸命の努力であるといえる。

== 類型 ==
自己愛性パーソナリティ障害の分類について、現代に至るまでに多くの報告がなされている。

[[ジェームス・マスターソン|マスターソン]]は自己顕示型(exhibitionistic)と引き出し型(closet ; 臆病な型)<ref>[[#ジェームス・F・マスターソン (1990)|ジェームス・F・マスターソン (1990)]] pp.5-6</ref>に、ブロウセックは自己中心型(egotistical)と解離型(dissociative)<ref>{{Cite journal |first=F |last=Broucek |title=Shame and its relationship to early narcissistic developments |journal=International Journal of Psychoanalysis |volume=63 |issue= |year=1982 |month= |publisher= |pages=369-378 }}</ref>に分類した。バーステンは賞賛を過剰に求める渇望型(craving)、猜疑的で自分が一番と妄想する妄想型(paranoid)、活発だが傲慢な男根型(phallic)、物事をねじまげ人を操る操作型(manipulative)<ref>{{Cite journal |first=B |last=Bursten |title=Some narcissistic state of consciousness |journal=The International Journal of Psychoanalysis |volume=54 |issue=3 |year=1973 |month= |publisher= |pages=287-300 }}</ref>の4型を指摘した。[[ロゼンフェルド]]は厚皮(thick skinned)と薄皮(thin skinned)<ref>{{Cite journal |first=H |last=Rosenfeld |title=Impasse and interpretation : Therapeuticand anti-therapeutic factors in the psychoanalytic treatment of psychotic, borderline, and neurotic patients |journal=Tavistock Publications, London |volume=63 |issue= |year=1987 |month= |publisher= |pages=369-378 }}</ref>に、ウィンクは顕在型(overt)と潜在型(covert)<ref>{{Cite journal |first=P |last=Wink |title=Two faces of narcissism |journal=Journal of Personality and social Psychology |volume=61 |issue= |year=1991 |month= |publisher= |pages=590-597 }}</ref>へと分類した。

=== 2つのタイプ ===
数多くの報告が成される中で、自己愛の病理は次第に顕在型と潜在型という2つのタイプに大きく型分けされるような障害として認知されてきた。それらの諸特徴を[[現象学]]的に記述し、包括的な報告を行ったのが[[グレン・ギャバード]]である<ref name="gabbard">[[#G・O・ギャバード (1997)|G・O・ギャバード (1997)]] p.89</ref>。自己愛性パーソナリティ障害を顕在型である'''無関心型'''(無自覚型 ; oblivious)と、潜在型である'''過敏型'''(過剰警戒型 ; hypervigilant)<ref group="注">"oblivious type" は「無自覚型」、"hypervigilant type" は「過剰警戒型」と翻訳されることがある。</ref>の2つに型分けしたギャバードの分類は、現代において広く受け入れられている。これらの表現型の違いは、彼らの持つ誇大的自己が内的にどのように処理されるかによって、その現れ方が変わってきたものと理解される。2つのタイプの対比表は以下である。

{| class="wikitable" style="margin:0 auto; font-size:small"
|+ 自己愛性パーソナリティ障害の2つのタイプ
! style="background-color:#ddf" | 無関心型 (無自覚型)<br />oblivious type
! style="background-color:#edd" | 過敏型 (過剰警戒型)<br />hypervigilant type
|-
| style="width:50%" | 1. 他の人々の反応に気づかない<br />2. 傲慢で攻撃的<br />3. 自分に夢中である<br />4. 注目の的である必要がある<br />5. 「送話器」はあるが「受話器」がない<br />6. 見かけ上は、他の人々によって傷つけられたと感じることに鈍感である
| 1. 他の人々の反応に過敏である<br />2. 抑制的、内気、表に立とうとしない<br />3. 自分よりも他の人々に注意を向ける<br />4. 注目の的になることを避ける<br />5. 侮辱や批判の証拠がないかどうか他の人々に耳を傾ける<br />6. 容易に傷つけられたという感情をもつ。羞恥や屈辱を感じやすい
|}
: {{Center|<small>G・O・ギャバード(1997)<ref name="gabbard"/></small>}}

[[DSM]]は歴史的にカーンバーグによって記述された攻撃的、顕在的、外向的なタイプを診断基準に組み入れて強調しており、誇大的な自己愛性パーソナリティ障害をかなり正確に記述している。しかし同一の感情的・認知的特徴と精神力動を有する潜在型の自己愛性パーソナリティ障害はほとんど無視されてしまっており、現実の臨床使用においては部分的にしか役に立たないことをギャバードやクーパーらは指摘している<ref>[[#G・O・ギャバード (1997)|G・O・ギャバード (1997)]] p.87 p.91</ref><ref name="cooper"/>。

=== 回避傾向を持つ群 ===
騒々しく見栄っ張りで、傲慢で人を利用するという明確な自己愛性パーソナリティ障害の人物像とは対照的に、過度に傷つきやすく、失敗を恐れ、恥をかかされることを心配するために人前に出ることを避ける過敏なタイプの自己愛性パーソナリティの人々がいる<ref name="cooper">[[#エルザ・F・ロニングスタム (2003)|アーノルド・M・クーパー (2003)]] pp.62-78</ref>。彼らは周囲の人が自分にどういった反応をするかに非常に敏感で、絶えず人に注意を向けている。批判的な反応にはとても過敏で、容易に侮辱されたと感じる。人に非難されたり、欠点を指摘されることを恐れ、社会的に引きこもることで葛藤を避け、自己の万能世界を築きあげようとする一群である。自分は拒絶され軽蔑されるだろうと確信しているために、スポットライトを浴びることを常に避ける。表面的には内気で抑制的に見えるが、その実、精神内界には誇大的な幻想を抱えており、自己愛的活動の大部分を空想の中で行い、それを人に知られないようにしている。彼らの内的世界の核心には、誇大的で顕示的な秘められた願望に根ざした、強い羞恥心がある。

一見すると慎み深く、ときに深く共感的に見えることもあるが、それは他者に純粋な関心があるように見せたいという彼らの願望を取り違えているだけである。彼らは自分の心的防衛の最終段階にある抑制的な行動しか目に入らず、自分のことを恥ずかしがり屋で自己主張ができない人間であり、当然受けるべきものも得られない性格だと考えていることがある。現実には持続的な人間関係を持つことが出来ず、共感性の欠如を示し、内に秘めた誇大的な自己像は慎重な面接を繰り返していくことで徐々に明らかになっていくのが、潜在型のナルシストの特徴である<ref name="cooper"/>。

[[アメリカ精神医学会]]は[[精神障害の診断と統計マニュアル]](DSM)において、自己愛性パーソナリティ障害の人物は批判や挫折に伴う傷つきに非常に敏感なため、[[社会的ひきこもり]]の人々にも見られることを報告している<ref name="dsm5npd">[[#アメリカ精神医学会 (2014)|アメリカ精神医学会 (2014)]] pp. 661 - 664</ref>。グレン・ギャバードは、潜在型の自己愛性パーソナリティ障害の人々は[[回避性パーソナリティ障害]]や[[社交恐怖]]と多くの点で関連していることを指摘している<ref>[[#G・O・ギャバード (1997)|G・O・ギャバード (1997)]] p.201</ref><ref name="okano"/>。また牛島は、現代の操作的診断基準(DSM)においては顕在型の傲慢なタイプは自己愛性パーソナリティ障害と診断されるが、潜在型の過敏なタイプは回避性パーソナリティ障害(あるいは[[スキゾイドパーソナリティ障害]])と診断されてしまうことが少なくないと述べている。これらは精神力動的には同じもので、単なる表裏の問題に過ぎず、背景にある自己愛性の問題を把握することが必要であることを指摘している<ref name="ushijima">[[#上島国利、市橋秀夫 (2006)|牛島定信 (2006)]] pp.104-112</ref>。また丸田は、典型的な症例は無関心型と過敏型の特徴のどちらかを示すが、臨床的にはほとんどが両者の混合型であり、ひとつの症状軸である「他者の反応に意を介さない vs 他者の反応に対して非常に敏感」を取り上げても、その反応は振り子の両極のように大きく揺れ動くのが特徴(健康な人は揺れが少ない)という点を指摘している<ref name="maruta">{{Cite journal|和書 |author=丸田俊彦 |title=自己心理学からみた自己愛とその病理 |volume=33 |issue=3 |year=2007 |month=6 |journal=精神療法 |publisher= |location= |pages=273-279 |url= |ref= }}</ref>。現実の自己愛性パーソナリティ障害は、ギャバードの分類した無関心型の極から過敏型の極へと至る線上のいずれかにプロットされると考えられる。

=== その他の分類 ===
[[セオドア・ミロン]]は自己愛人格に見られる特徴を描写し、それらを5つの[[サブタイプ]]として分類した<ref name=millon>{{Cite book |first=Theodore |last= Millon |year= 1996 |title=Disorders of Personality: DSM-IV-TM and Beyond |edition= |publisher=John Wiley and Sons |location=New York |page=393 |isbn= 0-471-01186-X }}</ref><ref name=millon9>[http://millon.net/taxonomy/summary.htm Millon, Theodore, Personality Subtypes]</ref>。臨床的にはどのサブタイプにおいてもその純形はほとんど見られず、特徴は少なからず重なり合っているのが普通である<ref name=millon9/>。

{| class="wikitable" style="margin:0 auto; font-size:small"
|+ 自己愛性パーソナリティ障害の5分類
!|分類
!width="35%"|概要
!width="50%"|人格特性
|-
|'''反道徳的ナルシスト'''
|[[反社会性パーソナリティ障害|反社会的]]特徴を含んでいる。搾取的で、不実で、人をだます、無節操なペテン師という人物像をもつ
|良心に欠けている。無節操で、道理に無関心であり、不実で、詐欺的で、人を欺き、傲慢で、人をモノのように扱う。支配的で、人を軽蔑し、執念深い詐欺師である
|-
|'''多情型(好色的)ナルシスト'''
|[[演技性パーソナリティ障害|演技的]]特徴を含んでいる。[[ドンファン性格]]者(多情で誘惑的)であり、エロティックで魅惑的な自己顕示的人物である
|性的に誘惑的であり、魅惑的で、心を引きつけ、思わせぶりである。舌のよく回る巧みな人物であり、快楽主義的な欲望に耽るが、本当の親密さにはほとんど無関心である。貧乏な人やうぶな人を魅了し、意のままに操る。病的に嘘つきで、人を騙す
|-
|'''代償的ナルシスト'''
|[[受動攻撃性パーソナリティ障害|受動攻撃的]]な特徴を含んでいる。また、過敏で[[回避性パーソナリティ障害|回避的]]な特徴を有している
|自尊心の欠如および劣等感を中和あるいは相殺することに努める。すなわち、自分は優れており、特別で、賞賛されるべきであり、注目に値するという幻想を生み出すことで自己の欠損をバランスしようとする。それらの自己価値感は自身を強調した結果生まれたものである
|-
|'''エリート主義的ナルシスト'''
|純粋なタイプである。[[ヴィルヘルム・ライヒ]]の男根期的自己愛性格に相当する
|偽りの業績や特別な子ども時代の体験のために、自分は特権的で、特別な能力を有すると信じている。しかし、立派な外見と現実との間に関連はほとんどない。恵まれた、上昇気流にのった良好な社会生活を求め、人との関わりにおいては特別な地位や優越が得られる関係を築こうとする
|-
|'''狂信的ナルシスト'''
| [[妄想性パーソナリティ障害|妄想的]]な特徴をもつ
|自尊心はひどく幼少時代に捉われており、普段から誇大妄想的傾向を示し、全能の神であるという幻想を抱いている人物である。自分は重要ではなく、価値が無いという幻想と戦っており、素晴らしいファンタジーを夢想すること、あるいは自己鍛錬を通じて、自尊心を再確立しようと試みている。他者から是認や支持を得ることができない時には、壮大な使命を帯びた英雄的で崇拝される人物の役割を担おうとする
|}
: {{Center|<small>セオドア・ミロン(2003)<ref>[[#エルザ・F・ロニングスタム (2003)|セオドア・ミロン (2003)]] pp.79-101</ref></small>}}

=== 共通特徴 ===
自己愛性パーソナリティ障害は、対人関係における搾取的行動、共感性の欠如、激しい羨望・攻撃性・自己顕示欲という諸々の特徴を示す<ref>[[#オットー・F・カーンバーグ、ハロルド・W・ケニスバーグ、アン・H・アペルバウム 他 (1993)|オットー・F・カーンバーグ、ハロルド・W・ケニスバーグ、アン・H・アペルバウム 他 (1993)]] pp.229 - 233</ref><ref name="ReferenceB">''Initial Construction and Validation of the Pathological Narcissism Inventory'', Aaron L. Pincus, Emily B. Ansell, Claudia A. Pimentel, Nicole M. Cain, Aidan G. C. Wright, Kenneth N. Levy</ref>。彼らの持つもう一つの側面は、その傷つきやすさである。意識的なレベルでは、それは無力感、空虚感、低い自尊心、羞恥心に由来するものである。それは彼らが求めたり、期待する支持が与えられない状況や、自己主張が不可能なために退避するような状況において、親しくなることを回避するという行動で表現されることがある<ref name="ReferenceB"/>。自己愛の病理は軽症から重症まで連続的な広がりをもち、その自己表現形式も多様である。


== 診断基準 ==
== 診断基準 ==
[[パーソナリティ障害#アメリカ精神医学会|パーソナリティ障害の診断]]は、特定のパーソナリティの特徴が成人期早期までに明らかになっており、薬物やストレスなど一過性の状態とは区別されている必要がある。臨床的に[[精神疾患#重症度|著しい苦痛や機能の障害がない]]場合は、正常なパーソナリティである<ref name="dsm5esse">{{Cite book|和書|author=アレン・フランセス|authorlink=アレン・フランセス|coauthors=大野裕(翻訳)、中川敦夫(翻訳)、柳沢圭子(翻訳)|title=精神疾患診断のエッセンス―DSM-5の上手な使い方|publisher=金剛出版|date=2014-03|isbn=978-4772413527|ref=harv}}、''Essentials of Psychiatric Diagnosis, Revised Edition: Responding to the Challenge of DSM-5®'', The Guilford Press, 2013.</ref>。
[[DSM-IV]]では誇大な感覚、限りない空想、特別感、過剰な賞賛の渇望、特権意識、対人関係における相手の不当利用、共感の欠如、嫉妬、傲慢な態度のうち5つ以上が当てはまることで示されるとされている。


=== DSM-IV-TR ===
*自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)
{{Quotation|
*限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
[[誇大性]](空想または行動における)、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。
*自分が"特別"であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達に(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている。
*過剰な称賛を求める。
*特権意識、つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。
*人間関係で相手を不当に利用する。つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。
*共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気付こうとしない。
*しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
*尊大で不遜な行動、または態度。
※以上の傾向は性格的特長と病気との判別が難しく注意を要する。また、そのボーダーラインは一般社会生活を円滑に営むことができるかどうかにある。


# 自分が重要であるという誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)
=== 要点部分 ===
# 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
5つ以上が当てはまると自己愛性パーソナリティ障害の可能性がある。
# 自分が “特別” であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達(または団体)だけが理解しうる、または関係があるべきだ、と信じている。
# 過剰な賛美を求める。
# 特権意識(つまり、特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)
# 対人関係で相手を不当に利用する(すなわち、自分自身の目的を達成するために他人を利用する)。
# 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
# しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
# 尊大で傲慢な行動、または態度
|[[アメリカ精神医学会]]|DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル<ref>[[#アメリカ精神医学会 (2014)|アメリカ精神医学会 (2014)]] p. 661</ref>}}


== 研究 ==
=== ICD ===
[[世界保健機関]]([[WHO]])が発表する[[ICD-10]]においては、自己愛性パーソナリティ障害は[[パーソナリティ障害#ICDによる分類|他の特定のパーソナリティ障害]]([[パーソナリティ障害#ICDによる分類|F60.8]])に分類されており、個別の診断基準を有していない<ref>[[#世界保健機関 (2005)|世界保健機関 (2005)]] p. 217.</ref>。ICD-10はまた、いかなるパーソナリティ障害の診断においてもパーソナリティ障害の[[パーソナリティ障害#世界保健機関|全般的診断ガイドライン]]を満たすことを求めている<ref>{{Cite book|和書|author=世界保健機関|authorlink=世界保健機関|coauthor=(翻訳)融道男、小見山実、大久保善朗、中根允文、岡崎祐士|title=ICD‐10精神および行動の障害:臨床記述と診断ガイドライン|edition=新訂版 |publisher=医学書院|date=2005|isbn=978-4-260-00133-5|pages=212}}、{{Cite book|author=世界保健機関|title=The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders : Clinical descriptions and diagnostic guidelines (blue book)|publisher=World Health Organization|date=1992|url=http://www.who.int/classifications/icd/en/bluebook.pdf|format=pdf|isbn=|}}</ref>。
=== フロイト ===
愛情対象の選択 依存型:自分を保護し養育してくれる対象を選ぶ
;ナルシシズム型:対象の中に自分自身を見出しそれに愛情を向ける
;ナルシシズムの定義:自己に対してのみ愛情を集中させる心的態度であり、[[リビドー]]が自我に逆流してしまった状態 
;発達図式:〈自体愛(オートエロティズム)→自己愛→対象愛〉
:*こうして移行、達成して初めて個としての自立する。
:*自己愛は発達途上の未熟なもの。
;治療:この理論においては治療手段は確立されていない。パーソナリティ障害は精神病の一部として考えられていた。


=== コフート ===
=== 鑑別診断 ===
非精神病性の[[ひきこもり]]は、等しく[[自我理想]]の問題を抱えている。[[対人恐怖症]]、[[不登校]]、[[退却神経症]]<ref>[[#笠原嘉 (1988)|笠原嘉 (1988)]] p. 119.</ref><ref>[[#笠原嘉 (2002)|笠原嘉 (2002)]] pp. 203 - 252.</ref>、[[ひきこもり]]は疾病論的にはDSMにおける[[社交不安障害]]から[[回避性パーソナリティ障害]]までの線上に位置し、これらは精神力動的には自己愛の障害という幅広い領域を形成している<ref>[[#牛島定信 (2004)|牛島定信 (2004)]] pp. 153 - 162, 219.</ref><ref name="okano">[[#岡野憲一郎 (1998)|岡野憲一郎 (1998)]] pp. 25, 96.</ref>。自己愛的な傷つきに対して激しい怒りを持ち、また傷つくことを怖れ、空想的な理想と現実の自分との間で葛藤を抱えている人々である。表徴の背後にある、構造を見通す眼が求められる。
;自己愛転移:鏡転移:治療者が自分のことを理解をもって受け入れ愛してくれているのだと感じ、それまで秘かに抱いていた誇大的な自己を治療者に見せるようになること。
:理想化転移:治療者を絶対的で完全な人物として感じ、その治療者を崇拝するような態度を見せる傾向。
;病因:母親の意にかなう時だけは子どもの自己愛が受け入れられるか、意にそわない場合は拒絶されるといった母子関係がそこにあり、子どもの誇大的な自己が、その時点でストップしたまま残ってしまっている(欠陥状態)。
:身近に自分をいつも支えてくれる母親や父親などがいると、その人の力を自分のものだと勘違いして融合したままになっている。そのため、他人の能力を自分のものだと勘違いし続ける(不適切な自己認識)。
;治療:母親によるほどよい受け入れ。実際には患者の鏡転移に正しい部分は答えて、間違っている部分は修正していく事。共感的に患者の誇大性と能力を承認しながらも、大きく現実と乖離している誇大性や自分の能力を現実に照らし合わせて修正していく。また過度な理想などを徐々に現実的に修正していくことも含まれる。
:これらは治療者による適切な共感によってなされる。共感していき、患者の幼少期に承認されないままに残った誇大性や、傷付いた心を探索することによって、治療者は患者の心の欠損部分を修復していく。
;分類
:*誇大的で要求がましい自信過剰タイプ。
:*自己評価が低く羞恥傾向があり、しばしば心身不全感を訴えるタイプ。 
:*(共通点)自己が満たされない空虚感と傷つきやすさ。
:*再び傷つけられることへの強い怒りを示す傾向がある点。


=== ンバーグ ===
==== 他のパソナリティ障害 ====
元々同一の概念から誕生した経緯もあり、自己愛性パーソナリティ障害と他のパーソナリティ障害は重複する部分も多い。特にパーソナリティ障害クラスターB群(境界性、反社会性、演技性)や、回避性パーソナリティ障害などとは重なりあう部分も多く、今後の研究によって、診断基準自体が大幅に変化することもあるだろう。
;病因:子どもの体質的な羨望の強さによるもの。また、それを補おうと母親が特別な子ども扱いをすること。

;治療:内的な貪欲さを患者自身が認め受け入れていくこと。特に直面化。自分が怒っている時は怒っているんだと認識し、高揚している時には高揚していると認識していく事。つまり自分の良い部分と悪い部分をしっかり教えていく。また他人へと自分の悪い部分などを投影していたら、本当は患者自身に欠損があることをしっかり教えていく。治療者は患者の心を正確に言い当てて患者に分からせる。同時に現実社会やそのルールをしっかりと教えていく。
境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害の連続性については多くの指摘がなされている。[[精神病]]と[[神経症]]の境界領域にある疾患群の総称が[[境界例]]であり、神経症側に近いものが自己愛性パーソナリティ障害、他方の極に近いものが境界性パーソナリティ障害であると[[ジェームス・マスターソン|マスターソン]]、[[リンズレー]]は指摘している<ref name="wada">和田秀樹 (2002) pp.84-86</ref>。また[[アルフレッド・アドラー|アドラー]]は、境界例患者は治療が進むと自己愛性パーソナリティ障害様の機能や能力を獲得することがあると述べている。[[ストロロウ]]はこれら2つの障害に明確な境界を設けておらず、境界例患者でも自己を保てていれば自己愛性に近くなり、安定性を保てなくなると境界性様の症状が発現することを指摘している。現代精神医学においては、境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害を連続的なもの、すなわち[[スペクトラム]]として捉える見方が大勢となっている<ref>[[#丸田俊彦 (1992)|丸田俊彦 (1992)]] pp.191-200</ref><ref name="wada"/>。
;分類

:*幼児的自己愛…現実的。愛情、信頼、依存、暖かさ。
以下に他のパーソナリティ障害との鑑別点を示す。
:*病的自己愛…非現実的。依存はみられない。無遠慮で冷たい。

:*相手に対する羨望や、認め難い依存欲求を防衛するために、それを外界へ投影して相手を軽蔑・脱価値化し、一方で他者に依存する必要のない満ち足りた存在であると感じようとする。
; 妄想性パーソナリティ障害
: [[妄想性パーソナリティ障害]]は、通常その疑い深さと社会的ひきこもりによって自己愛性パーソナリティ障害とは区別される。これらの特性が自己愛性パーソナリティ障害にも見られる場合、それは主に自己の不完全さや欠陥があらわになることへの怖れから生じるものである<ref name="dsm5npd"/>。
; 境界性パーソナリティ障害
: [[境界性パーソナリティ障害]]では、対人関係において支持への要求を顕著にあらわすが、自己愛性パーソナリティ障害の場合はそれよりも巧妙な手段を用いることが多い。自身を否定された時の過敏性は共通している。境界性パーソナリティ障害は情緒が極端で、対人関係の安定性が低いのに対し、自己愛性パーソナリティ障害はより安定し持続した関係を持つことができ、尊大であり自己評価も高い<ref>{{Cite journal |author=Elsa Ronningstam and John Gunderson |title=Differentiating Borderline Personality Disorder from Narcissistic Personality Disorder. |journal=Journal of Personality Disorders |volume=5 |issue=3 |year=1991 |pages=225-232}}</ref>。
; 演技性パーソナリティ障害
: [[演技性パーソナリティ障害]]は感受性が強く、情緒に富み、誘惑的だが、自己愛性パーソナリティ障害は冷淡で、共感性に欠け、賞賛を求める。自己愛性パーソナリティ障害は社会的評価の低下を伴ってまで他者の関心をひこうとはしない<ref name="dsm5npd"/>。
; 反社会性パーソナリティ障害
: [[反社会性パーソナリティ障害]]と自己愛性パーソナリティ障害は人を利用し、表面的で、共感性を欠くという点で共通しているが、反社会性パーソナリティ障害は賞賛を必要としない。自己愛性パーソナリティ障害は衝動性・攻撃性を必ずしも有しておらず、社会的制裁を被るような行為障害や犯罪の既往は通常見られない<ref name="dsm5npd"/>。
; 回避性パーソナリティ障害
: [[回避性パーソナリティ障害]]は理想的(誇大的)自己と無能的自己に分裂し、等身大の自分が欠如しているという自己愛性パーソナリティ障害と同様の構造を有しているが<ref>[[#牛島定信 (2011)|牛島定信 (2011)]] p. 70 - 75.</ref>、自己愛性パーソナリティ障害における無能的自己が強力に否認・抑圧され、認識されていない状態とは異なり、回避性パーソナリティ障害はその両者が意識化されている。そのため激しい怒りや嫉妬の感情が表面的にはコントロールされており、より高次の機制が用いられている。


== 治療 ==
== 治療 ==
治療の中心は[[精神療法]]である<ref>[[#林直樹 (2005)|林直樹 (2005)]] pp. 20 - 21</ref>。[[薬物療法]]は抑うつ症状等に対する[[対症療法]]として行う。
*精神分析

*認知療法
=== 病理学 ===
*薬物療法…抗うつ剤(うつ病圏で受診が多いため)
自己愛性格者および自己愛性パーソナリティ障害に対する治療的試みは、[[ジークムント・フロイト]]、[[ジェームス・マスターソン|マスターソン]]、[[ハーバート・ロゼンフェルド|ロゼンフェルド]]、[[カーンバーグ]]、[[コフート]]によるものが広く知られている。
*リチウム(気分変動がよくみられるため)

[[ジークムント・フロイト]]は、現代の疾患単位でいえば自己愛性パーソナリティ障害の人々が含まれる[[自己愛神経症]]の治療を行っていたが、これらの患者には[[対象転移]]が生じず、[[自己愛転移]]しか生じないため、[[精神分析]]では治療できないと結論づけていた<ref name="freud">[[#フロイト (1977)|ジークムント・フロイト (1977)]] pp.226-227</ref>。[[ジェームス・マスターソン|マスターソン]]は、自己愛性パーソナリティ障害の人物もまた見捨てられ抑うつを抱えており、分離不安や共感の失敗が万能や価値下げなどの防衛を導くと指摘した<ref>[[#ジェームス・F・マスターソン (2007)|ジェームス・F・マスターソン (2007)]] pp. 93 - 96.</ref>。また対象表象があたかも自己表象の構成部分であるかのように行動すること、幼児期の誇大感と万能感を維持し続けていることから、[[マーガレット・マーラー]]の発達理論における分離個体化期において発達停止が生じていると分析した。治療においては、自己愛の脆弱性を積極的に解釈し、葛藤を徹底操作していくことが重要であると報告した<ref>[[#マーガレット・S・マーラー、アニー・バーグマン、フレッド・パイン (2001)|マーガレット・S・マーラー、アニー・バーグマン、フレッド・パイン (2001)]] pp. 77 - 127.</ref><ref name="masterson">[[#ジェームス・F・マスターソン (1990)|ジェームス・F・マスターソン (1990)]] pp. 10 - 13, 116-117.</ref>。[[ハーバート・ロゼンフェルド|ロゼンフェルド]]は、[[分裂 (心理学)|分裂]]ゆえに妄想的な被害感情を持つ心の態勢と、[[抑うつ]]を受け止め償おうとする心の態勢の間に、見せかけの適応を示し変化を拒絶する[[自己愛構造体]]が自己愛性パーソナリティ障害の人々に特徴的に見られることを見いだした。こうした、いわば第三の態勢を生み出す悪性の防衛を放棄させることが、治療の眼目であるとロゼンフェルドは指摘した<ref>[[#エリザベス・B・スピリウス (1993)|ハーバート・ロゼンフェルド (1993)]] pp. 107 - 126</ref><ref>[[#松木邦裕 (1996)|松木邦裕 (1996)]] pp. 121 - 123.</ref>。

最も広く知られている治療理論はカーンバーグとコフートによるものであるが、彼らは自己愛性パーソナリティ障害に見られる転移を、積極的に直面化し解釈することあるいは共感的に扱うことで治療可能であることを報告した<ref name="maruta"/>。2人の治療理論にはそれぞれ対照的な部分があるが、それは素材となった患者群の違いによるところが大きいといわれる。コフートが診療を行った患者は、自己評価の傷つきやすさを抱えながらもそれなりの社会適応を果たしており、外来治療が可能な人々であった。対してカーンバーグの患者は入院治療を必要とする人達を含むより重症の患者群であり、[[境界性パーソナリティ障害]]と区別がつかない人達を含んでいた<ref name="maruta"/>。両者の治療論は以下である。

{| class="wikitable" style="margin:0 auto; font-size:small"
|+ 自己愛性パーソナリティ障害の精神力動的理解と治療
! style="background-color:#ddf" | カーンバーグ
!
! style="background-color:#edd" | コフート
|-
| ・怒りを生得的に持ち合わせた一次的なものと見る<br />・自己愛性人格は境界性人格の下位分類である<br />・誇大的自己は病的構造と見る<br />・理想化を防衛手段として直面化し、解釈する
! 理解
| ・怒りは共感的反応を得られない時に生じる二次的なものと見る<br />・自己愛性人格は境界性人格とは区別される<br />・誇大的自己は正常な発達過程で見られる<br />・理想化を正常な発達欲求として受け入れる
|-
| style="width:48%" | 親が自分の自己愛の道具として特別な子を求めるなどの不適切な養育に加え、先天的な子どもの羨望と攻撃性の強さを重視する葛藤理論。自分の内部にあるアグレッションが強すぎるためにコントロールできないほどの葛藤が生じるのだと考え、解釈を通して直面化を繰り返し、自我の成長を促進する
! 原因
| style="width:48%" |共感的な親子関係が築けなかったために心が十分に成長しなかったという後天的な環境要因を重視する欠損理論。この場合の欠損は生まれついてのものではなく、養育過程で生じた後天的な欠損を意味し、共感を用いて育て直し、自己評価調節機能と緊張緩和機能という心理的構造の内在化を目指す
|-
|幼年時代の処理できなかった原始的な怒りの感情が、外界へ投影されることで生じる恐怖・憎しみ・怒り・羨望の感情を解釈を通じて繰り返し直面化する。自分の悪い部分などを他者へ投影するなどした時に、本当は患者自身に抱えきれない葛藤があることを教えてゆく。被害妄想的な世界は、実は自分の中にある幼い頃の感情が外界に投影されたものであることを解釈し、洞察を助ける
! 治療
| 理想化転移を引き受ける。共感的に患者の気持ちを汲む(鏡転移)。間違いや失敗をした際には素直に謝るなど、理想化対象である治療者にも至らない点があることに気がつかせる(適量の欲求不満)。患者の欠損を解釈していくなかで、治療者のもつ安定した自己機能を取り込み、自己の欠損を埋める新たな心理構造の構築を援助する(変容性内在化)
|-
| 誇大的で要求がましい自信過剰タイプ (ギャバードの無関心型に相当)
! 分類
| 自己評価が低く羞恥傾向があり、しばしば心身不全感を訴えるタイプ(ギャバードの過敏型に相当)
|}
: {{Center|<small>オットー・F・カーンバーグ(1996)<ref>[[#オットー・F・カーンバーグ (1996)|オットー・F・カーンバーグ (1996)]] pp. 9 - 11.</ref><ref group="注">精神療法は常識の通用しなくなったところからはじまる。今・ここでの関係性の中で、不鮮明で混乱した意識的・無意識的材料を明確化し、潜在的な葛藤を生み出す矛盾した事柄を直面化し、不合理な行動の起源となる無意識的内容を論理的に解釈する。あの時・あそこで体験した病因的関係が、今・ここで再演されていることと結びつけて転移解釈を行う。これらのサイクルを繰り返して徹底操作する。以上が精神療法の実際的な機序である。( [[#オットー・F・カーンバーグ (1996)|オットー・F・カーンバーグ (1996)]] pp. 9 - 11. )</ref>、ハインツ・コフート(1994)<ref name="kohut1994">[[#ハインツ・コフート (1994)|ハインツ・コフート (1994)]] pp. 1 - 31.</ref>、ほか<ref name="maruta"/></small>}}


== 疫学 ==
== 疫学 ==
一般人口における生涯有病率は1%、病院患者においては2%〜16%と推定されている<ref name=AMN/><ref>[http://www.businessday.co.za/Articles/Content.aspx?id=130981 Megalomaniacs abound in politics/medicine/finance] Business Day 2011/01/07</ref>。[[2009年]]に[[アメリカ]]の心理学者であるトウェンギとキャンベルにより行われた調査によると、ここ10年で自己愛性パーソナリティ障害の発生率は2倍以上に増加しており、人口の16人に1人が自己愛性パーソナリティ障害を経験していると結論づけられている<ref>[[#ジーン・M・トウェンギ、W・キース・キャンベル (2011)|ジーン・M・トウェンギ、W・キース・キャンベル (2011)]] p. 47</ref><ref>Twenge, Jean M. & Campbell, W. Keith The Narcissism Epidemic: Living in the Age of Entitlement (2009)</ref>。
*一般人口では1%以下。
*病院患者の中では2~16%。
*女性<男性 50~70%は男性。


== 経過・予後 ==
== 関連疾患 ==
自己愛性パーソナリティ障害は[[うつ病]]・[[摂食障害]]・[[強迫性障害]]・[[パニック障害]]・[[身体醜形障害]]・[[物質関連障害]]・他の[[パーソナリティ障害]]との併存が見られる。[[大うつ病性障害]]のうち約2割が自己愛性パーソナリティ障害に伴う抑うつ症状という報告がある<ref>[[#岡田尊司 (2004)|岡田尊司 (2004)]] pp. 116 - 117</ref>。以下に特に関連の深い疾患を挙げる。
*思春期に診断されることは稀。大人になってから(性格は青年期以後に出来上がるため)。
*パーソナリティ障害で、長く続くもの。
*慢性的で治療困難。自分の美しさや力、若さは失われていくものだけに一層自己愛にしがみつくこともある。
*中年期の危機を迎えやすい。


=== 摂食障害 ===
== 鑑別診断・合併症 ==
アメリカ精神医学会はDSMにおいて、[[摂食障害]]の人はかなりの割合で少なくとも一つのパーソナリティ障害の診断基準を見たし、自己愛性パーソナリティ障害は[[神経性無食欲症]]([[拒食症]])と関連が深く<ref name="dsm5npd"/>、[[神経性大食症]]([[過食症]])は境界性パーソナリティ障害が最も多く見られると報告している<ref>[[#アメリカ精神医学会 (2014)|アメリカ精神医学会 (2014)]] p. 343</ref>。摂食障害の人々もまた、極度に価値下げされた自己像と、それに対置する理想的で誇大的な自己像が分裂して併存しており、自尊心の障害を抱えている<ref>[[#ヒルデ・ブルック (1993)|ヒルデ・ブルック (1993)]] p. 70.</ref><ref>[[#市橋秀夫 (1997)|市橋秀夫 (1997)]] pp. 260 - 263.</ref><ref>[[#下坂幸三 (1999)|下坂幸三 (1999)]] pp. 128, 138.</ref>。摂食障害における自己愛的防衛の研究は、摂食の病理と自己愛の間にある相関関係に注目している<ref>[[#上島国利、市橋秀夫 (2006)|市橋秀夫 (2006b)]] pp. 134 - 142.</ref><ref>[[#松木邦裕 (2008)|松木邦裕 (2008)]] pp. 17 - 20.</ref>。
;[[境界性パーソナリティ障害]]との区別:自己愛性には情緒的無関心がみられる。

;強迫性パーソナリティ障害:自己愛性の方が、共感性・関係性が低い。
{{main|[[摂食障害#病理学|摂食障害 - 病理学]]}}
;[[妄想性パーソナリティ障害]] :これには幼児的万能感はない。

;合併症:気分変調障害、大うつ病、躁病、拒食症、薬物依存。
== 歴史 ==
;[[演技性パーソナリティ障害]]、[[反社会性パーソナリティ障害]]、[[妄想性パーソナリティ障害]]。
[[File:Wraxall 2013 MMB 13.jpg|thumb|180px|right|[[水仙]]([[学名]] : Narcissus)]]
極端なうぬぼれと自己中心性を表現するために[[ナルシシズム]]という言葉を使用するのは、現代の医学分類である自己愛性パーソナリティ障害の遥か以前に遡る。[[ギリシア神話]]の人物である[[ナルキッソス]]という青年は美しい容貌を備えていたが、彼に恋をした精霊の[[エーコー|エコー]]に冷淡にふるまったことで女神[[ネメシス]]の怒りを買ってしまった。自分の姿に恋焦がれるという罰を受けたナルキッソスは、泉に映る自分に見惚れたまま痩せ衰えて死んでしまった。彼亡きあとの水辺には、一輪の[[スイセン]]({{lang-en-short|Narcissus}})の花が残っていた<ref name="kano">[[#狩野力八郎 (2007)|狩野力八郎 (2007)]] p.13</ref>。

ナルシシズム([[自己愛]])という言葉の起源は、[[1895年]]に[[ハヴロック・エリス]]が自己没頭的な患者を報告する際にナルキッソスの物語を引用したのが始まりとされる。[[1899年]]には[[パウル・ネッケ]]が[[性倒錯]]を定義する言葉としてナルシシズムという語を用い、[[1909年]]には[[ジークムント・フロイト]]が[[対象愛]]の前段階という、より広い心理状態を指す語としてナルシシズムという言葉を用いた。

[[1933年]]には[[ヴィルヘルム・ライヒ]]がはじめて誇大的な人物像である男根期的自己愛性格を人格の病理として記載し<ref name=reich>[[#ヴィルヘルム・ライヒ (1966)|ヴィルヘルム・ライヒ (1966)]] pp.259-268</ref>、[[1946年]]には[[オットー・フェニケル]]が自己愛人格あるいは[[ドンファン性格]]として記載した<ref>Fenichel, O. : The Psychoanalytic Theory of Neurosis. Routledge & Kegan Paul, London, 1946.</ref>。[[1953年]]に[[アニー・ライヒ]]は、極端な2つの自己像に分かれ、現実的な自己像を持たない自己愛患者について報告した<ref name=areich>Reich A, Psthological forms of object choice in woman. J.Amer Psychonal. Assn. 1.</ref>。[[1967年]][[オットー・カーンバーグ]]による自己愛性人格構造<ref>Kernberg O, Borderline Conditions and Pathological Narcissism, 1967</ref>、[[1968年]][[ハインツ・コフート]]による自己愛性パーソナリティ障害<ref>Kohut H, The Psychoanalytic Treatment of Narcissistic Personality Disorders: Outline of a Systematic Approach, 1968</ref>の提唱により、誇大的な自己像を抱え社会生活に支障をきたす一群の疾患単位が提唱された。[[1980年]]に発表された[[DSM-III]]によって自己愛性パーソナリティ障害概念が定義され、[[DSM-5]]へと引き継がれ現在に至っている。

== 自己愛性パーソナリティ障害の有名人 ==
[[File:Yukio Mishima.jpg|thumb|right|200px|三島由紀夫(1925 - 1970)]]
[[File:Bundesarchiv Bild 183-S47421, Herbert von Karajan.jpg|thumb|right|200px|ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908 - 1989)]]
自己愛性パーソナリティ(障害)を有していたとされる有名人には、[[三島由紀夫]]、[[サルバドール・ダリ]]、[[ヘルベルト・フォン・カラヤン]]がいる。

[[三島由紀夫]]は対人関係に過敏で、貴族的な[[選民意識]]を持ち、妥協を許さぬ完璧主義者であった。祖母に溺愛され、母との情緒的な繋がりを持ちにくかった三島は、幼い頃にはケガをすると危ないという理由で女の子だけを遊び相手に選ばれている。文壇デビュー当時の思うように売れない時期から、基底にある自己不確実感を覆い隠すように[[ボクシング]]や[[ウェイトリフティング]]という肉体鍛錬に没頭した。またそのうるわしい肉体とは対照的に、取り巻きなしでは飲食店に入ることすらできないという過敏性を示している<ref>[[#岡野憲一郎 (1998)|岡野憲一郎 (1998)]] p. 29.</ref>。その後数々の傑作を生み出し隆盛を極めたものの、40歳にもなると肉体的な老いを感じずにはいられなくなり、痩せ衰えることを極度に恐れた。やがて国家主義的思想に自らの在り方を重ねていった三島は、劇的な[[自殺|自決]]により、[[三島事件|美を保ったまま自らの人生に幕を下ろした]]<ref>{{Cite journal|和書 |author=中広全延 |title=三島由紀夫に関する病跡学的試論 |volume= |issue=41 |year=2012 |journal=夙川学院短期大学研究紀要 |pages=35-45 |url=http://www.shukugawa-c.ac.jp/wp-content/uploads/2013/11/bulletin201203_6.pdf }}</ref>。

[[サルバドール・ダリ]]は様々な[[精神障害]]の特徴を示しているが、その中核にあるのは歪なナルシシズムである。自らを[[天才]]と言って憚らない自己顕示性と、奇矯な振る舞いの背後には、ありのままの自分を認められずに過ごした生い立ちが関係している。ダリには同じ名前の兄がいたが、2歳でその人生を閉じており、ダリはその兄の写真を見る事を極度に恐れた。両親の目の奥に、自分ではなく、死んだ息子への不毛な愛情を感じていたからである。生涯にわたって自己喧伝の衝動に囚われ続けたダリは、『私は自分自身に証明したいのだ。私は死んだ兄ではない、生きているのは私だ、と』と綴っており、愛情面の傷つきからくる繊細な感性と、誇大的とも言える自信は、創造的な営みの原動力となった<ref>[[#岡田尊司 (2004)|岡田尊司 (2004)]] pp. 110 - 126</ref>。

[[ヘルベルト・フォン・カラヤン]]は世界最高の[[指揮者]]として「帝王」の名をほしいままにしたが、その気性から数多くの問題を引き起こした。カラヤンはメディアに掲載される自らの写真を全てチェックし、認めたもののみ公表を許すなど、自分が最も理想的な姿で映し出されることを求めた<ref>[[#小此木啓吾 (1992)|小此木啓吾 (1992)]] p. 138.</ref>。[[1975年]]に不意打ちで写真を撮られた際にはカメラマンを殴りつけるという事件を起こしている。またカラヤンは自らが貴族階級出身であることをあらわす「フォン」をつけて名乗ったが、パスポートには「ヘルベルト・カラヤン」とだけ記されていたという。幾度にも渡る[[ベルリン・フィルハーモニー]]との対立に示されるように、カラヤンは少しでも意見を言う者や、従わないものには怒り狂い、徹底的に攻撃した。世間の持つ「天才」、「帝王」という二枚目な「芸術家としてのカラヤン」と、「人間カラヤン」を同じように評価することはできないと楽員は述べている<ref>{{Cite journal|和書 |author=中広全延 |title=ヘルベルト・フォン・カラヤンの病理における他者との関係 |volume= |issue=37 |year=2008 |journal=夙川学院短期大学研究紀要 |pages=1-14 |url=https://doi.org/10.24668/shukulib.37.0_1 |doi=10.24668/shukulib.37.0_1 |publisher=夙川学院短期大学 }}</ref>。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
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{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
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=== 出典 ===
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== 参考文献 ==
{{Refbegin|2}}
'''診断ガイドライン'''
* {{Cite book |和書 |author=高橋三郎、大野裕、染矢俊幸 他(訳) |year=2014 |origyear=2013 |title=DSM‐5 精神疾患の診断・統計マニュアル |publisher=[[医学書院]] |isbn=9784260019071 |ref=アメリカ精神医学会 (2014) }}
* {{Cite book |和書 |author=融道男、中根允文、小見山実 他(監訳) |year=2005 |origyear=1992 |title=ICD‐10 精神および行動の障害—臨床記述と診断ガイドライン 新訂版 |publisher=医学書院 |isbn=9784260001335 |ref=世界保健機関 (2005) }}

'''医学書・一般書'''
* {{Cite book |和書 |author=市橋秀夫 |year=1997 |title=心の地図〈上〉—こころの障害を理解する |publisher=星和書店 |isbn=9784791103553 |ref=市橋秀夫 (1997) }}
* {{Cite book |和書 |author=市橋秀夫 |year=2006 |title=パーソナリティ障害(人格障害)のことがよくわかる本 |publisher=講談社 |isbn=9784062594080 |ref=市橋秀夫 (2006) }}
* {{Cite book |和書 |author=牛島定信 |year=2004 |title=人格の病理と精神療法—精神分析、森田療法そして精神医学 |publisher=金剛出版 |isbn=9784772408172 |ref=牛島定信 (2004) }}
* {{Cite book |和書 |author=牛島定信 |year=2011 |title=図解 やさしくわかるパーソナリティ障害 正しい理解と付き合い方 |publisher=ナツメ社 |isbn=9784816351617 |ref=牛島定信 (2011) }}
* {{Cite book |和書 |author=岡田尊司 |year=2004 |title=パーソナリティ障害—いかに接し、どう克服するか |publisher=PHP研究所 |isbn=9784569635255 |ref=岡田尊司 (2004) }}
* {{Cite book |和書 |author=岡田尊司 |year=2006 |title=パーソナリティ障害がわかる本—「障害」を「個性」に変えるために |publisher=法研 |isbn=9784879546258 |ref=岡田尊司 (2006) }}
* {{Cite book |和書 |author=岡野憲一郎 |year=1998 |title=恥と自己愛の精神分析—対人恐怖から差別論まで |publisher=岩崎学術出版社 |isbn=9784753398096 |ref=岡野憲一郎 (1998) }}
* {{Cite book |和書 |author=岡野憲一郎 |year=2014 |title=恥と「自己愛トラウマ」—あいまいな加害者が生む病理 |publisher=岩崎学術出版社 |isbn=9784753310739 |ref=岡野憲一郎 (2014) }}
* {{Cite book |和書 |author=小此木啓吾 |year=1992 |title=自己愛人間 |publisher= 筑摩書房 |isbn=9784480080165 |ref=小此木啓吾 (1992) }}
* {{Cite book |和書 |author=小此木啓吾(編代) |year=2002 |title=精神分析事典 |publisher=岩崎学術出版社 |isbn=9784753302031 |ref=小此木啓吾 (2002) }}
* {{Cite book |和書 |author=笠原嘉 |year=1988 |title=退却神経症—無気力・無関心・無快楽の克服 |publisher=講談社 |isbn=9784061489011 |ref=笠原嘉 (1988) }}
* {{Cite book |和書 |author=笠原嘉 |year=2002 |title=アパシー・シンドローム |publisher=岩波書店 |isbn=9784006000950 |ref=笠原嘉 (2002) }}
* {{Cite book |和書 |author=狩野力八郎 |year=2002 |title=重症人格障害の臨床研究—パーソナリティの病理と治療技法 |publisher=金剛出版 |isbn=9784772407533 |ref=狩野力八郎 (2002) }}
* {{Cite book |和書 |author=狩野力八郎 |year=2007 |title=自己愛性パーソナリティ障害のことがよくわかる本 |publisher=講談社 |isbn=9784062594219 |ref=狩野力八郎 (2007) }}
* {{Cite book |和書 |author=上島国利(監)市橋秀夫(編) |year=2006 |title=精神科臨床ニューアプローチ 5 パーソナリティ障害・摂食障害 |publisher=メジカルビュー社 |isbn=9784758302302 |ref=上島国利、市橋秀夫 (2006) }}
* {{Cite book |和書 |author=川谷大治 |year=2001 |title=思春期と家庭内暴力—治療と援助の指針 |publisher=金剛出版 |isbn=9784772406901 |ref=川谷大治 (2001) }}
* {{Cite book |和書 |author=オットー・F・カーンバーグ(著)前田重治(監訳) |year=1983 |origyear=1976 |title=対象関係論とその臨床 |publisher=岩崎学術出版社 |isbn=9784753383016 |ref=オットー・F・カーンバーグ (1983) }}
* {{Cite book |和書 |author=オットー・F・カーンバーグ(著)山口泰司、阿部文彦、苅田牧夫(訳) |year=2002 |origyear=1980 |title=内的世界と外的現実—対象関係論の応用 |publisher=文化書房博文社 |isbn=9784830109720 |ref=オットー・F・カーンバーグ (2002) }}
* {{Cite book |和書 |author=オットー・F・カーンバーグ(著)西園昌久(監訳) |year=1996 |origyear=1984 |title=重症パーソナリティ障害—精神療法的方略 |publisher=岩崎学術出版社 |isbn=9784753396177 |ref=オットー・F・カーンバーグ (1996) }}
* {{Cite book |和書 |author=オットー・F・カーンバーグ、ハロルド・W・ケニスバーグ、アン・H・アペルバウム 他(著)松浪克文、福本修(訳) |year=1993 |origyear=1989 |title=境界例の力動的精神療法 |publisher=金剛出版 |isbn=9784772404334 |ref=オットー・F・カーンバーグ、ハロルド・W・ケニスバーグ、アン・H・アペルバウム 他 (1993)}}
* {{Cite book |和書 |author=G・O・ギャバード(著)館哲朗(監訳) |year=1997 |origyear=1994 |title=精神力動的精神医学—その臨床実践「DSM‐IV版」(3)臨床編:II 軸障害 |publisher=岩崎学術出版社 |isbn=9784753397150 |ref=G・O・ギャバード (1997) }}
* {{Cite book |和書 |author=メラニー・クライン(著)小此木啓吾、岩崎徹也(訳) |year=1996 |origyear=1975 |title=羨望と感謝 |publisher=誠信書房 |isbn=9784414431056 |ref=メラニー・クライン (1996) }}
* {{Cite book |和書 |author=ハインツ・コフート(著)水野信義、笠原嘉(監訳) |year=1994 |origyear=1971 |title=自己の分析 |publisher=みすず書房 |isbn=9784622040910 |ref=ハインツ・コフート (1994) }}
* {{Cite book |和書 |author=ハインツ・コフート(著)本城秀次、笠原嘉(監訳) |year=1995 |origyear=1977 |title=自己の修復 |publisher=みすず書房 |isbn=9784622041023 |ref=ハインツ・コフート (1995a) }}
* {{Cite book |和書 |author=ハインツ・コフート(著)本城秀次、笠原嘉(監訳) |year=1995 |origyear=1984 |title=自己の治癒 |publisher=みすず書房 |isbn=9784622040958 |ref=ハインツ・コフート (1995b) }}
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* {{Cite book|和書 |author=町沢静男 |title=自己愛性人格障害 |year=2005 |publisher=駿河台出版社 |isbn=9784411003652 |ref=町沢静男 (2005b) }}
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* {{Cite book |和書 |author=丸田俊彦 |year=1992 |title=コフート理論とその周辺—自己心理学をめぐって |publisher=岩崎学術出版社 |isbn=9784753392100 |ref=丸田俊彦 (1992) }}
* {{Cite book |和書 |author=ウィルヘルム・ライヒ(著)小此木啓吾(訳) |year=1966 |origyear=1933 |title=性格分析—その技法と理論 |publisher=岩崎学術出版社 |isbn=9784753366071 |ref=ヴィルヘルム・ライヒ (1966) }}
* {{Cite book |和書 |author=エルザ・F・ロニングスタム(編著)佐野信也(監訳) |year=2003 |origyear=1998 |title=自己愛の障害—診断的、臨床的、経験的意義 |publisher=金剛出版 |isbn=9784772408004 |ref=エルザ・F・ロニングスタム (2003) }}
* {{Cite book |和書 |author=和田秀樹 |year=2002 |title=〈自己愛〉と〈依存〉の精神分析—コフート心理学入門 |publisher=PHP研究所 |isbn=9784569621050 |ref=和田秀樹 (2002a) }}
* {{Cite book |和書 |author=和田秀樹 |year=2002 |title=壊れた心をどう治すか—コフート心理学入門 II |publisher=PHP研究所 |isbn=9784569624587 |ref=和田秀樹 (2002b) }}
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== 関連項目 ==
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== 外部リンク ==
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2024年9月18日 (水) 05:50時点における最新版

自己愛性パーソナリティ障害
概要
診療科 精神医学, 臨床心理学
分類および外部参照情報
ICD-10 F60.8
ICD-9-CM 301.81
MedlinePlus 000934
MeSH D010554

(じこあいせいパーソナリティしょうがい、: narcissistic personality disorderNPD)とは、過大な自尊心と自信、過度な賞賛の欲求、共感の欠如といった特徴を示すパーソナリティ障害の一類型である[1]

DSMではクラスターBパーソナリティー障害に分類される[2]。診断は専門家による面接によって行われる[3]。鑑別疾患として躁病物質使用障害がある[2]

患者はたいてい自分が問題であるとは認識していないため、多くの場合において精神療法は困難である[3]。人口の1%が、一生のある時点でNPDを経験すると考えられている[4]。女性よりも男性に多く、また老年者よりも若者に多い[3][2]。このパーソナリティーは1925年にロバート・ウェルダーにより初めて記され、1968年にNPDとの用語が使われるようになった[5]

定義

[編集]

精神医学的障害の一種である。

症状

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メイヨクリニックによると、自己愛性パーソナリティ障害は劇的で感情的な行動に特徴づけられ、主として以下の症状を含んでいる[6]

自己愛性パーソナリティ障害の症状
  • 人より優れていると信じている
  • 権力、成功、自己の魅力について空想を巡らす
  • 業績や才能を誇張する
  • 絶え間ない賛美と称賛を期待する
  • 自分は特別であると信じており、その信念に従って行動する
  • 人の感情や感覚を認識しそこなう
  • 人が自分のアイデアや計画に従うことを期待する
  • 人を利用する
  • 劣っていると感じた人々に高慢な態度をとる
  • 嫉妬されていると思い込む
  • 他人を嫉妬する
  • 多くの人間関係においてトラブルが見られる
  • 非現実的な目標を定める
  • 容易に傷つき、拒否されたと感じる
  • 脆く崩れやすい自尊心を抱えている
  • 感傷的にならず、冷淡な人物であるように見える

これらの症状に加え、自己愛性パーソナリティ障害の人物は傲慢さを示し、優越性を誇示し、権力を求め続ける傾向がある。彼らは称賛を強く求めるが、他方で他者に対する共感は欠けている[7]。これらの性質は、強力な劣等感および決して愛されないという感覚に対する防衛によるものではないかという説がある[8]

自己愛性パーソナリティ障害の症状は、高い自尊心と自信を備えた個人の特徴とも似通っていると捉えることができる。そこに違いが生じるのは、これらの特徴を生み出す、基底にある心理機構が病理的であるかどうかである。自己愛性パーソナリティ障害の人物は人より優れているという固有の高い自己価値感を有しているが、実際には脆く崩れやすい自尊心を抱えている。批判を処理することができず、自己価値観を正当化する試みとして、しばしば他者を蔑み軽んじることで内在された自己の脆弱性を補おうとする。痛ましい水準の自己価値観を有する他の心理学的状態とは対照的に、自己愛的な性格を特徴づけるのはまさにこの所以である[6]

幼少期における高い自己意識と誇大的な感覚はナルシシズムには特徴的なものであり、正常な発達の一部である。概して児童は、現実の自分と、自己に関して非現実的な視点の元となる理想自己との間にある違いを理解できない。8歳を過ぎると、自己意識にはポジティブなものとネガティブなものの両方が存在し、同年代の友人との比較を基盤にして発達し始め、より現実的なものになる。自己意識が非現実的なままで留まる原因として二つの要素が挙げられており、機能不全の交流様式として、親が子に対して過度の注意を向けること、あるいは注意が過度に不足していることのいずれかが挙げられる。その子どもは注意もしくはケアの不足により生じた自己の欠損を、誇大的な自我意識という手段で埋め合わせようとするだろう[9]。力動的な児童精神科医の多くは、自己愛性パーソナリティ障害は学童期までには同定できるという[10][11]。また幼児期の不安定な養育は独りでいられる能力の確立を阻害し、安心して一人でいること(孤独)を楽しんだり、一人でくつろぐことを困難にする傾向がある。

児童期ナルシシズム測定(CNS)尺度によると、自己愛的な子どもは他者によい印象を与え、称賛を得ることを求め続けるが、誠実な友情を形作ることにいかなる関心も持たないと結論づけられた。CNSの研究者達は、児童期のナルシシズムは西側社会においてより優勢に見られることを測定した。過度に個人を称賛することに焦点を当てたいかなる活動も、自己愛的な側面を強めうる。ナルシシズムを先鋭化させる、あるいは保護する因子を発見する更なる調査が求められている[9]

強迫

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強迫性障害(強迫神経症)の形成には生物学的基盤をもつものから心因性疾患として生じるものまで様々なルートが存在するが、その一つに自己愛性パーソナリティ障害が挙げられる。レオン・サルズマンは、強迫性格は今日もっともよくみられる性格であり、すべてをコントロールしようとし、それが可能であるという万能的な自己像をもつ点が特徴であることを指摘している[12]。強迫とは、同じ思考を反復せざるを得ない強迫観念と、同じ行為を繰り返さざるを得ない強迫行為を指すが、これらの症状の背後には強迫症者の持つ自己不全感が関与している。行為や思考を強迫的に反復して完全を期すことは、自己不信という根源的不安を防衛し、自己の完全性を維持することへと繋がる。現実に直面して敗退した自己愛性パーソナリティ障害の人物は、退却して仮想の世界で万能的自己を維持しようと試みる。現実との関わりを避け、決断や実行を回避し、ひきこもることで自己の栄光を維持しようとする。それは、何もしないでいれば、何でもできる可能性の中にとどまっていられるからである。強迫症状が軽減・消退した直後に抑うつが生じるのは、尊大な自己像が揺さぶられ、現実の自己を受け入れなければならなくなることへの反応であり、強迫は抑うつに対する防衛として機能している[13]

恥(羞恥心)との関連

[編集]

自己愛性パーソナリティ障害の人物は概して恥をかくことをひどく恐れる。精神分析医のアンドリュー・モリソンは、羞恥心の感覚は自己愛の傷つきによって生じる感情と捉えた[14]。初心者が犯しても問題にならないような初歩的なミス(たとえば将棋の二歩など)を、専門家が犯すとひどく恥ずかしく感じるのは、相応に高い自負心を持つ当人にとっては、それはあってはならないことだからである。すなわちプライドが高ければ高いほど、自己愛が先鋭化しているほど、失敗した際の恥の感覚はより一層強まる。恥の体験のしやすさと自己顕示的傾向は相関しており、恥の感情と自己愛が表裏一体の関係にあるといわれるのはこの所以である[15]

聴衆のいるスピーチ、歌唱、演技(舞台)などの状況下においては、通常は他人に見せたい自分、見せてもよい自分が注意深く選択され表現されていくが、声の震えや発汗、顔面のこわばりや紅潮などは自律神経系の支配下にあるため、意識ではコントロールできない予期せぬ反応が生じることがある。自己表現を生業としない大多数の人にとって、こうした状況は見せたくない自分がいつ漏れ出すか分からない、非常に緊迫した状況となる。プライドの高い人間が最も避けなければならないのは、狼狽する自分の姿が衆目に晒されることであり、他人から認められたいという人一倍強い欲求が、彼らを圧倒して強い緊張を生みだし、それはやがて恐怖感となって彼らを覆うようになる。対人恐怖症社交恐怖をわずらう人もまた、自己愛の病理を抱えている[注 1]。自己愛性パーソナリティ障害の中でも過敏なタイプは、恥の感情に特徴づけられ、強い羞恥心と対人恐怖的な性格を有している[16]

原因

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自己愛性パーソナリティ障害の原因は知られていないが、アーノルド・クーパーらは様々な研究から可能性として以下の項目をリスト化した[17]

自己愛性パーソナリティ障害の原因となる因子
  • 生来の過度に敏感な気質
  • 現実に立脚しない、バランスを欠いた過度の称賛
  • 良い行動には過度の称賛、悪い行動には過度の批判が幼少期に加えられた
  • 親、家族、仲間からの過剰な甘やかし、過大評価
  • 並外れて優れた容姿、あるいは能力に対する大人からの称賛
  • 幼少期の激しい心理的虐待
  • 予測がつかず信頼に足らない親の養育
  • 親自身の自尊心を満足させるための手段として評価された

いくつかの自己愛的な特徴はありふれたもので、正常な発達段階においても見られる。これらの特徴が人間関係の失敗によって複合的なものとなり、成人期にまで持続し続けると、症状が最も激しくなった時点で自己愛性パーソナリティ障害と診断されることになる[18]。この障害の原因は、フロイディアンの言葉で言えば、発達上の早期幼年時代への固着の結果であるとする精神療法家もいる[19]

病理的なナルシシズムは重症度の連続体の中に生じる。その中でも極端な形のものが、自己愛性パーソナリティ障害である。自己愛性パーソナリティ障害は、自分は人に根本的に受け入れられない欠陥があるという信念の結果によるものと考えられている[20]。この信念は無意識下に保持されているため、そのような人は、もし尋ねられても、概してそのような事実を否定するであろう。人が彼らの不完全性(と彼らが思うこと)を認識し、それに続いて耐え難い拒絶や孤立が生じることを防ぐために、その様な人々は他者の自分に対する視点と行動を強力にコントロールしようとする。

病理的なナルシシズムは幼年期の世話役である親との関係性の質の低下によって発達することがあり、そのような関係性においては、両親は健全で共感的な愛情を彼らに与えることが出来なかった。その結果として子どもは、自分が人にとって何の重要性も持たず、関係性もないと認識してしまう。このような子どもは概して、自分には価値が無く、誰にも必要とされないというパーソナリティ上の欠陥をいくらか有していると信じるようになる[21]

病理的に自己愛的である限りにおいて、彼らは操作的で、非難がましく、自己没頭的で、不寛容で、人の欲求に気がつかず、自分の行動の人への影響を意識せず、他者に対し自分が望むように自分のことを理解するよう強く主張する[22]。自己愛的な人物は、他者を犠牲にして自分を守るための様々な戦略を用いる。彼らは他者を価値下げし、非難し、傷つける傾向がある。また彼らは怒りと敵意を持って、脅迫的な反応で応じる[23]

過度に自己愛的な人物は概して、批判されたときは拒否され、屈辱を与えられ、脅かされたと感じる。これらの危険から自分を守るために、現実あるいは想像上のものにかかわらず、いかなるわずかな批判に対しても、彼らはしばしば軽蔑、怒り、あるいは無視などで反応する[24]。そのような状況を避けるために、自己愛的な人の中には、社会的にひきこもって内気で謙虚であるように装うものもいる。自己愛性パーソナリティ障害の人物が、称賛・是認・注目・肯定的態度が不足していると感じた場合には、彼らは自身が脅かされたという感情をはっきりと示すことがある。

自己愛性パーソナリティ障害の人物は、しばしば野心的で有能なことがあるが、挫折や反対意見、批判に我慢強く耐える能力がなかったり、加えて共感性の不足が、人と協調的に仕事をすることや、長い期間を要する専門的分野での成果を保持することを困難にしている[25]。自己愛性パーソナリティ障害の人物は、現実離れなほど誇大的に自己を認識しており、しばしば軽躁気分を伴って、概して現実の業績に不釣り合いな認識でいる。

分裂

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カーンバーグによる正常な自己評価の調節図 カーンバーグによる正常な自己評価の調節図
カーンバーグによる正常な自己評価の調節図
カーンバーグによる病的な自己評価の調節図
誇大的・万能的自己と無能的・無価値的自己に分裂している

自己愛性パーソナリティ障害と診断された人々は、中心的な防衛機制として分裂スプリッティング)を用いる。精神分析医カーンバーグは「現実の自己が一方にあり、他方に理想自己と理想対象があり、それらの間にある通常の精神的緊張はうず高く築かれた自己意識により排除され、そのような状況の中で現実の自己と理想自己、理想対象が曖昧になっている。それと同時に、受け入れられないイメージの残余部分は抑圧され、外界の対象に投影され、それらは脱価値化される」[26]と指摘している。

うず高い自己意識と現実の自己の結合は、自己愛性パーソナリティ障害に内在する誇大性の中に見られる。また、これらの過程に固有の防衛機制は、脱価値化理想化否認である[27]。他の人びとは、唯一の役割である賞賛と是認を与えることで奉仕する、彼らの延長として操作された人々であるか、あるいは自己愛者の誇大性と共謀することが出来なかったために、価値がないと見なされた人々のどちらかである[28]

境界性パーソナリティ障害の人格構造は良い自分と悪い自分に分裂していて、灰色の自分が存在しないのに対し[29]、自己愛性パーソナリティ障害の人格構造は誇大的自己と無能的自己に分裂しており、真の自己である等身大の自分が存在しないのが特徴である[30]

羨望

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嫉妬(jealousy)と羨望(envy)は、通俗的には同じような意味を持つ言葉として用いられるが、心理学的には異なる2つの感情である。羨望は、自分以外の誰かが望ましいよいものをわがものとしていて、それを楽しんでいることに対する怒りの感情であり、二者関係に基づいている[31]。対して嫉妬は、三者関係で自分が愛する対象が別の存在に心を寄せることを怖れ、その存在をねたみ憎む感情である[32]

羨望はよい対象を破壊してしまうが、嫉妬は愛する対象への愛情は存在していて、羨望の様によい対象が破壊されてしまうことはない。この点において、羨望は最も原始的で悪性の攻撃欲動であり、破壊衝動である。自己愛性パーソナリティ障害の人物は、自分がほしいのに得られなかったものを持っている人をみたとき、激しい羨望に駆り立てられ、よいものを所有していることをねたみ、憎み、批判し、破壊しようとする。羨望と万能感に結びついた激しい攻撃性は、自己愛性パーソナリティ障害の重要な性格標識の一つである。

健康な発達過程においては、羨望の破壊性が受け止められ、そこから生じる罪悪感や抑うつを十分に体験し次第に羨望の感情を統合していく。羨望と破壊衝動に結びついた万能感は次第に減少していき、それに伴い分裂排除されていた愛情と感謝への能力が解放されるようになっていく。自らの建設的な償いと、愛情への信頼感が、次第に羨望を減少させ、感謝の感情がやがて永続的なものへと変化していく[33]。自己愛的な人物は、羨望が処理された後に発達するこうした感情が未発達な傾向がある。メラニー・クラインをはじめとするクライン学派は、羨望の精神病理と軽躁的パーソナリティを生みだす躁的防衛が、自己愛性パーソナリティ障害を構成する中核部分であることを強調した[34]

構造

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病理的な親は自分の延長物として子どもを利用する。常に上を目指すよう励まし、人より優れることを期待する。期待に沿う限りにおいて子を甘やかし、賞賛するが、出来ないときには失望し、怒りを表出する。自身の自己愛によって子を振り回すのである。こうした期待の内実は親自身の欲望であり、子供の事を自分を飾る道具、所有物、モノとして扱っているにすぎない。親の自己愛の照射を受けて養育された子どもは、期待に添う限りは賞賛され、愛されるが、一方では自分は無条件には愛されない(すなわち、本当には愛されない)という二重構造の中で生きる事となる[35]

そうした子どもは物を介して甘やかされてはいても、信頼と受容の関係という甘えることを体験していない。輝く子どもであることを無意識に要求され続け、しかし際限のない親の欲望を満たすことができず、常に自己が無力化される機構が働いている。無力化される体験を浴び続けることで形成されるのは、深刻な欠損を抱えた空虚な自己である。自己不信を中核とした自己意識は常に悪性の抑うつを生み出し続ける。自分は無力で価値のない、無意味な存在であるという極度に価値下げされた自己像を抱える子どもは、自己不信が生みだす深刻な抑うつを防衛するために、鏡像で映したような、等価の価値のある自分を発展させて自己をバランスしようとする。甘えを断念して手に入れたのは病理的自尊心であり、背後には茫漠たる自己不信が横たわっている[注 2]。そしてその内部には愛されないことへの不安と怒り、嫉妬と羨望の感情が渦巻いている[35]

内的価値は自分の存在が周囲から許され愛されており、無条件に自分という存在には価値があるという感覚によって成立する。自分の内的なものに自信がない彼らが社会で生きていくためには、誰もが目で見てわかるような外的価値を獲得するしかない。収入、学歴、職業、地位、才能、ブランド、優れた容姿、スリムな体型などはその代表的なものである。周囲の人からどう思われるかに敏感であり、常に他人と自分を比較しながら生きざるを得なくなる。輝く自分を実現するには、他人を蹴落してでも上位にならなければならない。外的価値は結果を出すことでしか得られないため、プロセスはなんの意味も持たなくなる。結果主義は勝ち負けの世界を用意し、必然的に嫉妬と羨望を呼び起こす。等身大の自分を持ち合わせていない彼らは、優越している自分は他者を見下す対象にし、転落した無能な自分は見下される対象になり、対等の人間関係をつくることが困難になる。早期に自立を期待され、甘えを封印してきた彼らは、子ども時代を積み残したまま次の発達段階へと進んでいく。誇大的自己は自己不信の裏返しであり、これは一種の躁的防衛でもある[35]

マスターソンは、「自己愛パーソナリティ障害の精神内界構造は、誇大自己表象と万能対象表象から成り立っているが、この両者は融合して一つの単位となり、継続的に活性化されて、基底にある攻撃的な、あるいは空虚な対象関係融合単位に対して防衛している。このように絶えず活性化されているので抑うつを経験することが少ないのである」[36]と述べており、誇大的自己は抑うつを防衛するために機能していることを指摘している。

誇大的自己が意識にのぼっている時にはエネルギーに満ち、軽躁的な活動性を示す。それに対して無能的自己が持続する状態に陥った時には、深い無力感、空虚感にとらわれ、絶望的な抑うつの海へと沈みこむ。自己愛性パーソナリティ障害の人格構造は、誇大的自己と無能的自己のあいだで振幅運動を繰り返すところにある[35][37][38][注 3]。こうした2つに分極した自己構造を持ち、中間にある等身大の自分が存在していない。失望や失敗をきっかけに無能的自己へと転落して激しい抑うつを体験する一方で、自己評価を高めるような出来事を体験すると誇大的自己へと復帰する。適応が上手くいっている時には問題がないが、現実が思う通りにならず破綻をきたした時に露呈する感情は、激しい怒り、強烈な羨望、無力感、無価値感、空虚感、孤独感であり[39]、それは自己不信にまみれた人間の抱く感情でもある。

摂食障害身体醜形障害の人物も同様の構造を抱えている。分裂した自己像を抱える人物は交代性にその一方を生きるが、優れた・よい自分が持続している時は身体も優れた・よい身体と体験され、劣った・悪い自分が固定化されると身体も劣った・悪い自分として体験される[40]。ボディイメージの歪みの背後には底知れぬ自尊心の欠如があり、それはありのままの自分には何の価値もないという幻想に由来している。美容整形依存や極端な拒食は、現実で価値の獲得に失敗し、無条件には愛されない無価値な自分が生みだす深い抑うつを、輝く理想的な自分を実現することで振り払おうとする懸命の努力であるといえる。

類型

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自己愛性パーソナリティ障害の分類について、現代に至るまでに多くの報告がなされている。

マスターソンは自己顕示型(exhibitionistic)と引き出し型(closet ; 臆病な型)[41]に、ブロウセックは自己中心型(egotistical)と解離型(dissociative)[42]に分類した。バーステンは賞賛を過剰に求める渇望型(craving)、猜疑的で自分が一番と妄想する妄想型(paranoid)、活発だが傲慢な男根型(phallic)、物事をねじまげ人を操る操作型(manipulative)[43]の4型を指摘した。ロゼンフェルドは厚皮(thick skinned)と薄皮(thin skinned)[44]に、ウィンクは顕在型(overt)と潜在型(covert)[45]へと分類した。

2つのタイプ

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数多くの報告が成される中で、自己愛の病理は次第に顕在型と潜在型という2つのタイプに大きく型分けされるような障害として認知されてきた。それらの諸特徴を現象学的に記述し、包括的な報告を行ったのがグレン・ギャバードである[46]。自己愛性パーソナリティ障害を顕在型である無関心型(無自覚型 ; oblivious)と、潜在型である過敏型(過剰警戒型 ; hypervigilant)[注 4]の2つに型分けしたギャバードの分類は、現代において広く受け入れられている。これらの表現型の違いは、彼らの持つ誇大的自己が内的にどのように処理されるかによって、その現れ方が変わってきたものと理解される。2つのタイプの対比表は以下である。

自己愛性パーソナリティ障害の2つのタイプ
無関心型 (無自覚型)
oblivious type
過敏型 (過剰警戒型)
hypervigilant type
1. 他の人々の反応に気づかない
2. 傲慢で攻撃的
3. 自分に夢中である
4. 注目の的である必要がある
5. 「送話器」はあるが「受話器」がない
6. 見かけ上は、他の人々によって傷つけられたと感じることに鈍感である
1. 他の人々の反応に過敏である
2. 抑制的、内気、表に立とうとしない
3. 自分よりも他の人々に注意を向ける
4. 注目の的になることを避ける
5. 侮辱や批判の証拠がないかどうか他の人々に耳を傾ける
6. 容易に傷つけられたという感情をもつ。羞恥や屈辱を感じやすい
G・O・ギャバード(1997)[46]

DSMは歴史的にカーンバーグによって記述された攻撃的、顕在的、外向的なタイプを診断基準に組み入れて強調しており、誇大的な自己愛性パーソナリティ障害をかなり正確に記述している。しかし同一の感情的・認知的特徴と精神力動を有する潜在型の自己愛性パーソナリティ障害はほとんど無視されてしまっており、現実の臨床使用においては部分的にしか役に立たないことをギャバードやクーパーらは指摘している[47][48]

回避傾向を持つ群

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騒々しく見栄っ張りで、傲慢で人を利用するという明確な自己愛性パーソナリティ障害の人物像とは対照的に、過度に傷つきやすく、失敗を恐れ、恥をかかされることを心配するために人前に出ることを避ける過敏なタイプの自己愛性パーソナリティの人々がいる[48]。彼らは周囲の人が自分にどういった反応をするかに非常に敏感で、絶えず人に注意を向けている。批判的な反応にはとても過敏で、容易に侮辱されたと感じる。人に非難されたり、欠点を指摘されることを恐れ、社会的に引きこもることで葛藤を避け、自己の万能世界を築きあげようとする一群である。自分は拒絶され軽蔑されるだろうと確信しているために、スポットライトを浴びることを常に避ける。表面的には内気で抑制的に見えるが、その実、精神内界には誇大的な幻想を抱えており、自己愛的活動の大部分を空想の中で行い、それを人に知られないようにしている。彼らの内的世界の核心には、誇大的で顕示的な秘められた願望に根ざした、強い羞恥心がある。

一見すると慎み深く、ときに深く共感的に見えることもあるが、それは他者に純粋な関心があるように見せたいという彼らの願望を取り違えているだけである。彼らは自分の心的防衛の最終段階にある抑制的な行動しか目に入らず、自分のことを恥ずかしがり屋で自己主張ができない人間であり、当然受けるべきものも得られない性格だと考えていることがある。現実には持続的な人間関係を持つことが出来ず、共感性の欠如を示し、内に秘めた誇大的な自己像は慎重な面接を繰り返していくことで徐々に明らかになっていくのが、潜在型のナルシストの特徴である[48]

アメリカ精神医学会精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)において、自己愛性パーソナリティ障害の人物は批判や挫折に伴う傷つきに非常に敏感なため、社会的ひきこもりの人々にも見られることを報告している[49]。グレン・ギャバードは、潜在型の自己愛性パーソナリティ障害の人々は回避性パーソナリティ障害社交恐怖と多くの点で関連していることを指摘している[50][51]。また牛島は、現代の操作的診断基準(DSM)においては顕在型の傲慢なタイプは自己愛性パーソナリティ障害と診断されるが、潜在型の過敏なタイプは回避性パーソナリティ障害(あるいはスキゾイドパーソナリティ障害)と診断されてしまうことが少なくないと述べている。これらは精神力動的には同じもので、単なる表裏の問題に過ぎず、背景にある自己愛性の問題を把握することが必要であることを指摘している[52]。また丸田は、典型的な症例は無関心型と過敏型の特徴のどちらかを示すが、臨床的にはほとんどが両者の混合型であり、ひとつの症状軸である「他者の反応に意を介さない vs 他者の反応に対して非常に敏感」を取り上げても、その反応は振り子の両極のように大きく揺れ動くのが特徴(健康な人は揺れが少ない)という点を指摘している[53]。現実の自己愛性パーソナリティ障害は、ギャバードの分類した無関心型の極から過敏型の極へと至る線上のいずれかにプロットされると考えられる。

その他の分類

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セオドア・ミロンは自己愛人格に見られる特徴を描写し、それらを5つのサブタイプとして分類した[54][55]。臨床的にはどのサブタイプにおいてもその純形はほとんど見られず、特徴は少なからず重なり合っているのが普通である[55]

自己愛性パーソナリティ障害の5分類
分類 概要 人格特性
反道徳的ナルシスト 反社会的特徴を含んでいる。搾取的で、不実で、人をだます、無節操なペテン師という人物像をもつ 良心に欠けている。無節操で、道理に無関心であり、不実で、詐欺的で、人を欺き、傲慢で、人をモノのように扱う。支配的で、人を軽蔑し、執念深い詐欺師である
多情型(好色的)ナルシスト 演技的特徴を含んでいる。ドンファン性格者(多情で誘惑的)であり、エロティックで魅惑的な自己顕示的人物である 性的に誘惑的であり、魅惑的で、心を引きつけ、思わせぶりである。舌のよく回る巧みな人物であり、快楽主義的な欲望に耽るが、本当の親密さにはほとんど無関心である。貧乏な人やうぶな人を魅了し、意のままに操る。病的に嘘つきで、人を騙す
代償的ナルシスト 受動攻撃的な特徴を含んでいる。また、過敏で回避的な特徴を有している 自尊心の欠如および劣等感を中和あるいは相殺することに努める。すなわち、自分は優れており、特別で、賞賛されるべきであり、注目に値するという幻想を生み出すことで自己の欠損をバランスしようとする。それらの自己価値感は自身を強調した結果生まれたものである
エリート主義的ナルシスト 純粋なタイプである。ヴィルヘルム・ライヒの男根期的自己愛性格に相当する 偽りの業績や特別な子ども時代の体験のために、自分は特権的で、特別な能力を有すると信じている。しかし、立派な外見と現実との間に関連はほとんどない。恵まれた、上昇気流にのった良好な社会生活を求め、人との関わりにおいては特別な地位や優越が得られる関係を築こうとする
狂信的ナルシスト 妄想的な特徴をもつ 自尊心はひどく幼少時代に捉われており、普段から誇大妄想的傾向を示し、全能の神であるという幻想を抱いている人物である。自分は重要ではなく、価値が無いという幻想と戦っており、素晴らしいファンタジーを夢想すること、あるいは自己鍛錬を通じて、自尊心を再確立しようと試みている。他者から是認や支持を得ることができない時には、壮大な使命を帯びた英雄的で崇拝される人物の役割を担おうとする
セオドア・ミロン(2003)[56]

共通特徴

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自己愛性パーソナリティ障害は、対人関係における搾取的行動、共感性の欠如、激しい羨望・攻撃性・自己顕示欲という諸々の特徴を示す[57][58]。彼らの持つもう一つの側面は、その傷つきやすさである。意識的なレベルでは、それは無力感、空虚感、低い自尊心、羞恥心に由来するものである。それは彼らが求めたり、期待する支持が与えられない状況や、自己主張が不可能なために退避するような状況において、親しくなることを回避するという行動で表現されることがある[58]。自己愛の病理は軽症から重症まで連続的な広がりをもち、その自己表現形式も多様である。

診断基準

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パーソナリティ障害の診断は、特定のパーソナリティの特徴が成人期早期までに明らかになっており、薬物やストレスなど一過性の状態とは区別されている必要がある。臨床的に著しい苦痛や機能の障害がない場合は、正常なパーソナリティである[59]

DSM-IV-TR

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誇大性(空想または行動における)、賛美されたい欲求、共感の欠如の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。

  1. 自分が重要であるという誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)
  2. 限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
  3. 自分が “特別” であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達(または団体)だけが理解しうる、または関係があるべきだ、と信じている。
  4. 過剰な賛美を求める。
  5. 特権意識(つまり、特別有利な取り計らい、または自分が期待すれば相手が自動的に従うことを理由もなく期待する)
  6. 対人関係で相手を不当に利用する(すなわち、自分自身の目的を達成するために他人を利用する)。
  7. 共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気づこうとしない。
  8. しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
  9. 尊大で傲慢な行動、または態度
— アメリカ精神医学会、DSM-IV-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル[60]

ICD

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世界保健機関WHO)が発表するICD-10においては、自己愛性パーソナリティ障害は他の特定のパーソナリティ障害F60.8)に分類されており、個別の診断基準を有していない[61]。ICD-10はまた、いかなるパーソナリティ障害の診断においてもパーソナリティ障害の全般的診断ガイドラインを満たすことを求めている[62]

鑑別診断

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非精神病性のひきこもりは、等しく自我理想の問題を抱えている。対人恐怖症不登校退却神経症[63][64]ひきこもりは疾病論的にはDSMにおける社交不安障害から回避性パーソナリティ障害までの線上に位置し、これらは精神力動的には自己愛の障害という幅広い領域を形成している[65][51]。自己愛的な傷つきに対して激しい怒りを持ち、また傷つくことを怖れ、空想的な理想と現実の自分との間で葛藤を抱えている人々である。表徴の背後にある、構造を見通す眼が求められる。

他のパーソナリティ障害

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元々同一の概念から誕生した経緯もあり、自己愛性パーソナリティ障害と他のパーソナリティ障害は重複する部分も多い。特にパーソナリティ障害クラスターB群(境界性、反社会性、演技性)や、回避性パーソナリティ障害などとは重なりあう部分も多く、今後の研究によって、診断基準自体が大幅に変化することもあるだろう。

境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害の連続性については多くの指摘がなされている。精神病神経症の境界領域にある疾患群の総称が境界例であり、神経症側に近いものが自己愛性パーソナリティ障害、他方の極に近いものが境界性パーソナリティ障害であるとマスターソンリンズレーは指摘している[66]。またアドラーは、境界例患者は治療が進むと自己愛性パーソナリティ障害様の機能や能力を獲得することがあると述べている。ストロロウはこれら2つの障害に明確な境界を設けておらず、境界例患者でも自己を保てていれば自己愛性に近くなり、安定性を保てなくなると境界性様の症状が発現することを指摘している。現代精神医学においては、境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害を連続的なもの、すなわちスペクトラムとして捉える見方が大勢となっている[67][66]

以下に他のパーソナリティ障害との鑑別点を示す。

妄想性パーソナリティ障害
妄想性パーソナリティ障害は、通常その疑い深さと社会的ひきこもりによって自己愛性パーソナリティ障害とは区別される。これらの特性が自己愛性パーソナリティ障害にも見られる場合、それは主に自己の不完全さや欠陥があらわになることへの怖れから生じるものである[49]
境界性パーソナリティ障害
境界性パーソナリティ障害では、対人関係において支持への要求を顕著にあらわすが、自己愛性パーソナリティ障害の場合はそれよりも巧妙な手段を用いることが多い。自身を否定された時の過敏性は共通している。境界性パーソナリティ障害は情緒が極端で、対人関係の安定性が低いのに対し、自己愛性パーソナリティ障害はより安定し持続した関係を持つことができ、尊大であり自己評価も高い[68]
演技性パーソナリティ障害
演技性パーソナリティ障害は感受性が強く、情緒に富み、誘惑的だが、自己愛性パーソナリティ障害は冷淡で、共感性に欠け、賞賛を求める。自己愛性パーソナリティ障害は社会的評価の低下を伴ってまで他者の関心をひこうとはしない[49]
反社会性パーソナリティ障害
反社会性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害は人を利用し、表面的で、共感性を欠くという点で共通しているが、反社会性パーソナリティ障害は賞賛を必要としない。自己愛性パーソナリティ障害は衝動性・攻撃性を必ずしも有しておらず、社会的制裁を被るような行為障害や犯罪の既往は通常見られない[49]
回避性パーソナリティ障害
回避性パーソナリティ障害は理想的(誇大的)自己と無能的自己に分裂し、等身大の自分が欠如しているという自己愛性パーソナリティ障害と同様の構造を有しているが[69]、自己愛性パーソナリティ障害における無能的自己が強力に否認・抑圧され、認識されていない状態とは異なり、回避性パーソナリティ障害はその両者が意識化されている。そのため激しい怒りや嫉妬の感情が表面的にはコントロールされており、より高次の機制が用いられている。

治療

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治療の中心は精神療法である[70]薬物療法は抑うつ症状等に対する対症療法として行う。

病理学

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自己愛性格者および自己愛性パーソナリティ障害に対する治療的試みは、ジークムント・フロイトマスターソンロゼンフェルドカーンバーグコフートによるものが広く知られている。

ジークムント・フロイトは、現代の疾患単位でいえば自己愛性パーソナリティ障害の人々が含まれる自己愛神経症の治療を行っていたが、これらの患者には対象転移が生じず、自己愛転移しか生じないため、精神分析では治療できないと結論づけていた[71]マスターソンは、自己愛性パーソナリティ障害の人物もまた見捨てられ抑うつを抱えており、分離不安や共感の失敗が万能や価値下げなどの防衛を導くと指摘した[72]。また対象表象があたかも自己表象の構成部分であるかのように行動すること、幼児期の誇大感と万能感を維持し続けていることから、マーガレット・マーラーの発達理論における分離個体化期において発達停止が生じていると分析した。治療においては、自己愛の脆弱性を積極的に解釈し、葛藤を徹底操作していくことが重要であると報告した[73][74]ロゼンフェルドは、分裂ゆえに妄想的な被害感情を持つ心の態勢と、抑うつを受け止め償おうとする心の態勢の間に、見せかけの適応を示し変化を拒絶する自己愛構造体が自己愛性パーソナリティ障害の人々に特徴的に見られることを見いだした。こうした、いわば第三の態勢を生み出す悪性の防衛を放棄させることが、治療の眼目であるとロゼンフェルドは指摘した[75][76]

最も広く知られている治療理論はカーンバーグとコフートによるものであるが、彼らは自己愛性パーソナリティ障害に見られる転移を、積極的に直面化し解釈することあるいは共感的に扱うことで治療可能であることを報告した[53]。2人の治療理論にはそれぞれ対照的な部分があるが、それは素材となった患者群の違いによるところが大きいといわれる。コフートが診療を行った患者は、自己評価の傷つきやすさを抱えながらもそれなりの社会適応を果たしており、外来治療が可能な人々であった。対してカーンバーグの患者は入院治療を必要とする人達を含むより重症の患者群であり、境界性パーソナリティ障害と区別がつかない人達を含んでいた[53]。両者の治療論は以下である。

自己愛性パーソナリティ障害の精神力動的理解と治療
カーンバーグ コフート
・怒りを生得的に持ち合わせた一次的なものと見る
・自己愛性人格は境界性人格の下位分類である
・誇大的自己は病的構造と見る
・理想化を防衛手段として直面化し、解釈する
理解 ・怒りは共感的反応を得られない時に生じる二次的なものと見る
・自己愛性人格は境界性人格とは区別される
・誇大的自己は正常な発達過程で見られる
・理想化を正常な発達欲求として受け入れる
親が自分の自己愛の道具として特別な子を求めるなどの不適切な養育に加え、先天的な子どもの羨望と攻撃性の強さを重視する葛藤理論。自分の内部にあるアグレッションが強すぎるためにコントロールできないほどの葛藤が生じるのだと考え、解釈を通して直面化を繰り返し、自我の成長を促進する 原因 共感的な親子関係が築けなかったために心が十分に成長しなかったという後天的な環境要因を重視する欠損理論。この場合の欠損は生まれついてのものではなく、養育過程で生じた後天的な欠損を意味し、共感を用いて育て直し、自己評価調節機能と緊張緩和機能という心理的構造の内在化を目指す
幼年時代の処理できなかった原始的な怒りの感情が、外界へ投影されることで生じる恐怖・憎しみ・怒り・羨望の感情を解釈を通じて繰り返し直面化する。自分の悪い部分などを他者へ投影するなどした時に、本当は患者自身に抱えきれない葛藤があることを教えてゆく。被害妄想的な世界は、実は自分の中にある幼い頃の感情が外界に投影されたものであることを解釈し、洞察を助ける 治療 理想化転移を引き受ける。共感的に患者の気持ちを汲む(鏡転移)。間違いや失敗をした際には素直に謝るなど、理想化対象である治療者にも至らない点があることに気がつかせる(適量の欲求不満)。患者の欠損を解釈していくなかで、治療者のもつ安定した自己機能を取り込み、自己の欠損を埋める新たな心理構造の構築を援助する(変容性内在化)
誇大的で要求がましい自信過剰タイプ (ギャバードの無関心型に相当) 分類 自己評価が低く羞恥傾向があり、しばしば心身不全感を訴えるタイプ(ギャバードの過敏型に相当)
オットー・F・カーンバーグ(1996)[77][注 5]、ハインツ・コフート(1994)[78]、ほか[53]

疫学

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一般人口における生涯有病率は1%、病院患者においては2%〜16%と推定されている[17][79]2009年アメリカの心理学者であるトウェンギとキャンベルにより行われた調査によると、ここ10年で自己愛性パーソナリティ障害の発生率は2倍以上に増加しており、人口の16人に1人が自己愛性パーソナリティ障害を経験していると結論づけられている[80][81]

関連疾患

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自己愛性パーソナリティ障害はうつ病摂食障害強迫性障害パニック障害身体醜形障害物質関連障害・他のパーソナリティ障害との併存が見られる。大うつ病性障害のうち約2割が自己愛性パーソナリティ障害に伴う抑うつ症状という報告がある[82]。以下に特に関連の深い疾患を挙げる。

摂食障害

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アメリカ精神医学会はDSMにおいて、摂食障害の人はかなりの割合で少なくとも一つのパーソナリティ障害の診断基準を見たし、自己愛性パーソナリティ障害は神経性無食欲症拒食症)と関連が深く[49]神経性大食症過食症)は境界性パーソナリティ障害が最も多く見られると報告している[83]。摂食障害の人々もまた、極度に価値下げされた自己像と、それに対置する理想的で誇大的な自己像が分裂して併存しており、自尊心の障害を抱えている[84][85][86]。摂食障害における自己愛的防衛の研究は、摂食の病理と自己愛の間にある相関関係に注目している[87][88]

歴史

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水仙学名 : Narcissus)

極端なうぬぼれと自己中心性を表現するためにナルシシズムという言葉を使用するのは、現代の医学分類である自己愛性パーソナリティ障害の遥か以前に遡る。ギリシア神話の人物であるナルキッソスという青年は美しい容貌を備えていたが、彼に恋をした精霊のエコーに冷淡にふるまったことで女神ネメシスの怒りを買ってしまった。自分の姿に恋焦がれるという罰を受けたナルキッソスは、泉に映る自分に見惚れたまま痩せ衰えて死んでしまった。彼亡きあとの水辺には、一輪のスイセン: Narcissus)の花が残っていた[89]

ナルシシズム(自己愛)という言葉の起源は、1895年ハヴロック・エリスが自己没頭的な患者を報告する際にナルキッソスの物語を引用したのが始まりとされる。1899年にはパウル・ネッケ性倒錯を定義する言葉としてナルシシズムという語を用い、1909年にはジークムント・フロイト対象愛の前段階という、より広い心理状態を指す語としてナルシシズムという言葉を用いた。

1933年にはヴィルヘルム・ライヒがはじめて誇大的な人物像である男根期的自己愛性格を人格の病理として記載し[90]1946年にはオットー・フェニケルが自己愛人格あるいはドンファン性格として記載した[91]1953年アニー・ライヒは、極端な2つの自己像に分かれ、現実的な自己像を持たない自己愛患者について報告した[38]1967年オットー・カーンバーグによる自己愛性人格構造[92]1968年ハインツ・コフートによる自己愛性パーソナリティ障害[93]の提唱により、誇大的な自己像を抱え社会生活に支障をきたす一群の疾患単位が提唱された。1980年に発表されたDSM-IIIによって自己愛性パーソナリティ障害概念が定義され、DSM-5へと引き継がれ現在に至っている。

自己愛性パーソナリティ障害の有名人

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三島由紀夫(1925 - 1970)
ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908 - 1989)

自己愛性パーソナリティ(障害)を有していたとされる有名人には、三島由紀夫サルバドール・ダリヘルベルト・フォン・カラヤンがいる。

三島由紀夫は対人関係に過敏で、貴族的な選民意識を持ち、妥協を許さぬ完璧主義者であった。祖母に溺愛され、母との情緒的な繋がりを持ちにくかった三島は、幼い頃にはケガをすると危ないという理由で女の子だけを遊び相手に選ばれている。文壇デビュー当時の思うように売れない時期から、基底にある自己不確実感を覆い隠すようにボクシングウェイトリフティングという肉体鍛錬に没頭した。またそのうるわしい肉体とは対照的に、取り巻きなしでは飲食店に入ることすらできないという過敏性を示している[94]。その後数々の傑作を生み出し隆盛を極めたものの、40歳にもなると肉体的な老いを感じずにはいられなくなり、痩せ衰えることを極度に恐れた。やがて国家主義的思想に自らの在り方を重ねていった三島は、劇的な自決により、美を保ったまま自らの人生に幕を下ろした[95]

サルバドール・ダリは様々な精神障害の特徴を示しているが、その中核にあるのは歪なナルシシズムである。自らを天才と言って憚らない自己顕示性と、奇矯な振る舞いの背後には、ありのままの自分を認められずに過ごした生い立ちが関係している。ダリには同じ名前の兄がいたが、2歳でその人生を閉じており、ダリはその兄の写真を見る事を極度に恐れた。両親の目の奥に、自分ではなく、死んだ息子への不毛な愛情を感じていたからである。生涯にわたって自己喧伝の衝動に囚われ続けたダリは、『私は自分自身に証明したいのだ。私は死んだ兄ではない、生きているのは私だ、と』と綴っており、愛情面の傷つきからくる繊細な感性と、誇大的とも言える自信は、創造的な営みの原動力となった[96]

ヘルベルト・フォン・カラヤンは世界最高の指揮者として「帝王」の名をほしいままにしたが、その気性から数多くの問題を引き起こした。カラヤンはメディアに掲載される自らの写真を全てチェックし、認めたもののみ公表を許すなど、自分が最も理想的な姿で映し出されることを求めた[97]1975年に不意打ちで写真を撮られた際にはカメラマンを殴りつけるという事件を起こしている。またカラヤンは自らが貴族階級出身であることをあらわす「フォン」をつけて名乗ったが、パスポートには「ヘルベルト・カラヤン」とだけ記されていたという。幾度にも渡るベルリン・フィルハーモニーとの対立に示されるように、カラヤンは少しでも意見を言う者や、従わないものには怒り狂い、徹底的に攻撃した。世間の持つ「天才」、「帝王」という二枚目な「芸術家としてのカラヤン」と、「人間カラヤン」を同じように評価することはできないと楽員は述べている[98]

脚注

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注釈

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  1. ^ 対人恐怖症や対人緊張に悩む人は、自分を恥ずかしく思うと同時に、人前で完璧に振る舞い羨望の眼差しを向けられたいという願望を有している。理想的な自己イメージと卑下された自己イメージの間を揺れ動き、その多くは自己愛の病理を抱えている(ただしすべての対人恐怖症が自己愛と結びつくわけではない)。( 岡野憲一郎 (1998) pp. 29 - 34. )
  2. ^ “プライドの高い人”とは、一般に自己評価の低い人である。だから、他人からの評価によって傷つくのである。逆にいえば、他人からの評価によって揺らぐような低い自己評価所持者が「プライドの高い人」と周囲から認識されることになる。( 中井久夫 (2011) p. 146)
  3. ^ 万能的な自己と無価値な自己とに連動したうつと躁のエピソードから、しばしば双極性障害(rapid cycler)と誤診される。( 市橋秀夫 (2006) pp. 96 - 97. )
  4. ^ "oblivious type" は「無自覚型」、"hypervigilant type" は「過剰警戒型」と翻訳されることがある。
  5. ^ 精神療法は常識の通用しなくなったところからはじまる。今・ここでの関係性の中で、不鮮明で混乱した意識的・無意識的材料を明確化し、潜在的な葛藤を生み出す矛盾した事柄を直面化し、不合理な行動の起源となる無意識的内容を論理的に解釈する。あの時・あそこで体験した病因的関係が、今・ここで再演されていることと結びつけて転移解釈を行う。これらのサイクルを繰り返して徹底操作する。以上が精神療法の実際的な機序である。( オットー・F・カーンバーグ (1996) pp. 9 - 11. )

出典

[編集]
  1. ^ 市橋秀夫 (2006) pp.56-63
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参考文献

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診断ガイドライン

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医学書・一般書

  • 市橋秀夫『心の地図〈上〉—こころの障害を理解する』星和書店、1997年。ISBN 9784791103553 
  • 市橋秀夫『パーソナリティ障害(人格障害)のことがよくわかる本』講談社、2006年。ISBN 9784062594080 
  • 牛島定信『人格の病理と精神療法—精神分析、森田療法そして精神医学』金剛出版、2004年。ISBN 9784772408172 
  • 牛島定信『図解 やさしくわかるパーソナリティ障害 正しい理解と付き合い方』ナツメ社、2011年。ISBN 9784816351617 
  • 岡田尊司『パーソナリティ障害—いかに接し、どう克服するか』PHP研究所、2004年。ISBN 9784569635255 
  • 岡田尊司『パーソナリティ障害がわかる本—「障害」を「個性」に変えるために』法研、2006年。ISBN 9784879546258 
  • 岡野憲一郎『恥と自己愛の精神分析—対人恐怖から差別論まで』岩崎学術出版社、1998年。ISBN 9784753398096 
  • 岡野憲一郎『恥と「自己愛トラウマ」—あいまいな加害者が生む病理』岩崎学術出版社、2014年。ISBN 9784753310739 
  • 小此木啓吾『自己愛人間』筑摩書房、1992年。ISBN 9784480080165 
  • 小此木啓吾(編代)『精神分析事典』岩崎学術出版社、2002年。ISBN 9784753302031 
  • 笠原嘉『退却神経症—無気力・無関心・無快楽の克服』講談社、1988年。ISBN 9784061489011 
  • 笠原嘉『アパシー・シンドローム』岩波書店、2002年。ISBN 9784006000950 
  • 狩野力八郎『重症人格障害の臨床研究—パーソナリティの病理と治療技法』金剛出版、2002年。ISBN 9784772407533 
  • 狩野力八郎『自己愛性パーソナリティ障害のことがよくわかる本』講談社、2007年。ISBN 9784062594219 
  • 上島国利(監)市橋秀夫(編)『精神科臨床ニューアプローチ 5 パーソナリティ障害・摂食障害』メジカルビュー社、2006年。ISBN 9784758302302 
  • 川谷大治『思春期と家庭内暴力—治療と援助の指針』金剛出版、2001年。ISBN 9784772406901 
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  • ハインツ・コフート(著)本城秀次、笠原嘉(監訳)『自己の治癒』みすず書房、1995年(原著1984年)。ISBN 9784622040958 
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  • ジーン・M・トウェンギ、W・キース・キャンベル(著)桃井緑美子(訳)『自己愛過剰社会』河出書房新社、2011年(原著2010年)。ISBN 9784309245768 
  • 中井久夫『世に棲む患者』筑摩書房、2011年。ISBN 9784480093615 
  • 成田善弘『強迫性障害—病態と治療』医学書院、2002年。ISBN 9784260118651 
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  • 林直樹『パーソナリティ障害—いかに捉え、いかに対応するか』新興医学出版社、2005年。ISBN 9784880024783 
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  • 町沢静男『自己愛性人格障害』駿河台出版社、2005年。ISBN 9784411003652 
  • 松木邦裕『対象関係論を学ぶ—クライン派精神分析入門』岩崎学術出版社、1996年。ISBN 9784753396054 
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  • マーガレット・S・マーラー、アニー・バーグマン、フレッド・パイン(著)高橋雅士、織田正美、浜畑紀(訳)『乳幼児の心理的誕生—母子共生と個体化』黎明書房、2001年(原著1975年)。ISBN 9784654000869 
  • 丸田俊彦『コフート理論とその周辺—自己心理学をめぐって』岩崎学術出版社、1992年。ISBN 9784753392100 
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  • エルザ・F・ロニングスタム(編著)佐野信也(監訳)『自己愛の障害—診断的、臨床的、経験的意義』金剛出版、2003年(原著1998年)。ISBN 9784772408004 
  • 和田秀樹『〈自己愛〉と〈依存〉の精神分析—コフート心理学入門』PHP研究所、2002年。ISBN 9784569621050 
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関連項目

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外部リンク

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