「白い巨塔 (1978年のテレビドラマ)」の版間の差分
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*[[1981年]]放送の『[[オレたちひょうきん族]]』にて[[パロディ]]にされたことがあり、当ドラマの医局設定を企業に置き換えたものをとり行っていた。なお当ドラマのテーマ曲がこちらで使用されていた。 |
*[[1981年]]放送の『[[オレたちひょうきん族]]』にて[[パロディ]]にされたことがあり、当ドラマの医局設定を企業に置き換えたものをとり行っていた。なお当ドラマのテーマ曲がこちらで使用されていた。 |
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*[[1994年]]の[[養命酒]]の[[コマーシャルメッセージ|CM]]で、山本學がこれまでの役者人生を振り返る際に当ドラマの収録中に撮影されたモノクロ写真<ref>使用された写真は、第8話で山本學演じる里見脩二と谷山医局員が動物実験を行っているシーンの収録時に撮影されたものであった。</ref>が紹介された。 |
*[[1994年]]の[[養命酒]]の[[コマーシャルメッセージ|CM]]で、山本學がこれまでの役者人生を振り返る際に当ドラマの収録中に撮影されたモノクロ写真<ref>使用された写真は、第8話で山本學演じる里見脩二と谷山医局員が動物実験を行っているシーンの収録時に撮影されたものであった。</ref>が紹介された。 |
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*[[2014年]]の[[サントリーフーズ|サントリー]][[ |
*[[2014年]]の[[サントリーフーズ|サントリー]][[ボス (コーヒー)|トクホのボス]]のCMで当ドラマを意識し同じテーマ曲を使用したパロディ仕立てにした物が製作された。 |
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== 参考文献 == |
== 参考文献 == |
2021年6月14日 (月) 14:00時点における版
白い巨塔 | |
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ドラマのロケが行われた東海大学医学部付属病院 <旧病棟> (神奈川県伊勢原市) ※写真手前側病棟の1/3弱程度は2008年(平成20年)に解体され写真のようにバスロータリー及び駐車場になっている。 1F廊下部分は立入りが可能であり、撮影当時の面影が窺える。 | |
ドラマ:白い巨塔(1978年版) | |
原作 | 山崎豊子 |
演出 | 青木征夫、小林俊一 |
制作 | 田宮企画、フジプロダクション[1] |
放送局 | フジテレビ |
放送期間 | 1978年6月3日 - 1979年1月6日 |
話数 | 全31話 |
テンプレート - ノート |
『白い巨塔』(しろいきょとう)は、1978年6月から1979年1月にかけて、フジテレビ系列で放送されたテレビドラマである。
主演は田宮二郎。山崎豊子の小説『白い巨塔』の3度目の映像化作品。その後リメイク版としてフジテレビ系列で連続ドラマが1作品(2003年版)、テレビ朝日系列でスペシャルドラマが2作品(1990年版、2019年版)製作された。
当時スキャンダル(借金・双極性障害など、詳細は田宮二郎の項目を参照)が物議をかもしていた田宮二郎(財前五郎役)の代表作かつ遺作(作品放映中に自殺)となった。
概要
1978年6月3日 - 1979年1月6日、全31回、毎週土曜日夜9時より1時間枠(土曜劇場)で放送された(8月26日は放送なし)。本編総時間は約24時間。1979年1月20日には「総集編」も放送された。
原作小説は『白い巨塔』と『続・白い巨塔』から構成されており、それまで映像化されたものは『白い巨塔』までであったものが、当作品で初めて『続・白い巨塔』までの完全映像化がなされた(現在、原作の新潮文庫版は正編・続編を合わせて『白い巨塔』全5巻として発売中)。
田宮二郎は、1966年の映画『白い巨塔』と1965年のラジオドラマ『白い巨塔』でも財前五郎役で主演していた。特に映画版は、内外で多くの賞を総なめにした歴史的名作である。
第1話の視聴率は18.6%であった(その後は後述参照)。
背景
この作品は、主演の田宮二郎がドラマ化を強く要望し制作されたものであった。彼が映画版で財前五郎を演じた後に続編が書かれ、田宮は続編の結末までを演じたいと切望していた。以前にも田宮は2度に渡ってテレビ局にドラマ化を提案していたが、諸般の事情で実現していなかった。また、映画で主演した当時は31歳だった田宮も、この時は43歳。原作の財前の年齢設定(42歳)とほぼ同時期になったこともあって、改めて財前を演じたいという思いが強かった。
以上のような背景もあっての田宮の要望と、原作者の山崎豊子をはじめとする周囲の協力もあって3度目の映像化が実現した。
脚本家の鈴木尚之、原作の山崎豊子そして田宮との話し合いの元に、原作に極力忠実でありつつ登場人物の性格を深く掘り下げた脚本が練られた。脇を固める俳優陣も当時のそうそうたる顔ぶれが揃った。また、東佐枝子と花森ケイ子の役割が原作よりも大きくなった。
プロデューサーの小林俊一によると、田宮は本作でメスを持つ手にリアリティを持たせる為、カエルの解剖を幾度と無く繰り返していたという[2]。
このドラマにおける手術シーンのほとんどは、医師及び患者の許可を取って撮影された実際の映像である。クレジットタイトルには出てこないが、ロケは神奈川県伊勢原市の東海大学病院で行われた。田宮が同病院と懇意にしていたことから実現したものである。浪速大学医学部本館は、杉並区高井戸の社会福祉法人浴風会病院本館の外観を撮影して当てた。なお、撮影は当時のフジテレビ河田町本社およびその周辺でも多く行われており、近畿がんセンターの建物は当時のフジテレビ本社スタジオ棟の正面玄関、浪速医師会会館の建物は2009年まで実在したフジテレビ第一別館の正面玄関に看板を付けて撮影された。
1978年3月26日から撮影開始。最初の撮影は第一外科教授室で胃噴門部癌患者・佐々木庸平への薬の投与を巡って財前と里見が論争するシーン(第13話)であったが、田宮は躁うつ病(双極性障害)を患っていたこともあり異常にテンションが高かったため、「このままでは後が大変になる」と危機感を抱いた里見役の山本學が撮影を中断すると田宮は激怒してセットの裏側に隠れてしまい、山本學が田宮に何度も謝罪してようやく撮影が再開されたという[3]。このように撮影に情熱を傾けたかと思いきや、「ウラン(一説には石油だとも言われている)の採掘権を取得した」と主張して突如トンガへと1週間出かけ、あわや撮影中止になりかけることもあった。
第18話まで撮影したところで撮影は1カ月の休暇に入り、田宮は7月29日にロンドンへ旅行に出発。戻って来ないのではないかという周囲の心配をよそに9月8日に帰国した。9月17日から後半の裁判編の収録が始まったが、テンションが高かった旅行前とは一転して欝状態に陥り、田宮は泣き崩れてばかりでセリフが頭に入らなくなっていた。妻やスタッフが必死に彼を励まし続け、共演者の協力もあって撮影は11月15日に無事終了。
最終話ラストシーンの財前五郎の死のシーンに際して田宮は3日間絶食してすっかり癌患者になりきり、財前の遺書も自らが書き、それを台本に加えさせた。全身に白布を掛けられストレッチャーで運ばれる財前の遺体は、自ら希望して田宮自身が演じている。収録後には「うまく死ねた」とラストシーンを自賛したという[4]。その時に流れたBGMはモーツァルト作曲、レクイエム『涙の日 Lacrimosa』。途中で遺族が立ち止り、解剖病棟まで付いて行かないのは実際のモーツァルトの葬儀をヒントにしたものである。
撮影終了後の田宮はすっかり虚脱状態になり、「財前五郎の後に、どんな役を演じたらいいかわからない」とプロデューサーの小林俊一に漏らすようになっていたという。
1978年12月28日に、田宮は猟銃自殺した。このことに世間は衝撃を受け、この時点でドラマの未放映回が2回分残っていたが、それまでは12 - 13パーセント (%) 程度だった視聴率が12月30日の最終回直前回で急上昇し26.3%を記録し、最終回は31.4%まで大幅にアップした。番組関係者は自殺という悲劇が視聴率を上げたことで、視聴者に対して憤慨するコメントをしたとされている[5]。
本放送では「完」と表記された後に「田宮二郎さんのご冥福をお祈りいたします」とテロップが挿入された[6]。
原作との相違点
- 原作が昭和30年代の設定に対し、本作は大阪高裁での控訴審判決が本放送された昭和53年(1978年)に出る設定としたため、物語の開始が昭和49年(1974年)春からとなっている[7]。これに伴い、財前の教授就任も昭和50年(1975年)に変更されている。
- 作中序盤では、財前が舅の又一から保険診療は割が合わないことを詳しく説明される場面がなく、ただ「医院のままの方が得」と語られるだけに留まる。
- 小西きくへの手術を成功させた財前が、鵜飼の不興を買うことを恐れるあまり、里見に沈黙を守るように掛け合う場面はない。
- 助教授時代の財前が診療を切り上げ術式研究をしていた際の東による叱責は、術式内容に触れず、保険患者に対する冷遇の件で咎めている。
- 教授選挙決選投票において、原作では財前が医学部長室に呼び出され鵜飼から直々に当選した旨を伝えられたが、本作では事務局長から投票結果を伝えられた佃が病棟の屋上で待機していた財前の所へ駆け足で向かい、財前に当選した旨を告げている。
- 設定時代が後ろ(現代)へずれたことに伴い、術後容体が急変した佐々木庸平に投与された抗生物質も、原作のクロラムフェニコール(1950年には既に開発されていた)から本作のセファロスポリン(1970年代に入ってから開発された)に変更されている。
- 財前がドイツ出張の際に利用した航空会社は、原作では国際線がパン・アメリカン航空、国内線が日本航空の設定だったが、本作の映像では国際線・国内線共に日本航空の姿が使用されている。また当時はドイツ再統一前であり、財前が訪れたハイデルベルクは西ドイツ領であったが、劇中では「西ドイツ」という呼称は一切使われなかった。そして渡欧中の財前が、ベルリンにて東独側での視察を試みたり、強制収容所跡を訪れたりといった描写も見られなかった。ドイツ以外の国への訪問に関しても、帰国直後の記者によるインタビュー席上の受け答えで触れられるのみに留まった。
- 佐々木庸平の命日は術後23日目に設定が変えられている。柳原が死去を告げた際の方法も、原作では無言の告知だったが、本作では言葉で告げている。またその場に金井は立ち会わず、その一方原作では死に目に会えなかった長男庸一は居合わせて、父の死を看取っている。
- 佐々木庸平の死因は、原作では癌性肋膜炎、本作では癌性胸膜炎である。もっとも、肋膜炎と胸膜炎は病理的には同じものであり、時代経過により「肋膜炎」という呼称が「胸膜炎」に変わっただけである。
- 第1審で鑑定人として出廷した洛北大学の唐木名誉教授は佐々木庸平への一連の処置に関し、原作では財前に落度(人間性の問題や医師として持つべき倫理観の欠如)があった事も指摘して財前を手厳しく非難しているが、本作ではこの部分が丸々カットされ、財前が採った処置が医学的過失には当てはまらない旨を供述した部分のみが取り上げられている。このため、本作では終始財前を庇っているような演出になっており、唐木名誉教授のイメージが原作と本作で大きく異なっている(実際、唐木鑑定直後の財前も原作では「もっと(自分に)有利な意見を述べてくれると思っていたんだけど」と心外そうな発言をしているが、本作では「噂通り公正無私な人だったよ」と満足気に語っており、唐木鑑定による財前の心理描写も原作と本作でかなり異なっている)。
- 第1審の当事者尋問では、原作で財前を裁判長が尋問する箇所でも、本作は関口弁護士が終始尋問している。
- 財前の実母・黒川きぬは、原作では第1審の直後に死去するが、本作では田宮の強い要望により最後まで登場し息子の臨終を看取る。また控訴審や学術会議会員選挙が佳境を迎える中、財前が体調不調を訴えてきた母のため、地元の大学病院で診察が受けられるように取り計らう場面もある。
- 里見の部下・谷山医局員は本作のオリジナル人物で、原作にはこれに相当する者は存在しない。同医局員は柳原と同期で里見に心酔しており、第一外科と度々衝突した末、里見と共に近畿がんセンターへ転じた。
- 控訴審への亀山元婦長の出廷は、佐々木商店の倒産より後になっており、倒産の顛末についても回想で触れられている。またそこから安田太一退院の間に、財前と里見の再会場面を挟んでいる。
- 安田太一の退院を見送った直後の財前を巡っては、原作が整形外科の野坂教授に絡まれるのに対し、本作では里見の言葉を思い返して表情を曇らせる描写になっている。
- 学術会議会員選挙に際した佃による根回しや相手陣営側による協議等の場面、金沢での癌学会やそれに続く黒部観光の場面などは省略されている。
- 江川証人による証拠提出に際した最終尋問の場面は、同証人に対する財前の「君までが!」という台詞までしか描写されていない。
- 財前が敗訴した控訴審判決の場面では、裁判長による判決内容・理由の説明よりも、判決に対する関係者各人の反応を強調する描写になっている。またここでも記者陣は、被控訴人側しか取材していない。
- 敗訴後里見から胃潰瘍の診断を受けた財前が手術の折に里見に立ち会いを依頼する。そのかわり、里見が東に執刀医を依頼する場面は省略され、佐枝子が里見と別れるのも財前が診察を依頼する直前である。
- 原作では最高裁判所への上告を済ませてから入院し、死に際しては、解剖を担当する大河内教授宛てに自身の癌の所見を箇条書きにして残すのみであるが、本作では上告する間もなく入院し、遺書は里見脩二宛てであり、癌専門医でありながら癌で死ぬことを恥じる、という原作の言葉を踏襲しつつも、医学者としての道を踏み外していたこれまでの自分を恥じ、君のおかげで反省することができた、と里見の友情を感謝する手紙に変わっている。
- 原作の花森ケイ子はバー・アラジンのホステスだったが、本作では(バー・アラジンが登場しないため)バー・シローのホステスに変わっている。このため、財前と東の行きつけのバーが同じ店となり、「東が後任教授として財前を推さずに移入教授を立てる」件についての東と鵜飼の密談がケイ子に漏れてしまう結果となっている。
- 花森ケイ子に母親を頼みたい旨の伝言を里見に託すなど、財前と里見の深い心のつながりが強調されるものになっている。この文面は田宮が山崎に頼みこんで実現したものであった。
- 無医村に去る直前の柳原は、原作では里見の居宅に立ち寄るのに対し、本作では片づいたところに里見の来訪を迎え、また財前が助からないことも聞き知る。そして佐々木親子の商売現場に接近する場面もない。
- 東佐枝子は里見への想いが伝わらないと悟り、里見の同期・田代に嫁ぐために財前の亡くなった日にネパールへと飛び立った。
この様に、相違点こそ存在するものの、原作の全編を映像化した作品としては後に制作された1990年版・2003年版・2019年版と比べれば、最も原作に忠実な作品である。
出演
- 詳細は「白い巨塔の登場人物」を参照
- 浪速大学
- 財前五郎:田宮二郎 - 浪速大学医学部第一外科助教授→浪速大学医学部第一外科教授
- 里見脩二:山本學 - 浪速大学医学部第一内科助教授→近畿癌センター第一診断部次長
- 東貞蔵:中村伸郎 - 浪速大学医学部第一外科教授→近畿労災病院院長
- 鵜飼雅一:小沢栄太郎 - 浪速大学医学部第一内科教授、浪速大学医学部長
- 大河内清作:加藤嘉 - 浪速大学医学部病理学教授(浪速大学前医学部長)
- 今津教授:井上孝雄 - 浪速大学医学部第二外科教授
- 野坂教授:小松方正 - 浪速大学医学部整形外科教授
- 葉山教授:戸浦六宏 - 浪速大学医学部産婦人科教授
- 則内教授:川部修詩 - 浪速大学医学部付属病院長
- 乾教授:伊藤豪 - 浪速大学医学部皮膚科教授
- 河合教授:林昭夫 - 浪速大学医学部小児科教授
- 滝村恭輔:西村晃 - 浪速大学名誉教授(東貞蔵の前任者)
- 金井達夫:清水章吾 - 浪速大学医学部第一外科講師→浪速大学医学部第一外科助教授
- 佃友博:河原崎長一郎 - 浪速大学医学部第一外科医局長→浪速大学医学部第一外科講師
- 安西医局員:伊東辰夫 - 浪速大学医学部第一外科医局員→浪速大学医学部第一外科医局長
- 柳原弘:高橋長英 - 浪速大学医学部第一外科医局員(佐々木庸平担当医)
- 山田医局員:関川慎二 - 浪速大学医学部第一外科医局員
- 江川達郎:坂東正之助 - 浪速大学医学部第一外科医局員→舞鶴総合病院医師
- 谷山医局員:堀内正美 - 浪速大学医学部第一内科医局員→近畿癌センター第一診断部員(里見脩二の助手)
- 亀山君子:松本典子 - 浪速大学医学部付属病院第一外科病棟婦長→主婦
- 岡田みち子:追川泰子 - 浪速大学医学部放射線科看護婦
- 事務長:今西正男 - 浪速大学医学部事務長
- 浪速大学医学部付属病院第一外科総婦長:島美弥子
- 花森ケイ子:太地喜和子 - 財前五郎の愛人、バー「シロー」のホステス
- 東佐枝子:島田陽子 - 東貞蔵・政子の娘
- 財前杏子:生田悦子 - 財前五郎の妻、財前又一の娘
- 財前一夫:木村雄 - 財前五郎・杏子の息子(長男)
- 財前富士夫:佐久間良 - 財前五郎・杏子の息子(次男)
- 里見三知代:上村香子 - 里見脩二の妻
- 里見好彦:長谷川幹樹 - 里見脩二・三知代の息子
- 里見清一:岡田英次 - 里見脩二の兄、洛北大学医学部第二内科講師→開業医
- 黒川きぬ:中北千枝子 - 財前五郎の実母
- 財前又一:曽我廼家明蝶 - 財前産婦人科医院院長、浪速医師会副会長、財前五郎の岳父
- 岩田重吉:金子信雄 - 岩田病院院長、浪速医師会会長
- 真鍋貫治:渡辺文雄 - 真鍋外科病院院長、大阪市議会議員
- 東政子:東恵美子 - 東貞蔵の妻、くれない会前副幹事
- 鵜飼典江:野村昭子 - 鵜飼医学部長の妻、くれない会幹事
- 船尾隆:佐分利信 - 東都大学医学部第二外科教授
- 菊川昇:米倉斉加年 - 金沢大学医学部外科教授
- 佐々木庸平:谷幹一 - 繊維業「佐々木商店」社長、胃癌患者
- 佐々木よし江:中村玉緒 - 佐々木庸平の妻
- 佐々木信平:小鹿番 - 佐々木庸平の弟
- 佐々木庸一:中島久之 - 佐々木庸平・よし江の長男(大学生)
- 関口仁:児玉清 - 第一審原告側・控訴審控訴人側弁護士、関口法律事務所所長
- 河野正徳:北村和夫 - 第一審被告側・控訴審被控訴人側弁護士、河野法律事務所所長、大阪弁護士会会長
- 国平敏男:小林昭二 - 控訴審被控訴人側弁護士、浪速医師会顧問弁護士
- 小山義信:田中明夫 - 千葉大学医学部教授、日本癌学会会長、第一審被告側鑑定人
- 竹谷教造:下條正巳 - 奈良大学医学部教授、奈良大学医学部長、控訴審被控訴人側鑑定人
- 正木徹:高橋昌也 - 関東医科大学助教授、控訴審控訴人側鑑定人
- 一丸直文:庄司永建 - 東北大学名誉教授、第一審原告側鑑定人
- 唐木豊一:村上冬樹 - 洛北大学名誉教授、第一審裁判所鑑定人
- 都留利夫:新田昌玄 - 近畿癌センター病理室長、控訴審裁判所鑑定人
- 大阪地方裁判所の裁判長:大滝秀治
- 大阪高等裁判所の裁判長:松本克平
- 大阪高等裁判所の陪席判事:加地健太郎
- 大阪高等裁判所の陪席判事:名取幸政
- 大阪高等裁判所の書記官:平田守
- 大阪高等裁判所の廷吏:村瀬正彦
- 大阪高等裁判所のタイピスト:五十嵐五十鈴
- 山田うめ:北林谷栄 - 奈良県十津川村の農婦、早期胃癌患者
- 山田うめの息子:金親保雄
- 山田うめの嫁:菅原ちね子
- 亀山雄吉:山田吾一 - 三光製鋼勤務、亀山君子の夫
- 安田太一:谷幹一(二役) - 中小企業社長、胃癌患者
- 小西きく:市川千恵子 - 膵臓癌患者
- 加奈子:夏樹陽子 - クラブ「リド」のホステス
- 野田華子:世樹まゆ子 - 柳原弘の婚約者
- 野田文蔵:真木恭介 - 野田薬局店主、野田華子の父
- 野田文蔵の妻:神田時枝
- 毎朝新聞社会部記者:川合伸旺
- 時江:浦里はる美 - 「扇家」の女将
- 草刈:成瀬昌彦 - 京神電鉄病院事務局長
- 市田:小澤幹雄 - 平和製薬・西ドイツ駐在員
- 幇間:桜川ピン助(二代目)
- 佐々木商店の客:久保晶
- 佐々木商店の得意先:福山象三
- 丸高商店の店員:千葉繁
- 新聞記者:家弓家正(ナレーションも担当)
- 新聞記者:須永慶
- 新聞記者:石黒正男
- 新聞記者:池田武司
- 新聞記者:三川雄三
- バー「シロー」のママ:太田淑子
- バー「シロー」のバーテン:竹内靖
- バー「シロー」の常連客:山本武
- バー「シロー」の常連客:平野元
- 東家の女中:春江ふかみ
- 浪速医師会幹部:浜田寅彦
- 浪速医師会幹部:戸沢佑介
- 池沢代議士:武藤英司
- 中川雅之
- 本山可久子
- 江崎英子
- 田中真弓
- 田村勝彦
- 小沢重雄
- 早川雄三
- 大森義夫
- 田島義文
- 永井秀明
- 戸川暁子
- 大川万裕子
- 溝口順子
- 井上裕季子(方言指導も担当)
- アレクサンダー・ミラー
- エリック・ガンター
- ゲン五郎
- 大月優子
- 高塚利子
- 豊藤嘉
- 大和田由紀
- 森沢早苗
- 中原潤
- 船場克敏
- 平野正明
- 宮沢元
- 棟方巴里爾
- 鴨井博子
- 田村元治
- 藤井聡一
- 酒井郷博
- 関保之
- 磯部稲子
- 高桐真
- 荻谷道子
- 篠宮正一
- 永井玄哉
他作品と重なるキャスト
1966年映画版
- 財前五郎:田宮二郎(本作と同じ)
- 鵜飼医学部長:小沢栄太郎(本作と同じ)
- 大河内教授:加藤嘉(本作と同じ)
- 今津教授:下條正巳(本作では竹谷教造教授役)
- 安西医局員:早川雄三(本作では国立大学教授役)
- 控訴審裁判長:戸沢佑介(本作では浪速医師会幹部役)
スタッフ
テーマ曲
- 「白い巨塔」 作曲:渡辺岳夫
- テーマ曲冒頭にあるナレーション(院内放送)は「東教授の総回診が始まります」と「財前教授の総回診が始まります」の2種類。これに合わせて、テーマ曲も、全体のアレンジを多少変えたバージョンも存在(「東バージョン」は、途中からナレーション後に4小節の前奏が入る)。最終回ではテーマ曲は流されず、冒頭のタイトルと共に流れるオープニングの音のみが前奏を加えて流された。
挿入歌
- たそがれの都会(まち)(歌:田宮二郎、作詞:伊井田朗、作曲:渡辺岳夫、編曲:福井峻)
- 本編ではサビ部分をアレンジしてインストゥルメンタル版にしたものが使用された。レコードB面は渡辺岳夫作曲のオープニングテーマ曲。
放映日程
サブタイトル | 放送日 | 演出 | 視聴率[8] |
---|---|---|---|
第1回 | 1978年6月3日 | 小林俊一 | 18.6% |
第2回 | 1978年6月10日 | 11.8% | |
第3回 | 1978年6月17日 | 14.4% | |
第4回 | 1978年6月24日 | 13.9% | |
第5回 | 1978年7月1日 | 13.2% | |
第6回 | 1978年7月8日 | 9.5% | |
第7回 | 1978年7月15日 | 10.6% | |
第8回 | 1978年7月22日 | 8.5% | |
第9回 | 1978年7月29日 | 9.6% | |
第10回 | 1978年8月5日 | 9.2% | |
第11回 | 1978年8月12日 | 青木征雄 | 7.4% |
第12回 | 1978年8月19日 | 9.0% | |
第13回 | 1978年9月2日 | 11.5% | |
第14回 | 1978年9月9日 | 11.5% | |
第15回 | 1978年9月16日 | 12.1% | |
第16回 | 1978年9月23日 | 8.9% | |
第17回 | 1978年9月30日 | 10.1% | |
第18回 | 1978年10月7日 | 10.4% | |
第19回 | 1978年10月14日 | 11.2% | |
第20回 | 1978年10月21日 | 小林俊一、青木征雄 | 11.0% |
第21回 | 1978年10月28日 | 小林俊一 | 12.2% |
第22回 | 1978年11月4日 | 14.4% | |
第23回 | 1978年11月11日 | 13.3% | |
第24回 | 1978年11月18日 | 11.8% | |
第25回 | 1978年11月25日 | 12.3% | |
第26回 | 1978年12月2日 | 13.0% | |
第27回 | 1978年12月9日 | 13.2% | |
第28回 | 1978年12月16日 | 13.0% | |
第29回 | 1978年12月23日 | 13.2% | |
第30回 | 1978年12月30日 | 26.3% | |
終章 | 1979年1月6日 | 31.4% |
ネット局
この節の加筆が望まれています。 |
特筆の無い限り全て同時ネット。
備考
再評価
本放送後の再放送はフジテレビで3回[11]、テレビ東京で1回あったが、年月を経てそれもなくなっていたところ、2001年に全話収録のビデオ全11巻、2002年にはDVD全9巻が発売され更に予告編も含む全話が完全収録されたDVD-BOXが発売され、現在はレンタル版もリリースされている。2003年には同じフジテレビにて、唐沢寿明主演で再ドラマ化され高視聴率を挙げたこともあって、田宮版が改めて注目されるようになり、2003年10月には石川テレビ(2話連続放送)が、2004年8月16日〜8月22日には、全31話を合計13時間に再編集した特別版がフジテレビ(関東地区)、仙台放送(ヨジテレビ! ドラマ枠内)で放送され、また2005年1月1日〜1月3日に、再びフジテレビ721で全話連続放送(放送時間は1日14:00〜22:30(1話〜10話)、2日14:00〜22:30(11話〜20話)、3日14:00〜23:00(21話〜31話))されたこともあって再び見直された。また、放送ライブラリーでは、第1話を閲覧することが出来る。
その他
- 本作の放送終了3ヵ月後から同じ山崎原作のテレビドラマ『不毛地帯』(毎日放送制作・TBS系)が放送され、脚本も本作と同じ鈴木尚之が担当したため、本作に出演した俳優の多くがMBS版『不毛地帯』にも出演している。
- 1981年放送の『オレたちひょうきん族』にてパロディにされたことがあり、当ドラマの医局設定を企業に置き換えたものをとり行っていた。なお当ドラマのテーマ曲がこちらで使用されていた。
- 1994年の養命酒のCMで、山本學がこれまでの役者人生を振り返る際に当ドラマの収録中に撮影されたモノクロ写真[12]が紹介された。
- 2014年のサントリートクホのボスのCMで当ドラマを意識し同じテーマ曲を使用したパロディ仕立てにした物が製作された。
参考文献
脚注
- ^ a b 現在のフジテレビジョン制作局の前身。1980年に機構改革でフジテレビジョン本体に事業譲渡され、同社は清算された。このため、2004年8月に放送されたダイジェスト版のオープニングでは、同社の名前はクレジットされていない。
- ^ SmaSTATION!!秘められた伝説シリーズ「田宮二郎 演技に生きた波乱の人生」[1]
- ^ 俳優・山本學、田宮二郎さんとの最後の握手は痛かった(NEWSポストセブン)2017年1月12日閲覧
- ^ 田宮は白布の下で泣いていたと伝える人もいる。壮絶! いざ帰りなん P392より。
- ^ プロデューサーの小林俊一は、最終回の視聴率が発表された翌日(1979年1月9日)のサンケイスポーツ(東京本社版)にて、視聴者に対して憤慨するコメントをしている。
- ^ 但し、ビデオ・DVD版では未収録とされている。
- ^ 本放送および地上波での再放送では、第1話のOP直後に登場する堂島川沿いの大阪大学医学部附属病院(建物は現存せず。現在のほたるまちの場所)の全体映像をバックに「昭和四十九年 春」→「大阪」と順番にテロップ表示されていた。但し、2001年発売のDVD版ではこのテロップは表示されない。
- ^ 「テレビ視聴率季報(関東地区)」ビデオリサーチ
- ^ 当該試合が雨天中止、あるいは20:54までに終了した場合は、第十三回が放送される予定だった
- ^ a b c 『北國新聞』1978年6月24日付朝刊、テレビ欄。
- ^ 1回目は田宮急逝直後の1979年に、土曜13時枠の『名作ドラマシリーズ』枠で放送、2回目は1983年9月、3回目は1989年10月に、それぞれ平日14時枠で放送した。
- ^ 使用された写真は、第8話で山本學演じる里見脩二と谷山医局員が動物実験を行っているシーンの収録時に撮影されたものであった。
外部リンク
- 白い巨塔 - allcinema
- 白い巨塔 - テレビドラマデータベース
- 白い巨塔 総集編 - テレビドラマデータベース
- Shiroi Kyotō - IMDb(英語)
フジテレビ系 土曜劇場 | ||
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白い巨塔(1978年版)
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