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2016年11月13日 (日) 03:30時点における版
藤巻 健史 ふじまき たけし | |
---|---|
生年月日 | 1950年6月3日(74歳) |
出生地 | 東京都 |
出身校 | 一橋大学商学部 |
所属政党 |
(日本維新の会→) (維新の党→) (おおさか維新の会→) 日本維新の会 |
親族 |
藤巻幸夫(異母弟) 柳川覚治(叔父) |
選挙区 | 比例区 |
当選回数 | 1回 |
在任期間 | 2013年7月 - |
藤巻 健史(ふじまき たけし、1950年6月3日 - )は、日本の債券・為替・株式トレーダー、経済評論家、政治家。モルガン銀行東京支店長、ジョージ・ソロス氏アドバイザーなどを経て、日本維新の会所属の参議院議員(1期)。日本維新の会政務調査会長代行および、東京維新の会代表、千葉維新の会代表、埼玉維新の会代表。
学位はMBA。フジマキ・ジャパン社長、一橋大学経済学部非常勤講師(12年間にわたり毎年半年間・国際金融・デリバティブの講義を担当)なども務める。経済記事の執筆・講演会活動・経済番組への出演と解説を主な生業としている。
経歴
1950年、東京都生まれ。雙葉小学校附属幼稚園に通う。1963年に東京教育大学附属小学校(現・筑波大学附属小学校)、1969年に東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。
1970年、一橋大学商学部入学。大学では岡本清教授(会計学者)のゼミナールに所属。1974年に大学を卒業し三井信託銀行に入社した。入行後3年半千葉支店で勤務する。千葉支店では1年の内部事務ののち、2年半リテール業務に従事する。三井信託全体でトップセールスマンとなった。米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院に社費留学し、1980年6月、同大を修了しMBAを取得した。
留学から帰国後、ディーリングルームに配属。本店外国部、ロンドン支店勤務の後、1985年7月に三井信託銀行を退社。同年9月にモルガン銀行に転職した。モルガン銀行では東京支店資金部を経て、1990年東京支店資金為替部長、1995年東京支店長を務めたのち、2000年3月に退社した。
その後は2000年にジョージ・ソロスのアドバイザーを、2002年から2003年までは三洋電機のアドバイザーを務めた。フジマキ・ジャパンの代表取締役の傍ら、経済人として各種マスコミで活動。2007年3月金融庁「東京市場国際化」スタディーグループのメンバーに就任。
2002年から早稲田大学大学院商学研究科で6年間、1999年から一橋大学経済学部で13年間非常勤講師を務め半年間の教鞭をとっている。2004年から早稲田大学大学院公共経営研究科で5年間非常勤講師を務めたほか、2002年には神戸大学経済学部でも非常勤講師を務めた。2008年から学校法人東洋学園大学評議員、2012年より理事。
2013年、日本維新の会より、第23回参議院議員通常選挙参議院比例区に出馬し、初当選を果たす[1]。日本維新の会国会議員団政策調査副会長就任。2014年から日本維新の会参議院政務調査会長及び千葉県総支部代表。2015年からおおさか維新の会所属参議院議員及び、東京維新の会代表、千葉維新の会代表。2016年からおおさか維新の会政務調査会長代行兼務。現在は党名が日本維新の会に変わり、日本維新の会政調会長代行、東京維新の会・埼玉維新の会・千葉維新の会の代表、[2]。
政策
- 2013参院選 毎日新聞候補者アンケートによると
人物
- 「円安が日本経済を救う」「小さな政府」「日本は社会主義国家から真の資本主義国家になることが必要」「悪平等の是正」が持論。JPモルガン時代には「プロパガンダ」を発行した。またWEBページ「藤巻プロパガンダ」を週1回のペースで更新。
- 自他共に認める徹底した為替変動相場制擁護論者。日本の景気低迷が長期に続いているため「円安“誘導”論」。現在の日本が抱える景気低迷・財政危機・空洞化・就職難等の多くの問題は実態にそぐわない円高のせいであり、円高は日本が社会主義で市場原理が働いていないため、というのが主たる主張。また「為替は動かせる」と30年間マーケットにいた人間として主張している。
- 長年日本の財政状況に懸念を表明している。ここに至っては財政破綻、ハイパーインフレが不可避であるものの、それを不幸中の幸いと説く。[4]。日本社会のリセットであり、その時こそ「真の資本主義国家を作り上げなければ日本の未来は暗い」と説く。
- 異母弟(父が後妻との間にもうけた子)で元参議院議員(結いの党所属)の藤巻幸大(2014年3月に死去)とともに、朝日新聞土曜日版be」にて「やっぱりフジマキに聞け」を連載(連載開始時よりタイトルを変えながら7年間にわたり執筆)。2011年1月より週刊朝日で「案ずるよりフジマキに聞け」を連載中。その他、日本経済新聞電子版「カリスマの直言」日経ヴェリタス「フジマキの法則」を4週に一度連載中。
- 異次元の量的緩和を批判して「ハイパーインフレが進めば1ドル=10万円にまでなりかねません。」と批判している[5]。
- 2015年現在、財政状況は太平洋戦争前と同じ状態と指摘している[6]。
親族
- 藤巻幸大(元福助社長、元結いの党参議院議員)は異母弟(父が後妻との間にもうけた子)。
- 父方の祖父も旧制東京高等商業学校(一橋大学)出身で、第一銀行に入行。その後、朝鮮銀行のニューヨーク支店長を務めた銀行家であった。
- 父は慶應義塾大学経済学部出身で、元東芝社員。
- 父の兄は慶應義塾大学医学部放射線科助教授・客員教授・慶應義塾大学医学部月ヶ瀬温泉療養所所長を務めた。
- 柳川覚治元参議院議員、元文部省体育局長・管理局長は叔父。
友人、同期
参議院議員の宮澤洋一とは、小・中9年間のクラスメイト[7]、高校の同級生には岡本保(総務事務次官)・稲葉延雄(日銀理事、リコー経済社会研究所長)・目賀田周一郎(外交官)らがいる。魚住昭(ジャーナリスト)、鈴木和宏(検察官、元福岡高等検察庁検事長)は大学前期クラス(ロシア語)の同級生[8]。
著書
- 『一ドル二〇〇円で日本経済の夜は明ける』 講談社、2002年1月
- 『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義』 光文社、2003年10月
- 『藤巻健史の「個人資産倍増」法』 講談社、2004年
- 『直伝藤巻流「私の個人資産」運用法』 講談社、2005年
- 『藤巻健史の5年後にお金持ちになる「資産運用」入門』 光文社、2006年
- 『マネーはこう動く―知識ゼロでわかる実践・経済学』 光文社、2007年
- 『100年に1度のチャンスを掴め!:サブプライム・ローン問題後のマーケットはこう動く』 PHP研究所〈PHPビジネス新書〉、2009年5月
- 『日銀失墜、円暴落の危機』 幻冬舎、2015年
- 『吹けば飛ぶよな日本経済』 朝日新聞出版、2015年
- 『国も企業も個人も今はドルを買え!』 PHP研究所〈PHPビジネス新書〉、2015年
テレビ番組
- 「ブロードキャスター」(TBS) アンカーマン
- 「儲かりマンデー!!」
- 「経済羅針盤」コメンテーター
- 「英語でしゃべらナイト」
- 「BSディベート」
- 「深層NEWS」
- 「情報プレゼンター とくダネ!」コメンテーター
- 「報道2001」
- 「BSフジLIVE プライムニュース」
- 「BE ON TV」コメンテーター
- 「モーニングサテライト」コメンテーター
- 「日経スペシャル カンブリア宮殿」
- 「ちちんぷいぷい」レギュラーゲスト
- 英国放送協会 (BBC) ニュース
脚注・出典
- ^ “私はなぜ維新の会を選び、参議院選で立候補したのか?”. ハフィントン・ポスト (2013年7月29日)
- ^ 藤巻健史 (2016年1月13日). “本文&フジマキな日々(通常国会開会)”. 藤巻プロパガンダ. 2016年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年11月7日閲覧。
- ^ “2013参院選 毎日新聞候補者アンケート”. 毎日新聞社. (2013年)
- ^ “安倍財政で日本は年内にも破綻、「ガラガラポン」早まる-藤巻氏(3)”. Bloomberg. (2013年1月15日)
- ^ “伝説ディーラー藤巻健史氏「物価上昇は20%まで加速する」”. 日刊ゲンダイ. (2014年11月10日)
- ^ 藤巻健史 参議院議員 × 高岡壮一郎 アブラハム・ウェルスマネジメント株式会社 代表取締役 緊急対談!. 海外投資新聞. (2015年1月22日) 2016年11月7日閲覧。
- ^ “本文&フジマキな日々(歌舞伎座千秋楽)”. 藤巻プロパガンダ. (2010年4月22日)
- ^ “「3月29日(土)」”. 藤巻プロパガンダ
関連項目
外部リンク
- 藤巻プロパガンダ - オフィシャルサイト
- 藤巻健史 (@fujimaki_takesi) - X(旧Twitter)