細川全隆
表示
この記事のほとんどまたは全てが唯一の出典にのみ基づいています。 (2024年5月) |
時代 | 戦国時代→安土桃山時代→江戸時代 |
---|---|
生誕 | 不明 |
死没 | 不明(寛永15年(1638年)6月21日以降) |
別名 | 紹高(号) |
幕府 | 室町幕府→江戸幕府 |
氏族 | 細川阿波守護家 |
父母 | 父:細川元定 |
子 |
瑞益、称揚寺室、坂上池院宗説室 養子:元隆(坂上池院宗説の子) |
細川 全隆(ほそかわ またたか)は、戦国時代の武将。細川阿波守護家出身。
概要
[編集]豊臣秀吉の命で父の称した「紹高」の号を名乗った。天正16年(1588年)には豊臣秀次に仕え、後に秀吉に仕えた。
文禄元年(1592年)の文禄の役の際には肥前国名護屋城に出陣し、初めて徳川家康に見えた。
慶長13年(1609年)には山城国愛宕郡に旧地40石を安堵され、翌年には徳川秀忠に仕えさらに扶持米を毎月300俵・月俸15口を加えられた。