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秦裕二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
秦 裕二
横浜時代
(2011年3月19日、横須賀スタジアムにて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 奈良県生駒市
大阪府
生年月日 (1983-06-03) 1983年6月3日(41歳)
身長
体重
182 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 ドラフト1巡目
初出場 NPB / 2002年9月7日
最終出場 NPB / 2010年8月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 富山サンダーバーズ
    富山GRNサンダーバーズ (2014 - 2017)

秦 裕二(はた ゆうじ、1983年6月3日 - )は、奈良県生駒市(または大阪府)出身の元プロ野球選手投手、右投右打)、コーチ

経歴

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プロ入り前

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智弁学園高校1年生時、背番号は16で夏の全国選手権にて甲子園出場を果たしたが、控え投手としてのベンチ入りのみで試合出場はなかった。

3年生時には背番号1を背負うエースとして第73回選抜高等学校野球大会第83回全国高等学校野球選手権全国大会と甲子園大会に連続出場を成し遂げ、春の選抜では岡﨑太一とバッテリーを組み出場、夏の選手権では前述の岡崎、1年生で既にレギュラーであった2学年下の加治前竜一らと共に出場し、春夏合計で4試合全てにフルイニングで登板した。選手権では1回戦は静岡市立に13-2、2回戦は前橋工に3-0と好投し勝ち進むものの、3回戦で攻撃で3重殺されるなどチャンスを潰され3-4で松山商に惜敗。その後、秋の宮城国体では準優勝を果たした。2001年度プロ野球ドラフト会議にて寺原隼人の外れで横浜ベイスターズから1巡目指名を受け、入団。

プロ入り後

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1年目から一軍で起用され、10月9日の対広島戦ではプロ初勝利を挙げている。

2005年6月17日の対楽天戦で3年ぶりのプロ2勝目を挙げる。8月9日フルキャストスタジアム宮城での巨人戦での佐々木主浩の引退登板試合に先発。清原和博の第一打席前で降板し、佐々木にマウンドを譲った。

2006年はシーズン前半戦に先発ローテーションのメンバー入りを果たした。6月12日までに自身最高の4勝を挙げたが、その後シーズン中盤から後半にかけては、敗戦ゲームの中継ぎ登板がメインとなり、勝ち星は挙げていなかった。同年10月12日ヤクルト戦で久々に先発登板し5回2失点ながらも味方の援護により、4か月ぶりの勝ち星となるシーズン5勝目をマークした。

2007年は故障によりシーズン開幕からは2軍スタートとなる。球宴明けの後半戦より1軍登録、8月4日にシーズン初勝利を挙げるがこの1勝に留まるなど結果を残せなかった。

2008年はわずか2試合の登板に終わり、防御率も23.63と打ち込まれるなど散々だった。2009年はプロ入り後初めて一軍登板がなかった。

2010年から投球フォームをサイドスロー気味のスリー・クォーターに変更した。7月18日の対巨人戦で、9回表に3点ビハインドの場面で、2年ぶりの一軍登板を果たして無失点に抑えると、その裏にブレット・ハーパーが逆転サヨナラ満塁ホームランを打ちチームが逆転勝利をしたため、3年ぶりの勝利投手となった。

しかし、2011年は再び一軍での出場はなく、二軍で21試合に登板し防御率3.38であった。同年10月9日に戦力外通告を受けた[1]。12月2日、自由契約公示された。

2012年台湾中華職業棒球大聯盟Lamigoモンキーズで入団テストを受けたが不合格。同時にアジア・ウィンター・リーグに台湾代表のチームで出場していた。

2013年5月2日ベースボール・チャレンジ・リーグ・富山サンダーバーズ(在籍中の2015年より富山GRNサンダーバーズ)への入団が発表された[2]

2014年シーズンからは富山のコーチ補佐を兼任[3]2017年シーズンからは選手としては引退し、投手コーチ専任となる[4]。2017年シーズン終了後に退任[5]

同年のシーズンオフより、横浜DeNAベイスターズベースボールスクールのコーチに就任し、子供達への野球指導を行っている[6]

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
2002 横浜 4 2 0 0 0 1 0 0 0 1.000 58 14.1 11 1 3 0 0 13 0 1 5 5 3.14 0.98
2003 7 4 0 0 0 0 3 0 0 .000 87 18.2 23 3 6 0 2 9 3 0 15 14 6.75 1.55
2004 6 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- 49 10.1 13 2 7 1 0 4 0 0 5 4 3.48 1.94
2005 14 4 0 0 0 1 1 0 0 .500 125 28.1 33 7 11 1 0 9 1 0 16 16 5.08 1.55
2006 33 9 0 0 0 5 3 0 0 .625 324 76.2 70 9 35 0 3 39 1 0 31 25 2.93 1.37
2007 14 6 0 0 0 1 2 0 0 .333 180 35.2 46 6 25 1 1 21 2 0 29 22 5.55 1.99
2008 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 16 2.2 7 3 1 0 0 3 0 0 7 7 23.63 3.00
2010 9 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 45 9.2 15 2 4 0 0 7 0 0 6 6 5.59 1.97
通算:8年 89 26 0 0 0 9 9 0 0 .500 884 196.1 218 33 92 3 6 105 7 1 114 99 4.54 1.58

記録

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NPB投手記録
NPB打撃記録
  • 初安打:2005年8月31日、対広島東洋カープ15回戦(横浜スタジアム)、3回裏に広池浩司から一塁内野安打

独立リーグでの投手成績

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W
H
I
P
2013 富山 41 4 0 0 0 1.000 58.1 237 56 3 48 12 0 18 14 1 0 0 2.16 1.17
2014 21 6 3 0 1 .667 97.2 421 104 9 47 33 7 47 45 2 0 1 4.15 1.41
2015 20 4 4 0 2 .500 95.2 433 107 6 52 38 7 54 53 1 0 1 4.05 1.52
2016 15 0 2 0 0 ---- 35.0 166 53 2 8 10 3 28 22 2 0 1 5.66 1.80
通算:4年 97 14 9 0 3 .609 286.2 1257 320 20 155 93 17 147 134 6 0 3 4.21 1.44

背番号

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  • 28 (2002年 - 2011年)
  • 11 (2013年 - 2016年)
  • 72 (2017年)

脚注

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  1. ^ 2012年の選手契約について”. 横浜ベイスターズ (2011年10月9日). 2011年10月21日閲覧。
  2. ^ 新入団選手のお知らせ”. 富山サンダーバーズ (2013年5月2日). 2013年5月2日閲覧。
  3. ^ 秦 裕二投手 コーチ契約のお知らせ”. 富山サンダーバーズ (2014年2月3日). 2014年2月7日閲覧。
  4. ^ 投手コーチ専任のお知らせ”. 富山サンダーバーズ (2017年1月17日). 2017年2月20日閲覧。
  5. ^ 秦 裕二投手コーチ退任のお知らせ - 富山GRNサンダーバーズ(2017年11月22日)
  6. ^ コーチ紹介”. 横浜DeNAベイスターズ ベースボールスクール. 2021年5月5日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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