石坂真奈美
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選手情報 | ||||||||||||
フルネーム | 石坂 真奈美 | |||||||||||
国籍 | 日本 | |||||||||||
生年月日 | 1986年4月22日(38歳) | |||||||||||
生誕地 | 東京都 | |||||||||||
所属 | 朝日生命体操クラブ→国士舘大学→上越教育大学 | |||||||||||
学歴 | 藤村女子中学校・高等学校→国士舘大学体育学部体育学科→上越教育大学大学院 | |||||||||||
コーチ | 塚原千恵子 | |||||||||||
引退 | 2009年10月(その後、2016年10月に選手として復帰) | |||||||||||
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石坂 真奈美(いしざか まなみ、1986年4月22日 - )は、日本の女子体操競技選手。東京都出身。藤村女子高等学校、国士舘大学体育学部体育学科卒業、上越教育大学大学院修了。朝日生命体操クラブ出身。得意種目はゆか。コーチは塚原千恵子。
経歴
[編集]- 1990年、4歳で体操を始める。
- 2002年 - 全日本選手権で初優勝し、一躍注目を集める。
- 2003年 - 世界選手権では平均台でまさかの落下。その後、練習に打ち込んだ結果、力強い演技を取り戻し[独自研究?]、同年の全日本選手権では個人総合で連覇を達成。
- 2004年 - アテネ五輪に出場。しかし、あと一歩のところで個人総合決勝進出を逃す。
- 2006年 - NHK杯では加納弥生(1979年~1982年)、小菅麻里(1990年~1993年)に次いで史上3人目の大会4連覇を達成。世界選手権では精彩を欠き、目標としていた個人総合決勝進出を逃したが、アジア大会(ドーハ)では団体の銅メダル獲得に貢献した。
- 2007年 - NHK杯個人総合で9位と精彩を欠き、クラブの後輩でもある鶴見虹子に敗れ大会史上初の5連覇を逃し、悔し涙を見せた。世界選手権の代表からは漏れたが、ユニバーシアード代表には選出された。全日本選手権では個人総合で椋本啓子、上村美揮と同点で2位に入賞した。
- 2008年 - NHK杯個人総合で12位に終わり、2大会連続でのオリンピック出場はならなかった。同年9月に行われたインカレ(くまがやドーム)女子個人総合で初優勝を飾った(詳細)[リンク切れ]。
- 2009年 - 3月に国士舘大学を卒業。4月に上越教育大学大学院に在籍。同時期に左足首靭帯を負傷したことが原因で、翌年の全日本選手権の出場権を失い、「目標がなくなった」ことを理由に同年10月の新潟国体を最後に現役を引退した(国体で引退することは既に決めていたことだという)。その後、結婚、出産、離婚を経て、2014年4月から古巣の朝日生命体操クラブでコーチに就任し、後進の指導をしていた。
- 2016年 - 10月に全日本シニア選手権に選手として7年ぶりに復帰を果たし、同大会の女子個人総合で5位入賞を果たした[1][2]。
- 2020年10月20日 - 独立起業し、自身で『マナジス体操教室』を東京都東大和市立野にオープン。
脚注
[編集]- ^ 【体操】アテネ五輪代表・石坂真奈美、ママになって7年ぶり出場で個人総合5位(スポーツ報知・2016年10月14日付)
- ^ 石坂真奈美、7年ぶり現役復帰で個人総合5位 体操(日刊スポーツ・2016年10月14日付)
外部リンク
[編集]- 石坂真奈美 - 国際体操連盟のプロフィール
- 石坂真奈美 - Olympedia
- 日本体操協会による公式プロフィール[リンク切れ]
- 体操アテネ代表の石坂が現役引退/新潟国体(サンケイスポーツ2009年10月1日付)[リンク切れ]