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== 参考書籍 ==
== 参考書籍 ==
*[[福野礼一郎]]『幻のスーパーカー』双葉社 ISBN4-575-28840-3
*[[福野礼一郎]]『幻のスーパーカー』双葉社 ISBN 4-575-28840-3


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2016年11月15日 (火) 17:01時点における版

フェラーリ・365GT4BB
概要
製造国 イタリアの旗 イタリア
販売期間 1973年 - 1976年
設計統括 アンジェロ・ベレイ
ボディ
乗車定員 2名
ボディタイプ 2ドアクーペ
駆動方式 MR
パワートレイン
エンジン 4,390cc180°V型12気筒
最高出力 385PS
変速機 5速マニュアルトランスミッション
車両寸法
ホイールベース 2,500mm
系譜
先代 356GTB/4
後継 512BB
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365GT4BB365GT4BB )は、イタリア自動車メーカーフェラーリ1973年から1981年にかけて製造販売したのスポーツカーである。BBとはベルリネッタ・ボクサー(Berlinetta Boxer )の略で、「2ドアクーペ」「水平対向エンジン」を意味する。ただし実際にはエンジンは水平対向ではなく180°のV型である。

概要

フロントエンジンだった365GTB/4(通称デイトナ)の次期モデルとして1969年3月に開発計画がスタートした。チーフエンジニアはアンジェロ・ベレイ、パワートレーンの設計はジュリアーノ・ディ・アンジェリス。

軽量化、空力的ボディーの設計、ミッドシップ車輛量産ノウハウの蓄積を目的に開発を進められた。

1972年1月25台限定で生産計画決定がされたがその後直ちに50台に増加された。1973年10月生産開始時にはすでに注文が250台を越えており、1974年用として150台の追加生産が決まった。さらに1975年1976年併せて131台が追加生産された。

軽量化により軽快な運動性能を得たが、リアオーバーハングの重量が大きいことや重心が高いことからハンドリングは良くない。また385PS、最高速度302km/hを公称したが実態はそれに遠く及ばず、福野礼一郎が動力性能から逆算したところでは290-300PS、実測で280km/hにすぎない[1]

排気ガス規制対策として排気量を600cc拡大した512BBへとマイナーチェンジされる形で1976年7月生産を中止した。総生産台数は387台。

エンジン

デイトナのV12をバンク角180°に広げ、トランスミッションの上に重ねた、イシゴニスレイアウトを採用していた。この基本形はテスタロッサの最終進化型F512Mまで使われたが、当モデルでクランクセンターが地上588mmと非常に高く、レイアウト、パッケージも含めて非常に問題が多いものだった。

またこのモデルよりカムシャフトタイミングベルト駆動となった。これ以降しばらくの間フェラーリのエンジンは特殊な限定モデルを除いて全てベルト駆動が採用されたが、大排気量、高回転、高出力エンジンではデメリットばかりが目立ってしまい、悪しき伝統であった。現在は456GTのエンジンを継承する612を除いてはチェーンドライブに回帰している。

ボディー

DEAセンター(現ピニンファリーナ)のコンピュータ計算による支援を受け、フェラーリとしては初めてオールスチールボディーを前提に設計されている。シャーシはそれまでのフェラーリに採用されて来た複雑なラダー構造ではなく、必要限度ぎりぎりまで単純化されている。

インテリア材やエアクリーナーケースやトランクルームはFRP、カウルはアルミニウムとコスト上昇をいとわず軽量化され、DINで1,236kgとなった。実測データでも1,247kgである[2]

脚注

  1. ^ 『幻のスーパーカー』p.143
  2. ^ 『幻のスーパーカー』p.140

参考書籍