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「不思議の国のアリス」の版間の差分

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<!--この記事の初版は、英語版ウィキペディアの“Alice's Adventures in Wonderland”(12:38, 8 Jan 2005)より訳出-->
[[ファイル:Alice in Wonderland.jpg|thumb|不思議の国のアリス]]
|title = 不思議の国のアリス
|orig_title = Alice's Adventures in Wonderland
[[ファイル:Alice par John Tenniel 25.png|thumb|right|300px|[[ジョン・テニエル]]によるアリスのお茶会(1865年)]]
|image = Lewis Carroll - Alice's Adventures in Wonderland.djvu
|image_size = 160px
|image_caption = 初版本の表紙
|author = [[ルイス・キャロル]]
|translator = <!-- 訳者 -->
|illustrator = [[ジョン・テニエル]]
|published = [[1865年]][[11月26日]]
|publisher = マクミラン社
|genre = [[児童文学]]、[[ファンタジー]]
|country = [[イギリス]]
|language = [[英語]]
|type = <!-- 形態 -->
|pages = <!-- ページ数 -->
|preceded_by = <!-- 前作 -->
|followed_by = 『[[鏡の国のアリス]]』
|website = <!-- 公式サイト -->
|id = <!-- コード -->
|portal1 = 文学
}}
『'''不思議の国のアリス'''』(ふしぎのくにのアリス、[[英語|英]]:''Alice's Adventures in Wonderland'')は、[[イギリス]]の[[数学者]]チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンが[[ルイス・キャロル]]の筆名で書いた児童小説。[[1865年]]刊。幼い少女[[アリス (不思議の国のアリス)|アリス]]が[[白ウサギ (不思議の国のアリス)|白ウサギ]]を追いかけて不思議の国に迷い込み、しゃべる動物や動くトランプなどさまざまなキャラクターたちと出会いながらその世界を冒険するさまを描いている。キャロルが知人の少女[[アリス・リデル]]のために即興でつくって聞かせた物語がもとになっており、キャロルはこの物語を手書きの本にして彼女にプレゼントする傍ら、知人たちの好評に後押しされて出版に踏み切った。[[1871年]]には続編として『[[鏡の国のアリス]]』が発表されている。


『アリス』の本文には多数のナンセンスな言葉遊びが含まれており、作中に挿入される詩や童謡の多くは当時よく知られていた教訓詩や流行歌のパロディとなっている。英国の児童文学を支配していた教訓主義から児童書を解放したとして文学史上確固とした地位を築いているだけでなく、[[聖書]]や[[シェイクスピア]]に次ぐといわれるほど多数の言語に翻訳され引用や言及の対象となっている作品である<ref>コーエン、238頁。</ref>。本作品に付けられた[[ジョン・テニエル]]による挿絵は作品世界のイメージ形成に大きく寄与しており、彼の描いたキャラクターに基づく関連商品が数多く作られるとともに、後世の「アリス」の挿絵画家にも大きな影響を及ぼしている。[[ディズニー]]映画『[[ふしぎの国のアリス]]』をはじめとして映像化・翻案・パロディの例も数多い。
『'''不思議の国のアリス'''』(ふしぎのくにのアリス)は、[[イギリス]]の[[数学者]]にして[[作家]]チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンが、[[ルイス・キャロル]]の筆名で[[1865年]]に出版した[[児童文学]]である。主人公の少女アリスが、白うさぎを追ってうさぎ穴に落ち、そこから人間の言葉をしゃべる動物や人間のようなトランプの札の住む[[ファンタジー]]の世界を冒険する物語である。

『不思議の国のアリス』の本文には、ドジソンとその友人たちに関わる逸話や、イギリスの学童の授業風景のパロディ・[[風刺]]が数多く含まれている。教訓物語から開放された新たな児童文学の出発点であり、言語遊戯、論理学、夢(精神分析)などに関する多くの論点をはらむ作品として、英文学史上でも特筆される。今日に至るまで、世界各地で訳され、子供だけでなく大人にも親しまれている。

本書の英語の原題「{{lang|en|Alice's Adventures in Wonderland}}」の直訳は、『不思議の国でのアリスの冒険』となるが、日本では後述するように『不思議の国のアリス』の訳題で知られている。英語でも、しばしば省略形である 「{{lang|en|Alice in Wonderland}}」 の題名が使われる。この略題は近年の本作品の映画化などによって、広く用いられるようになった。

本書には『[[鏡の国のアリス]]』({{lang-en-short|Through the Looking-Glass, and What Alice Found There}})と題された続編があり、両編の要素を組み合わせた[[映画|映像化]]が何度も行われている。

一説によれば、[[聖書]]の次に世界中で読まれている本である<ref>FCT系列 4/18 2:25〜2:55放送「アリス・イン・ワンダーランド」中で言及。</ref>。


{{TOC limit|2}}
== 成立 ==
== 成立 ==
[[ファイル:Alice Liddell.jpg|thumb|7歳のアリス・リデル。キャロルの撮影(1860年)。]]
{{文学}}
『不思議の国のアリス』成立の発端は、作品出版の3年前の[[1862年]][[7月4日]]にまで遡る。この日キャロル(ドジソン)は、かねてから親しく付き合っていたリデル家(キャロルの住む[[オックスフォード大学]]の学寮[[クライスト・チャーチ (オックスフォード大学)|クライストチャーチ]]の学寮長の一家)の三姉妹、すなわちロリーナ(Lorina Charlotte Liddell、13歳)、[[アリス・リデル|アリス]](Alice Pleasance Liddell、10歳)、イーディス(Edith Mary Liddell、8歳)、それに[[トリニティ・カレッジ]]の同僚ロビンスン・ダックワースとともに、アイシス川(オックスフォードでは[[テムズ川]]をこう呼んだ)をボートで遡る[[ピクニック]]に出かけた<ref>ストッフル、67頁。</ref>{{refnest|group="注釈"|このピクニックは、一行にとってはじめてのボート遊びというわけではない。キャロルは同年6月、ダックワースとリデル三姉妹に加えて、自身を訪ねに来ていた姉のファニー、エリザベス、叔母のルーシーの8人のメンバーで、ニューナムへボートのピクニックに出かけている。このとき一行は帰りのボートで雨に降られてずぶぬれになり、途中でボートを降りて知人の家に避難しており、このときの体験が本作第2章の「涙の池」のエピソードの元になっている<ref>ストッフル、67-68頁。</ref>。その後、7月3日にふたたびニューナムへのピクニックが計画されたが、雨で中止され、翌4日はニューナムには入れない日であったので、代わりにゴットストウへのピクニックに変更されたのである<ref>ストッフル、68-69頁。</ref>。}}。
『不思議の国のアリス』は、作者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンと友人ロビンソン・ダックワースが、3人の[[少女]]たちと一緒にテムズ川をボートで遡っていたときから丁度3年後にあたる、[[1865年]][[7月4日]]に出版された。3人の少女たちとは、
*ロリーナ・シャーロット・リデル('''Lorina Charlotte Liddell''' - 13歳・本編序詩「黄金色の昼下がりに」の「一の姫(Prima)」)
*[[アリス・リデル|アリス・プレザンス・リデル]]('''[[w:Alice Liddell|Alice Pleasance Liddell]]'''(en) - 10歳・「二の姫(Secunda)」)
*イーディス・メアリ・リデル('''Edith Mary Liddell''' - 8歳・「三の姫(Tertia)」)
である。
[[ファイル:Alice Liddell.jpg|thumb|250px|left|アリス・リデル(当時7歳)チャールズ・ドジソン撮影(1860)]]


[[File:Alice-cover-underground.gif|thumb|140px|手書き本『地下の国のアリス』]]
この行程は、イングランド、[[オックスフォード]]近郊のフォーリー橋から始まり、5マイル離れたゴッドストウ村で終わった。旅路の途中でドジソンは、アリスという名前の女の子の冒険の物語を即興で少女たちに語って聞かせた。
この行程は[[オックスフォード]]近郊のフォーリー橋から始まり、5マイル離れたゴッドストウ村で終わった。その間キャロルは少女たち、特にお気に入りであったアリスのために、「アリス」という名の少女の冒険物語を即興で語って聞かせた(このときの様子は作品の巻頭の献呈詩のなかで「黄金の昼下がり」として描かれている)。キャロルはそれまでにも彼女たちのために即興で話をつくって聞かせたことが何度かあったが、アリスはその日の話を特に気に入り、自分のために物語を書き留めておいてくれるようキャロルにせがんだ<ref>ストッフル、71頁。</ref>。キャロルはピクニックの翌日からその仕事に取り掛かり、8月にゴッドストウへ姉妹と出かけた際には物語の続きを語って聞かせた<ref>ストッフル、72頁。</ref>。この手書きによる作品『[[地下の国のアリス]]』が完成したのは1863年2月10日のことであったが、キャロルはさらに自分の手で挿絵や装丁まで仕上げたうえで、翌1864年11月26日にアリスにこの本をプレゼントした<ref>ストッフル、72-73頁。</ref>{{refnest|group="注釈"|もっとも、完成したこの本をプレゼントしたときにはキャロルとリデル家との関係はすでに冷えこんでいた。その経緯を書いた部分と思われる箇所がキャロルの日記から(おそらくキャロルの死後に姪によって)削除されているため原因は不明であるが、キャロルがアリスに求婚してリデル夫人に断られたのではないかとも推測されている<ref>ストッフル、86-87頁。</ref>。}}。<!--なおオリジナル原稿のほうはこの際にキャロル自身により破棄されたようである。-->


さらにこの間、キャロルは知己であり幻想文学・児童文学の人気作家であった[[ジョージ・マクドナルド]]の一家に原稿を見せた。マクドナルド夫妻は手紙で、作品を正式に出版することをキャロルに勧め、また夫妻の6歳の息子グレヴィルが「この本が6万部あればいいね」と言ったことがキャロルを励ました<ref>ストッフル、73-74頁。</ref>。こうしてキャロルは出版を決意し、『地下の国のアリス』から当事者にしかわからないジョークなどを取り除き、「チェシャ猫」や「狂ったお茶会」などの新たな挿話を書き足して、もとの18,000語から2倍ちかい35,000語の作品に仕上げ、タイトルも『不思議の国のアリス』に改めた<ref>ストッフル、81頁。</ref>。出版社は1863年末にロンドンのマクミラン社と決まった。マクミラン社は当時、自社で出したばかりの{{仮リンク|チャールズ・キングズリー|en|Charles Kingsley}}{{refnest|group="注釈"|チャールズ・キングスリーの弟ヘンリー・キングスリーも小説家であった。彼もある日リデル家を訪れた際に『地下の国のアリス』を目にし、リデル夫人を介してキャロルにこの作品の出版を勧めている<ref>コーエン、222-223頁。</ref>。}}の児童書『{{仮リンク|水の子|en|The Water-Babies, A Fairy Tale for a Land Baby}}』が好評を得ていたため、キャロルの物語に興味を示したものと思われる<ref>ストッフル、80-81頁。</ref><ref>コーエン、223-224頁。</ref>。挿絵は『[[パンチ]]』の編集者トム・テイラーの紹介によって、同誌の看板画家[[ジョン・テニエル]]に依頼された。挿絵にこだわりを持っていたキャロルはテニエルと何度も連絡をとり、細かい注文をつけてテニエルを閉口させたが、二人のやりとりのあとを示す書簡は今日では残っていない<ref>ストッフル、76-77頁。</ref>。
この物語は、少女たちのお気に入りとなり、アリス・リデルは自分のために物語を書き留めてくれるようドジソンにせがんだ。ついにドジソンは物語を文章にまとめて、[[1863年]]2月に『地下の国のアリス』(''Alice's Adventures Under Ground'') の最初の原稿を書きあげた。ドジソンが挿絵を添えたより精巧な肉筆写本を制作し、[[1864年]][[11月26日]]にクリスマスプレゼントとしてアリスに寄贈した際に、このオリジナル原稿はドジソン自身により破棄されたようである(マーティン・ガードナー、[[1965年]])。
[[ファイル:Alice's adventures under ground, p 1.png|right|thumb|『地下の国のアリス』大英博物館蔵]]


== 出版 ==
さらにドジソンは、彼の友人にして助言者であり、子供たちから愛されていた[[ジョージ・マクドナルド]]に『地下の国のアリス』の未完成原稿を送っていた。マクドナルドの提言により、ドジソンは『アリス』を出版社に送るという決断を下した。ドジソンはチェシャ猫やキ印のお茶会の挿話等を書き足すことにより、18,000語の原稿を35,000語に加筆した。[[1865年]]に、ドジソンの手による物語は、ルイス・キャロル筆による『不思議の国のアリス』として、[[ジョン・テニエル]]の挿絵を伴って出版された。最初に印刷された2,000部は、テニエルが印刷の品質に難色を示したために回収された。しかし、(1866年の日付が奥付されているが)同年の12月に出版された新版が早急に印刷された。
[[File:AlicesAdventuresInWonderlandTitlePage.jpg|thumb|left|160px|『不思議の国のアリス』タイトルページ。]]
『不思議の国のアリス』は、前述の『水の子』と同じ18センチ×13センチの判形に、赤い布地に金箔を押した装丁と決まり、1865年7月に2000部が刷られた<ref name=STOFFEL81>ストッフル、81頁。</ref>。出版はマクミラン社だが、挿絵代もふくめ出版費用はすべてキャロル自身が受け持っている(当時こうしたかたちの出版契約はめずらしくなかった)。このためキャロルは自分が好むままの本作りをすることができたのである<ref name=STOFFEL81/>。ところが、挿絵を担当したテニエルが初版本の印刷に不満があるとただちに手紙で知らせてきたため、キャロルはマクミラン社と相談のうえで出版の中止を取り決め、初版本をすべて回収し文字組みからやり直さなければならなくなった{{refnest|group="注釈"|出版中止した初版本2000部のうち、製本されていなかった1950部は、テニエルの了承を経たうえでアメリカ合衆国のアプルトン社に売却され(翌1866年刊行)出版費用の足しにされた<ref>笠井勝子 「アリス―物語の誕生」 『不思議の国の"アリス"』 32頁。</ref><ref>ハンチャー、171頁。</ref>。この1950部はコレクターの間で高い値が付けられているが、製本済みであった50部の初版本(22部の現存が確認されており、現在は5部を除いて博物館・図書館が所蔵)はさらに高額で取引される。しかしもっとも高額で取引されたのは、1928年にアリス・ハーグリーブス(リデル)がやむを得ず手放した『地下の国のアリス』原本である。『地下の国のアリス』は当時[[サザビーズ]]のオークションで史上最高の15400ポンドで落札されたが、その後1948年に有志に買い戻され、現在は[[大英博物館]]に所蔵されている<ref>ストッフル、84-85頁。</ref>。}}。


印刷のやり直しは費用を負担しているキャロルにとって痛手であったが、こうして1865年11月に刊行された『不思議の国のアリス』は着実に売れていき、1867年までに1万部、1872年には3万5000部、1886年には7万8000部に達した<ref>ストッフル、82-83頁。</ref>。キャロルは本を寄贈した知人たち(その中には[[ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ]]や、前述のチャールズ・キングスリーの弟ヘンリー・キングスリーらがいた<ref>コーエン、231-232頁</ref>)から好評を得たばかりでなく、各紙の書評でいずれも無条件の賞賛を受けた。キャロルは当時の日記に19の書評をリストしており、その中には『アリス』を「輝かしい芸術的宝物」と評した『リーダー』紙をはじめ『プレス』『ブックセラー』『ガーディアン』などが含まれている。『パブリッシャー・サーキュラー』は、その年の200冊の子供の本のうち「もっとも魅力のある本」に『アリス』を選んだ。「わざとらしい懲りすぎた話」として批判した『アシニーアム』は唯一の例外であった<ref>コーエン、232-233頁。</ref><ref>グリーン、89頁。</ref>。
アリスの完全版は速やかに売り切れた。『アリス』は、出版界における一大事件であり、子供たちと同様に大人たちからも愛好され、それ以来、途切れることなく版が重ね続けられている。現在の『不思議の国のアリス』には100版以上の版が存在し、無数の舞台化や映像化(映像化作品の項目を参照)がおこなわれている。
[[ファイル:Alice Liddell 2.jpg|thumb|250px|right|物乞いの娘に扮したアリス・リデル チャールズ・ドジソン撮影(1858)]]


[[File:Nursery-alice-1890.png|thumb|160px|『子供部屋のアリス』]]
=== 主な出版上の出来事 ===
この『不思議の国のアリス』の出版により、ルイス・キャロルの名は1,2年の間に広く知られるようになった<ref>グリーン、89-90頁。</ref>。好評を受けたキャロルは『アリス』の続編を企画しはじめ、1866年頃より
* [[1869年]] - アメリカで最初の版が印刷される。
『[[鏡の国のアリス]]』の執筆をはじめた<ref>コーエン、233頁。</ref>{{refnest|group="注釈"|ルイス・キャロル=チャールズ・ドジソンが『不思議の国のアリス』の次に出版した本は児童書ではなく、ドジソン名義で出版した数学書『行列式初歩』(1867年)であった(これはドジソンの最初の数学に関する著作である)。このため、『不思議の国のアリス』を気に入った[[ヴィクトリア女王]]がキャロルに次の著作を送るよう求めたところ、この『行列式初歩』が送られてきた、といったエピソードが広まったが、これはまったくの作り話であると、キャロル自身が生前『記号論理学』第二版の広告文の中ではっきり否定している<ref>ストッフル、94-95頁。</ref>。}}。この続編は1871年のクリスマスに出版、翌年のキャロルの誕生日(1月27日)までの間に1万5000部を売り上げた。二つの『アリス』の物語は以後途切れることなく版を重ね続け、マクミラン社はキャロルが死去した1898年までに、『不思議の国のアリス』を15万部以上、後述の続編『鏡の国のアリス』も10万部以上を出版している<ref>コーエン、237頁。</ref>。
* [[1871年]] - ドジソンが[[ロンドン]]滞在中に、もう一人のアリスことアリス・レイクスに出会い、鏡に映る彼女の鏡像についての対話が『[[鏡の国のアリス]]』の構想に結びつく。
* [[1886年]] - キャロルが初期の『地下の国のアリス』の複製本を出版する。
* [[1890年]] - キャロルが「0歳から5歳の読者のための」特別版''The Nursery Alice''を出版する。
* [[1908年]] - [[日本語]]への最初の翻訳がおこなわれる(日本での『不思議の国のアリス』の項目を参照)。
* [[1960年]] - [[アメリカ合衆国|アメリカ]]の著述家[[マーティン・ガードナー]]が『注釈・不思議の国のアリス』([[w:The Annotated Alice|The Annotated Alice]](en))と題して、『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』を1冊にまとめた本を出版する。同書では、ドジソンによるビクトリア朝の[[詩]]のパロディを含めて、両編への広範な注釈がおこなわれている。後の版ではさらなる注釈が追加されている。
* [[1998年]] - オークションで初版本が150万ドルで競り落とされ、それまでに落札された最も高価な児童文学書となる(1865年の初版本はわずか22冊の所在が知られており、17冊は図書館に収められ、残り5冊は個人の所蔵となっている)。


1886年、『不思議の国のアリス』の原型である『地下の国のアリス』の複製本が出版された。キャロルが『アリス』の人気をみて、読者が元となった手書き本を見たいのではないかと考えたもので、キャロルは出版にあたり、ハーグリーヴス夫人となっていたアリスに許可を求めて原本を借り受けた<ref>ストッフル、120頁。</ref>。1889年にはキャロル自身の手で幼児向けに脚色された『[[子供部屋のアリス]]』が出版された。この作品ではまたテニエル自身が自分の過去の挿絵に彩色を施している<ref>ストッフル、119頁。</ref>。
『不思議の国のアリス』は50以上の言語に翻訳されている。


== あらすじ ==
== あらすじ ==
<!--キャラクターに関する細かい注釈は別項の一覧記事に-->
{{ネタバレ}}
[[File:Alice par John Tenniel 03.png|left|190px]]
お姉さんと一緒のピクニックの間、アリスという名前の女の子は退屈しどおしです。外套(がいとう)に身をつつんで「遅れちまった!」とつぶやいている[[白ウサギ (不思議の国のアリス)|白うさぎ]]に興味をひかれたアリスは、白うさぎを追いかけて穴の中に飛び込みます。アリスは[[パラドクス]]と不条理と非現実の、地下世界の夢の中へと落っこちてしまいます。白うさぎを追いかけようとしているうちに、アリスはいくつもの災難に出くわします。アリスは巨人のように大きくなったり、半分の身長に縮んでしまったり、アリスの涙で立ち往生した動物たちと出会ったり、白うさぎの家にはまり込んでしまったり、子ブタに変わる赤ん坊や消える猫を見つけたり、いつまでも終わらないお茶会に参加したり、人間そっくりの[[トランプ]]の札と[[クロッケー|クロケー]]をしたり、海岸ではさらに[[グリフォン]]と代用海ガメたちに会ったり、タルトを盗んだと告発されたハートのジャックの裁判に加わったりします。そして最後に、アリスはお姉さんのいる木の下で目をさますのでした。
ある日、アリスが川辺の土手で、読書中の姉の傍に退屈を感じながら座っていると、そこに服を着た白ウサギが人の言葉を喋りながら通りかかる。驚いたアリスは白ウサギを追いかけてウサギ穴に落ち、壁の棚に様々なものが置いてあるその穴を長い時間かけて落下する。着いた場所は広間になっており、アリスはそこで金の鍵と、通り抜けることができないほどの小さな扉を見つける。その傍には不思議な小瓶があり、それを飲んだアリスはみるみる小さくなるが、鍵をテーブルに置き忘れて取れなくなってしまう(第1章 ウサギ穴に落ちて)。アリスは今度は不思議なケーキを見つけるが、それを食べると今度は身体が大きくなりすぎてしまう。アリスは困って泣き出し、その大量の涙であたりに池ができる。アリスは白ウサギが落としていった扇子の効果で再び小さくなるが、足をすべらせて自分のつくった池にはまり込む。そこにネズミをはじめとして様々な鳥獣たちが泳いで集まってくる(第2章 涙の池)。


[[File:Alice par John Tenniel 11.png|250px|right]]
=== テーマとして含まれる要素 ===
アリスと鳥獣たちは岸辺に上がり、体を乾かすために「コーカスレース」{{refnest|group="注釈"|「コーカス」(caucus) は北米インディアンの言葉 kawlkawlasu (counselorの意) に由来しており、アメリカでは政党の「幹部会」の意味で用いられていた。イギリスではこれに対し「高度に統御された政党組織」というニュアンスで、対立組織に対する罵倒の際に用いられていた。本作中の「コーカスレース」は、こうした組織のメンバーが要職を得ようとして年中画策していることの戯画として書かれているものと見られる。前述のキングスリー『水の子』第7章にはカラスの会議の場面に「コーカスレース」という言葉が出てきており、キャロルはこれに影響を受けたものと見られるが(『地下の国のアリス』には「コーカスレース」の場面はない)、両者の場面に共通点はほとんどない。<ref>ガードナー (1980), 52頁。</ref><ref>平倫子 「登場人物・事項インデクス コーカスレース」『ルイス・キャロル小事典』 108-109頁。</ref>}}という、円を描いてぐるぐるまわる競走を行う。それからアリスはネズミにせがんで、なぜ彼が犬や猫を怖がるのかを話してもらう。この話に対してアリスは飼い猫のダイナの自慢話をはじめてしまい、この猫がネズミも鳥も食べると聞いた動物たちは逃げ去ってしまう(第3章 コーカス・レースと長い尾話)。一人になったアリスのもとに白ウサギが戻ってきて、アリスをメイドと勘違いして自分の家に使いに行かせる。家の中でアリスは小瓶を見つけて飲んでしまい、この効果で再び身体が大きくなり部屋の中に詰まってしまう。白ウサギは「トカゲのビル」を使ってアリスを追い出そうとするが失敗に終わる。その後白ウサギたちは家のなかに小石を投げ入れ、この小石が体を小さくさせるケーキに変わったため、アリスは再び小さくなって家から出られるようになる(第4章 白ウサギがちびのビルを使いに出す)。
* [[駄洒落]]
* [[パロディ]]と[[風刺]]
* [[ゲーム]]と[[なぞなぞ]]
* [[ナンセンス]]
* [[フロイト]]的要素
* [[夢]]と[[悪夢]]
* [[幻覚]]体験との類似性
* リデル家や[[オックスフォード大学]]の学僚に関わる内輪のジョーク


[[File:Alice par John Tenniel 21.png|250px|left]]
== 目次 ==
動物たちや大きな子犬から逃れて森に入ったアリスは、キノコの上で大きなイモムシに出会う。ぞんざいな態度でアリスにあれこれ問いただしたイモムシは、キノコの一方をかじれば大きく、反対側をかじれば小さくなれると教えて去る。アリスはキノコを少しずつかじり調節しながら元の大きさにもどるが、次に小さな家を見つけ、そこに入るために小さくなるほうのキノコをかじる(第5章 イモムシの助言)。その家は公爵夫人の家であり、家の前ではサカナとカエルの従僕がしゃちほこばった態度で招待状のやり取りを行っている。家の中には赤ん坊を抱いた無愛想な公爵夫人、やたらとコショウを使う料理人、それにチェシャ猫がおり、料理人は料理の合間に手当たり次第に赤ん坊にものを投げつける。アリスは公爵夫人から赤ん坊を渡されるが、家の外に出るとそれは豚になって森に逃げていく。アリスが森を歩いていくと樹上にチェシャ猫が出現し、アリスに三月ウサギと帽子屋の家へ行く道を教えたあと、「笑わない猫」ならぬ「猫のない笑い」 (a grin without a cat) を残して消える(第6章 豚とコショウ)。
* 第1章/ウサギの穴へ落ちて “Down the Rabbit-Hole”
* 第2章/涙のプール “The Pool of Tears”
* 第3章/コーカス・レースと長いお話 “A Caucus-Race and a Long Tale”
* 第4章/白ウサギ、トカゲのビルを送り込む “The Rabbit Sends in a Little Bill”
* 第5章/芋虫からの助言 “Advice from a Caterpillar”
* 第6章/子ブタと胡椒(こしょう) “Pig and Pepper”
* 第7章/キ印のお茶会 “A Mad Tea-Party”
* 第8章/女王様のクロケー場 “The Queen's Croquet-Ground”
* 第9章/代用海ガメの話 “The Mock Turtle's story”
* 第10章/ロブスターのカドリール “The Lobster-Quadrille”
* 第11章/誰がタルトを盗んだのか? “Who Stole the Tarts?”
* 第12章/アリスの証言 “Alice's Evidence”


[[File:Alice par John Tenniel 25.png|right|280px]]
== 登場人物(登場順) ==
三月ウサギの家の前に来ると、そこでは三月ウサギ、帽子屋、ネムリネズミがテーブルを出して、終わることのないお茶会を開いている。帽子屋は同席したアリスに答えのないなぞなぞ<ref group="注釈">「鴉と書き物机が似ているのはなぜか?」というこのなぞなぞは、その答えをめぐって当時の一般家庭のお茶の間でしばしば話題に上り、『不思議の国のアリス』の後の版でキャロルによって(後で考え出された)その答えが提示されている。詳細は[[帽子屋#帽子屋のなぞなぞ]]を参照。</ref>をふっかけたり、女王から死刑宣告を受けて以来時間が止まってしまったといった話をするが、好き勝手に振舞う彼らに我慢がならなくなったアリスは席を立つ。すると近くにドアのついた木が見つかり、入ってみるとアリスが最初にやってきた広間に出る。そこでアリスはキノコで背を調節し、金の鍵を使って今度こそ小さな扉を通ることができる(第7章 狂ったお茶会)。通り抜けた先は美しい庭で、そこでは手足の生えたトランプが庭木の手入れをしている。そこにハートの王と女王たちが兵隊や賓客をともなって現われる。かんしゃくもちの女王は庭師たちに死刑宣告をした後、アリスに[[クロッケー]]大会に参加するよう促すが、そのクロッケー大会は槌の代わりにフラミンゴ、ボールの代わりにハリネズミ、ゲートの代わりに生きたトランプを使っているので、すぐに大混乱に陥る。そこにチェシャ猫が空中に頭だけ出して出現し、女王たちを翻弄するが、女王が飼い主の公爵夫人を連れてこさせるころにはチェシャ猫はふたたび姿を消している(第8章 女王陛下のクロッケー場)。
* [[アリス (不思議の国のアリス)|アリス]] (Alice)
* アリスのお姉さん (Alice's Sister)
* [[白ウサギ (不思議の国のアリス)|白うさぎ]] (The White Rabbit)
* [[ハツカネズミ]] (The Mouse)
* [[アヒル]](The Duck)
* [[ドードー|ドードー鳥]] (The Dodo)
* [[インコ]] (The Lory)
* [[ワシ]]の子 (小ワシとも)(The Eaglet)
* 年よりの[[カニ]] (The Old Crab) - 若いカニの母親。
* 若いカニ (The Young Crab) - 年よりのカニの娘。
* 年よりの[[カササギ]] (The Old Magpie)
* [[カナリヤ]] (The Canary)
* [[トカゲ]]のビル (Bill the Lizard)
* 子犬 (The Puppy)
* [[イモムシ|芋虫]] (The Caterpillar)
* [[ハト]] (The Pigeon)
* 魚の従卒 (おさかな顔の召使とも)(The Fish-Footman)
* カエルの従卒 (カエル顔の召使とも)(The Frog-Footman)
* 公爵夫人 (The Duchess)
* 赤ん坊 (The Baby)
* 料理女 (The Cook)
* チェシャー猫 (The Cheshire Cat) - [[英語]]の[[慣用句]]「[[チェシャー]]の猫のようににやにや笑う」“grin like a Cheshire cat”を[[擬人化]]したキャラクター。この慣用句の語源にはいくつかの説があり、
*#酪農が盛んな[[チェシャー|チェシャー地方]]には有名な[[チーズの一覧|チェシャー・チーズ]]をはじめとする酪農製品が豊富にあり、ミルクやクリームが好きな猫にとっては好物がたくさんあるからついニコニコするため
*#チェシャー・チーズに集まってくるネズミを捕まえてご満悦であるため
*#チェシャー・チーズが猫の形に作られていたため
*#当地方の有力な一族の紋章のライオンが、笑う猫に似ていたため
*: などが挙げられる<ref>中日新聞(2008年8月31日付)</ref>。
* [[三月ウサギ|三月うさぎ]] (The March Hare)- 英語の慣用句「三月のうさぎのように気が狂っている」“mad as a march hare”を擬人化したキャラクター。当時、三月は野うさぎの発情期の始まりで気が違ったように見えるという説があった。
* [[帽子屋]] (The Hatter) - 英語の慣用句「帽子屋のように気が狂っている」“mad as a hatter”を擬人化したキャラクター。当時の帽子屋はフェルトの加工に[[水銀]]を使用しており、その影響によるものという。
* [[ヤマネ科|ヤマネ]]<!--イギリスにはヨーロッパヤマネとオオヤマネが生息するので(前者が多数であるが)作中のヤマネがどちらなのか不明--> (眠りねずみとも)(The Dormouse) - 英語でヤマネは語源的に「眠るねずみ」の意味([[冬眠]]が長いため)。また[[フランス語]]で“dormeuse”は「よく眠る(女の)人」の意味。
* [[トランプ]]の2番、5番、7番 (Two, Five & Seven)
* ハートの王様 (The King of Hearts)
* [[ハートの女王]]様 (The Queen of Hearts)
* ハートのジャック (The Knave of Hearts) - “Knave”には「悪党」の意味もある
* [[グリフォン]] (The Gryphon)
* 代用海ガメ(海ガメフウ、海ガメもどき、にせ海ガメなどとも) (The Mock Turtle) - “Mock Turtle Soup”は[[海亀]]の代用品に子牛を使ったスープ。したがって“Mock”の“Turtle Soup”であるが、これを“Mock Turtle”の“Soup”と切り方を変える言葉遊びによって生み出された[[架空の生物]]。
* 陪審員たち (Jurors)


[[File:Alice par John Tenniel 34.png|left|200px]]
=== 登場人物の原型 ===
やってきた公爵夫人はなぜか上機嫌で、アリスが何かを言うたびに教訓を見つけ出して教える。女王は公爵夫人を立ち去らせ、クロッケーを続けようとするが、参加者につぎつぎと死刑宣告をしてまわるので参加者がいなくなってしまう。女王はアリスに代用ウミガメの話を聞いてくるように命令し、[[グリフォン]]に案内をさせる。アリスは代用ウミガメの身の上話として、彼が本物のウミガメだったころに通っていた学校の教練について聞かされる(この教練はキャロルの言葉遊びによってでたらめな内容になっている。例えば読み方 (Reading) ではなく這い方 (Reeling)、絵画 (Drawing)ではなくだらけ方(Drawling) などである)(第9章 代用ウミガメの話)。しかしグリフォンが口をはさんだので、今度は遊びの話をすることになる。代用ウミガメとグリフォンはアリスに「ロブスターのカドリール」のやり方を説明し、節をつけて実演してみせる。そのうちに裁判の始まりを告げる呼び声が聞こえてきたので、グリフォンは唄を歌っている代用ウミガメを放っておいて、アリスを裁判の場へ連れてゆく(第10章 ロブスターのカドリール)。
キャロルの物語が最初に披露された、ボートによるピクニックのメンバーが、第3章「コーカス・レースと長いお話」に登場する。そのくだりでは、アリスはアリス本人のままで、キャロルすなわちチャールズ・ドジソンはドードー鳥(Dodo)として戯画化され、ロビンソン・ダックワースはあひる(Duck)として、ロリーナ・リデルはインコ(Lory)として、イーディス・リデルはワシの子(Eaglet)として、それぞれ戯画化されて登場する。


[[ファイル:Alice par John Tenniel 42.png|right|190px]]
トカゲのビル(Bill the Lizard)は、[[ベンジャミン・ディズレーリ]]の名前をもじったとも言われている。
玉座の前で行われている裁判では、ハートのジャックが女王のタルトを盗んだ疑いで起訴されており、布告役の白ウサギが裁判官役の王たちの前でその罪状を読み上げる。アリスは陪審員の動物たちに混じって裁判を見物するが、その間に自分の身体が勝手に大きくなりはじめていることを感じる。裁判では証人として帽子屋、公爵夫人の料理人が呼び出され、続いて3人目の証人としてアリスの名が呼ばれる(第11章 誰がタルトを盗んだ?)。アリスは何も知らないと証言するが、王たちは新たな証拠として提出された詩を検証して、それをジャックの有罪の証拠としてこじつける。アリスは裁判の馬鹿げたやり方を非難しはじめ、ついに「あんたたちなんか、ただのトランプのくせに!」と叫ぶ。するとトランプたちはいっせいに舞い上がってアリスに飛び掛り、アリスが驚いて悲鳴をあげると、次の瞬間に自分が姉の膝をまくらにして土手の上に寝ていることに気がつく。自分が夢をみていたことに気づいたアリスは、姉に自分の冒険を語って聞かせたあとで走り去ってゆく。一人残った姉はアリスの将来に思いを馳せる。


== キャラクター ==
帽子屋は、型破りな発明により[[オックスフォード]]で知られていた家具商人テオフィルス・カーターをほのめかした登場人物であると考えられる。キャロルの提案によりテニエルは帽子屋にカーターの似顔絵を使ったのであると見られている。
{{main|不思議の国のアリスのキャラクター}}
[[File:Cheshire Cat Tenniel.jpg|thumb|150px|チェシャ猫]]
[[File:MadlHatterByTenniel.svg|thumb|150px|帽子屋]]
作中に登場する多彩なキャラクターのいくつかは、本作を特徴付ける言葉遊びによって創作されたものである。アリスに道を教えた後に「猫のない笑い」となって消える[[チェシャ猫]]は、「チェシャ猫みたいにニヤニヤ笑う」(grin like a Cheshire cat) という、当時はよく知られていた英語の慣用句がもとになっている<ref>ガードナー (1980)、89-90頁。</ref>。第7章で「狂ったお茶会」を開いている[[帽子屋]]、[[三月ウサギ]]は、ともに「帽子屋のように気が狂っている」(“mad as a hatter”) 「三月のうさぎのように気が狂っている」(mad as a march hare) という、やはり当時は一般的であった英語の慣用句をもとにキャロルが創作したキャラクターである<ref>ガードナー (1980)、97頁。</ref>。第9章、第10章に登場する[[不思議の国のアリスのキャラクター#代用ウミガメ|代用ウミガメ]] (The Mock Turtle) は、「代用ウミガメスープ」“Mock Turtle Soup”という言葉から作られている。これはウミガメの変わりに子牛の肉を使ったスープで、従って「ウミガメスープに似せたスープ」のことだが、これを「代用ウミガメ」の「スープ」と解した言葉遊びになっている<ref>平倫子 「登場人物・事項インデクス にせうみがめ」『ルイス・キャロル小事典』 118頁。</ref>。


もともとは身内向けの物語であった本作には、その名残としてキャロルとアリス・リデルの身辺の人々を暗示するキャラクターや言及がある。第3章で行われるコーカス・レースは、この作品自体が作られたキャロルたちのピクニックでの出来事をほのめかしており、そこに登場する動物の[[ドードー鳥]]はキャロル(ドジソン)、[[アヒル]](Duck) はロビンソン・ダックワース、[[インコ]] (Lory) はロリーナ・リデル、子[[ワシ]] (Eaglet) はイーディス・リデルをそれぞれ暗示している<ref>ガードナー (1980)、47-48頁。</ref>。リデル三姉妹はまた、[[不思議の国のアリスのキャラクター#眠りネズミ|ネムリネズミ]]の物語の中の3人の小さな姉妹としてもほのめかされている<ref>ガードナー (1980)、110-111頁。</ref>。ほかにも、[[白ウサギ (不思議の国のアリス)|白ウサギ]]はリデル家のかかりつけの医師であったヘンリー・アクランド<ref>坂井妙子 『おとぎの国のモード』 勁草書房、2002年、98頁。</ref>、「尾話」を披露する[[ネズミ]]はリデル家の家庭教師ミス・プリケット<ref>ガードナー (1980)、50頁。</ref>、代用ウミガメの身の上話に言及される教師の[[アナゴ]]は、リデル家の美術家庭教師であった[[ジョン・ラスキン]]をそれぞれモデルにしているなど<ref>ガードナー (1994)、185-186頁。</ref>、登場人物ごとに様々な推定がなされている。
ヤマネの物語に登場する3人の小さな姉妹(little sisters)の名前エルシー、レイシー、ティリーは、リデル三姉妹(Liddelの発音はLittleとそっくり)のことである。エルシー(Elsie)はL.C.すなわちロリーナ・シャーロットであり、ティリー(Tillie)は家族の間のニックネームがマティルダであったイーディスのことであり、レイシー(Lacie)はアリス(Alice)の[[アナグラム]]である。

代用海ガメの話に出てくる話術(Drawling)の教師であり、週に1回話術と体の伸ばし方(Stretching)と、とぐろを巻いて気絶するやり方(Fainting in Coils)を教えに来ていた「お年寄りのアナゴ」とは、美術批評家の[[ジョン・ラスキン]]をほのめかしたキャラクターである。ラスキンはリデル家に週1回やってきて、子供達に絵画(Drawing)と写生(Sketching)と油彩(Painting in Oils)を教えていた(リデル家の子供達は実際によく学び、アリス・リデルは幾つもの熟練した水彩画を制作している)。


== 詩と童謡 ==
== 詩と童謡 ==
本作品に挿入されている詩や童謡の多くは、当時よく知られていた教訓詩や流行歌のパロディになっており、元になっている作品は若干の例外を除いて今日では忘れ去られている<ref>ガードナー (1980), 42頁。</ref>。以下特にタイトルのないものは書き出しを示す。
詩には、筆者による題名は付けられていないため、慣習的に冒頭の節(第1行目)を題名とすることが多い。
* 「'''黄金色の昼下がりに・・・'''」 (''All in the golden afternoon ...'') :巻頭に掲げられている献呈詩。全体として、この物語成立の発端となった1862年7月24日のボート遊びと、そこで3人姉妹にお話をせがまれた情景を詠んでいる<ref>ガードナー (1980), 21-22頁。</ref>。

* 「'''小さな鰐の、なんと・・・'''」 (''How doth the little crocodile ...'') :第2章で、教訓詩を暗誦しようとしたアリスがなぜか間違えてそらんじてしまう、小さな鰐が鱗を磨きあげる様子を描いた戯詩。アリスが暗誦しようとしたのは、著名な賛美歌作者[[アイザック・ウォッツ]](1676-1748) の、当時もっともよく知られていた詩「怠惰と悪戯心に抗って」 (''Against Idleness and Mischief'') であり、「小さな鰐の」はこの教訓詩のパロディになっている。原詩は蜜蜂の熱心な働きを讃えて勤勉を称揚する内容<ref>ガードナー (1980), 43-44頁。</ref>。
* 「黄金色の昼下がりに」 "All in the golden afternoon..." - 『地下の国のアリス』の冒頭で、キャロルからリデル三姉妹へ捧げられた序詩。
* 「'''ヒューリーがネズミに言った、・・・'''」 (''Fury said to a mouse, That ...'') :第3章で、アリスに請われたネズミが、自分が犬や猫を嫌うようになった理由として披露する詩。一種の[[カリグラム]]になっており、この部分は文字がネズミの尻尾のようにうねって配列されている。内容は、あるネズミが犬のフューリーから、突然告訴すると言い立てられ、陪審員も裁判官も自分で担当して死刑にしてやると脅されるという不条理なもので、猫は登場しない。キャロルは詩人の[[アルフレッド・テニスン|テニスン]]から、長い行から始まってだんだん詩行が短くなってゆく妖精の詩を夢に見たという話を聞いたことがあり、これがこの詩の着想のもとになっている。手書き本『地下の国のアリス』では、この部分は犬と猫が連れ立ってマットの下のネズミたちをつぶしてしまうという、もっと話の流れに合った内容のものであった<ref>ガードナー (1980), 55-57頁。</ref>。
* 「何て小さなワニは」 "How doth the little crocodile..." - [[アイザック・ウォッツ]]の子供向け教訓詩「怠惰と悪さに抗(あらが)って」"Against Idleness and Mischief" のパロディ。
[[File:Alice 05e.jpg|thumb|240px|「もう年だろう、ウィリアム父さん。…」]]
* 長いお話 The Mouse's Tale [http://bootless.net/mouse.html](en) - 家の中で猛犬に出くわしたハツカネズミが、むりやり裁判にかけられる話。原文では文章を波打たせた視覚的効果がなされている(リンク先参照)。原題は「ネズミのお話」と「ネズミの尻尾」を掛けている。
* 「'''もう年だろう、ウィリアム父さん、・・・'''」 (''"You are old, Father William" ...'') :第5章で、イモムシに促されて教訓詩を暗誦しようとしたアリスが誤ってそらんじてしまう戯詩で、ナンセンス詩の傑作として評価されているものの一つ。老年に達したウィリアム父さんが、にもかかわらず逆立ちや宙返りといった驚異的な身体能力を見せるので、その秘訣を息子から問われてそれに答えるというもの。アリスが暗誦しようとしたのは、同じ詩句ではじまる[[ロバート・サウジー]]の教訓詩「老いた男の安楽、それはいかにして得られたか」(''The Old Man's Comforts and How He Gained Them'')であり、「ウィリアム父さん」はそのパロディになっている。原詩は、ウィリアム神父 (Father William) が老年の健康で静謐な生活の秘訣を若者から問われて、若いころの慎み深い信仰生活の大切さにあると答えるというもの<ref>ガードナー (1980), 75-78頁。</ref>。
* 「いい年なのに ウィル親父」 "You are old, Father William..." - 老年期の幸福を語るロバート・サウジーの教訓詩「老齢の快適はいかにして得られるか」"The Old Man's Comforts and How He Gained Them" のパロディ。
* 「'''幼な子はどなりつけろ、・・・'''」 ''Speak roughly to your little boy...'') :第6章で公爵夫人が赤ん坊への子守唄として唄う、幼な子を手荒く扱うように勧める内容の詩。元になっているのは「優しく語りかけよ」 (''Speak Gently'') という、様々な人に優しい言葉をかけることの大切さを説く感傷的な詩で、当時は非常によく知られていた流行詩であった<ref>ガードナー (1980), 91-93頁。</ref>。この原詩の作者は確定しておらず、フィラデルフィアのデイヴィッド・ベイツ説、アイルランド生まれのジョージ・ワシントン・ラングフォード説などがあったが、1986年になって、「D・B」と署名されたこの詩が1845年の新聞に掲載されていたことがわかり、現在ではベイツ説が有力となっている<ref>ガードナー (1994), 129-131頁。</ref>。
* 公爵夫人の子守唄「ちっちゃな子には怒鳴り声」 The Duchess' lullaby: "Speak roughly to your little boy..." - デヴィッド・ベイツの「優しく説き聞かせよ」 "Speak Gently"のパロディ。
* 「'''きらきら光る、お空のコウモリ・・・'''」 (''Twinkle, twinkle little bat...'') :第7章で帽子屋がアリスに披露する、お盆のように空を飛ぶコウモリのことを唄った唄。帽子屋は、これを音楽会で唄ったところ女王の不興を買って死刑を宣告されたと説明する。この唄は現在でもよく知られている童謡「[[きらきら星]]」のパロディである。この原詩は18世紀のフランスのシャンソンを基にして、19世紀始めにジェーン・テイラーが作った替え歌「The Star」であり、[[マザー・グース]]の一つにも数えられる。なおキャロルのオックスフォード大学の同僚の数学教授に「コウモリ」とあだ名される、難解な講義をすることで知られていたバーソロミュー・プライスという人物がおり、この戯詩は彼の講義に対する風刺になっているらしい<ref>ガードナー (1980), 108-109頁。</ref>。
* 「きらきら光るコウモリさん」 "Twinkle, twinkle little bat..." - 「[[きらきら星]]」のパロディ。
* 「'''もう少し早く歩けないか、・・・'''」 (''"Will you walk a little faster?" ...'') :第10章で「ロブスターのカドリール」を実演しながら代用ウミガメが唄う唄で、子鱈がカタツムリを海辺のダンスに誘うという内容。この詩は{{仮リンク|メアリー・ハウィット|en|Mary Howitt}}による、古い唄の言い回しを踏まえた「蜘蛛と蝿」という詩の出だしをもじったものになっている。原詩は蝿が蜘蛛に螺旋階段の上に来るよう誘うというもの<ref>ガードナー (1980), 145-146頁。</ref>。
* ロブスターのカドリール The Lobster Quadrille - メアリー・ハウィット夫人の詩「蜘蛛と蝿」“The Spider and the Fly”のパロディ。
[[File:Alice par John Tenniel 36.png|thumb||150px|「ロブスターが喋っている…」]]
* 「ロブスターの声がする、耳を傾け聞いたなら」 "’Tis the voice of the lobster, I heard him declare..." - 怠惰を非難するアイザック・ウォッツの教訓詩「怠け者の声がする」 "Tis the voice of the Sluggard" のパロディ。
* 「'''ロブスターが喋っている・・・'''」 (''Tis the voice of the lobster, ...'') :第11章で、アリスが代用ウミガメとグリフォンに促されて、自分でもわけがわからずに諳んじてしまう詩。アリスが暗誦しようとしたのは前述のアイザック・ウォッツによる、怠惰を戒める教訓詩「怠け者」(''The Sluggard'') であり、原詩はものぐさな人の見苦しい生活を詠んだものであるが、アリスはこれをロブスターが身だしなみを整えたり、フクロウと豹がパイを取り合ったりするわけの分からない内容にしてしまう<ref>ガードナー (1980), 151-153頁。</ref>。
* 海ガメのスープ Turtle Soup - ジェームズ・M・セイルズの流行歌「夜の星、美しき星」"Star of the Evening, Beautiful Star"のパロディ。
* 「'''海亀のスープ'''」 (''Turtle Soup'') :第11章の終わりに代用ウミガメが唄う、ひたすら海亀スープを讃える唄。元になっているのは、夜空の美しい星を讃えるジェームズ・M・セイルス作詞作曲の流行歌「夜の星、美しき星」(''Star of the Evening, Beautiful Star'') である。キャロルの1862年8月1日の日記に、リデル姉妹がこの唄を唄ってくれたとある<ref>ガードナー (1980), 154-155頁。</ref>。
* 「ハートの女王が つくったタルト」 "The Queen of Hearts..." - 実在する[[マザーグース]]。
* 「'''[[ハートの女王]]'''」(''The Queen of Hearts'') :第12章の裁判の場面で、布告役の白ウサギがハートのジャックの罪状として読み上げる詩。これは1782年4月の『ヨーロピアン・マガジン』に掲載されていた4連からなる詩の最初の4行を手を加えずに流用したもので、キャロルが使用したことで有名になりマザー・グースの一つに数えられることになった。使用部分はハートの女王が作ったタルトをハートのジャックが盗んだというもので、もとの詩ではハートのキングからスペード、クラブ、ダイヤと続いていく<ref>ガードナー (1994), 207-209頁。</ref>。
* 「君は彼女の元にいたと彼らが語り」 "They told me you had been to her..." - ドジソン自身により1855年に『コミック・タイムズ』に発表された、代名詞で構成された難解な詩。作中では白うさぎの証言として使われる。
* 「'''君は彼女のところに行って・・・'''」 (''They told me you had been to her...'') :第12章で白ウサギがジャックの犯罪の証拠として読み上げる、あいまいな指示代名詞のためにほとんど理解不能なナンセンス詩。ハートの王はこの内容をこじつけてジャックの罪に無理やり結び付けようとする。これはキャロルが1855年に『ロンドン・コミック・タイムズ』に発表した8連のナンセンス詩をかなり改変して使用したものである。改変前の詩の最初の行は、ウィリアム・ミーによる感傷的な流行歌「アリス・グレイ」の第一節を真似ているが、ミーのこの歌はアリスという名の少女に思いを寄せる男を歌ったものであった<ref>ガードナー (1980), 173-176頁。</ref>。


== 挿絵 ==
== 挿絵 ==
{{main|不思議の国のアリスの挿絵}}
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[[ファイル:Alice in Wonderland by Arthur Rackham - 15 - At this the whole pack rose up into the air and came flying down upon her.jpg|thumb|190px|アーサー・ラッカムによる挿絵(1907年)は、テニエルのそれに次いで人気が高い<ref>海野弘 「イラストレーター・イン・ワンダーランド」『アリス幻想』 すばる書房、1976年、29頁。</ref>。]]
[[ジョン・テニエル]]によるアリスの挿絵は、実在したアリス・リデルの似顔絵ではない。キャロルはテニエルに別の子供友達であるメアリー・ヒルトン・バドコックの写真を資料として送ったが、テニエルが実際にバドコックをモデルとして採用したかどうかは疑問の余地がある。
ジョン・テニエルが挿絵を付けた『不思議の国のアリス』と続編『鏡の国のアリス』は、物語とその挿絵とが非常によく合った例として知られており、児童書における挿絵の重要性を示したものとして評価されている<ref name=YOSHIDA>吉田信一 「"アリス"に魅せられた画家たち」『不思議の国の"アリス"』 80-95頁。</ref>。物語の冒頭で主人公アリスが「挿絵も会話もない本なんて、なにが面白いんだろう」と訝るように、作者のキャロルは挿絵を重要視しており、手書き本『地下の国のアリス』を『不思議の国のアリス』として刊行する際、自分の絵の技量に不足を感じてプロのイラストレーターであるテニエルに依頼した<ref>ストッフル、76頁。</ref>。もっとも現在では、手書き本に付けられたキャロルによる挿絵に対しても、ナンセンスな物語に対してその稚拙な絵が却って効果を挙げているという評価もある<ref name=YOSHIDA/>。


『アリス』の挿絵は、当時イギリスの出版界において一般的であった木口木版(こぐちもくはん、木材を縦軸に対して直角に輪切りにしたものを用いる[[木版画]])で刷られており、この分野でもっとも名声を得ていた{{仮リンク|ダルジール兄弟|en|Brothers Dalziel}}が彫版を担当した<ref>ハンチャー、188頁-191頁</ref>。キャロルはテニエルの挿絵に対して細かな指示を行い彼をうんざりさせたが、しかし『アリス』の版形が途中で変更になった際にテニエルに了承を取ったり、前述のように初版本の印刷状態に対するテニエルのクレームを受け入れて回収するなど、テニエルの仕事に対し尊敬を持って接していたこともわかる<ref>ハンチャー、170–171頁</ref>。主人公アリスの容姿についても、キャロルとテニエルの間で何度も議論を重ね、結果として黒髪のおかっぱ頭であったアリス・リデルには似せず、額を出した金髪の姿にすることに決められたらしい<ref>ハンチャー、269頁(注11)。</ref>。この金髪のアリスについては、キャロルの提案でメアリー・ヒルトン・パドコックという少女の写真がモデルに使われたとしばしば言われてきたが、キャロルがこの写真を購入した時点ですでにテニエルが12点の挿絵を仕上げていることなどからして、あまり信憑性のある説ではないと考えられる<ref>ハンチャー、175–178頁。</ref>。
== 著名な文章と表現 ==
題名にある「ワンダーランド(不思議の国)」という用語は、[[幻想]]的な架空の場所や、現実のなかで夢が実現する場所を指し示す言葉である。「ワンダーランド」という用語は、書籍や映像、ポップ・ミュージック等のポップカルチャーのなかで広く言及されている(影響を受けた作品の項目を参照)。一例として、[[日本]]の小説家[[村上春樹]]による『[[世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド]]』と題された小説がある。


キャロルが細かな指示を与えているテニエルの挿絵は物語と不可分なものと考えられているが、1907年にイギリスで作品の著作権が切れて以降、[[アーサー・ラッカム]]、[[チャールズ・ロビンソン]]、[[ペーター・ニューエル]]、[[ウィリー・ポガニー]]、[[マーヴィン・ピーク]]、[[トーベ・ヤンソン]]、[[ラルフ・ステッドマン]]、[[金子國義]]、[[山本容子]]など、世界中の様々な挿絵画家がアリスの物語の新たな挿絵をつけ、独自の解釈でテニエルのイメージを更新し続けている<ref name=YOSHIDA/>。
第1章の章題である“Down the Rabbit-Hole”(ウサギの穴に落ちて)は、未知の世界への冒険の出発を表現する有名な用語となった。映画『[[マトリックス (映画)|マトリックス]]』のなかで、モーフィアスはネオをうさぎの穴に落下するアリスになぞらえる。白うさぎは、冒険の開始を示す合図として、同様の含意を持っている。『マトリックス』において、パソコンに表示された「白ウサギの後を追え」というメッセージに促されて、ネオの冒険は開始される。


== 評価・分析 ==
第6章のチェシャー猫の消滅は、最も印象的な一文を言わせるようにアリスに促す。「……猫のないにやにや笑いだなんて! わたしが生まれてから見た、一番おかしなものよ!」[[クリス・マルケル]]監督の“[http://www.frif.com/new2001/grin.html A Grin Without a Cat]”([[1977年]])と呼ばれる[[フランス]]映画が存在する。
『不思議の国のアリス』とその続編『鏡の国のアリス』は、それまでの旧弊な教訓物語から脱し、児童文学の新しい地平を切り開いた作品として評価されている。[[ピューリタン]]的な伝統の強いイギリスでは、子供のための本はあってもそれは子供に知識を得させるため、信仰心や道徳心を植えつけるためのものであり、当時そうした子供に対する「教訓」を内に含まない本は稀であった<ref>コーエン、249-250頁。</ref>。児童作家の文章も型にはまったものが多く、しばしば不必要に飾り立てられ、また単音節の語を多用することによって単調になりがちになった<ref name=Cohen250>コーエン、250頁。</ref>。彼らにとって子供はあくまで教化の対象であり、未完成な、知力も感受性もない存在と見なされ、物語の中では子供はしばしば無知や病苦、貧困とセットにして描かれていた<ref>本多英明 「キャロル学の周辺」『ルイス・キャロル小事典』 130頁。</ref>。


そうした中にあって、教訓をいっさい含まず、純粋に子供を愉しませるために書かれた『アリス』の登場は画期的なものであった<ref name=Takahashi80>高橋、80頁。</ref><ref name=Cohen250/>。キャロルは読み手である子供をあくまで自分と対等な存在として扱い、その文章もそれまでの児童書の約束事からはずれ、長い多音節の単語や子供には難しい概念を、分かりやすい冒険物語の流れに組み込むことによって躊躇なく使用した<ref>コーエン、251頁・254頁。</ref>。作中で多用される言葉遊び、パロディ、ナンセンスの要素もまた、旧来の児童文学の伝統を打ち壊すのに大きな役割を担っている。こうした言葉遊びは純粋に言葉によって子供を愉しませる一方で<ref>コーエン、252頁。</ref>、当時よく知られていた教訓詩が地口や意味のずらしによって馬鹿馬鹿しい詩に変えられ、児童教育にはびこる教訓主義はどんなことに対しても教訓を見つけ出してみせる公爵夫人の登場によって茶化され、初等教育の詰め込み主義は代用ウミガメの語る学校の思い出によって風刺される<ref name=Takahashi80/>。こうした要素はまた、キャロル自身が子供時代に受けた苦痛の反映でもあるが<ref>コーエン、245頁。</ref>、キャロルのナンセンスは風刺の域を突き抜けて、ときに人間存在の暗い部分にまで届く<ref>高橋、80-81頁。</ref>。
第7章では、帽子屋が有名な答えのない[[なぞなぞ]]を出題する。「[[カラス]]が書き物机に似ているのはなぜか?」キャロルはこのなぞなぞに解答を与える意図は持っていなかったが、1896年版の『アリス』の序文でいくつかの解答を提示している。「なぜならば、どちらも少しばかりの“note”(鳴き声、覚え書)が出せますが、非常に“flat”(平板、退屈)なものです。そして、どちらも前と後を間違えることは決して(nevar)ありません!」この“nevar”はraven(カラス)を後から読んだ逆さ読みであったが、後の版では“never”に綴りが「修正」されてしまい、キャロルの仕込んだ駄洒落(だじゃれ)は失われてしまった。パズル作家の[[サム・ロイド]]は、以下の解答を提示している。「なぜならば、どちらで出される“note”も“musical notes”(旋律、音符)ではない」「どちらも[[エドガー・アラン・ポー|ポー]]がそれに拠って書いた」「どちらも“bill”(くちばし、勘定書)と“tale”(尻尾、物語)をその特性として含んでいる」「どちらも“leg”(足、支柱)に支えられており、“steals”(窃盗)(“steels”(鉄鋼株))を秘密にして、“shut up”(黙らせる、閉め切らせる)させるためのものである」ガードナーの注釈本では、他の多くの解答例が紹介されている。


[[File:AAUG p37.png|thumb|250px|キャロル自身による、アリスが巨大化して部屋に閉じ込められる場面の挿絵。子宮に閉じ込められた胎児を思わせる<ref>W.エンプソン 「牧童としての子供」高橋康也訳、『現代詩手帖』第1巻第2号、192頁。</ref>。]]
第8章で、ハートの女王がアリスに“Off with her head”(この子の首をちょん切っておしまい!)と叫ぶ。おそらくキャロルはこの場面で、[[シェイクスピア]]の戯曲『[[リチャード三世]]』第3幕第4場76行目で、リチャードがヘイスティングス卿の処刑を命じ、“Off with his head!”と叫ぶ場面を意識したのだと思われる。この文章は[[1967年]]の[[ジェファーソン・エアプレイン]]の曲「ホワイト・ラビット」で、比類のない幻覚の含意として使われている。
二つのアリスの物語は児童文学の流れを語る上で欠くことのできない古典として確固とした位置をしめており、児童文学作品としては他に類を見ないほど多種類の批評研究の対象とされてきた<ref>前掲 本多英明 「キャロル学の周辺」『ルイス・キャロル小事典』 126頁・129頁。</ref>。作品の時代背景とともに作者の実人生が詳細に調べられて作品と関連付けられ、キャロルだけでなくアリス・リデルの伝記も書かれている。こうした歴史的・伝記的解釈の一方で、アリスの物語はさかんに[[ジークムント・フロイト|フロイト]]流の[[精神分析]]の対象にもされた<ref>ガードナー (1980), 3頁。</ref>。こうした解釈においては、しばしば物語が[[ヴィクトリア朝]]社会の性道徳に抑圧された作者の性的欲求の反映と見なされ、例えば初期の分析では、アリスが落ちていく長い穴や廊下、そこで見つける鍵と扉、そこにかかっているカーテンはいずれも女性の身体や服の象徴であり、長く伸びる首は男性器の象徴と見なされた<ref>前掲 本多英明 「キャロル学の周辺」133-134頁。</ref>。あるいはその長い穴が子宮であるとすれば、涙の池は羊水を表し、そして大きくなって胎児のように部屋に閉じ込められるアリスは「誕生の[[トラウマ]]」の主題を繰り返しているのかもしれない<ref>前掲 W.エンプソン 「牧童としての子供」 191-193頁。</ref>。


しかしこうした分析は、作品の精神的な背景の一面を示すことはあるものの、必ずしも常に作品の本質につながりうるものではないし、また必ずしも作品の全体的な理解につながるわけでもない<ref>前掲 本多英明 「キャロル学の周辺」136頁。</ref>。「アリス」の注釈者[[マーティン・ガードナー]]は、アリスの物語は(「あらゆる偉大な空想物語と同様に」)どんな象徴的解釈の類型にでも容易に当てはめることができるとして、こうした比喩的・象徴的な解釈を自身の注釈から排除している<ref>ガードナー (1980), 2-3頁。</ref>。
== 言葉遊び ==
『不思議の国のアリス』の文章そのものは、非常に平易な[[英語]]で書かれているが、そのなかには無数の英語に依存した[[掛詞]]や[[駄洒落]]がちりばめられている。特に、代用海ガメが第9章でアリスに語って聞かせる「海の学校」の学科のくだりは、[[翻訳者]]泣かせの文章として知られている。


== 影響 ==
<blockquote>
[[File:Alice-in-blunderland-cover-1907.png|thumb|170px|初期の模作の一つ。ジョン・バングス『Alice in Blunderland』(1907年)]]
「はじめは、這(は)い方(Reeling)ともだえ方(Writhing)からでした」代用海ガメは答えました。「次は算数の四則です。野心(Ambition)、動揺(Distraction)、醜怪(Uglification)、愚弄(Derision)。」<br />
作品の成功によって、『不思議の国のアリス』と続編『鏡の国のアリス』は発表当時から数多くの模倣作を生み出すことになった。例えば19世紀中のものでは、[[ジョージ・マクドナルド]]『お目当て違い』(1867年)、ジーン・インジロウ『妖精モブサ』(1869年)、[[クリスティーナ・ロセッティ]]『ものいう肖像』(1874年)、ジョージ・エドワード・ファロー『問答の国のウォーリー・バッグ』(1895年)、マギー・ブラウン『王様を捜せ』(1890年)などの模作がある<ref>風間賢二 「『アリス』物語とポストモダン小説」 『ユリイカ』第24巻第4号、198-199頁。</ref>。キャロルが切り開いたこの流れは20世紀に入って以降も受け継がれ、[[リチャード・ヒューズ]]『クモの宮殿』(1931年)、マーヴィン・ピーク『行方不明になった叔父さんからの手紙』(1948年)、ステファン・テーマスン『ベッディ・ボットムの冒険』(1951年)、[[アンソニー・バージェス]]『どこまで行けばお茶の時間』(1976年)、ギルバード・アダー『針の国のアリス』(1984年)など、現代に至るまで「アリス」に触発されたナンセンス・ファンタジーがしばしば作られている<ref>前掲 風間賢二「『アリス』物語とポストモダン小説」 199-202頁。</ref>。『Alternative Alices』(1997年)の編者キャロライン・シグラーによれば、アリスの模作やパロディーは1869年から1930年の間だけですでに200近くに及んでいるという<ref>前掲 坂井妙子 『おとぎの国のモード』 2頁。</ref>。
「わたし、『醜怪』なんて聞いたこともない」アリスは思い切って口をはさみました。「それって、何をやるんですか?」<br />
グリフォンは驚きのあまり、両前足をふりあげました。「いやはや! 醜怪を聞いたことがないとはね!」グリフォンは叫びました。「じゃあ聞くが、美化は知っているかね?」<br />
「はい」アリスはためらいがちに答えました。「それは……何かを……きれいにすることです」<br />
「うむ、その通り」グリフォンは続けました。「それなのに醜怪がわからないのは、お前さんが間抜けってことだよ」<br />
アリスはそれ以上醜怪について尋ねる気をなくしてしまい、代用海ガメに向きなおって言いました。「他には、何を習っていたんですか?」<br />
「そうですね、謎(Mystery)がありました」代用海ガメは学科をひれ折り数えながら答えました。「古代の謎と現代の謎に、海洋学(Seaography)、それから話術(Drawling)……話術の先生はお年寄りのアナゴで、1週間に1度来ていらっしゃいました。この先生は僕たちに、話術と体の伸ばし方(Streching)と、とぐろを巻いて気絶するやり方(Fainting in Coils)を教えてくださいました。」
</blockquote>


その影響は児童文学・ファンタジーの分野に留まらず、ミステリでは[[エラリー・クイーン]] 「キ印ぞろいのお茶会の冒険」や[[フレデリック・ブラウン]] 『不思議な国の殺人』などの「アリス」をモチーフとした小説が書かれ(日本の推理作家には[[有栖川有栖]]という、『不思議の国のアリス』に由来するペンネームをもつ人物もいる{{refnest|group="注釈"|「有栖川」は[[有栖川宮熾仁親王]]、「有栖」はキャロルのアリスから取られている<ref>有栖川有栖 「私のアリス」『彷書月刊』第12巻第9号、彷徨舎、1996年9月、12頁。</ref>。}})、またSFの分野でも[[ジェフ・ヌーン]]『未来少女アリス』や漫画『[[ARMS]]』などでアリスの作品世界が引用されているほか、[[ウォシャウスキー兄弟]]の映画『[[マトリックス]]』シリーズでも「アリス」への頻繁な言及がある。その他近年の漫画やアニメーション、コンピュータゲームまで、「アリス」の世界やキャラクターをモチーフに借りた作品は数多い([[#派生作品]]も参照)。
*'''這い方(Reeling)ともだえ方(Writhing)''' - 読み方(Reading)と書き方(Writing)
*'''野心(Ambition)、動揺(Distraction)、醜怪(Uglification)、愚弄(Derision)''' - 足し算(Addition)、引き算(Subtraction)、掛け算(Multiplication)、割り算(Division)
*'''謎(Mystery)''' - 歴史(History)
*'''海洋学(Seaography)''' - 地理(Geography)
*'''話術(Drawling)''' - 絵画(Drawing)
*'''体の伸ばし方(Stretching)、とぐろを巻いて気絶するやり方(Fainting in Coils)''' - 写生(Sketching)、油彩(Painting in Oils)


[[File:James Joyce by Alex Ehrenzweig, 1915 cropped.jpg|thumb|170px|ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』では「アリス」がたびたび言及される。]]
== 映像化作品 ==
「アリス」に顕著な影響を受けた20世紀の作家の一人に[[ジェイムズ・ジョイス]]がいる。ジョイスはキャロルと同様に言語遊戯を駆使した作家であり[[かばん語]]の名手であったが、彼が「アリス」を読んだ時期は遅く、最後の小説『[[フィネガンズ・ウェイク]]』に取り掛かっていた1927年になってやっと初めて読んだという<ref>大澤正佳 「キャロルとジョイス」『現代詩手帖』第1巻第2号、130頁。</ref>。しかしこの年以降、「アリス」およびルイス・キャロルから得た素材を進行中の『フィネガンズ・ウェイク』に取り込んでおり、結果作中には明示的な言及を含めアリス、キャロルに対する暗喩や引用がしばしば行われている<ref>高橋、258頁。</ref>。例えば以下のような文章は、キャロル=ドジソンを視姦者に見立てた性的な暗喩であるとともに、同じ「楽園」を失った苦しみを芸術へと昇華させる芸術家としての立場からの、キャロルへの連帯の呼びかけとも解釈することができる<ref>高橋、259-260頁。</ref>。
映像化の詳細は[[不思議の国のアリス (映画)]]も参照。
{{cquote|Though Wonderlawn's lost us forever, Alis, alas, she broke the glass ! Liddell lokker through the leafery, our is mistery of pain. <br>
* [[不思議の国のアリス (1903年の映画)]] - アリスのもっとも古い映像化作品。
* [[:en:Alice in Wonderland (1915 film)|Alice in Wonderland (1915 film)]](en) - 監督W.W. Young
* [[不思議の国のアリス (1933年の映画)]]
* [[ふしぎの国のアリス]] - 1951年の[[ウォルト・ディズニー・カンパニー|ディズニー]]によるアリスのアニメーション映画
* Alice in Wonderland in Paris - 1966年のアニメーション映画
* [[:ru:Алиса в Стране чудес (мультфильм, 1981)|Алиса в Стране чудес (мультфильм, 1981)]](ru) - 1981年に放送された旧ソ連制作のアニメーション。全3話。日本では未放送。原作を忠実にしているが、約3分の1はカットしている。ディズニー版とは異なり姉が登場しない。
* [[ふしぎの国のアリス (テレビアニメ)]] - 1983年から1984年に放送された日本のテレビアニメ。
* [[w:Alice in Wonderland (1985 film)|Alice in Wonderland (1985 film)]](en) - 映画
* [[アリス (1988年の映画)]] - [[ヤン・シュヴァンクマイエル]]によるアニメーション
* [[:en:Alice in Wonderland (1999 film)|Alice in Wonderland (1999 film)]](en) - テレビ映画
* [[アリス・イン・ワンダーランド (映画)|アリス・イン・ワンダーランド]] - (2010年の映画) [[ティム・バートン]]監督、主演[[ミア・ワシコウスカ]]


(不思議の国は永遠に失われてしまったけれども。あわれ、あわれ、彼女は鏡を割ってしまった! 茂みを通して見つめるリデル、苦しみの秘儀は我らのもの。)(大澤正佳訳)<ref>前掲 大澤正佳 「キャロルとジョイス」 133頁。</ref>}}
== 日本における『不思議の国のアリス』 ==
日本において、『不思議の国のアリス』は、現在まで20人以上の訳者によりさまざまな翻訳がおこなわれている。


同じく作中で言語遊戯を用いることを好んだ[[ウラジミール・ナボコフ]]は『アリス』の愛読者であり、まだ若い頃にロシア語への翻訳を試み「最高の訳」を自負している。少女性愛者を扱ったナボコフの代表作『[[ロリータ]]』には[[エドガー・アラン・ポー]]が幾度も引用される一方でキャロルの名はいっさい出されていないが、インタビューによれば「何か引っかかるところがあり」作中でキャロルの少女を被写体とした写真趣味などにどうしても触れることができなかったという。ナボコフには『鏡の国のアリス』と同じくチェスを題材にした小説『ディフェンス』、『不思議の国のアリス』と同じくトランプを題材にした小説『キング、クイーン、ジャック』もあり、ナボコフの『首切りへの誘い』の結末は『不思議の国のアリス』のそれと酷似しているともしばしば言われている。<ref>ガードナー (1994), 9頁。</ref>
日本における''Alice's Adventures in Wonderland''の初訳は、[[1908年]]2月に実業之日本社から創刊された『少女の友』の第1巻第1号から第10号までに連載され、[[1912年]]に紅葉堂書店から1冊にまとめられて出版された、「須磨子」名義による[[永代静雄]]訳の『アリス物語』である(ただし、この翻訳は原作の細部を作り変えた、改作に近い翻案であった)。2年後の[[1910年]]に[[丸山英観]]によって発表された『愛ちゃんの夢物語』は、当時の外国文学の翻訳の慣習にのっとり、登場人物名が日本人に置き換えられている。ほかに、初期の珍しい訳本としては、[[芥川龍之介]]と[[菊池寛]]の共訳による、『アリス物語』([[1927年]])が挙げられる。


『アス』訳題として日本で定着した『不思議の国のアリス』という題名は、[[1930年]]長沢才助訳『不思議の國のアリ初出とされている。
[[File:Daresbury window 1.jpg|thumb|230px|キャロルの生地ダーズバリのオール・セインツ・パリッシュ教会には、『不思議の国のアリス』のキャラクターを配したステンドグラスが使われている。]]
20世紀中、「アリス」は[[シュルレアリスム]]のインスピレーションの源泉にもなった。[[アンドレ・ブルトン]]の『シュルレアリスムとは何か』(1934年)にはシュルレアリスムの精神的祖先としてキャロルの名が挙げられており、ブルトンは1939年には『黒いユーモア選集』に『不思議の国のアリス』の第10章を収録している。[[アントナン・アルトー]]も1945年ごろ、アンリ・パリゾーの勧めに従って『鏡の国のアリス』第6章の翻訳を試みている。1950年には[[マックス・エルンスト]]がキャロルのノンセンス詩『[[スナーク狩り]]』のフランス語版に挿絵をつける一方で、[[ルネ・マグリット]]はクノッケ・ズ・ルートのカジノの壁画『魅せられたる領域』の一部として『不思議の国のアリス』を描き、1969年には[[サルバドール・ダリ]]が、1970年にはエルンストが[[リトグラフ]]で『不思議の国のアリス』の挿絵を制作している。<ref>高橋、263頁。</ref><ref>前掲 吉田信一 「"アリス"に魅せられた画家たち」 92頁。</ref>


音楽の分野では[[デイヴィッド・デル・トレディチ]]が「アリス」を題材とした交響曲をいくつか作っているほか、[[ジェファーソン・エアプレイン]]の代表曲のひとつ「ホワイトラビット」などポピュラー音楽においても「アリス」はしばしば言及される([[#音楽]]を参照)。作中の詩や童謡に曲をつける試みもたびたび行われており、これらはアリスを翻案したミュージカル、バレエ、オペラなどでも使用されている<ref>ガードナー (1994), 4頁。</ref>。このほかテニエルの挿絵をもとにした「アリス」グッズなどが現在も多数販売されており<ref>金原瑞人 「可愛いけど怖いアリス・グッズが好きな少女たち」『MOE』第13巻第7号、17頁。</ref>、オックスフォードの[[アリスショップ]]をはじめとして各地にアリスグッズの専門店がある<ref>「アリスショップ&ぺリウィンクル」『MOE』第13巻第7号、22頁。</ref>。「アリス」の世界とそのキャラクターたちはまた、[[ロリータファッション]]において欠かせないモチーフにもなっている<ref>Naoko Matsumoto「作家・嶽本野ばらが愛するアリスの世界」『装苑』第62巻第10号、文化出版局、2007年11月、43頁。</ref>。
現在入手可能な『アリス』の邦訳としては、[[福島正実]]、[[高杉一郎]]、[[脇明子]]、石川澄子、[[生野幸吉]]、[[北村太郎]]、[[蕗沢忠枝]]、[[多田幸蔵]]、[[中村妙子]]、[[矢川澄子]]、[[山形浩生]]、[[柳瀬尚紀]]、[[高橋康也]]・高橋迪他の訳書がある。日本の訳書の挿絵は、[[ジョン・テニエル]]のイラストをそのまま流用した版が多いが、福島正実訳では[[和田誠]]がシンプルな描線によって、矢川澄子訳では[[金子國義]]が幻想的なタッチによって、『アリス』の世界を、それぞれ独特な画風で描き出しているほか、高橋康也・高橋迪訳による[[アーサー・ラッカム]]挿絵のものや、[[村山由佳]]訳による[[トーベ・ヤンソン]]挿絵の『アリス』が存在する。2010年に刊行された角川つばさ文庫版([[河合祥一郎]]訳)は[[okama]]が挿絵を担当した。


== 翻訳 ==
[[1983年]][[10月10日]]から[[1984年]][[3月26日]]にかけて、[[日本アニメーション]]の制作で[[アニメ]]『ふしぎの国のアリス』全26話が放映された(放送時間は月曜19:30 - 20:00)。監督は杉山卓。[[声優]]として、アリス役を[[TARAKO]]が、アリスのペットであるうさぎのベニーを[[野沢雅子]]が演じている。
[[File:Alice In Wonderland 1911 Cover Russian.jpg|thumb|160px|初期のロシア語版(1911年)]]
『不思議の国のアリス』の最初の外国語訳は[[1869年]]2月、原著から3年後に刊行された[[ドイツ語]]訳で、Antonie Zimmermannという訳者によるものである。同年8月にはHenri Bueの訳による[[フランス語]]版が刊行されている。いずれも出版はロンドンのマクミラン社だが、印刷製本はドイツ、フランスでそれぞれ行われた。このドイツ語版とフランス語の出版にはキャロル自身が関わっており、本の体裁から価格設定、発行部数や紙質まで細かい意見をマクミラン社に伝えている<ref>楠本、188-189頁。</ref>。翻訳の刊行自体がそもそもキャロルの提言によるもので、キャロルは原著の刊行から1年後の1866年8月にはドイツ語およびフランス語で出版する考えを抱いたが、作中に頻出する英語の音韻や文法に依存した言葉遊び・パロディなどのために、当初は「翻訳不可能」だと判断していた<ref>楠本、10-11頁。</ref>。


しかしキャロルの当初の判断に関わらず、『アリス』はフランス語に続いて[[スウェーデン語]]、[[イタリア語]]、[[オランダ語]]、[[デンマーク語]]、[[ロシア語]]にただちに翻訳され大陸中に広まっていった<ref>楠本、189頁。</ref>。ルイス・キャロル協会のチャールズ・ラヴェットがまとめた1994年の調査によれば、『不思議の国のアリス』と続編『鏡の国のアリス』が翻訳された言語の数は、実際に話され・その言語による出版物があるものに限定すれば62、部分訳や未出版のもの、点字や速記体によるものなども含めれば137におよび<ref>楠本、3-4頁。</ref>、一人の作家の翻訳としては世界一である<ref>門馬義幸 「アリスを描いた挿絵にみられる二つの時代性」 『MOE』第13巻第7号、16頁。</ref>。
== 文化とコレクション ==
現在の『不思議の国のアリス』は、何百ものコレクターズ・アイテムやウェブサイト、芸術作品を生み出す、1つの文化現象となっている。


=== 日本語訳 ===
莫大な数の個人所蔵アリスコレクションは、最近は[[インターネット]]により数を増やしつつある。稀覯本(きこうぼん)から最近のコミッションド・アートまで、2500以上のグッズが、頻繁に[[eBay]]経由でオークションに上げられている。置時計からイアリングや枕カバーまで、想像できるあらゆる種類のアリス関連商品が入手可能である。アリスグッズの場所を突き止めるのはいつも簡単とは限らないが、しばしば「アリス・ショップ」と呼ばれる店でグッズを見つけ出すことができる。イギリスには、スランデュドゥノの“the Rabbit Hole”や[[オックスフォード]]の“Alice's Shop”といったアリス・ショップがある。より小規模なアリス・ショップは、ハルトン・チェシャや、アリス・テーマパークのある[[ボーンマス]]で見つけ出せる。[[アメリカ合衆国|アメリカ]]では、カリフォルニアの“the White Rabbit”がある。事実、他のどの国でも入手できないほど、多数のアリス関連商品がアメリカには存在する。その内の1つが、''[[w:Sherlock Holmes and the Alice In Wonderland Murders|Sherlock Holmes and the Alice In Wonderland Murders]]''(en)(『シャーロック・ホームズと不思議の国のアリス殺人事件』)と呼ばれる書籍である。
日本での『不思議の国のアリス』の初訳は、おそらく須磨子([[永代静雄]])訳の『アリス物語』で、[[1908年]]([[明治]]41年)から翌年にかけて『少女の友』誌に掲載されたものである<ref>楠本、28頁。</ref>。ただし[[1899年]](明治32年)に[[長谷川天渓]]訳による『鏡の国のアリス』の翻訳(翻案・パロディに近い)が「鏡世界」として『少年世界』に掲載されており、分かっている限りでは続編の訳のほうが早かったことになる<ref>楠本、21-22頁。</ref>。『アリス物語』は12回の連載で、最初の3回が『不思議の国のアリス』の大まかな訳、以降は須磨子の創作になっている<ref>楠本、29頁。</ref>。以後つづけて様々な訳者が両アリス物語の訳を手がけているが、初期の翻訳は原文のニュアンスや言葉遊びの再現よりも、ストーリーの面白さを日本の子供に合った形にして伝えることに主眼が置かれ、従ってそれぞれの訳者によってしばしば創作に近い翻案が行われた<ref>楠本、182頁。</ref>。主人公の名前も「美(みい)ちゃん」(長谷川天渓訳、明治32年)「愛ちゃん」([[丸山薄夜]]訳 『愛ちゃんの夢物語』、明治43年)「綾子さん」([[丹羽五郎]]訳 『子供の夢』、明治44年)「あやちゃん」([[西條八十]]訳 「鏡國めぐり」<!--雑誌掲載作であるので一重鉤-->、[[大正]]10年)「すゞ子ちゃん」([[鈴木三重吉]]訳 「地中の世界」、大正10年)などのように日本風の名前に置き換えられているものが多い<ref>楠本、209頁。</ref>。


[[1920年]](大正9年)には、[[楠山正雄]]が『不思議の國 第一部アリスの夢、第二部鏡のうら』として、『鏡の国のアリス』と併せた本格的な訳を出版している<ref>楠本、67頁。</ref>。[[1927年]]([[昭和]]2年)11月には[[芥川龍之介]]と[[菊池寛]]の共訳による『不思議の国のアリス』の訳『アリス物語』が刊行されている。これは芥川の死去の年に出ており、同年7月に自殺した芥川のあとを次いで菊池が完成させて出版したものである<ref>楠本、98-99頁。</ref>。タイトルに『不思議の国のアリス』がはじめて用いられたのは、おそらく[[1929年]](昭和4年)に『初等英文世界名著全集』の一つとして出された[[長澤才助]]訳注による同名の学習者向けの書であり、読み物としては[[1934年]](昭和9年)に金の星社から刊行された[[大戸喜一郎]]訳のものが初と思われる<ref>楠本、180-181頁。</ref>。以後しばらく『不思議の国の』と『不思議な国の』が共存したあと『不思議の国のアリス』が定着するようになった<ref>楠本、181頁。</ref>。大戦後も[[矢川澄子]]、[[北村太郎]]、[[高橋康也]]、[[高山宏]]、[[柳瀬尚紀]]、[[生野幸吉]]、[[脇明子]]、[[河合祥一郎]]、[[山形浩生]]ほか多くの人物が翻訳を手がけている。両アリス物語の日本語訳は前述のような翻案に近いものや抄訳なども含めて、1998年時点で150種前後が存在しており、現在も訳者とイラストレーターとを様々に組み合わせた多数の『アリス』が書店に並んでいる<ref>楠本、4頁・6-7頁。</ref>。
インターネット上には、シンプルなサイトから学術的なサイトまで、数百のアリス関連サイトが存在する。実在したアリス・リデルやルイス・キャロルの情報を提供する、伝記サイトもある。


== 翻案 ==
== 『不思議の国のアリス』に影響された作品 ==
=== 舞台化 ===
キャロル自身による続編に加えて、他の創作物や芸術作品に『アリス』は影響を与えている。
キャロルは『不思議の国のアリス』を舞台作品にしたいという思いを早くから抱いており、そのための様々なアイディアを当時の日記に書き付けていた。しかしなかなか実現にはいたらず、[[1886年]]、劇作家の{{仮リンク|ヘンリー・サヴィル・クラーク|en|Henry Savile Clarke}}の協力を得ることによってようやく舞台化が実現した。これは{{仮リンク|ウォルター・スローター|en|Walter Slaughter}}の楽曲による[[ミュージカル]]([[オペレッタ]])で、クラークは4ヶ月かかって台本を書き、その間にキャロルが出した様々なアイディアのいくつかも採用している。主演にフィービ・カーロが抜擢されたのもキャロルの推薦によるものである<ref>ストッフル、122頁。</ref>。オペレッタ『不思議の国のアリス―子供たちのための夢の劇』は1886年12月23日、ロンドンの{{仮リンク|プリンセス・オブ・ウェールズ劇場|en|Princess of Wales Theatre}}で初演されて好評を博し、以後40年にわたってクリスマスシーズンの主要演目として上演が続けられた<ref>ストッフル、123-124頁。</ref>。キャロルの死後には、[[演劇]]、[[オペラ]]、[[バレエ]]、[[パントマイム (イギリス)|パントマイム]]など世界各国において様々な形で舞台化が行われている。
その数は把握しきれないほど多く、記事上で書き尽くすことはできないため、ここでは一部だけを挙げる。


=== 文学 ===
=== 映像化 ===
{{main|不思議の国のアリスの映像作品}}
* [[ジェイムズ・ジョイス]]の小説『[[フィネガンズ・ウェイク]]』への『アリス』からの影響はよく知られている。『フィネガンズ・ウェイク』は夢に関する小説であり、以下のような文章を含んでいる。「アリシャス、ぐるぐる光り(トゥインストリームズ・トゥインストリームズ)、魅惑の鏡を抜けて巨人の国にいるのか?」「――孤独な不思議の旅人は我らを永遠に見失った。悲しきかな(アラス)アリスは鏡を割った! リデルは木の葉を抜けて閉じ込められ、我らは苦痛の謎にある」
『不思議の国のアリス』は20世紀の初頭にはじめて映画化されて以来、100年以上にわたって映像化の試みが続けられている。初の映像化は[[1903年]]、{{仮リンク|セシル・ヘプワース|en|Cecil Hepworth}}監督、{{仮リンク|メイ・クラーク|en|May Clark}}主演によるイギリス映画『不思議の国のアリス』で、紙芝居のように展開が切り替わる8分ほどの無声映画であった<ref name=ASAO22>浅尾、22頁。</ref>。[[1915年]]には[[W.W.ヤング]]監督によって初の長編(52分)が撮られており、この作品ではぬいぐるみを使いテニエルの挿絵を忠実に再現している。[[1933年]]には{{仮リンク|ノーマン・Z・マクロード|en|Norman Z. McLeod}}監督によって本格的なトーキー映画が撮られた<ref name=ASAO22/>。
* [[ウラジーミル・ナボコフ]]は、『アリス』を母国語である[[ロシア語]]に翻訳した。ナボコフの小説は、“Ada, or Ardor”に見られる戯本のタイトルのように、多くのキャロルへの言及を含んでいる。しかしながらナボコフは、かれの生徒にして注釈者だったアルフレッド・アペルに、かの悪名高い[[ペドフィリア]]の主人公が登場する『[[ロリータ]]』は、作品のテーマである写真術という芸術形式へのキャロルの興味にもかかわらず、キャロルからの影響は意識していないと語っている。
* [[イギリス]]の作家[[ジェフ・ヌーン]]は、未来の空想上の[[マンチェスター]]を舞台にした作品“Vurt”([[1993年]])から始まる一連の[[サイバーパンク]]小説に、多数のキャロル語を挿入した。これらの作品において、ヌーンは不思議の国と鏡の国における論理の発展を、登場人物が没入する[[仮想現実]]サイバー詩の主題とした。これらの作品でなされうる解釈の1つは、『鏡の国のアリス』における「赤の王様の夢」の仮定と同様に、アリスの夢の中ではあらゆることが起こるということである。また、ヌーンは彼自身が冗談半分に3作目の『アリス』と名付けた『未来少女アリス』を執筆した。この挿絵付き小説の中で、アリスは柱時計の中に入り込み、[[クォーク]]という名の透明な猫やアリスの自動人形であるスリアなどの、奇怪な住民の住む未来のマンチェスターに現れる。
* [[フィリップ・ホセ・ファーマー]]のSF作品『[[リバーワールド]]』シリーズの登場人物にアリス・リデルがいる。アリス・リデルが死亡後、髪を失ってリバーワールドに復活したことになっているが、挿絵(もしくはディズニーのアニメ版)の印象が強いためか作中の人物は「髪があるなら金髪」と想像している。
* [[アメリカ]]の推理作家[[エラリー・クイーン]]の作品には『アリス』への言及がよく見られる。『[[Yの悲劇]]』では主舞台のハッター家を「マッド・ハッター一族」となぞらえ、その一方で有名ないかれ帽子屋ほど狂ってはいなかったと記している。また短編「キ印ぞろいのお茶の会の冒険」([[創元推理文庫]]『世界短編傑作集 4』に所収、[[嶋中書店|嶋中文庫]]版の作者短編集『神の灯』には「マッド・ティー・パーティ」のタイトルで所収)では、オーエン家のパーティーで『不思議の国のアリス』の一場面として「キ印のお茶会」が演じられ、帽子屋を演じた主人が行方不明となっている。さらにアリスという女性が登場する中編「神の灯」においても、一夜にして消失した屋敷(があったはずの場所)を前にして、探偵[[エラリー・クイーン (探偵)|エラリー・クイーン]]がその不思議さのあまりに「おまけに、不思議の国に登場する少女と同名の女性もいる」<ref>「不思議の国」への言及は[[嶋中書店|嶋中文庫]]版の短編集『神の灯』に所収の同名作品の訳においてであり、[[創元推理文庫]]『エラリー・クイーンの新冒険』に所収の同名作品では「アリスという名の女性もいる」と、直接には「不思議の国」には言及しない訳となっている。</ref>と語っている。
* [[アメリカ]]の推理作家[[ジョン・ディクスン・カー]]の作品にも『アリス』への言及がよく見られる。処女作『夜歩く』の第5章の章題が「不思議の国のアリス」で、その中で『アリス』の本が小道具として用いられている。また『[[帽子収集狂事件]]』(原題" The Mad Hatter Mystery ")では、帽子を盗みまわる「マッド・ハッター」に気をつけるよう忠告された探偵[[ギディオン・フェル]]博士が、忠告した相手が「三月ウサギ」<ref>創元推理文庫旧版([[田中西二郎]]訳、1960年)で「五月の兎<small>(メー・ヘーア)</small>」(交尾期の野兎の凶暴性をさす)と注釈付きで誤訳されていたが、新版(三角和代訳、2011年)で「三月ウサギ」に改められた。なお、[[江戸川乱歩|乱歩]]が選ぶ黄金時代ミステリーBEST10(7) 『帽子収集狂事件』([[集英社文庫]]、森英俊訳、1999年)でも「三月ウサギ」と訳されている。</ref>と呼ばれているのではないかと返している場面がある。さらに別名義である[[カーター・ディクスン]]の『[[プレーグ・コートの殺人]]』においても、探偵役の[[ヘンリー・メリヴェール]]卿(通称H・M)の執務室の様子を「不思議の国のアリス」に入ったようだと紹介され、そこでH・Mは「いい年なのに ウィル親父」の一節を口ずさんでいる。
* [[日本]]においても『アリス』の影響は多く見られ、例えば[[安部公房]]の作品、特に初の短編である[[壁 (小説)|壁 - S・カルマ氏の犯罪]]が『アリス』に触発されて書かれている。また[[ライトノベル]]などサブカルチャーの分野における作品でも『アリス』の要素または影響を頻繁に見かけることができる。


[[File:Alice in wonderland 1951.jpg|thumb|ディズニー映画『ふしぎの国のアリス』(1951年)]]
=== 映画・テレビ・ラジオ ===
[[1951年]]の[[ディズニー]]によるアニメ映画『[[ふしぎの国のアリス]]』は、公開当初は必ずしも高い評価を得られなかったものの、青い服を着たアリスのイメージはその後の作品解釈に大きな影響を与えている<ref name=ASAO74>浅尾、74頁。</ref>。[[ティム・バートン]]監督による、最新のCG技術を駆使して作られた[[2010年]]の実写映画『[[アリス・イン・ワンダーランド]]』は、ディズニー映画の設定を踏まえた後日談のかたちをとったものである<ref name=ASAO74/>。{{仮リンク|ウィリアム・スターリング|en|William T. Sterling}}監督による[[1972年]]の『[[アリス~不思議の国の大冒険~]]』以後は、大きな予算を投じて大物俳優をそろえたミュージカル仕立ての作品が主流になっている<ref name=ASAO22/>。
* 『[[マトリックス (映画)|マトリックス]]』([[1999年]])は、白ウサギの[[入れ墨|タトゥー]]に誘われて反乱組織に加わった主人公ネオを特徴としている。この映画の監督である[[ウォシャウスキー兄弟]]は、『不思議の国のアリス』がマトリックス3部作を貫くテーマであると述べている。また、アニマトリックスの『[[アニマトリックス#ディテクティブ・ストーリー|ディテクティブ・ストーリー]]』も『[[鏡の国のアリス]]』の引用が多い。
* 『[[バイオハザード (映画)|バイオハザード]]』([[2002年]])も幾つかの『アリス』に対する言及を行っている。名前のないメインキャラクターの1人は、アリスと呼ばれている。


以降もアリス・リデルの生涯とからめて作品世界を再現した『[[ドリームチャイルド]]』(1985年)、独自の感性で原作の不条理な世界を再現した[[ヤン・シュヴァンクマイエル]]による人形アニメーション『[[アリス (1988年の映画)|アリス]]』(1988年)などがあるほか、[[キティちゃん]]や[[リカちゃん人形]]など既成のキャラクターを使って原作の物語を再現したアニメーション作品もしばしば作られている<ref name=ASAO22/>。
=== 漫画とアニメーション ===
* アリスは[[アラン・ムーア]]による2つの[[アメコミ]]・シリーズ、『 [[リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン]]』(表紙にのみ登場)と“[[w:Lost Girls|Lost Girls]](en)”(成長した姿で登場)でも姿を見せている。
* アリスとバットマンが顔を合わせる“Haunted Knight”のような、多数のアメコミがある。
* 日本の少女漫画である[[萩尾望都]]の『[[ポーの一族]]』に登場するリデルとシャーロッテ・エヴァンズ、エディス・エヴァンズの名前が、それぞれアリス・リデルとその姉ロリーナ・シャーロッテ・リデル(Lorina Charlotte Liddell)および妹エディス・メアリィ・リデル(Edith Mary Liddell)の名前に由来するとの指摘がある<ref>『ふしぎの国の『ポーの一族』』(いとうまさひろ著 [[新風舎]]文庫 2007年 ISBN 9784289503544)参照。</ref>。
* 日本の少女漫画である[[内田善美]]の『星の時計のLiddell』には、アリス・リデルをモチーフにした不思議な少女が登場する。
* 日本の[[皆川亮二]]作の漫画『[[ARMS]]』では、キャラクターにアリスになぞらえたコードネームが付けられている。
* 日本の[[介錯 (漫画家)|介錯]]作の漫画『[[鍵姫物語 永久アリス輪舞曲]]』は、幻の3作目のアリスの物語を巡る少年少女達の戦いを描いている(ただし作者はキャロルではなく、タキオンという架空の人物となっている)。
* 日本の[[高河ゆん]]作の漫画『[[ありす IN WONDERLAND]]』では、主人公の女子高生、仙道ありすと犬に姿を変えた207代ルイスキャロルが登場する、ラブストーリーとなっている。
* 日本の[[CLAMP]]作の漫画『[[不思議の国の美幸ちゃん]]』では、主人公の女子高生・美幸ちゃんが美女だらけの世界に迷い込み、毎回トラブルに見舞われる(ただし、「アリス」シリーズのストーリーやキャラクターが元ネタとなっているものは「'''不思議の国の美幸ちゃん'''」「'''鏡の国の美幸ちゃん'''」だけで、後続のシリーズは「~の国」というタイトルを借りた別物である)。
*『[[ケロロ軍曹]]』のアニメ版(2ndシーズン)の第87話Bパートにアリスのパロディが登場する。
* 不思議の国をモチーフにした作品としてタナカタカコ作の漫画『アリス∞ワンダーランド』がある。
*[[中原涼]]の「○○の国のアリス」シリーズ。[[天才てれびくん]]ではこれを原作にアニメ『[[アリスSOS]]』が放送された。読書が大好きで特に『不思議の国のアリス』の大ファンという少年タカシが、さらわれたアリスを救うべく仲間と共に異次元を旅するという内容。
*[[月刊Gファンタジー]]で連載中の漫画『[[PandoraHearts]]』に登場するヒロインが『血染めの黒ウサギ』のアリス(ビーラビット)である他「マッドハッター」「チュシャ」などの一部登場キャラクター、および世界観が『不思議の国のアリス』に強く影響されたものとなっている。
*[[藤原カムイ]]の『[[LOVE SYNC DREAM]]』は、設定を現代に移しながらも、飲んだり食べたりすると体が伸び縮みするアイテム、チェシャ猫、ウサギ、女王などが登場する、『不思議の国のアリス』をベースにしたストーリー。頭文字をつなげると[[LSD]]になる。
<!-- これって全部書くんですか・・・。ささいなものまで挙げたらきりがない。影響が大きすぎるゆえに。「リルぷりっ」に出てくる時計うさぎさんかも、明らかに本作からのですが、「リルぷりっ」は御伽噺や昔話の世界をやまほど使った作品なので出てきて当然っちゃ当然ですが、本当に全部調べがついたとしたら記事はとんでもないことになるんじゃないかと? -->


=== 漫画化 ===
=== ポピュラー・ミュージック ===
原作の内容に沿った漫画化には以下のようなものがある(パロディ作品等は後掲)。
* [[ビートルズ]]は、「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド」や「アイ・アム・ザ・ウォルラス」(ウォーラスは『鏡の国のアリス』に登場)のような曲で、[[シュールレアリズム|シュール]] な着想を持っていた。
*大谷美恵 『不思議の国のアリス』(学研、1985年)-「ハイコミック名作」シリーズの1。
*[[ジェファーソン・エアプレイン]]の楽曲「ホワイト・ラビット」は、[[LSD (薬物)|LSD]]による幻覚を、この作品世界に例えている。
*Glenn Diddit ''Glenn Diddit's Alice's Adventures In Wonderland'' (CreateSpace Independent Publishing Platform, 1988) - 読み書き支援活動家による逐字的な漫画化で、テニエルの画風にあわせたスタイルが取られている。白黒版とカラー版で刊行されている。
* [[1980年代]]のイギリスの音楽シーンでは、『不思議の国のアリス』を意識した作品が多数出現した。[[1982年]]を皮切りに、[[ゴシック・ロック]]バンドや[[インディーズ]]バンド関連で、アリスへのオマージュが続出した。例えば、のちにMissionのメンバーとなるウェイン・ハッセイが在籍していたゴシックバンド、シスターズ・オブ・マーシー The Sisters Of Mercyは1982年にシングル「アリス」をリリースした。一連のルイス・キャロル作品のヒロインをイメージしたこの曲はヒットした。1983年にはロンドンにあるゴシックバンドが好んでライブを行っていた名門のライブハウスBatcave Clubが、名前を"Alice In Wonderland"に変えた。
*Leah Moore, John Reppion (adaptation), Erica Awano (illust) ''The Complete Alice in Wonderland'' (Dynamite Entertainment, 2005) - 作画のエリカ・アワノは日系3世のブラジル人漫画家で、日本の漫画に近いスタイルで描かれている。
* [[スージー・アンド・ザ・バンシーズ]] Siouxsie & the Bansheesは自身のレーベルを"Wonderland"と名づけ、1987年にアルバム"Through The Looking Glass"(『鏡の国のアリス』の原題)をリリースした。
*[[木下さくら]] 『ALICE IN WONDERLAND Picture Book』(幻冬舎コミックス、2006年)- フルカラーの大型本。
* 自身のミドルネームがAliceでもあるシンガーソングライターのヴァージニア・アストレイ Virginia Astleyの作品は、より明確にアリスへのオマージュが随所にちりばめられている。1983年の彼女の[[器楽曲|インストゥルメンタル]]アルバム"From Gardens Where We Feel Secure" には、アリスの冒険が始まった場所Godstowから数マイル南でフィールド・レコーディングされた小鳥のさえずりなどの効果音や、"Tree Top Club"、"Nothing is what it seems"、"Over the edge of the World"などの、小説内の情景を思い起こさせる曲が収録されている。
*[[たむら純子]] 『不思議の国のアリス』(学習研究社、2010年)- 「名著を漫画で!」シリーズの一つで、少女マンガ風のスタイルで描かれている。
* [[グウェン・ステファニー]]の曲「ホワット・ユー・ウエイティング・フォー?」のミュージックビデオは、『不思議の国のアリス』にインスパイアされており、ハートの女王の迷路やマッド・ティーパーティを前面に押し出している。
*[[阿部潤]] 『コミック版 アリス・イン・ワンダーランド』(講談社、2010年、全2巻)- 原作小説ではなく、2010年の翻案映画『アリス・イン・ワンダーランド』を漫画化したもの。『TOKYO1週間』連載。
* [[トム・ウェイツ]]はアルバム『[[アリス (トム・ウェイツのアルバム)|アリス]]』をレコーディングした。
*[[谷山浩子]]は、「ウミガメスープ」、「ハートのジャックが有罪であることの証拠の歌」、「公爵夫人の子守唄」など実際に作中に出てきた詩に音楽を付け曲を作っている。また「アリス」、「意味なしアリス」などの『不思議の国のアリス』をオマージュにした作品も数多くある。
*イギリスのパンクバンド[[Screaming Tea Party]]は、ミニアルバム『Death Egg』を日本で発表している。1曲目「Reckless Rabbit」の冒頭で「私は名前は[[アリス]]、白いウサギを追いかけてるの」と英語で少女の声が挿入されており、アルバム全体に『不思議の国のアリス』の情景を思わせる要素がちりばめられている。
*[[アヴリル・ラヴィーン]]は、シングル「[[アリス (アヴリル・ラヴィーンの曲)|アリス]]」<ref>「アリス・イン・ワンダーランド」のエンディングテーマ</ref>を発売。
*韓国の現代音楽家、[[陳銀淑]]が2007年に同名のオペラを発表、[[ケント・ナガノ]]の指揮で映像化されている。


== 派生作品 ==
=== コンピューターとテレビゲーム ===
以下では『不思議の国のアリス』をモチーフとして作られた後世の創作を挙げる。原則として『アリス』が作品全体を通して明確なモチーフとなっているものに限り、作中で引用や言及があるに過ぎないもの、題名のみのパロディなどは除く。パロディ映画などについては[[不思議の国のアリスの映像作品#パロディ]]なども参照。
* 『[[アリス イン ナイトメア]]』のようなダークで血に塗れた[[パソコンゲーム|PCゲーム]]にも少女アリスは登場する。ほかに『サイレントメビウス アリスリデル』など。
* [[コンピュータRPG|ロールプレイングゲーム]]の『[[キングダム ハーツ]]』には[[ウォルト・ディズニー・カンパニー|ディズニー]]アニメの『不思議の国のアリス』のキャラクターが登場する
* PCゲーム“[[w:Thief (computer game)|Thief: The Dark Project]]”には、巨大な屋敷に忍び込む初級レベルがある。屋敷の中は、最初の内は概ね普通であるが、より奥深くに進むにつれ、『アリス』と同じように“curiouser and curiouser”(不思議な薬を飲んで巨大化したアリスが口走る言葉。普通の英語では“more curious and more curious”)になっていく。“Thief: Gold”では、ファンの間では“Little Big World”として知られている、最初に非常に小さな村を通り抜けて巨大なキッチンに至る屋敷が加えられたセクションで、このアイデアが拡張されている。“Thief”は“[[w:Looking Glass Studios|Looking Glass Studios]]”で開発された。
* [[アーケードゲーム]]の『[[メルヘンメイズ]]』([[バンダイナムコゲームス|ナムコ]])は、プレイヤーキャラクターが少女アリスである上、他にもストーリー展開や登場キャラクター(時計を持ったウサギ、トランプ兵、女王など)が『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』を題材としている。
* [[アトラス (ゲームブランド)|アトラス]]のゲームである「[[真・女神転生]]」や「[[ペルソナシリーズ|ペルソナ]]」シリーズの中でも謎の少女として度々登場することがある。モデルになっているのは『不思議の国のアリス』のアリスであり、「死んでくれる?」が口癖である。
* 上記に挙げた以外にも『不思議の夢のアリス』([[フェイス (ゲーム会社)|フェイス]]・[[PCエンジン]])・『[[ありす・イン・サイバーランド]]』(グラムス・[[PlayStation (ゲーム機)|プレイステーション]])・『[[Londonian Gothics 〜迷宮のロリィタ〜]]』([[メガサイバー]]・[[ニンテンドーDS]])・『不思議の国のアリス』(マップ開拓型ボードゲーム([[ゲームボーイアドバンス]]・[[PlayStation 2|プレイステーション2]]))など『アリス』を題材ないしリスペクトしたコンピュータゲームは多数存在する。
* 2007年2月14日発売のPCゲームソフト『[[ハートの国のアリス 〜Wonderful Wonder World〜]]』([[QuinRose]])に、アリスや他のキャラクター(帽子屋、三月ウサギ、ハートの女王など)の名前が使われている。
* 2007年12月25日発売のPCゲームソフト『[[クローバーの国のアリス 〜Wonderful Wonder World〜]]』(『ハートの国』の続編)(QuinRose)にも、アリスを始めとしたキャラクターの名前が複数使われている。
* [[サンソフト]]制作の携帯電話アプリゲーム『[[歪みの国のアリス]]』は本作『不思議の国のアリス』をベースに作られている。


== 関連項目 ==
=== 文学 ===
*アンナ・マトラック・リチャード 『{{仮リンク|A New Alice in the Old Wonderland|en|Alice in Blunderland}}』(1895年) - 米国の作品。アメリカ人の少女アリス・リーが、本で読んだ旧世界の「不思議の国」の中に迷い込み、キャロルの『アリス』に登場した様々なキャラクターたちと出会うというもの。
*[[不思議の国のアリス症候群]]
*[[サキ (小説家)|サキ]] 『{{仮リンク|ウェストミンスター・アリス|en|The Westminster Alice}}』(''The Westminster Alice'', 1902年) - サキの連作集。アリスのキャラクターたちを借りて当時のイギリスの政治界を風刺したもの。
*[[非現実の王国で]]
*ジョン・ケンドリック・バングス 『{{仮リンク|Alice in Blunderland|en|Alice in Blunderland: An Iridescent Dream}}』(1907年) - 経済学的な主題を扱った米国の「アリス」パロディ作品。
*[[エラリー・クイーン]] 「キ印ぞろいのお茶会の冒険」(''The Adventure of the Mad Tea-Party'', 1934年)- 短編推理小説。子供の誕生パーティのために大人たちが『不思議の国のアリス』劇の予行練習をするが、その夜、屋敷の主人が帽子屋の扮装をしたまま行方不明になる。『エラリー・クイーンの冒険』に収録。
*[[フレデリック・ブラウン]] 『不思議な国の殺人』(''Night of the Jabberwock'', 1950年)-長編推理小説。ある田舎の新聞記者が『不思議の国のアリス』マニアの集会に参加し、そこで殺人事件に巻き込まれる。
*[[別役実]] 『不思議の国のアリス』(1970年)- 別役実の第二戯曲集。アリスをモチーフにした不条理劇「ふしぎの国のアリス」「アイ・アム・アリス」を所収。[[紀伊国屋演劇賞]]受賞作品<ref>{{cite web|url=http://performingarts.jp/J/art_interview/0709/1.html |title= 別役 実(劇作家)|work=アーティスト・インタビュー |date=2007年10月 |publisher=Performing Arts Network Japan |accessdate=2013-2}}</ref>。
*[[辻真先]] 『アリスの国の殺人』(1981年)- 長編推理小説。童話編集者を志す青年が、ワンダーランドの中の「チェシャ猫」密室殺害事件に巻き込まれる。現実の事件とワンダーランドの事件とが交互に展開する構成で、後者には『アリス』をベースにしつつ『オズの魔法使い』や漫画のキャラクターなども登場する。第35回[[日本推理作家協会賞]]受賞作。
*ギルバート・アダー 『{{仮リンク|針の国のアリス|en|Alice Through the Needle's Eye}}』(''Alice Through the Needle's Eye'', 1984年) - 三作目のアリスとして書かれたノンセンス・ファンタジー。この作品ではアリスは針の目を通り抜けて、アルファベットをモチーフとした異世界に迷い込む。
*[[中原涼]] 『アリスシリーズ』 - 『受験の国のアリス』(1987年、講談社X文庫)からつづくジュブナイル小説シリーズ。『不思議の国のアリス』を愛読する主人公タカシが、攫われたアリスを救うために仲間とともに異次元を冒険するという内容。NHKの教育番組『[[天才テレビくん]]』内で『[[アリスSOS]]』としてアニメ化された。
*河出文庫 『不思議の国のアリス・ミステリー傑作選』(1988年)- 『不思議の国のアリス』をモチーフとするミステリを集めたアンソロジー。[[海渡英祐]]「死の国のアリス」、[[石川喬司]]「アリスの不思議な旅」、[[都筑道夫]]「鏡の国のアリス」、[[邦正彦]]「不思議の国の殺人」、[[小栗虫太郎]]「方子と末起」、[[中井英夫]]「干からびた犯罪」、[[山田正紀]]「襲撃」を収録。
*[[スティーヴン・ミルハウザー]] 「アリスは落ちながら」(''Alice, Falling'', 1990年)- 『不思議の国のアリス』の冒頭の、ウサギ穴を長い時間をかけてアリスが落下する場面を、さらに原作の記述の10倍ほどの長さを使って書き綴った短編。『バーナム博物館』に収録。
*[[ジェフ・ヌーン]] 『未来少女アリス』(''Automated Alice'', 1996年)- 3作目のアリスと銘打たれたSF小説で、アリスは奇妙な生物が跋扈する未来の[[マンチェスター]]に迷い込む。文体もキャロルのそれに習った言葉遊びの多いものになっている。
*[[北村薫]] 『野球の国のアリス』 (2008年、講談社) - 野球好きな現代の少女アリスを主人公にしたファンタジー風の作品で、随所に『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』のモチーフが現れる。「ミステリーランド」シリーズの1冊として刊行。

=== 漫画 ===
* [[高河ゆん]] 『[[ありす IN WONDERLAND]]』 (1989年-1991年)- 主人公の女子高生・仙道ありすと、犬に姿を変えた207代ルイス・キャロルとのラブストーリーを描くファンタジー。『プリティ』連載、2巻。
* [[アラン・ムーア]]原作、[[メリンダ・ゲビー]]作画 『{{仮リンク|Lost Girls|en|Lost Girls}}』(1991年-1992年)- アリス、ウェンディ(『ピーターパン』)、ドロシー(『オズの魔法使い』)の3人のヒロインが成長した姿で出会い、たがいのエロティックな冒険を語りあうという趣向のアメリカンコミック。
* [[CLAMP]] 『[[不思議の国の美幸ちゃん]]』(1993年-1995年)- 主人公の女子高生・美幸ちゃんが異世界に迷い込み、毎回トラブルに見舞われるというストーリーで、『アリス』のキャラクターをベースにした女性キャラクターが多数登場する。『Newtype』連載、1巻。
* [[皆川亮二]] 『[[ARMS]]』(1997年-2002年)- 『アリス』のキャラクターを生物・科学兵器のモチーフとしたSF漫画。『週刊少年サンデー』連載、全22巻。テレビアニメ化された。
* [[介錯 (漫画家)|介錯]] 『[[鍵姫物語 永久アリス輪舞曲]]』 (2004年-2006年) - 幻の3作目のアリスの物語を巡る少年少女達の戦いを描くファンタジーコミック。『月刊コミック電撃大王』連載、全4巻。テレビアニメ化された。
* [[望月淳]] 『[[PandoraHearts]]』(2006年- )- 『アリス』ほか児童文学をモチーフにしたファンタジー作品。「チェイン」と呼ばれる特殊な生命体として『アリス』のキャラクターをベースにしたものが多数登場する。『[[月刊Gファンタジー]]』連載、19巻続巻。テレビアニメ化された。
* [[J.D.モルヴァン]]原作、[[藤原カムイ]]作画 『[[LOVE SYNC DREAM]]』(2008年-2011年)- 舞台を現代に移しながら、飲んだり食べたりすると体が伸び縮みするアイテム、チェシャ猫、ウサギ、女王などが登場する『不思議の国のアリス』をベースにしたファンタジー。『月刊コミックリュウ』連載、全2巻。
*Tommy Kovac 原作、Sonny Liew 作画 『Wonderland』(2009年) - Disney Pressより刊行されたグラフィックノベル。『不思議の国のアリス』の中で白ウサギがアリスと取り違えた女中である「メアリー・アン」を主人公にした物語。

=== 音楽 ===
* [[ジェファーソン・エアプレイン]] 「ホワイト・ラビット」(1967年)- サイケデリック・ロックバンドによる、アリスの世界をモチーフにした楽曲。LSD的な感覚でアリスの作品世界のキャラクターたちが言及される。アルバム『Surrealistic Pillow』収録。
* [[チック・コリア]] 『The Mad Hatter』(1978年)- ジャズアルバム。アルバム名をはじめ『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』をモチーフにした構成になっている。
* [[谷山浩子]] 『もうひとりのアリス』(1978年)- アリスを題材にした「アリス」「不思議なアリス」を収録したアルバム。谷山は以降も「向こう側の王国」(『翼』)、「意味なしアリス」(『宇宙の子供』)、「ウサギ穴」(『月光シアター』)など、アリスを題材にした楽曲を数曲作っており、また作中詩「ウミガメスープ」「公爵夫人の子守歌」「ハートのジャックが有罪であることの証拠の歌」に曲をつけるといった試みも行っている<ref>{{cite web|url=http://blogs.itmedia.co.jp/nabe/2010/04/post-e5b8.html|date=2010年4月|title=谷山浩子 ~ 心の中では全部の呼びかけにお返事してます ~。|works=有縁千里来相会 |publisher=ITmediaオルタナティブ・ブログ|accessdate=2013-2}}</ref>。
* [[デイヴィッド・デル・トレディチ]] 『ソプラノと管弦楽のための「少女アリス」』(1980年-1981年) - アリスに着想を得た4部からなる楽曲で、トレディチは第一部「夏の日のおもいで」でピューリッツァー賞を受賞している。ほかにも『アリス交響曲』(1969年)、『ファイナル・アリス』(1976年)など、『アリス』に着想を得た複数の楽曲を作っている。
* [[エアロスミス]] 「サンシャイン」(2001年) - 『[[ジャスト・プッシュ・プレイ]]』収録のロック音楽。歌詞のなかでアリスをはじめとする不思議の国のキャラクターたちが言及される。ミュージックビデオではスティーヴン・タイラーがブロンドのアリスを守ろうとする映像が白ウサギ、赤の女王らの姿とともに撮られた。
* [[トム・ウェイツ]] 『[[アリス (トム・ウェイツのアルバム)|アリス]]』(2002年)- ロバート・ウィルソン演出のミュージカル版アリス(1992年初演)のために作られた楽曲を収録したロック・アルバム。
* [[BUCK-TICK]] 「[[Alice in Wonder Underground]]」(2007年) - 日本のロックバンドによる「アリス」をイメージしたシングル曲。
* [[アヴリル・ラヴィーン]] 「[[アリス (アヴリル・ラヴィーンの曲)|アリス]]」(2010年)- 映画『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)の主題歌として制作されたもので、主人公アリスの立場に立った歌詞になっている。映画のサウンドトラック『[[オールモスト・アリス]]』にも収録。

=== コンピュータゲーム ===
* [[バンダイナムコゲームス|ナムコ]] 『[[メルヘンメイズ]]』(1988年、[[アーケードゲーム]]) - 『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』をベースにしたアクションシューティングゲーム。アリスを操り、攻撃手段であるシャボン玉を飛ばして敵キャラクターを倒していく。
* フェイス 『[[不思議の夢のアリス]]』(1990年、[[PCエンジン]])- 横スクロールアクションゲーム。アリスを操作して、魔女に攫われた童話の主人公たちを助け出すというもの。
* [[エレクトロニック・アーツ]] 『[[アリス イン ナイトメア]]』(2000年、[[PCゲーム]]) - 3Dアクションゲーム。原作小説の後日談というストーリー設定で、アリスを主人公にしつつホラー要素が加えられている。
*グローバル・エー・エンタテインメント 『不思議の国のアリス』(2003年、[[ゲームボーイアドバンス]]・[[PlayStation 2|プレイステーション2]]) - 『不思議の国のアリス』の世界を基にしたマップ開拓型カードゲーム・ボードゲームで、カードにテニエルのイラストがそのまま使用されている。
* [[サンソフト]] 『[[歪みの国のアリス]]』(2006年、携帯アプリゲーム)- 『不思議の国のアリス』をベースにしたホラー[[ノベルゲーム]]。
* [[QuinRose]] 『[[ハートの国のアリス 〜Wonderful Wonder World〜|ハートの国のアリス]]』シリーズ(2007年 -、PCゲーム)- 『不思議の国のアリス』をベースにした女性向けのノベルゲーム([[乙女ゲーム]])で、チェシャ猫、帽子屋、三月ウサギなどをモチーフにした美青年キャラクターが登場する。『クローバーの国のアリス』(2007年)以下複数の続編が作られており、漫画、小説およびアニメ映画にも翻案されている。

=== 写真集 ===
*[[沢渡朔]] 『[[少女アリス]]』(1973年、河出書房新社)- アリスをモチーフにした少女写真集。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
=== 注釈 ===
<references/>
<references group="注釈"/>
=== 出典 ===
{{reflist|2}}


== 参考文献 ==
== 参考文献 ==
* マーチン・ガードナー注釈 ルイス・キャロル 『不思議の国のアリス』 石川澄子訳、東京図書、1980年
* Lewis Carroll. ''Alice's Adventures in Wonderland and Through the Looking Glass''. Penguin Books ISBN 0-14-030169-0
* マーティン・ガードナー注釈 ルイス・キャロル 『新注 不思議の国のアリス』 高山宏訳、東京図書、1994年
* ちくま文庫『原典対照/ルイス・キャロル詩集』ルイス・キャロル著/高橋康也・沢崎順之介訳 ISBN 4-480-02311-9
* ステファニー・ラヴェット・ストッフル 『「不思議の国のアリス」の誕生』 笠井勝子監修、高橋宏訳、創元社、1998年
* モートン・N.コーエン 『ルイス・キャロル伝 (上)』 高橋康也ほか訳、河出書房新社、1999年
* ロジャー・ランスリン・グリーン 『ルイス・キャロル物語』 門馬義幸、門馬尚子訳、法政大学出版局、1997年
* マイケル・ハンチャー 『アリスとテニエル』 石毛雅章訳、東京図書、1997年
* 定松正 編 『ルイス・キャロル小事典』 研究社出版〈小事典シリーズ〉、1994年
* 桑原茂夫 『図説 不思議の国のアリス』 河出書房新社〈ふくろうの本〉、2007年
* 舟崎克彦 『不思議の国の"アリス"』 求龍堂グラフィックス、1991年
* 浅尾典彦 『アリス・イン・クラシックス』 青心社、2010年
* 楠本君恵 『翻訳の国のアリス』 未知谷、2001年
* 高橋康也 『ノンセンス大全』 晶文社、1977年
*『別冊現代詩手帖』 第1巻巻第2号(ルイス・キャロル特集号) 思潮社、1972年
*『MOE』第13巻第7号「Alice-二つの国のアリスとルイス・キャロル」 白泉社、1991年
*『ユリイカ』第24巻第4号「特集・ルイスキャロル」 青土社、1992年

== 関連項目 ==
*[[不思議の国のアリス症候群]]
*[[ナンセンス文学]]


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
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* [http://www.cs.indiana.edu/metastuff/wonder/ch1.html Alice in Wonderland](en) HTML version
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2013年5月3日 (金) 13:28時点における版

『不思議の国のアリス』
Alice's Adventures in Wonderland
初版本の表紙
初版本の表紙
著者 ルイス・キャロル
イラスト ジョン・テニエル
発行日 1865年11月26日
発行元 マクミラン社
ジャンル 児童文学ファンタジー
イギリス
言語 英語
次作鏡の国のアリス
ウィキポータル 文学
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不思議の国のアリス』(ふしぎのくにのアリス、Alice's Adventures in Wonderland)は、イギリス数学者チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンがルイス・キャロルの筆名で書いた児童小説。1865年刊。幼い少女アリス白ウサギを追いかけて不思議の国に迷い込み、しゃべる動物や動くトランプなどさまざまなキャラクターたちと出会いながらその世界を冒険するさまを描いている。キャロルが知人の少女アリス・リデルのために即興でつくって聞かせた物語がもとになっており、キャロルはこの物語を手書きの本にして彼女にプレゼントする傍ら、知人たちの好評に後押しされて出版に踏み切った。1871年には続編として『鏡の国のアリス』が発表されている。

『アリス』の本文には多数のナンセンスな言葉遊びが含まれており、作中に挿入される詩や童謡の多くは当時よく知られていた教訓詩や流行歌のパロディとなっている。英国の児童文学を支配していた教訓主義から児童書を解放したとして文学史上確固とした地位を築いているだけでなく、聖書シェイクスピアに次ぐといわれるほど多数の言語に翻訳され引用や言及の対象となっている作品である[1]。本作品に付けられたジョン・テニエルによる挿絵は作品世界のイメージ形成に大きく寄与しており、彼の描いたキャラクターに基づく関連商品が数多く作られるとともに、後世の「アリス」の挿絵画家にも大きな影響を及ぼしている。ディズニー映画『ふしぎの国のアリス』をはじめとして映像化・翻案・パロディの例も数多い。

成立

7歳のアリス・リデル。キャロルの撮影(1860年)。

『不思議の国のアリス』成立の発端は、作品出版の3年前の1862年7月4日にまで遡る。この日キャロル(ドジソン)は、かねてから親しく付き合っていたリデル家(キャロルの住むオックスフォード大学の学寮クライストチャーチの学寮長の一家)の三姉妹、すなわちロリーナ(Lorina Charlotte Liddell、13歳)、アリス(Alice Pleasance Liddell、10歳)、イーディス(Edith Mary Liddell、8歳)、それにトリニティ・カレッジの同僚ロビンスン・ダックワースとともに、アイシス川(オックスフォードではテムズ川をこう呼んだ)をボートで遡るピクニックに出かけた[2][注釈 1]

手書き本『地下の国のアリス』

この行程はオックスフォード近郊のフォーリー橋から始まり、5マイル離れたゴッドストウ村で終わった。その間キャロルは少女たち、特にお気に入りであったアリスのために、「アリス」という名の少女の冒険物語を即興で語って聞かせた(このときの様子は作品の巻頭の献呈詩のなかで「黄金の昼下がり」として描かれている)。キャロルはそれまでにも彼女たちのために即興で話をつくって聞かせたことが何度かあったが、アリスはその日の話を特に気に入り、自分のために物語を書き留めておいてくれるようキャロルにせがんだ[5]。キャロルはピクニックの翌日からその仕事に取り掛かり、8月にゴッドストウへ姉妹と出かけた際には物語の続きを語って聞かせた[6]。この手書きによる作品『地下の国のアリス』が完成したのは1863年2月10日のことであったが、キャロルはさらに自分の手で挿絵や装丁まで仕上げたうえで、翌1864年11月26日にアリスにこの本をプレゼントした[7][注釈 2]

さらにこの間、キャロルは知己であり幻想文学・児童文学の人気作家であったジョージ・マクドナルドの一家に原稿を見せた。マクドナルド夫妻は手紙で、作品を正式に出版することをキャロルに勧め、また夫妻の6歳の息子グレヴィルが「この本が6万部あればいいね」と言ったことがキャロルを励ました[9]。こうしてキャロルは出版を決意し、『地下の国のアリス』から当事者にしかわからないジョークなどを取り除き、「チェシャ猫」や「狂ったお茶会」などの新たな挿話を書き足して、もとの18,000語から2倍ちかい35,000語の作品に仕上げ、タイトルも『不思議の国のアリス』に改めた[10]。出版社は1863年末にロンドンのマクミラン社と決まった。マクミラン社は当時、自社で出したばかりのチャールズ・キングズリー[注釈 3]の児童書『水の子』が好評を得ていたため、キャロルの物語に興味を示したものと思われる[12][13]。挿絵は『パンチ』の編集者トム・テイラーの紹介によって、同誌の看板画家ジョン・テニエルに依頼された。挿絵にこだわりを持っていたキャロルはテニエルと何度も連絡をとり、細かい注文をつけてテニエルを閉口させたが、二人のやりとりのあとを示す書簡は今日では残っていない[14]

出版

『不思議の国のアリス』タイトルページ。

『不思議の国のアリス』は、前述の『水の子』と同じ18センチ×13センチの判形に、赤い布地に金箔を押した装丁と決まり、1865年7月に2000部が刷られた[15]。出版はマクミラン社だが、挿絵代もふくめ出版費用はすべてキャロル自身が受け持っている(当時こうしたかたちの出版契約はめずらしくなかった)。このためキャロルは自分が好むままの本作りをすることができたのである[15]。ところが、挿絵を担当したテニエルが初版本の印刷に不満があるとただちに手紙で知らせてきたため、キャロルはマクミラン社と相談のうえで出版の中止を取り決め、初版本をすべて回収し文字組みからやり直さなければならなくなった[注釈 4]

印刷のやり直しは費用を負担しているキャロルにとって痛手であったが、こうして1865年11月に刊行された『不思議の国のアリス』は着実に売れていき、1867年までに1万部、1872年には3万5000部、1886年には7万8000部に達した[19]。キャロルは本を寄贈した知人たち(その中にはダンテ・ゲイブリエル・ロセッティや、前述のチャールズ・キングスリーの弟ヘンリー・キングスリーらがいた[20])から好評を得たばかりでなく、各紙の書評でいずれも無条件の賞賛を受けた。キャロルは当時の日記に19の書評をリストしており、その中には『アリス』を「輝かしい芸術的宝物」と評した『リーダー』紙をはじめ『プレス』『ブックセラー』『ガーディアン』などが含まれている。『パブリッシャー・サーキュラー』は、その年の200冊の子供の本のうち「もっとも魅力のある本」に『アリス』を選んだ。「わざとらしい懲りすぎた話」として批判した『アシニーアム』は唯一の例外であった[21][22]

『子供部屋のアリス』

この『不思議の国のアリス』の出版により、ルイス・キャロルの名は1,2年の間に広く知られるようになった[23]。好評を受けたキャロルは『アリス』の続編を企画しはじめ、1866年頃より 『鏡の国のアリス』の執筆をはじめた[24][注釈 5]。この続編は1871年のクリスマスに出版、翌年のキャロルの誕生日(1月27日)までの間に1万5000部を売り上げた。二つの『アリス』の物語は以後途切れることなく版を重ね続け、マクミラン社はキャロルが死去した1898年までに、『不思議の国のアリス』を15万部以上、後述の続編『鏡の国のアリス』も10万部以上を出版している[26]

1886年、『不思議の国のアリス』の原型である『地下の国のアリス』の複製本が出版された。キャロルが『アリス』の人気をみて、読者が元となった手書き本を見たいのではないかと考えたもので、キャロルは出版にあたり、ハーグリーヴス夫人となっていたアリスに許可を求めて原本を借り受けた[27]。1889年にはキャロル自身の手で幼児向けに脚色された『子供部屋のアリス』が出版された。この作品ではまたテニエル自身が自分の過去の挿絵に彩色を施している[28]

あらすじ

ある日、アリスが川辺の土手で、読書中の姉の傍に退屈を感じながら座っていると、そこに服を着た白ウサギが人の言葉を喋りながら通りかかる。驚いたアリスは白ウサギを追いかけてウサギ穴に落ち、壁の棚に様々なものが置いてあるその穴を長い時間かけて落下する。着いた場所は広間になっており、アリスはそこで金の鍵と、通り抜けることができないほどの小さな扉を見つける。その傍には不思議な小瓶があり、それを飲んだアリスはみるみる小さくなるが、鍵をテーブルに置き忘れて取れなくなってしまう(第1章 ウサギ穴に落ちて)。アリスは今度は不思議なケーキを見つけるが、それを食べると今度は身体が大きくなりすぎてしまう。アリスは困って泣き出し、その大量の涙であたりに池ができる。アリスは白ウサギが落としていった扇子の効果で再び小さくなるが、足をすべらせて自分のつくった池にはまり込む。そこにネズミをはじめとして様々な鳥獣たちが泳いで集まってくる(第2章 涙の池)。

アリスと鳥獣たちは岸辺に上がり、体を乾かすために「コーカスレース」[注釈 6]という、円を描いてぐるぐるまわる競走を行う。それからアリスはネズミにせがんで、なぜ彼が犬や猫を怖がるのかを話してもらう。この話に対してアリスは飼い猫のダイナの自慢話をはじめてしまい、この猫がネズミも鳥も食べると聞いた動物たちは逃げ去ってしまう(第3章 コーカス・レースと長い尾話)。一人になったアリスのもとに白ウサギが戻ってきて、アリスをメイドと勘違いして自分の家に使いに行かせる。家の中でアリスは小瓶を見つけて飲んでしまい、この効果で再び身体が大きくなり部屋の中に詰まってしまう。白ウサギは「トカゲのビル」を使ってアリスを追い出そうとするが失敗に終わる。その後白ウサギたちは家のなかに小石を投げ入れ、この小石が体を小さくさせるケーキに変わったため、アリスは再び小さくなって家から出られるようになる(第4章 白ウサギがちびのビルを使いに出す)。

動物たちや大きな子犬から逃れて森に入ったアリスは、キノコの上で大きなイモムシに出会う。ぞんざいな態度でアリスにあれこれ問いただしたイモムシは、キノコの一方をかじれば大きく、反対側をかじれば小さくなれると教えて去る。アリスはキノコを少しずつかじり調節しながら元の大きさにもどるが、次に小さな家を見つけ、そこに入るために小さくなるほうのキノコをかじる(第5章 イモムシの助言)。その家は公爵夫人の家であり、家の前ではサカナとカエルの従僕がしゃちほこばった態度で招待状のやり取りを行っている。家の中には赤ん坊を抱いた無愛想な公爵夫人、やたらとコショウを使う料理人、それにチェシャ猫がおり、料理人は料理の合間に手当たり次第に赤ん坊にものを投げつける。アリスは公爵夫人から赤ん坊を渡されるが、家の外に出るとそれは豚になって森に逃げていく。アリスが森を歩いていくと樹上にチェシャ猫が出現し、アリスに三月ウサギと帽子屋の家へ行く道を教えたあと、「笑わない猫」ならぬ「猫のない笑い」 (a grin without a cat) を残して消える(第6章 豚とコショウ)。

三月ウサギの家の前に来ると、そこでは三月ウサギ、帽子屋、ネムリネズミがテーブルを出して、終わることのないお茶会を開いている。帽子屋は同席したアリスに答えのないなぞなぞ[注釈 7]をふっかけたり、女王から死刑宣告を受けて以来時間が止まってしまったといった話をするが、好き勝手に振舞う彼らに我慢がならなくなったアリスは席を立つ。すると近くにドアのついた木が見つかり、入ってみるとアリスが最初にやってきた広間に出る。そこでアリスはキノコで背を調節し、金の鍵を使って今度こそ小さな扉を通ることができる(第7章 狂ったお茶会)。通り抜けた先は美しい庭で、そこでは手足の生えたトランプが庭木の手入れをしている。そこにハートの王と女王たちが兵隊や賓客をともなって現われる。かんしゃくもちの女王は庭師たちに死刑宣告をした後、アリスにクロッケー大会に参加するよう促すが、そのクロッケー大会は槌の代わりにフラミンゴ、ボールの代わりにハリネズミ、ゲートの代わりに生きたトランプを使っているので、すぐに大混乱に陥る。そこにチェシャ猫が空中に頭だけ出して出現し、女王たちを翻弄するが、女王が飼い主の公爵夫人を連れてこさせるころにはチェシャ猫はふたたび姿を消している(第8章 女王陛下のクロッケー場)。

やってきた公爵夫人はなぜか上機嫌で、アリスが何かを言うたびに教訓を見つけ出して教える。女王は公爵夫人を立ち去らせ、クロッケーを続けようとするが、参加者につぎつぎと死刑宣告をしてまわるので参加者がいなくなってしまう。女王はアリスに代用ウミガメの話を聞いてくるように命令し、グリフォンに案内をさせる。アリスは代用ウミガメの身の上話として、彼が本物のウミガメだったころに通っていた学校の教練について聞かされる(この教練はキャロルの言葉遊びによってでたらめな内容になっている。例えば読み方 (Reading) ではなく這い方 (Reeling)、絵画 (Drawing)ではなくだらけ方(Drawling) などである)(第9章 代用ウミガメの話)。しかしグリフォンが口をはさんだので、今度は遊びの話をすることになる。代用ウミガメとグリフォンはアリスに「ロブスターのカドリール」のやり方を説明し、節をつけて実演してみせる。そのうちに裁判の始まりを告げる呼び声が聞こえてきたので、グリフォンは唄を歌っている代用ウミガメを放っておいて、アリスを裁判の場へ連れてゆく(第10章 ロブスターのカドリール)。

玉座の前で行われている裁判では、ハートのジャックが女王のタルトを盗んだ疑いで起訴されており、布告役の白ウサギが裁判官役の王たちの前でその罪状を読み上げる。アリスは陪審員の動物たちに混じって裁判を見物するが、その間に自分の身体が勝手に大きくなりはじめていることを感じる。裁判では証人として帽子屋、公爵夫人の料理人が呼び出され、続いて3人目の証人としてアリスの名が呼ばれる(第11章 誰がタルトを盗んだ?)。アリスは何も知らないと証言するが、王たちは新たな証拠として提出された詩を検証して、それをジャックの有罪の証拠としてこじつける。アリスは裁判の馬鹿げたやり方を非難しはじめ、ついに「あんたたちなんか、ただのトランプのくせに!」と叫ぶ。するとトランプたちはいっせいに舞い上がってアリスに飛び掛り、アリスが驚いて悲鳴をあげると、次の瞬間に自分が姉の膝をまくらにして土手の上に寝ていることに気がつく。自分が夢をみていたことに気づいたアリスは、姉に自分の冒険を語って聞かせたあとで走り去ってゆく。一人残った姉はアリスの将来に思いを馳せる。

キャラクター

チェシャ猫
帽子屋

作中に登場する多彩なキャラクターのいくつかは、本作を特徴付ける言葉遊びによって創作されたものである。アリスに道を教えた後に「猫のない笑い」となって消えるチェシャ猫は、「チェシャ猫みたいにニヤニヤ笑う」(grin like a Cheshire cat) という、当時はよく知られていた英語の慣用句がもとになっている[31]。第7章で「狂ったお茶会」を開いている帽子屋三月ウサギは、ともに「帽子屋のように気が狂っている」(“mad as a hatter”) 「三月のうさぎのように気が狂っている」(mad as a march hare) という、やはり当時は一般的であった英語の慣用句をもとにキャロルが創作したキャラクターである[32]。第9章、第10章に登場する代用ウミガメ (The Mock Turtle) は、「代用ウミガメスープ」“Mock Turtle Soup”という言葉から作られている。これはウミガメの変わりに子牛の肉を使ったスープで、従って「ウミガメスープに似せたスープ」のことだが、これを「代用ウミガメ」の「スープ」と解した言葉遊びになっている[33]

もともとは身内向けの物語であった本作には、その名残としてキャロルとアリス・リデルの身辺の人々を暗示するキャラクターや言及がある。第3章で行われるコーカス・レースは、この作品自体が作られたキャロルたちのピクニックでの出来事をほのめかしており、そこに登場する動物のドードー鳥はキャロル(ドジソン)、アヒル(Duck) はロビンソン・ダックワース、インコ (Lory) はロリーナ・リデル、子ワシ (Eaglet) はイーディス・リデルをそれぞれ暗示している[34]。リデル三姉妹はまた、ネムリネズミの物語の中の3人の小さな姉妹としてもほのめかされている[35]。ほかにも、白ウサギはリデル家のかかりつけの医師であったヘンリー・アクランド[36]、「尾話」を披露するネズミはリデル家の家庭教師ミス・プリケット[37]、代用ウミガメの身の上話に言及される教師のアナゴは、リデル家の美術家庭教師であったジョン・ラスキンをそれぞれモデルにしているなど[38]、登場人物ごとに様々な推定がなされている。

詩と童謡

本作品に挿入されている詩や童謡の多くは、当時よく知られていた教訓詩や流行歌のパロディになっており、元になっている作品は若干の例外を除いて今日では忘れ去られている[39]。以下特にタイトルのないものは書き出しを示す。

  • 黄金色の昼下がりに・・・」 (All in the golden afternoon ...) :巻頭に掲げられている献呈詩。全体として、この物語成立の発端となった1862年7月24日のボート遊びと、そこで3人姉妹にお話をせがまれた情景を詠んでいる[40]
  • 小さな鰐の、なんと・・・」 (How doth the little crocodile ...) :第2章で、教訓詩を暗誦しようとしたアリスがなぜか間違えてそらんじてしまう、小さな鰐が鱗を磨きあげる様子を描いた戯詩。アリスが暗誦しようとしたのは、著名な賛美歌作者アイザック・ウォッツ(1676-1748) の、当時もっともよく知られていた詩「怠惰と悪戯心に抗って」 (Against Idleness and Mischief) であり、「小さな鰐の」はこの教訓詩のパロディになっている。原詩は蜜蜂の熱心な働きを讃えて勤勉を称揚する内容[41]
  • ヒューリーがネズミに言った、・・・」 (Fury said to a mouse, That ...) :第3章で、アリスに請われたネズミが、自分が犬や猫を嫌うようになった理由として披露する詩。一種のカリグラムになっており、この部分は文字がネズミの尻尾のようにうねって配列されている。内容は、あるネズミが犬のフューリーから、突然告訴すると言い立てられ、陪審員も裁判官も自分で担当して死刑にしてやると脅されるという不条理なもので、猫は登場しない。キャロルは詩人のテニスンから、長い行から始まってだんだん詩行が短くなってゆく妖精の詩を夢に見たという話を聞いたことがあり、これがこの詩の着想のもとになっている。手書き本『地下の国のアリス』では、この部分は犬と猫が連れ立ってマットの下のネズミたちをつぶしてしまうという、もっと話の流れに合った内容のものであった[42]
「もう年だろう、ウィリアム父さん。…」
  • もう年だろう、ウィリアム父さん、・・・」 ("You are old, Father William" ...) :第5章で、イモムシに促されて教訓詩を暗誦しようとしたアリスが誤ってそらんじてしまう戯詩で、ナンセンス詩の傑作として評価されているものの一つ。老年に達したウィリアム父さんが、にもかかわらず逆立ちや宙返りといった驚異的な身体能力を見せるので、その秘訣を息子から問われてそれに答えるというもの。アリスが暗誦しようとしたのは、同じ詩句ではじまるロバート・サウジーの教訓詩「老いた男の安楽、それはいかにして得られたか」(The Old Man's Comforts and How He Gained Them)であり、「ウィリアム父さん」はそのパロディになっている。原詩は、ウィリアム神父 (Father William) が老年の健康で静謐な生活の秘訣を若者から問われて、若いころの慎み深い信仰生活の大切さにあると答えるというもの[43]
  • 幼な子はどなりつけろ、・・・Speak roughly to your little boy...) :第6章で公爵夫人が赤ん坊への子守唄として唄う、幼な子を手荒く扱うように勧める内容の詩。元になっているのは「優しく語りかけよ」 (Speak Gently) という、様々な人に優しい言葉をかけることの大切さを説く感傷的な詩で、当時は非常によく知られていた流行詩であった[44]。この原詩の作者は確定しておらず、フィラデルフィアのデイヴィッド・ベイツ説、アイルランド生まれのジョージ・ワシントン・ラングフォード説などがあったが、1986年になって、「D・B」と署名されたこの詩が1845年の新聞に掲載されていたことがわかり、現在ではベイツ説が有力となっている[45]
  • きらきら光る、お空のコウモリ・・・」 (Twinkle, twinkle little bat...) :第7章で帽子屋がアリスに披露する、お盆のように空を飛ぶコウモリのことを唄った唄。帽子屋は、これを音楽会で唄ったところ女王の不興を買って死刑を宣告されたと説明する。この唄は現在でもよく知られている童謡「きらきら星」のパロディである。この原詩は18世紀のフランスのシャンソンを基にして、19世紀始めにジェーン・テイラーが作った替え歌「The Star」であり、マザー・グースの一つにも数えられる。なおキャロルのオックスフォード大学の同僚の数学教授に「コウモリ」とあだ名される、難解な講義をすることで知られていたバーソロミュー・プライスという人物がおり、この戯詩は彼の講義に対する風刺になっているらしい[46]
  • もう少し早く歩けないか、・・・」 ("Will you walk a little faster?" ...) :第10章で「ロブスターのカドリール」を実演しながら代用ウミガメが唄う唄で、子鱈がカタツムリを海辺のダンスに誘うという内容。この詩はメアリー・ハウィット英語版による、古い唄の言い回しを踏まえた「蜘蛛と蝿」という詩の出だしをもじったものになっている。原詩は蝿が蜘蛛に螺旋階段の上に来るよう誘うというもの[47]
「ロブスターが喋っている…」
  • ロブスターが喋っている・・・」 (Tis the voice of the lobster, ...) :第11章で、アリスが代用ウミガメとグリフォンに促されて、自分でもわけがわからずに諳んじてしまう詩。アリスが暗誦しようとしたのは前述のアイザック・ウォッツによる、怠惰を戒める教訓詩「怠け者」(The Sluggard) であり、原詩はものぐさな人の見苦しい生活を詠んだものであるが、アリスはこれをロブスターが身だしなみを整えたり、フクロウと豹がパイを取り合ったりするわけの分からない内容にしてしまう[48]
  • 海亀のスープ」 (Turtle Soup) :第11章の終わりに代用ウミガメが唄う、ひたすら海亀スープを讃える唄。元になっているのは、夜空の美しい星を讃えるジェームズ・M・セイルス作詞作曲の流行歌「夜の星、美しき星」(Star of the Evening, Beautiful Star) である。キャロルの1862年8月1日の日記に、リデル姉妹がこの唄を唄ってくれたとある[49]
  • ハートの女王」(The Queen of Hearts) :第12章の裁判の場面で、布告役の白ウサギがハートのジャックの罪状として読み上げる詩。これは1782年4月の『ヨーロピアン・マガジン』に掲載されていた4連からなる詩の最初の4行を手を加えずに流用したもので、キャロルが使用したことで有名になりマザー・グースの一つに数えられることになった。使用部分はハートの女王が作ったタルトをハートのジャックが盗んだというもので、もとの詩ではハートのキングからスペード、クラブ、ダイヤと続いていく[50]
  • 君は彼女のところに行って・・・」 (They told me you had been to her...) :第12章で白ウサギがジャックの犯罪の証拠として読み上げる、あいまいな指示代名詞のためにほとんど理解不能なナンセンス詩。ハートの王はこの内容をこじつけてジャックの罪に無理やり結び付けようとする。これはキャロルが1855年に『ロンドン・コミック・タイムズ』に発表した8連のナンセンス詩をかなり改変して使用したものである。改変前の詩の最初の行は、ウィリアム・ミーによる感傷的な流行歌「アリス・グレイ」の第一節を真似ているが、ミーのこの歌はアリスという名の少女に思いを寄せる男を歌ったものであった[51]

挿絵

アーサー・ラッカムによる挿絵(1907年)は、テニエルのそれに次いで人気が高い[52]

ジョン・テニエルが挿絵を付けた『不思議の国のアリス』と続編『鏡の国のアリス』は、物語とその挿絵とが非常によく合った例として知られており、児童書における挿絵の重要性を示したものとして評価されている[53]。物語の冒頭で主人公アリスが「挿絵も会話もない本なんて、なにが面白いんだろう」と訝るように、作者のキャロルは挿絵を重要視しており、手書き本『地下の国のアリス』を『不思議の国のアリス』として刊行する際、自分の絵の技量に不足を感じてプロのイラストレーターであるテニエルに依頼した[54]。もっとも現在では、手書き本に付けられたキャロルによる挿絵に対しても、ナンセンスな物語に対してその稚拙な絵が却って効果を挙げているという評価もある[53]

『アリス』の挿絵は、当時イギリスの出版界において一般的であった木口木版(こぐちもくはん、木材を縦軸に対して直角に輪切りにしたものを用いる木版画)で刷られており、この分野でもっとも名声を得ていたダルジール兄弟英語版が彫版を担当した[55]。キャロルはテニエルの挿絵に対して細かな指示を行い彼をうんざりさせたが、しかし『アリス』の版形が途中で変更になった際にテニエルに了承を取ったり、前述のように初版本の印刷状態に対するテニエルのクレームを受け入れて回収するなど、テニエルの仕事に対し尊敬を持って接していたこともわかる[56]。主人公アリスの容姿についても、キャロルとテニエルの間で何度も議論を重ね、結果として黒髪のおかっぱ頭であったアリス・リデルには似せず、額を出した金髪の姿にすることに決められたらしい[57]。この金髪のアリスについては、キャロルの提案でメアリー・ヒルトン・パドコックという少女の写真がモデルに使われたとしばしば言われてきたが、キャロルがこの写真を購入した時点ですでにテニエルが12点の挿絵を仕上げていることなどからして、あまり信憑性のある説ではないと考えられる[58]

キャロルが細かな指示を与えているテニエルの挿絵は物語と不可分なものと考えられているが、1907年にイギリスで作品の著作権が切れて以降、アーサー・ラッカムチャールズ・ロビンソンペーター・ニューエルウィリー・ポガニーマーヴィン・ピークトーベ・ヤンソンラルフ・ステッドマン金子國義山本容子など、世界中の様々な挿絵画家がアリスの物語の新たな挿絵をつけ、独自の解釈でテニエルのイメージを更新し続けている[53]

評価・分析

『不思議の国のアリス』とその続編『鏡の国のアリス』は、それまでの旧弊な教訓物語から脱し、児童文学の新しい地平を切り開いた作品として評価されている。ピューリタン的な伝統の強いイギリスでは、子供のための本はあってもそれは子供に知識を得させるため、信仰心や道徳心を植えつけるためのものであり、当時そうした子供に対する「教訓」を内に含まない本は稀であった[59]。児童作家の文章も型にはまったものが多く、しばしば不必要に飾り立てられ、また単音節の語を多用することによって単調になりがちになった[60]。彼らにとって子供はあくまで教化の対象であり、未完成な、知力も感受性もない存在と見なされ、物語の中では子供はしばしば無知や病苦、貧困とセットにして描かれていた[61]

そうした中にあって、教訓をいっさい含まず、純粋に子供を愉しませるために書かれた『アリス』の登場は画期的なものであった[62][60]。キャロルは読み手である子供をあくまで自分と対等な存在として扱い、その文章もそれまでの児童書の約束事からはずれ、長い多音節の単語や子供には難しい概念を、分かりやすい冒険物語の流れに組み込むことによって躊躇なく使用した[63]。作中で多用される言葉遊び、パロディ、ナンセンスの要素もまた、旧来の児童文学の伝統を打ち壊すのに大きな役割を担っている。こうした言葉遊びは純粋に言葉によって子供を愉しませる一方で[64]、当時よく知られていた教訓詩が地口や意味のずらしによって馬鹿馬鹿しい詩に変えられ、児童教育にはびこる教訓主義はどんなことに対しても教訓を見つけ出してみせる公爵夫人の登場によって茶化され、初等教育の詰め込み主義は代用ウミガメの語る学校の思い出によって風刺される[62]。こうした要素はまた、キャロル自身が子供時代に受けた苦痛の反映でもあるが[65]、キャロルのナンセンスは風刺の域を突き抜けて、ときに人間存在の暗い部分にまで届く[66]

キャロル自身による、アリスが巨大化して部屋に閉じ込められる場面の挿絵。子宮に閉じ込められた胎児を思わせる[67]

二つのアリスの物語は児童文学の流れを語る上で欠くことのできない古典として確固とした位置をしめており、児童文学作品としては他に類を見ないほど多種類の批評研究の対象とされてきた[68]。作品の時代背景とともに作者の実人生が詳細に調べられて作品と関連付けられ、キャロルだけでなくアリス・リデルの伝記も書かれている。こうした歴史的・伝記的解釈の一方で、アリスの物語はさかんにフロイト流の精神分析の対象にもされた[69]。こうした解釈においては、しばしば物語がヴィクトリア朝社会の性道徳に抑圧された作者の性的欲求の反映と見なされ、例えば初期の分析では、アリスが落ちていく長い穴や廊下、そこで見つける鍵と扉、そこにかかっているカーテンはいずれも女性の身体や服の象徴であり、長く伸びる首は男性器の象徴と見なされた[70]。あるいはその長い穴が子宮であるとすれば、涙の池は羊水を表し、そして大きくなって胎児のように部屋に閉じ込められるアリスは「誕生のトラウマ」の主題を繰り返しているのかもしれない[71]

しかしこうした分析は、作品の精神的な背景の一面を示すことはあるものの、必ずしも常に作品の本質につながりうるものではないし、また必ずしも作品の全体的な理解につながるわけでもない[72]。「アリス」の注釈者マーティン・ガードナーは、アリスの物語は(「あらゆる偉大な空想物語と同様に」)どんな象徴的解釈の類型にでも容易に当てはめることができるとして、こうした比喩的・象徴的な解釈を自身の注釈から排除している[73]

影響

初期の模作の一つ。ジョン・バングス『Alice in Blunderland』(1907年)

作品の成功によって、『不思議の国のアリス』と続編『鏡の国のアリス』は発表当時から数多くの模倣作を生み出すことになった。例えば19世紀中のものでは、ジョージ・マクドナルド『お目当て違い』(1867年)、ジーン・インジロウ『妖精モブサ』(1869年)、クリスティーナ・ロセッティ『ものいう肖像』(1874年)、ジョージ・エドワード・ファロー『問答の国のウォーリー・バッグ』(1895年)、マギー・ブラウン『王様を捜せ』(1890年)などの模作がある[74]。キャロルが切り開いたこの流れは20世紀に入って以降も受け継がれ、リチャード・ヒューズ『クモの宮殿』(1931年)、マーヴィン・ピーク『行方不明になった叔父さんからの手紙』(1948年)、ステファン・テーマスン『ベッディ・ボットムの冒険』(1951年)、アンソニー・バージェス『どこまで行けばお茶の時間』(1976年)、ギルバード・アダー『針の国のアリス』(1984年)など、現代に至るまで「アリス」に触発されたナンセンス・ファンタジーがしばしば作られている[75]。『Alternative Alices』(1997年)の編者キャロライン・シグラーによれば、アリスの模作やパロディーは1869年から1930年の間だけですでに200近くに及んでいるという[76]

その影響は児童文学・ファンタジーの分野に留まらず、ミステリではエラリー・クイーン 「キ印ぞろいのお茶会の冒険」やフレデリック・ブラウン 『不思議な国の殺人』などの「アリス」をモチーフとした小説が書かれ(日本の推理作家には有栖川有栖という、『不思議の国のアリス』に由来するペンネームをもつ人物もいる[注釈 8])、またSFの分野でもジェフ・ヌーン『未来少女アリス』や漫画『ARMS』などでアリスの作品世界が引用されているほか、ウォシャウスキー兄弟の映画『マトリックス』シリーズでも「アリス」への頻繁な言及がある。その他近年の漫画やアニメーション、コンピュータゲームまで、「アリス」の世界やキャラクターをモチーフに借りた作品は数多い(#派生作品も参照)。

ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』では「アリス」がたびたび言及される。

「アリス」に顕著な影響を受けた20世紀の作家の一人にジェイムズ・ジョイスがいる。ジョイスはキャロルと同様に言語遊戯を駆使した作家でありかばん語の名手であったが、彼が「アリス」を読んだ時期は遅く、最後の小説『フィネガンズ・ウェイク』に取り掛かっていた1927年になってやっと初めて読んだという[78]。しかしこの年以降、「アリス」およびルイス・キャロルから得た素材を進行中の『フィネガンズ・ウェイク』に取り込んでおり、結果作中には明示的な言及を含めアリス、キャロルに対する暗喩や引用がしばしば行われている[79]。例えば以下のような文章は、キャロル=ドジソンを視姦者に見立てた性的な暗喩であるとともに、同じ「楽園」を失った苦しみを芸術へと昇華させる芸術家としての立場からの、キャロルへの連帯の呼びかけとも解釈することができる[80]

Though Wonderlawn's lost us forever, Alis, alas, she broke the glass ! Liddell lokker through the leafery, our is mistery of pain. 

(不思議の国は永遠に失われてしまったけれども。あわれ、あわれ、彼女は鏡を割ってしまった! 茂みを通して見つめるリデル、苦しみの秘儀は我らのもの。)(大澤正佳訳)[81]

同じく作中で言語遊戯を用いることを好んだウラジミール・ナボコフは『アリス』の愛読者であり、まだ若い頃にロシア語への翻訳を試み「最高の訳」を自負している。少女性愛者を扱ったナボコフの代表作『ロリータ』にはエドガー・アラン・ポーが幾度も引用される一方でキャロルの名はいっさい出されていないが、インタビューによれば「何か引っかかるところがあり」作中でキャロルの少女を被写体とした写真趣味などにどうしても触れることができなかったという。ナボコフには『鏡の国のアリス』と同じくチェスを題材にした小説『ディフェンス』、『不思議の国のアリス』と同じくトランプを題材にした小説『キング、クイーン、ジャック』もあり、ナボコフの『首切りへの誘い』の結末は『不思議の国のアリス』のそれと酷似しているともしばしば言われている。[82]

キャロルの生地ダーズバリのオール・セインツ・パリッシュ教会には、『不思議の国のアリス』のキャラクターを配したステンドグラスが使われている。

20世紀中、「アリス」はシュルレアリスムのインスピレーションの源泉にもなった。アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスムとは何か』(1934年)にはシュルレアリスムの精神的祖先としてキャロルの名が挙げられており、ブルトンは1939年には『黒いユーモア選集』に『不思議の国のアリス』の第10章を収録している。アントナン・アルトーも1945年ごろ、アンリ・パリゾーの勧めに従って『鏡の国のアリス』第6章の翻訳を試みている。1950年にはマックス・エルンストがキャロルのノンセンス詩『スナーク狩り』のフランス語版に挿絵をつける一方で、ルネ・マグリットはクノッケ・ズ・ルートのカジノの壁画『魅せられたる領域』の一部として『不思議の国のアリス』を描き、1969年にはサルバドール・ダリが、1970年にはエルンストがリトグラフで『不思議の国のアリス』の挿絵を制作している。[83][84]

音楽の分野ではデイヴィッド・デル・トレディチが「アリス」を題材とした交響曲をいくつか作っているほか、ジェファーソン・エアプレインの代表曲のひとつ「ホワイトラビット」などポピュラー音楽においても「アリス」はしばしば言及される(#音楽を参照)。作中の詩や童謡に曲をつける試みもたびたび行われており、これらはアリスを翻案したミュージカル、バレエ、オペラなどでも使用されている[85]。このほかテニエルの挿絵をもとにした「アリス」グッズなどが現在も多数販売されており[86]、オックスフォードのアリスショップをはじめとして各地にアリスグッズの専門店がある[87]。「アリス」の世界とそのキャラクターたちはまた、ロリータファッションにおいて欠かせないモチーフにもなっている[88]

翻訳

初期のロシア語版(1911年)

『不思議の国のアリス』の最初の外国語訳は1869年2月、原著から3年後に刊行されたドイツ語訳で、Antonie Zimmermannという訳者によるものである。同年8月にはHenri Bueの訳によるフランス語版が刊行されている。いずれも出版はロンドンのマクミラン社だが、印刷製本はドイツ、フランスでそれぞれ行われた。このドイツ語版とフランス語の出版にはキャロル自身が関わっており、本の体裁から価格設定、発行部数や紙質まで細かい意見をマクミラン社に伝えている[89]。翻訳の刊行自体がそもそもキャロルの提言によるもので、キャロルは原著の刊行から1年後の1866年8月にはドイツ語およびフランス語で出版する考えを抱いたが、作中に頻出する英語の音韻や文法に依存した言葉遊び・パロディなどのために、当初は「翻訳不可能」だと判断していた[90]

しかしキャロルの当初の判断に関わらず、『アリス』はフランス語に続いてスウェーデン語イタリア語オランダ語デンマーク語ロシア語にただちに翻訳され大陸中に広まっていった[91]。ルイス・キャロル協会のチャールズ・ラヴェットがまとめた1994年の調査によれば、『不思議の国のアリス』と続編『鏡の国のアリス』が翻訳された言語の数は、実際に話され・その言語による出版物があるものに限定すれば62、部分訳や未出版のもの、点字や速記体によるものなども含めれば137におよび[92]、一人の作家の翻訳としては世界一である[93]

日本語訳

日本での『不思議の国のアリス』の初訳は、おそらく須磨子(永代静雄)訳の『アリス物語』で、1908年明治41年)から翌年にかけて『少女の友』誌に掲載されたものである[94]。ただし1899年(明治32年)に長谷川天渓訳による『鏡の国のアリス』の翻訳(翻案・パロディに近い)が「鏡世界」として『少年世界』に掲載されており、分かっている限りでは続編の訳のほうが早かったことになる[95]。『アリス物語』は12回の連載で、最初の3回が『不思議の国のアリス』の大まかな訳、以降は須磨子の創作になっている[96]。以後つづけて様々な訳者が両アリス物語の訳を手がけているが、初期の翻訳は原文のニュアンスや言葉遊びの再現よりも、ストーリーの面白さを日本の子供に合った形にして伝えることに主眼が置かれ、従ってそれぞれの訳者によってしばしば創作に近い翻案が行われた[97]。主人公の名前も「美(みい)ちゃん」(長谷川天渓訳、明治32年)「愛ちゃん」(丸山薄夜訳 『愛ちゃんの夢物語』、明治43年)「綾子さん」(丹羽五郎訳 『子供の夢』、明治44年)「あやちゃん」(西條八十訳 「鏡國めぐり」、大正10年)「すゞ子ちゃん」(鈴木三重吉訳 「地中の世界」、大正10年)などのように日本風の名前に置き換えられているものが多い[98]

1920年(大正9年)には、楠山正雄が『不思議の國 第一部アリスの夢、第二部鏡のうら』として、『鏡の国のアリス』と併せた本格的な訳を出版している[99]1927年昭和2年)11月には芥川龍之介菊池寛の共訳による『不思議の国のアリス』の訳『アリス物語』が刊行されている。これは芥川の死去の年に出ており、同年7月に自殺した芥川のあとを次いで菊池が完成させて出版したものである[100]。タイトルに『不思議の国のアリス』がはじめて用いられたのは、おそらく1929年(昭和4年)に『初等英文世界名著全集』の一つとして出された長澤才助訳注による同名の学習者向けの書であり、読み物としては1934年(昭和9年)に金の星社から刊行された大戸喜一郎訳のものが初と思われる[101]。以後しばらく『不思議の国の』と『不思議な国の』が共存したあと『不思議の国のアリス』が定着するようになった[102]。大戦後も矢川澄子北村太郎高橋康也高山宏柳瀬尚紀生野幸吉脇明子河合祥一郎山形浩生ほか多くの人物が翻訳を手がけている。両アリス物語の日本語訳は前述のような翻案に近いものや抄訳なども含めて、1998年時点で150種前後が存在しており、現在も訳者とイラストレーターとを様々に組み合わせた多数の『アリス』が書店に並んでいる[103]

翻案

舞台化

キャロルは『不思議の国のアリス』を舞台作品にしたいという思いを早くから抱いており、そのための様々なアイディアを当時の日記に書き付けていた。しかしなかなか実現にはいたらず、1886年、劇作家のヘンリー・サヴィル・クラーク英語版の協力を得ることによってようやく舞台化が実現した。これはウォルター・スローター英語版の楽曲によるミュージカルオペレッタ)で、クラークは4ヶ月かかって台本を書き、その間にキャロルが出した様々なアイディアのいくつかも採用している。主演にフィービ・カーロが抜擢されたのもキャロルの推薦によるものである[104]。オペレッタ『不思議の国のアリス―子供たちのための夢の劇』は1886年12月23日、ロンドンのプリンセス・オブ・ウェールズ劇場英語版で初演されて好評を博し、以後40年にわたってクリスマスシーズンの主要演目として上演が続けられた[105]。キャロルの死後には、演劇オペラバレエパントマイムなど世界各国において様々な形で舞台化が行われている。

映像化 

『不思議の国のアリス』は20世紀の初頭にはじめて映画化されて以来、100年以上にわたって映像化の試みが続けられている。初の映像化は1903年セシル・ヘプワース監督、メイ・クラーク主演によるイギリス映画『不思議の国のアリス』で、紙芝居のように展開が切り替わる8分ほどの無声映画であった[106]1915年にはW.W.ヤング監督によって初の長編(52分)が撮られており、この作品ではぬいぐるみを使いテニエルの挿絵を忠実に再現している。1933年にはノーマン・Z・マクロード英語版監督によって本格的なトーキー映画が撮られた[106]

ディズニー映画『ふしぎの国のアリス』(1951年)

1951年ディズニーによるアニメ映画『ふしぎの国のアリス』は、公開当初は必ずしも高い評価を得られなかったものの、青い服を着たアリスのイメージはその後の作品解釈に大きな影響を与えている[107]ティム・バートン監督による、最新のCG技術を駆使して作られた2010年の実写映画『アリス・イン・ワンダーランド』は、ディズニー映画の設定を踏まえた後日談のかたちをとったものである[107]ウィリアム・スターリング英語版監督による1972年の『アリス~不思議の国の大冒険~』以後は、大きな予算を投じて大物俳優をそろえたミュージカル仕立ての作品が主流になっている[106]

以降もアリス・リデルの生涯とからめて作品世界を再現した『ドリームチャイルド』(1985年)、独自の感性で原作の不条理な世界を再現したヤン・シュヴァンクマイエルによる人形アニメーション『アリス』(1988年)などがあるほか、キティちゃんリカちゃん人形など既成のキャラクターを使って原作の物語を再現したアニメーション作品もしばしば作られている[106]

漫画化

原作の内容に沿った漫画化には以下のようなものがある(パロディ作品等は後掲)。

  • 大谷美恵 『不思議の国のアリス』(学研、1985年)-「ハイコミック名作」シリーズの1。
  • Glenn Diddit Glenn Diddit's Alice's Adventures In Wonderland (CreateSpace Independent Publishing Platform, 1988) - 読み書き支援活動家による逐字的な漫画化で、テニエルの画風にあわせたスタイルが取られている。白黒版とカラー版で刊行されている。
  • Leah Moore, John Reppion (adaptation), Erica Awano (illust) The Complete Alice in Wonderland (Dynamite Entertainment, 2005) - 作画のエリカ・アワノは日系3世のブラジル人漫画家で、日本の漫画に近いスタイルで描かれている。
  • 木下さくら 『ALICE IN WONDERLAND Picture Book』(幻冬舎コミックス、2006年)- フルカラーの大型本。
  • たむら純子 『不思議の国のアリス』(学習研究社、2010年)- 「名著を漫画で!」シリーズの一つで、少女マンガ風のスタイルで描かれている。
  • 阿部潤 『コミック版 アリス・イン・ワンダーランド』(講談社、2010年、全2巻)- 原作小説ではなく、2010年の翻案映画『アリス・イン・ワンダーランド』を漫画化したもの。『TOKYO1週間』連載。

派生作品

以下では『不思議の国のアリス』をモチーフとして作られた後世の創作を挙げる。原則として『アリス』が作品全体を通して明確なモチーフとなっているものに限り、作中で引用や言及があるに過ぎないもの、題名のみのパロディなどは除く。パロディ映画などについては不思議の国のアリスの映像作品#パロディなども参照。

文学

  • アンナ・マトラック・リチャード 『A New Alice in the Old Wonderland英語版』(1895年) - 米国の作品。アメリカ人の少女アリス・リーが、本で読んだ旧世界の「不思議の国」の中に迷い込み、キャロルの『アリス』に登場した様々なキャラクターたちと出会うというもの。
  • サキウェストミンスター・アリス英語版』(The Westminster Alice, 1902年) - サキの連作集。アリスのキャラクターたちを借りて当時のイギリスの政治界を風刺したもの。
  • ジョン・ケンドリック・バングス 『Alice in Blunderland英語版』(1907年) - 経済学的な主題を扱った米国の「アリス」パロディ作品。
  • エラリー・クイーン 「キ印ぞろいのお茶会の冒険」(The Adventure of the Mad Tea-Party, 1934年)- 短編推理小説。子供の誕生パーティのために大人たちが『不思議の国のアリス』劇の予行練習をするが、その夜、屋敷の主人が帽子屋の扮装をしたまま行方不明になる。『エラリー・クイーンの冒険』に収録。
  • フレデリック・ブラウン 『不思議な国の殺人』(Night of the Jabberwock, 1950年)-長編推理小説。ある田舎の新聞記者が『不思議の国のアリス』マニアの集会に参加し、そこで殺人事件に巻き込まれる。
  • 別役実 『不思議の国のアリス』(1970年)- 別役実の第二戯曲集。アリスをモチーフにした不条理劇「ふしぎの国のアリス」「アイ・アム・アリス」を所収。紀伊国屋演劇賞受賞作品[108]
  • 辻真先 『アリスの国の殺人』(1981年)- 長編推理小説。童話編集者を志す青年が、ワンダーランドの中の「チェシャ猫」密室殺害事件に巻き込まれる。現実の事件とワンダーランドの事件とが交互に展開する構成で、後者には『アリス』をベースにしつつ『オズの魔法使い』や漫画のキャラクターなども登場する。第35回日本推理作家協会賞受賞作。
  • ギルバート・アダー 『針の国のアリス英語版』(Alice Through the Needle's Eye, 1984年) - 三作目のアリスとして書かれたノンセンス・ファンタジー。この作品ではアリスは針の目を通り抜けて、アルファベットをモチーフとした異世界に迷い込む。
  • 中原涼 『アリスシリーズ』 - 『受験の国のアリス』(1987年、講談社X文庫)からつづくジュブナイル小説シリーズ。『不思議の国のアリス』を愛読する主人公タカシが、攫われたアリスを救うために仲間とともに異次元を冒険するという内容。NHKの教育番組『天才テレビくん』内で『アリスSOS』としてアニメ化された。
  • 河出文庫 『不思議の国のアリス・ミステリー傑作選』(1988年)- 『不思議の国のアリス』をモチーフとするミステリを集めたアンソロジー。海渡英祐「死の国のアリス」、石川喬司「アリスの不思議な旅」、都筑道夫「鏡の国のアリス」、邦正彦「不思議の国の殺人」、小栗虫太郎「方子と末起」、中井英夫「干からびた犯罪」、山田正紀「襲撃」を収録。
  • スティーヴン・ミルハウザー 「アリスは落ちながら」(Alice, Falling, 1990年)- 『不思議の国のアリス』の冒頭の、ウサギ穴を長い時間をかけてアリスが落下する場面を、さらに原作の記述の10倍ほどの長さを使って書き綴った短編。『バーナム博物館』に収録。
  • ジェフ・ヌーン 『未来少女アリス』(Automated Alice, 1996年)- 3作目のアリスと銘打たれたSF小説で、アリスは奇妙な生物が跋扈する未来のマンチェスターに迷い込む。文体もキャロルのそれに習った言葉遊びの多いものになっている。
  • 北村薫 『野球の国のアリス』 (2008年、講談社) - 野球好きな現代の少女アリスを主人公にしたファンタジー風の作品で、随所に『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』のモチーフが現れる。「ミステリーランド」シリーズの1冊として刊行。

漫画

  • 高河ゆんありす IN WONDERLAND』 (1989年-1991年)- 主人公の女子高生・仙道ありすと、犬に姿を変えた207代ルイス・キャロルとのラブストーリーを描くファンタジー。『プリティ』連載、2巻。
  • アラン・ムーア原作、メリンダ・ゲビー作画 『Lost Girls英語版』(1991年-1992年)- アリス、ウェンディ(『ピーターパン』)、ドロシー(『オズの魔法使い』)の3人のヒロインが成長した姿で出会い、たがいのエロティックな冒険を語りあうという趣向のアメリカンコミック。
  • CLAMP不思議の国の美幸ちゃん』(1993年-1995年)- 主人公の女子高生・美幸ちゃんが異世界に迷い込み、毎回トラブルに見舞われるというストーリーで、『アリス』のキャラクターをベースにした女性キャラクターが多数登場する。『Newtype』連載、1巻。
  • 皆川亮二ARMS』(1997年-2002年)- 『アリス』のキャラクターを生物・科学兵器のモチーフとしたSF漫画。『週刊少年サンデー』連載、全22巻。テレビアニメ化された。
  • 介錯鍵姫物語 永久アリス輪舞曲』 (2004年-2006年) - 幻の3作目のアリスの物語を巡る少年少女達の戦いを描くファンタジーコミック。『月刊コミック電撃大王』連載、全4巻。テレビアニメ化された。
  • 望月淳PandoraHearts』(2006年- )- 『アリス』ほか児童文学をモチーフにしたファンタジー作品。「チェイン」と呼ばれる特殊な生命体として『アリス』のキャラクターをベースにしたものが多数登場する。『月刊Gファンタジー』連載、19巻続巻。テレビアニメ化された。
  • J.D.モルヴァン原作、藤原カムイ作画 『LOVE SYNC DREAM』(2008年-2011年)- 舞台を現代に移しながら、飲んだり食べたりすると体が伸び縮みするアイテム、チェシャ猫、ウサギ、女王などが登場する『不思議の国のアリス』をベースにしたファンタジー。『月刊コミックリュウ』連載、全2巻。
  • Tommy Kovac 原作、Sonny Liew 作画 『Wonderland』(2009年) - Disney Pressより刊行されたグラフィックノベル。『不思議の国のアリス』の中で白ウサギがアリスと取り違えた女中である「メアリー・アン」を主人公にした物語。

音楽

  • ジェファーソン・エアプレイン 「ホワイト・ラビット」(1967年)- サイケデリック・ロックバンドによる、アリスの世界をモチーフにした楽曲。LSD的な感覚でアリスの作品世界のキャラクターたちが言及される。アルバム『Surrealistic Pillow』収録。
  • チック・コリア 『The Mad Hatter』(1978年)- ジャズアルバム。アルバム名をはじめ『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』をモチーフにした構成になっている。
  • 谷山浩子 『もうひとりのアリス』(1978年)- アリスを題材にした「アリス」「不思議なアリス」を収録したアルバム。谷山は以降も「向こう側の王国」(『翼』)、「意味なしアリス」(『宇宙の子供』)、「ウサギ穴」(『月光シアター』)など、アリスを題材にした楽曲を数曲作っており、また作中詩「ウミガメスープ」「公爵夫人の子守歌」「ハートのジャックが有罪であることの証拠の歌」に曲をつけるといった試みも行っている[109]
  • デイヴィッド・デル・トレディチ 『ソプラノと管弦楽のための「少女アリス」』(1980年-1981年) - アリスに着想を得た4部からなる楽曲で、トレディチは第一部「夏の日のおもいで」でピューリッツァー賞を受賞している。ほかにも『アリス交響曲』(1969年)、『ファイナル・アリス』(1976年)など、『アリス』に着想を得た複数の楽曲を作っている。
  • エアロスミス 「サンシャイン」(2001年) - 『ジャスト・プッシュ・プレイ』収録のロック音楽。歌詞のなかでアリスをはじめとする不思議の国のキャラクターたちが言及される。ミュージックビデオではスティーヴン・タイラーがブロンドのアリスを守ろうとする映像が白ウサギ、赤の女王らの姿とともに撮られた。
  • トム・ウェイツアリス』(2002年)- ロバート・ウィルソン演出のミュージカル版アリス(1992年初演)のために作られた楽曲を収録したロック・アルバム。
  • BUCK-TICKAlice in Wonder Underground」(2007年) - 日本のロックバンドによる「アリス」をイメージしたシングル曲。
  • アヴリル・ラヴィーンアリス」(2010年)- 映画『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)の主題歌として制作されたもので、主人公アリスの立場に立った歌詞になっている。映画のサウンドトラック『オールモスト・アリス』にも収録。

コンピュータゲーム

  • ナムコメルヘンメイズ』(1988年、アーケードゲーム) - 『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』をベースにしたアクションシューティングゲーム。アリスを操り、攻撃手段であるシャボン玉を飛ばして敵キャラクターを倒していく。
  • フェイス 『不思議の夢のアリス』(1990年、PCエンジン)- 横スクロールアクションゲーム。アリスを操作して、魔女に攫われた童話の主人公たちを助け出すというもの。
  • エレクトロニック・アーツアリス イン ナイトメア』(2000年、PCゲーム) - 3Dアクションゲーム。原作小説の後日談というストーリー設定で、アリスを主人公にしつつホラー要素が加えられている。
  • グローバル・エー・エンタテインメント 『不思議の国のアリス』(2003年、ゲームボーイアドバンスプレイステーション2) - 『不思議の国のアリス』の世界を基にしたマップ開拓型カードゲーム・ボードゲームで、カードにテニエルのイラストがそのまま使用されている。
  • サンソフト歪みの国のアリス』(2006年、携帯アプリゲーム)- 『不思議の国のアリス』をベースにしたホラーノベルゲーム
  • QuinRoseハートの国のアリス』シリーズ(2007年 -、PCゲーム)- 『不思議の国のアリス』をベースにした女性向けのノベルゲーム(乙女ゲーム)で、チェシャ猫、帽子屋、三月ウサギなどをモチーフにした美青年キャラクターが登場する。『クローバーの国のアリス』(2007年)以下複数の続編が作られており、漫画、小説およびアニメ映画にも翻案されている。

写真集

脚注

注釈

  1. ^ このピクニックは、一行にとってはじめてのボート遊びというわけではない。キャロルは同年6月、ダックワースとリデル三姉妹に加えて、自身を訪ねに来ていた姉のファニー、エリザベス、叔母のルーシーの8人のメンバーで、ニューナムへボートのピクニックに出かけている。このとき一行は帰りのボートで雨に降られてずぶぬれになり、途中でボートを降りて知人の家に避難しており、このときの体験が本作第2章の「涙の池」のエピソードの元になっている[3]。その後、7月3日にふたたびニューナムへのピクニックが計画されたが、雨で中止され、翌4日はニューナムには入れない日であったので、代わりにゴットストウへのピクニックに変更されたのである[4]
  2. ^ もっとも、完成したこの本をプレゼントしたときにはキャロルとリデル家との関係はすでに冷えこんでいた。その経緯を書いた部分と思われる箇所がキャロルの日記から(おそらくキャロルの死後に姪によって)削除されているため原因は不明であるが、キャロルがアリスに求婚してリデル夫人に断られたのではないかとも推測されている[8]
  3. ^ チャールズ・キングスリーの弟ヘンリー・キングスリーも小説家であった。彼もある日リデル家を訪れた際に『地下の国のアリス』を目にし、リデル夫人を介してキャロルにこの作品の出版を勧めている[11]
  4. ^ 出版中止した初版本2000部のうち、製本されていなかった1950部は、テニエルの了承を経たうえでアメリカ合衆国のアプルトン社に売却され(翌1866年刊行)出版費用の足しにされた[16][17]。この1950部はコレクターの間で高い値が付けられているが、製本済みであった50部の初版本(22部の現存が確認されており、現在は5部を除いて博物館・図書館が所蔵)はさらに高額で取引される。しかしもっとも高額で取引されたのは、1928年にアリス・ハーグリーブス(リデル)がやむを得ず手放した『地下の国のアリス』原本である。『地下の国のアリス』は当時サザビーズのオークションで史上最高の15400ポンドで落札されたが、その後1948年に有志に買い戻され、現在は大英博物館に所蔵されている[18]
  5. ^ ルイス・キャロル=チャールズ・ドジソンが『不思議の国のアリス』の次に出版した本は児童書ではなく、ドジソン名義で出版した数学書『行列式初歩』(1867年)であった(これはドジソンの最初の数学に関する著作である)。このため、『不思議の国のアリス』を気に入ったヴィクトリア女王がキャロルに次の著作を送るよう求めたところ、この『行列式初歩』が送られてきた、といったエピソードが広まったが、これはまったくの作り話であると、キャロル自身が生前『記号論理学』第二版の広告文の中ではっきり否定している[25]
  6. ^ 「コーカス」(caucus) は北米インディアンの言葉 kawlkawlasu (counselorの意) に由来しており、アメリカでは政党の「幹部会」の意味で用いられていた。イギリスではこれに対し「高度に統御された政党組織」というニュアンスで、対立組織に対する罵倒の際に用いられていた。本作中の「コーカスレース」は、こうした組織のメンバーが要職を得ようとして年中画策していることの戯画として書かれているものと見られる。前述のキングスリー『水の子』第7章にはカラスの会議の場面に「コーカスレース」という言葉が出てきており、キャロルはこれに影響を受けたものと見られるが(『地下の国のアリス』には「コーカスレース」の場面はない)、両者の場面に共通点はほとんどない。[29][30]
  7. ^ 「鴉と書き物机が似ているのはなぜか?」というこのなぞなぞは、その答えをめぐって当時の一般家庭のお茶の間でしばしば話題に上り、『不思議の国のアリス』の後の版でキャロルによって(後で考え出された)その答えが提示されている。詳細は帽子屋#帽子屋のなぞなぞを参照。
  8. ^ 「有栖川」は有栖川宮熾仁親王、「有栖」はキャロルのアリスから取られている[77]

出典

  1. ^ コーエン、238頁。
  2. ^ ストッフル、67頁。
  3. ^ ストッフル、67-68頁。
  4. ^ ストッフル、68-69頁。
  5. ^ ストッフル、71頁。
  6. ^ ストッフル、72頁。
  7. ^ ストッフル、72-73頁。
  8. ^ ストッフル、86-87頁。
  9. ^ ストッフル、73-74頁。
  10. ^ ストッフル、81頁。
  11. ^ コーエン、222-223頁。
  12. ^ ストッフル、80-81頁。
  13. ^ コーエン、223-224頁。
  14. ^ ストッフル、76-77頁。
  15. ^ a b ストッフル、81頁。
  16. ^ 笠井勝子 「アリス―物語の誕生」 『不思議の国の"アリス"』 32頁。
  17. ^ ハンチャー、171頁。
  18. ^ ストッフル、84-85頁。
  19. ^ ストッフル、82-83頁。
  20. ^ コーエン、231-232頁
  21. ^ コーエン、232-233頁。
  22. ^ グリーン、89頁。
  23. ^ グリーン、89-90頁。
  24. ^ コーエン、233頁。
  25. ^ ストッフル、94-95頁。
  26. ^ コーエン、237頁。
  27. ^ ストッフル、120頁。
  28. ^ ストッフル、119頁。
  29. ^ ガードナー (1980), 52頁。
  30. ^ 平倫子 「登場人物・事項インデクス コーカスレース」『ルイス・キャロル小事典』 108-109頁。
  31. ^ ガードナー (1980)、89-90頁。
  32. ^ ガードナー (1980)、97頁。
  33. ^ 平倫子 「登場人物・事項インデクス にせうみがめ」『ルイス・キャロル小事典』 118頁。
  34. ^ ガードナー (1980)、47-48頁。
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参考文献

  • マーチン・ガードナー注釈 ルイス・キャロル 『不思議の国のアリス』 石川澄子訳、東京図書、1980年
  • マーティン・ガードナー注釈 ルイス・キャロル 『新注 不思議の国のアリス』 高山宏訳、東京図書、1994年
  • ステファニー・ラヴェット・ストッフル 『「不思議の国のアリス」の誕生』 笠井勝子監修、高橋宏訳、創元社、1998年
  • モートン・N.コーエン 『ルイス・キャロル伝 (上)』 高橋康也ほか訳、河出書房新社、1999年
  • ロジャー・ランスリン・グリーン 『ルイス・キャロル物語』 門馬義幸、門馬尚子訳、法政大学出版局、1997年
  • マイケル・ハンチャー 『アリスとテニエル』 石毛雅章訳、東京図書、1997年
  • 定松正 編 『ルイス・キャロル小事典』 研究社出版〈小事典シリーズ〉、1994年
  • 桑原茂夫 『図説 不思議の国のアリス』 河出書房新社〈ふくろうの本〉、2007年
  • 舟崎克彦 『不思議の国の"アリス"』 求龍堂グラフィックス、1991年
  • 浅尾典彦 『アリス・イン・クラシックス』 青心社、2010年
  • 楠本君恵 『翻訳の国のアリス』 未知谷、2001年
  • 高橋康也 『ノンセンス大全』 晶文社、1977年
  • 『別冊現代詩手帖』 第1巻巻第2号(ルイス・キャロル特集号) 思潮社、1972年
  • 『MOE』第13巻第7号「Alice-二つの国のアリスとルイス・キャロル」 白泉社、1991年
  • 『ユリイカ』第24巻第4号「特集・ルイスキャロル」 青土社、1992年

関連項目

外部リンク


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