「唐津市立厳木中学校」の版間の差分
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2022年10月7日 (金) 10:47時点における版
唐津市立厳木中学校 | |
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北緯33度18分57秒 東経130度03分55秒 / 北緯33.31575度 東経130.065389度座標: 北緯33度18分57秒 東経130度03分55秒 / 北緯33.31575度 東経130.065389度 | |
過去の名称 |
厳木村農業補習学校 厳木村立厳木高等実業青年学校 厳木村立厳木中学校[1] |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 唐津市 |
設立年月日 | 1920年4月 |
共学・別学 | 男女共学 |
学校コード | C141220200104 |
所在地 | 〒849-3113 |
佐賀県唐津市厳木町牧瀬328番地1 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
唐津市立厳木中学校(からつしりつ きゅうらぎちゅうがっこう)は、佐賀県唐津市厳木町牧瀬にある市立中学校。
沿革
経緯
唐津市立厳木中学校は1920年に、厳木村農業補習学校として設立された。その後、1935年に厳木村立厳木高等実業青年学校を設立し、同年6月に厳木村立高等実業青年学校と改称した。第二次世界大戦降伏後の学制改革によって、高等実業青年学校は、村立厳木中学校となった。1949年、厳木村立家政高等女学院を併設。1951年、家政高等女学院を廃止する形で唐津高等学校厳木分校(現・佐賀県立厳木高等学校)を併設し、1960年に高等学校が移転するまで敷地内に同居していた。
1978年に制服が制定され、夏服、男子は白カッターシャツに黒のスラックス、女子は白のセーラー服に紺スカート[2]、冬服、男子は黒の学ラン、女子は紺のセーラー服・スカートである[3]。
年表[1]
- 1920年(大正9年)4月 - 厳木村農業補習学校として設立される。
- 1935年
- 1947年(昭和22年)6月1日 - 学制改革により村立厳木高等実業青年学校を廃止し村立厳木中学校と改称
- 1949年4月1日 - 厳木村立家政高等女学院を併設
- 1951年
- 4月1日 - 唐津高等学校厳木分校併設(家政高等女学院廃止)
- 10月22日 - 校舎第4棟西端湯沸室付近より出火。1棟を焼失する損害7,693,000円
- 1952年
- 1955年2月1日 - 校歌制定
- 1960年10月 - 唐津西高等学校厳木分校が新校舎へ移転し独立する
- 1961年6月3日 - プール完成
- 1963年3月15日 - 町民全般の寄附により校旗制定
- 1965年10月1日 - プール脱衣室及びシャワー、体育倉庫完成
- 1969年9月15日 - 東第1棟校舎解体により運動場拡張
- 1978年3月 - 厳木中制服制定
- 1981年3月9日 - 特別教室完成、体育館落成
- 1986年2月19日 - 柔剣道場落成
学校行事
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生徒会活動
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部活動
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通学区域
進学前小学校
校区内の主な施設
- 厳木郵便局
- 唐津市役所厳木支所
- 佐賀県立厳木高等学校
- 厳木ダム
- 天山ダム
- 道の駅厳木
交通
出身者
この節の加筆が望まれています。 |
脚注
- ^ a b “学校沿革”. 2014年10月5日閲覧。
- ^ “厳木ダム探検 2012年10月1日 厳木中学校校” (PDF). 国土交通省 武雄河川事務所 厳木ダム管理支所. 2014年10月5日閲覧。の写真より
- ^ a b c d e “厳木中だより4月11日” (PDF). 2014年10月5日閲覧。
- ^ a b c “厳木中だより6月23日” (PDF). 2014年10月5日閲覧。
- ^ a b c d “厳木中だより7月18日” (PDF). 2014年10月5日閲覧。
- ^ “唐津市立小学校及び中学校の通学区域に関する規則”. 2014年10月5日閲覧。