神野村 (石川県)
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かんのむら 神野村 | |
---|---|
廃止日 | 1955年3月25日 |
廃止理由 |
新設合併(能都町)、編入合併(柳田村) 鳳至郡宇出津町・三波村・珠洲郡小木町・神野村→能都町 神野村→柳田村 |
現在の自治体 | 能登町 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方(北陸地方) |
都道府県 | 石川県 |
郡 | 鳳至郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
隣接自治体 | 宇出津町・鵜川町・柳田村・三波村 |
神野村役場 | |
所在地 | 石川県鳳至郡神野村字鶴町 |
座標 | 北緯37度18分58秒 東経137度05分02秒 / 北緯37.316度 東経137.08392度座標: 北緯37度18分58秒 東経137度05分02秒 / 北緯37.316度 東経137.08392度 |
ウィキプロジェクト |
地理
[編集]隣接していた市町村
[編集]歴史
[編集]沿革
[編集]- 1889年(明治22年)4月1日 町村制の施行により、鳳至郡藤ノ瀬村、宇加塚村、曽又村、鶴町村、神和住村及び中斉村を廃し、その区域をもって鳳至郡
神野 村を設置する。 - 1955年(昭和30年)3月25日 鳳至郡宇出津町、三波村、神野村及び珠洲郡小木町を廃し、鳳至郡宇出津町、三波村、神野村字藤ノ瀬、字宇加塚、字曽又及び字鶴町及び珠洲郡小木町の区域をもって
能都 町を設置し、鳳至郡神野村字神和住及び字中斉の区域を鳳至郡柳田村に編入する。能都町が属すべき郡の区域は鳳至郡とする。神野村の4大字は能都町に継承。
行政
[編集]村長
[編集]代 | 人 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
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1 | 1 | 稲田次左衛門 | 1889年(明治22年)6月 | 1890年(明治23年)7月9日 | |
2 | 2 | 東崎茂治 | 1890年(明治23年)12月12日 | 1894年(明治27年)12月11日 | |
3 | 1895年(明治28年)2月23日 | 1899年(明治32年)2月22日 | |||
4 | 3 | 土川小左衛門 | 1899年(明治32年)6月16日 | 1899年(明治32年)7月5日 | |
5 | 東崎茂治 | 1899年(明治32年)7月27日 | 1903年(明治36年)7月12日 | ||
6 | 1903年(明治36年)7月29日 | 1907年(明治40年)7月28日 | |||
7 | 1907年(明治40年)8月17日 | 1911年(明治44年)8月16日 | |||
8 | 4 | 吉国文吉 | 1911年(明治40年)9月12日 | 1915年(大正4年)8月30日 | |
9 | 1915年(大正4年)9月20日 | 1919年(大正8年)8月22日 | |||
10 | 5 | 生垣耕作 | 1919年(大正8年)10月14日 | 1923年(大正12年)10月13日 | |
11 | 1923年(大正12年)11月2日 | 1927年(昭和2年)11月1日 | |||
12 | 1927年(昭和2年)11月5日 | 1931年(昭和6年)11月4日 | |||
13 | 1931年(昭和6年)11月5日 | 1935年(昭和10年)5月10日 | |||
14 | 1935年(昭和10年)10月16日 | 1939年(昭和14年)10月15日 | |||
15 | 吉国文吉 | 1939年(昭和14年)11月1日 | 1942年(昭和17年)4月4日 | ||
16 | 1942年(昭和17年)5月12日 | 1943年(昭和18年)7月20日 | |||
17 | 6 | 畑中力松 | 1943年(昭和18年)8月31日 | 1946年(昭和21年)11月11日 | |
18 | 7 | 大町享 | 1946年(昭和21年)12月28日 | 1947年(昭和22年)4月7日 | |
19 | 1947年(昭和22年)4月7日 | 1948年(昭和23年)2月21日 | |||
20 | 8 | 生垣良作 | 1948年(昭和23年)4月26日 | 1951年(昭和26年)3月31日 | 県議選出馬のため辞職 |
21 | 大町享 | 1951年(昭和26年)5月20日 | 1955年(昭和30年)3月24日 |
参考文献
[編集]- 『柳田村史』