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2016年6月8日 (水) 03:06時点における版
承子女王 | |
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続柄 | 高円宮憲仁親王第一女子(大正天皇曾孫) |
全名 | 承子 |
身位 | 女王 |
敬称 | 殿下 |
お印 | 萩 |
出生 |
1986年3月8日(38歳) 日本、東京都港区愛育病院 |
父親 | 高円宮憲仁親王 |
母親 | 高円宮妃久子 |
皇室 |
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承子女王(つぐこじょおう、1986年(昭和61年)3月8日 - )は、日本の皇族。高円宮憲仁親王と同妃久子の第一女子。妹に千家典子、絢子女王がいる。身位は女王。皇室典範における敬称は殿下。お印は萩(はぎ)。栄典は宝冠牡丹章(旧制度での勲二等宝冠章に相当)。学位は学士 (国際教養学)。
来歴
祖母の崇仁親王妃百合子が総裁を務める社会福祉法人恩賜財団母子愛育会総合母子保健センター愛育病院にて誕生した。
松濤幼稚園に通い、学習院初等科、女子中等科、女子高等科を経て、学習院女子大学国際文化交流学部に入学する。2004年(平成16年)4月13日から犯罪心理学などを学ぶためにイギリスのエディンバラ大学へ留学した。エディンバラ大学留学前からホームステイしながら語学研修を行っていた。エディンバラ大学の勧めもあり、2005年(平成17年)3月に学習院女子大学を退学して、エディンバラ大学人文科学・社会学部に本科生として入学。
2006年(平成18年)3月8日に成年を迎え、今上天皇から宝冠牡丹章を賜った。以後、成年皇族として宮中行事や祭祀に出席している。
2006年(平成18年)、ルクセンブルクのアンリ大公とマリア・テレサ大公妃の銀婚式の記念に対しての祝辞で、承子女王が皇族の代表をした。
2008年(平成20年)7月1日にエディンバラ大学を中退して、イギリスから日本に帰国した[1][2][3]。
2008年(平成20年)、米経済誌「フォーブス」が特集した「20人の最もアツい若い王族たち(The 20 Hottest Young Royals)」の15番目に承子女王が選ばれた。これは、若い未婚の王族の中から「王室の所有財産だけでなく、国際的なインターネットやメディアでの影響力」も視野に入れたランキングであった[4]。
2008年(平成20年)9月21日に早稲田大学国際教養学部に編入学ではなく、1年生として入学した[5]。
成年皇族としての公務及び公的活動としては、2011年(平成23年)5月、母 久子とともに東日本大震災で被災した宮城県亘理郡亘理町を訪問し、海上保安庁第二管区海上保安本部を訪れ視察した後、母久子が名誉総裁を務める公益社団法人日本水難救済会[6]の地方組織 宮城県水難救済会を訪れ、死没者への献花を行う他、同会所属救難所員への見舞いの言葉をかけるなどの活動を行っている[7]。また、8月には西武百貨店池袋本店で行われた第26回東京都障害者総合美術展に母・憲仁親王妃久子とともに臨席し、表彰受彰者とともに写真撮影に臨むなどの活動を行っている[8]。
2013年(平成25年)3月26日、早稲田大国際教養学部を27歳で卒業した。宮内庁の3月4日の発表では「進路についていろいろお考えになっておられる。」とされていたが[9]、3月15日の発表で、公益財団法人日本ユニセフ協会の常勤の嘱託職員に決まったことが明らかにされ、4月から勤務する[10]。
2012年(平成24年)は、日本とスリランカが両国の国交樹立60周年を迎える年にあたり、翌年2013年(平成25年)8月、マヒンダ・ラージャパクサ・スリランカ大統領(当時)の招待により、スリランカを訪問した。また、承子女王はシラーンティ・ラージャパクサ・大統領夫人(当時)に温かく歓迎された[11]。
系譜
承子女王 | 父: 憲仁親王(高円宮) |
祖父: 崇仁親王(三笠宮) |
曾祖父: 大正天皇 |
曾祖母: 貞明皇后 | |||
祖母: 百合子 |
曾祖父: 高木正得 | ||
曾祖母: 高木邦子 | |||
母: 久子 |
祖父: 鳥取滋治郎 |
曾祖父: 鳥取為三郎[12] | |
曾祖母: 鳥取久壽[12](或は久嘉[13]) | |||
祖母: 鳥取二三子 |
曾祖父: 友田二郎 | ||
曾祖母: 友田盛子 |
脚注
- ^ 『天皇・皇族の外国ご訪問一覧表(平成11年〜平成20年)』宮内庁。
- ^ 『憲仁親王妃久子殿下(高円宮)』宮内庁。
- ^ 『承子さま、留学からご帰国 - MSN産経ニュース』産経デジタル、2008年7月1日。
- ^ “The 20 Hottest Young Royals - 15. Princess Tsuguko”. Forbes. (2008年5月27日) 2008年6月4日閲覧。
- ^ 『【皇室ウイークリー】(47)雅子さま、絵画展をご鑑賞 承子さまは早大ご入学 (2/3ページ) - MSN産経ニュース』産経デジタル、2008年9月27日。
- ^ “名誉総裁 日本水難救済会”. 公益社団法人日本水難救済会. 2016年4月12日閲覧。
- ^ 日本水難救済会ホームページ「日本水難救済会名誉総裁・高円宮妃久子殿下及び承子女王殿下が 宮城県にお成りになり水難救済会をお見舞いされました」、“ご献花,お見舞い及び被災状況ご視察(宮城県水難救済会亘理救難所仮事務所(亘理町))”. 宮内庁 (2011年5月30日). 2016年4月12日閲覧。
- ^ 東京都福祉保健局ホームページ「福祉保健2011年8月号」
- ^ “承子さま、絢子さまが今月大学ご卒業 - 産経ニュース”. 産経ニュース. 産経新聞社 (2013年3月4日). 2016年4月11日閲覧。
- ^ “高円宮家の承子さま 日本ユニセフ協会に就職へ”. テレ朝news. テレビ朝日 (2013年3月15日). 2016年4月11日閲覧。
- ^ “Japanese Princess Visits Sri Lanka”. Royal Hats blog (August 21, 2013). April 11, 2016閲覧。
- ^ a b 『大衆人事録. 第12版 近畿・中国・四国・九州篇』香川五
- ^ 『人事興信録. 第11版』(昭和12年)下ト一〇一