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2022年11月23日 (水) 11:57時点における版

ムラピ山
2011年7月
標高 2,930[1] m
所在地 インドネシアの旗 インドネシア
中部ジャワ州ジョグジャカルタ特別州
位置 南緯7度32分26.99秒 東経110度26分41.34秒 / 南緯7.5408306度 東経110.4448167度 / -7.5408306; 110.4448167座標: 南緯7度32分26.99秒 東経110度26分41.34秒 / 南緯7.5408306度 東経110.4448167度 / -7.5408306; 110.4448167
山系 ジャワ島
種類 成層火山
ムラピ山の位置(インドネシア内)
ムラピ山
ムラピ山 (インドネシア)
ムラピ山の位置(ジャワ島内)
ムラピ山
ムラピ山 (ジャワ島)
プロジェクト 山
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2005年7月

ムラピ山(ムラピさん、インドネシア語: Gunung Merapi)は、インドネシアジャワ島中央部の火山である。インドネシアでも最も活動的な火山で、ほぼ1年中噴煙を上げ、1548年以来68回噴火をしている。名称は「火の山」の意味。メラピ山とも書かれる。スマトラ島西スマトラ州ブキティンギにも同名の火山がある。

活動は40万年前から始まり、1万年前から活発になった。安山岩質の溶岩ドームを崩落させて火砕流を起こすことで知られ、メラピ型火砕流と呼ばれる。同様の例としては、雲仙岳[注釈 1]がある。

ムラピ山はジョグジャカルタに近く(約30km南)、山体には標高1,700mの地点にさえ村があり、中腹には数千人が居住している。また、噴火被害の危険性から、国際火山学地球内部化学会から防災十年火山(Decade Volcanoes)に指定されていた。

歴史

1006年、死者数千人、1672年、死者3,000人、1872年4月(VEI4)、死者1,400人、1930年(VEI3)、死者1,300人、1966年、死者64人、1994年には60人が犠牲になっている。他にも1548年1786年1822年1846年(VEI3)、 1849年(VEI3)、1961年(VEI3)などにも爆発している。

2006年5月より火山活動が活発になり、同年5月13日避難勧告が発令され、15日には大規模な火砕流が起こった。2人死亡。

2010年の噴火

  • 10月25日、インドネシア政府は23-24日に起こった500回以上の火山性地震を踏まえ、ムラピ山に4段階のうち警戒レベルを最高度に引き上げ、山頂から10km以内の避難勧告を出した。
  • 10月26日、ムラピ山が噴火を起こして火砕流が村を直撃し、29人が死亡した。大きなものは14時4分、14時24分、15時15分の3回[2]
  • 11月4日、5時55分からの33分間の爆発は1872年以来最大で、噴煙が上空10kmまで上がった。
  • 11月4日深夜 - 11月5日、爆発が起こり、火砕流が13km以上下り、噴火音は20km先まで聞こえた。18km離れた村などで子供を中心に64人が死亡、今回の一連の爆発の死者は合計122人、避難者は約15万人となった。ジョグジャカルタ国際空港は5日午前閉鎖された[3][4]。約25km西にある世界遺産ボロブドゥール遺跡にも降灰があった。これまでの総噴出量は5,000万立方mに及んだ。
  • 11月6日ジャカルタ郊外にも降灰が及んだ。シンガポール航空マレーシア航空[注釈 2][5]など16社はジャカルタへの定期便48便を休止した。日本航空725便(B777-300、乗員乗客86人、1日1便)は正午頃成田空港を出たが、22時に引き返した[6]。日本航空によれば上空16kmまで噴煙があるという[7][注釈 3]雨期に入り大雨が降りラハールが発生している。
  • 11月7日、爆発は続き、死者は156人、避難者は20万人になった。シンガポール航空など数社は午後便から運航再開。日本航空は230人搭乗予定の便を欠航[8]
  • 11月8日、日本航空などは運航再開、避難者は29万人に[9]
  • 11月9日、オーストラリア気象庁は二酸化硫黄(亜硫酸ガス)が上空12,000 - 15,000mにまで達したと発表した。
  • 11月10日、再噴火した。噴煙の高さは1,500mだが、全方面に灰をまき散らし、場所によっては山頂から50kmまで届いた。死亡者累計191人、重症598人になった。避難者総数は中部ジャワ州23万人、ジョクジャカルタ市11万人の合計約35万人だが、避難勧告地域が半径20kmまで拡大されたため、避難対象人口110万人の3分の1にとどまっている[10]キャセイ航空カンタス航空の一部のジャカルタ便が休止し、休止はバリ島デンパサール空港に及んだ(全面休止は、現在の所ジョクジャカルタ空港のみである)。アメリカのバラク・オバマ大統領のインドネシア訪問日程が短縮された。
  • 11月11日
    • 災害対策庁(National Disaster Management Agency(BNPB))はラハール対策として、川の両岸から最低500m離れるように呼びかけた[11]ジェットスター航空バリ便が再開した[注釈 4]
    • 古代遺跡保護局はボロブドール遺跡に害がある火山灰が3cm降ったため、重要部分をビニールシートで覆うことにした。
  • 11月12日、死者累計206人。避難者総数38万人、噴出物総量1.4億立方m(1872年は1億)[12]
  • 11月14日
    • 死者累計242人以上[注釈 5]。日本は国際緊急援助隊専門家チーム(野上健治東工大火山流体研究センター教授他)が現地入り。小規模ながら噴火と火砕流は続き、20kmの避難圏は続いている。
    • NASAオゾン観測装置による二酸化硫黄亜硫酸ガス)分布地図が発表された。メラピから西にインド洋上3000kmに達し、気流に乗りオーストラリアのポートヘッドランド付近まで回流している[13]
  • 11月15日、死者は259人以上。ボランティアが1人死亡。噴火が落ち着いたため、帰宅を始める人も出てきている。火山灰により腐食のおそれがあるため、ボロブドール遺跡を掃除。
  • 11月19日、危険な南側の避難地域を15kmに縮小。警戒警報は続行。
  • 11月20日、死者292人、避難者27万人。ジョクジャカルタ空港再開。
  • 11月21日、死者304人、避難者20万人。
  • 11月23日、死者322人、避難者13万人。

2018年の噴火

日本時間5月11日9時40分頃に噴火し海抜1万3千メートルを超える高さまで噴煙があがった模様。[14]

注釈

  1. ^ 1991年6月3日に大規模な火砕流を起こした
  2. ^ ジャカルタ国際空港(スカルノ・ハッタ空港)(ムラピ山から西へ750km)への運航休止(7日午前現在)はシンガポール航空など
  3. ^ ムラピ付近では東風が吹き、西のボロブドール遺跡やジャカルタ方面、及びインド洋、場合によっては数百km沖合上空に噴煙が流れる。2日にインドネシア当局は航空路の切り替えを要請している
  4. ^ マレーシア航空ジョクジャカルタ便を15日まで、バンドン便を11日まで休止する。ジャワ島内では他にソロ(Solo、スラカルタ市)空港が利用できる
  5. ^ 報道の死者数は242だが、救助隊が少なくとも10人以上の行方不明者の捜索に当たっている

出典

参考文献

関連項目

外部リンク