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「今治髙島屋」の版間の差分

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[[Category:今治市の歴史]]
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[[Category:島屋|閉いまはりたかしまや]]
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[[Category:現存しない愛媛県の建築物]]
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[[Category:今治市の建築物]]
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2020年6月16日 (火) 00:44時点における版

今治髙島屋(いまばりたかしまや)は、愛媛県今治市大正町1-1-2に存在した日本の百貨店

沿革

  • 1973年(昭和48年)5月29日 地元バス会社瀬戸内運輸により「百貨店 今治センター」設立。ハイランドグループ加盟。
  • 1974年(昭和49年)10月9日 髙島屋資本参加により「せとうち髙島屋」に社名変更。
  • 1976年(昭和51年)12月1日「今治髙島屋」に社名変更。
  • 1984年(昭和59年)6月17日 閉店。
  • 1985年(昭和60年)2月18日 解散。跡地は「今治キハラパーキング」[1]

概要

今治市役所から今治港へ向かうメインストリートである広小路南端、瀬戸内運輸「今治バスセンター」に併設された。 すぐ隣に今治商店街ニチイ今治店[2]、ドンドビ交差点を挟んで南側には今治大丸(2008年閉店)、東の旭町にはダイエーFC今治デパート(後のザ・ショッパーズ2006年閉店)が存在し賑わっていた。今治は鉄道駅より港を中心に栄えており、立地は悪くなかった。これだけの好立地でありながら同店は開店から閉店まで僅か10年余りの短命店となった。 ニチイの移転など大型スーパーが郊外に進出をはじめるより10年も早く撤退しているため、その原因は旧市街の空洞化とは全く無関係。 人口10万足らず(当時)の県庁所在地でもない地方都市に2つの百貨店、2つの総合スーパーではオーバーストアだった。 規模が大丸やニチイより小さく、地域ニーズに応えられなかった。 髙島屋グループとして四国地方初の出店でブランドが浸透していなかったこと等が原因といえる。 その後伊予鉄道系のデパートがそごうから高島屋に鞍替えするまでの17年もの間、愛媛から髙島屋が消えていたことになる。なお、伊予鉄髙島屋のサテライト店舗が今治に存在する。

周辺

  • 今治市役所・公会堂・市民会館
  • 四国電力今治営業所

脚注

  1. ^ 瀬戸内運輸株式会社
  2. ^ 2019年現在、運営企業としては1999年郊外移転しサティ今治店を経てイオン今治店。立地としては建て替えの後マルナカ今治駅前店。