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* [[7人の女弁護士]](2006年) ‐ 加川初代
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* [[おみやさん|おみやさん第6シリーズ]](2008年) - 杉田真由美
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* [[科捜研の女の登場人物#科捜研の女(第14シリーズ)|科捜研の女 第14シリーズ]](2014年) - 久世寿美子
* [[科捜研の女の登場人物#科捜研の女 Season 14(2014年)|科捜研の女 第14シリーズ]](2014年) - 久世寿美子
* [[土曜ワイド劇場]]
* [[土曜ワイド劇場]]
** 「[[森村誠一の終着駅シリーズ]]」(2003年)
** 「[[森村誠一の終着駅シリーズ]]」(2003年)

2021年3月4日 (木) 11:10時点における版

やまだ すみこ
山田 スミ子
本名 山田 壽美子
生年月日 (1945-05-25) 1945年5月25日
没年月日 (2019-02-12) 2019年2月12日(73歳没)
出生地 日本の旗 兵庫県西宮市
死没地 日本の旗 兵庫県
国籍 日本の旗 日本
血液型 O型
職業 俳優
ジャンル 舞台テレビドラマ
活動期間 1950年代 - 2019年
活動内容 吉本新喜劇劇団員
配偶者 なし
主な作品
バラエティー番組
花月爆笑劇場
あっちこっち丁稚

テレビドラマ
家政婦は見た!
カーネーション
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山田 スミ子(やまだ スミこ、1945年5月25日 - 2019年2月12日[注 1])は、日本女優。本名:山田 壽美子[注 2]。身長155cm、血液型はO型。趣味はゴルフ英語。特技は日舞(深水流)。兵庫県西宮市出身[注 3]神戸海星女子学院高等学校卒業[2]。オールウェイズ所属[5]。元吉本興業所属。

人物・来歴

幼い頃から子役として宝塚映画製作所などで活動[1][注 4]

学生だった1963年頃より吉本新喜劇へ出演し[注 5]1968年4月に吉本新喜劇へ入団[注 6]花紀京岡八郎のマドンナ役を務め[注 7]1982年頃までレギュラー出演し、初の女座長も務めた。1982年には、第11回上方お笑い大賞金賞を受賞[3][5][6]

あっちこっち丁稚』での「あかんて言うてんのが、分からへんのんか〜!」「あかん言うてますのに、どないやねんな〜!」などとヒステリックなセリフを言い放ち[8]前田五郎をビンタするネタが定番だった(その際、木村明が赤い褌姿で舞台を平泳ぎしながら走り抜けるというシュールな演出も番組の名物となる)。また、夏休みには、木村が赤い褌の子どもたちを従えて登場する[注 8]演出も名物となっていった。

いわゆる「キレる芸風(キレ芸)」は、未知やすえに受け継がれていくことになる。

新喜劇時代には「山田が大声を張り上げると周りの役者がコケる」というギャグもあった[9]

やすきよ笑って日曜日』では、やすしの妻役として出演し、持ち前のツッコミ芸で圧倒。これが縁で『ザ・テレビ演芸』のアシスタントとして、病気療養中だった堀江しのぶのピンチヒッターも務めた。

新喜劇退団後は東京の事務所に所属し、女優として活動[8]。テレビドラマでは、長年、『家政婦は見た!』にレギュラー出演していた。

2019年2月12日直腸がんのため死去[8][2]。73歳没[8][2][注 9]。生涯独身。最後の出演は2018年8月、大阪・新歌舞伎座に行われた舞台「コロッケ特別公演」であった[2][10]

出演

テレビドラマ

NHK
日本テレビ
TBS
フジテレビ
テレビ朝日
テレビ東京

WOWOW

映画

CM

舞台

  • 氷川きよし特別公演「銭形平次 −きよしの平次 青春編−」(2011年6月21日-30日、明治座) - お類 役

脚注

注釈

  1. ^ 参考:
    • 生年月日…[1][2]
      • 生年をS24と記載…[3]
      • 生年を1950年と記載…[4]
      • 生年を1951年と記載…[5][6]
      • 年のみ伏せたうえで、5月25日と記載…[7]
    • 没年月日…[4][8]
  2. ^ 参考:
    • [2]
    • 一部資料では、次のように記載
      • 「山田純栄」[7]
      • 「山田 澄栄」(読みはヤマダ スミエ)と記載[3]
  3. ^ 参考:
    • 兵庫県西宮市出身と記載…[2]
    • 兵庫県西宮市生まれと記載…[1]
    • 兵庫県と記載…[5][6]
    • 一部資料では、大阪市と記載[7][3]
  4. ^ 参考:
    • 「宝塚映画の子役」と記載…[8]
    • 「子役として宝塚映画製作所などで活動。」と記載…[2]
  5. ^ 参考(吉本新喜劇への出演開始時期について):
    • 昭和38年(学生時代)頃と記載[7]
  6. ^ 参考:
    • 入団年月…[2]
      • S43.4と表記…[7] ※S43…昭和43年=1968年
      • 入団年…[1][8]
  7. ^ 花紀京や岡八郎のマドンナ役を務めたことは、次の資料を参照…[1][2][7][8]
  8. ^ 木村明は普段通り店の2階から階段を下りて登場するが、子どもたちは舞台の上手や下手から一斉に登場する。
  9. ^ 次の資料では、享年として記載…[1]

出典

  1. ^ a b c d e f コトバンク内プロフィールを参照。
  2. ^ a b c d e f g h i j TOWER RECORDS ONLINE内プロフィールを参照。
  3. ^ a b c d 吉本興業公式サイト内プロフィールを参照。
  4. ^ a b allcinema内プロフィールを参照。
  5. ^ a b c d オールウェイズ公式サイト内プロフィールを参照。
  6. ^ a b c ザテレビジョン・スタスケ内プロフィールを参照。
  7. ^ a b c d e f 吉本興業編『吉本新喜劇名場面集 1959-1989』(1989年、データハウス発行)より、「山田スミ子」プロフィールを参照。
  8. ^ a b c d e f g h 山田スミ子さんが死去、吉本新喜劇往年のマドンナ 日刊スポーツ 2019年(平成31年)3月5日23時31分配信・同3月6日閲覧
  9. ^ 竹中功、堰守、竹本浩三 著、吉本興業 編『吉本新喜劇名場面集 1959-1989』データハウス、1989年、136頁頁。 
  10. ^ 山田スミ子さん追悼「恐い存在でした」…新喜劇後輩・浅香あき恵/芸能/デイリースポーツ online 2019年3月6日配信

参考資料

  • 吉本興業編『吉本新喜劇名場面集 1959-1989』(1989年、データハウス) ISBN 492444278X

外部リンク