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; しなの鉄道 |
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:* 特別快速「[[軽井沢リゾート]]」一部停車駅(下りのみ)、観光列車「[[ろくもん]]」停車駅 |
:* 特別快速「[[軽井沢リゾート号]]」一部停車駅(下りのみ)、観光列車「[[ろくもん]]」停車駅 |
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:: {{Color|red|□}}快速 |
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::: [[信濃追分駅]] - '''御代田駅''' - [[小諸駅]] |
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2021年6月24日 (木) 22:34時点における版
御代田駅 | |
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駅舎(2006年11月) | |
みよた MIYOTA | |
◄信濃追分 (6.0 km) (5.1 km) 平原► | |
長野県北佐久郡御代田町大字御代田[1]2422 | |
所属事業者 | しなの鉄道 |
所属路線 | ■しなの鉄道線 |
キロ程 | 13.2 km(軽井沢起点) |
電報略号 | ミヨ[1] |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 2面2線[1] |
乗降人員 -統計年度- |
1,592人/日 -2019年- |
開業年月日 | 1888年(明治21年)12月1日[1] |
備考 | 標高:819m[1] |
御代田駅(みよたえき)は、長野県北佐久郡御代田町大字御代田にあるしなの鉄道しなの鉄道線の駅である[1]。
歴史
- 1888年(明治21年)12月1日 - 官設鉄道の駅として開業[1]。
- 1984年(昭和59年) - 駅舎内に西軽井沢ケーブルテレビが開局[1]。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる。
- 1997年(平成9年)10月1日 - 北陸新幹線開業によりしなの鉄道に移管される。
駅構造
相対式ホーム2面2線を有する地上駅[1]。軽井沢方に横取あり(旧駅舎と旧ホームがあった場所)。旧国鉄時代には単線でスイッチバック駅だったが、信越本線の複線電化により現在の場所にホームと駅舎が移動し、スイッチバックは廃止された。
御代田町が駅業務を受託する簡易委託駅[1]。出札窓口にはPOS端末設置。
駅舎内に日本一小さいテレビ局と言われる西軽井沢ケーブルテレビの局舎がある[1]。
のりば
番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
---|---|---|---|
1 | ■しなの鉄道線 | 下り | 小諸・長野方面 |
2 | 上り | 軽井沢方面 |
当駅には発車ベルが設置されている。
利用状況
年度 | 1日平均 乗車人員 |
1日平均 乗降人員 |
---|---|---|
1997年 | 1,456 | |
1998年 | 1,452 | |
1999年 | 1,444 | |
2000年 | 1,405 | |
2001年 | 1,399 | |
2002年 | 1,351 | |
2003年 | 1,333 | |
2004年 | 1,272 | |
2005年 | 1,278 | |
2006年 | 1,266 | |
2007年 | 1,234 | |
2008年 | 1,297 | |
2009年 | 1,230 | |
2010年 | 1,231 | |
2011年 | 1,273 | |
2012年 | 1,294 | |
2013年 | 1,359 | |
2014年 | 1,470 | |
2015年 | 1,474 | |
2016年 | 1,523 | |
2017年 | 1,566 | |
2018年 | 786 | 1,580 |
2019年 | 1,592 |
駅周辺
かつてのスイッチバック駅跡地は「御代田町交通記念館」となっており、国鉄D51形蒸気機関車787号機が静態保存されている[4]。
周辺施設
- 佐久警察署御代田町交番
- 御代田町役場[1]
- 御代田郵便局
- 八十二銀行御代田支店
- 浅間縄文ミュージアム[1]
- 御代田町立図書館
- 龍神の杜公園
- 御代田町立御代田中学校
- 佐久スキーガーデンパラダ
路線バス
- 御代田駅 - 小田井上 - 岩村田(土曜休日運休)
- 御代田駅 - 塩野 - 柏木 - 小諸駅(土曜休日運休)
高速バス
隣の駅
その他
- 東信軽便鉄道(後の佐久鉄道)は明治45年の成立当初、現在の小海線の他に当駅から岩村田駅を経由し中津村に至る鉄道計画を持っていたが大正2年に中止となった。[5]
脚注
関連項目
外部リンク