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緊急開胸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

緊急開胸(きんきゅうかいきょう、: emergent thoracotomy)とは、主として外傷による胸腔内臓器損傷や、心臓外科呼吸器外科領域の術後合併症としての胸腔内出血等により心肺停止状態にあるか切迫している患者に対して、蘇生のための処置を目的として行われる開胸であることから、蘇生的開胸術: resuscitative thoracotomy)とも呼ばれる[1]手術室まで搬送する余裕のない場合に救急初療室で行われる場合も多く、かつては開胸心マッサージ救急室開胸: emergency department thoracotomy)とも呼ばれていた[2][3]

適応

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緊急開胸の適応になるのは、重篤な胸部外傷に起因する出血等により、生命を維持するために必要な生理機能が脅かされている状態である。心臓など胸腔内臓器の損傷は、心タンポナーデを起こし心臓のポンプ機能を妨げたり、空気塞栓にも繋がる。その他の適応として胸腔ドレナージからの多量の血性排液があり、目安としては出血量が1500mLを超えた場合、または1時間あたり200mLを超えた場合である。

胸部外傷を受傷した場合、緊急開胸が必要な症例は15%程度である[4]。穿通性心外傷は緊急開胸の良い適応であり、病院到着後の心肺停止だけでなく、救急隊到着時にバイタルサインがあるか、心電図波形が残存していて速やかに搬送された場合は緊急開胸を考慮すべきである。但し15分以上の心肺蘇生を行ってから病院に到着した場合は救命の可能性は極めて低い。鈍的外傷による心肺停止については、病院到着後の心肺停止であれば緊急開胸を考慮する。腹部骨盤血管損傷による心肺停止に対しては、直ちに根治的手術ができない場合でも緊急開胸と大動脈遮断を考慮すべきである[4][5][6]

心エコー

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胸部X線で心陰影の拡大を認めるが血胸像が無く、循環血液量を補正しても血圧が上昇しない場合、その他心タンポナーデを疑った場合、まず行うべき検査は経胸壁心エコーである。心嚢液貯留が少量であっても、遅発性の心タンポナーデを見逃さないために反復して行い貯留液の増量の有無を確認すべきである[7]。また、FASTfocused assessment with sonography for trauma[8]による簡易超音波検査を行い胸腔内・腹腔内の液体貯留を検索することも緊急開胸の適応を判断するためには有用である[9]

心嚢穿刺

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心損傷などによる心タンポナーデの診断に心嚢穿刺による血液吸引を用いるのは、急性の心嚢内出血では血栓化しやすいため診断感度としては必ずしも高くない。心タンポナーデの一時的減圧を目的として行う以外の場合では推奨されず[10][11]、まずは心エコーを行うべきである[12]

手技

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左前側方開胸が最もよく用いられるアプローチである。理由としては、蘇生に必要な処置を行うために心臓・大動脈を含む縦隔に迅速に到達出来ること、右胸腔まで創を延長する必要がある場合も容易に延長出来ること、等である[13]。まず第4肋間または第5肋間に沿って皮膚切開をおき、肋間筋と壁側胸膜を切開・剥離、続いて開胸器を肋骨にかけて視野を得る[5]。左胸腔と右胸腔の両方を切開、開胸する場合はクラムシェル開胸(clamshell thoracotomy)と呼ばれる。クラムシェル開胸は右や右胸腔内の血管損傷がある場合に用いられる[14]

開胸したら、状況に応じて開胸心マッサージ、また心損傷による出血がある場合は破裂部の用指圧迫やバルーンカテーテルの心腔内挿入・牽引、あるいは血管鉗子におる破裂口のクランプ、さらに一時的な縫合によって出血のコントロールを行う。冠循環、脳循環を維持する目的で下行大動脈を一時的に遮断することもある[12]

一時的な血行動態の安定が得られたならば、手術室での損傷部位の完全修復を改めて行う。

予後

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通常、緊急開胸を行った症例の予後は、鈍的外傷で10%、穿通性外傷で15~30%の救命率である[13][15][16]

歴史

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緊急開胸の歴史は1800年代後半から始まる。1874年、モーリッツ・シフ(Moritz Schiff)はの実験での開胸心マッサージで頸動脈拍動が生じることを示した[17]。その後開胸心マッサージは心破裂症例にも用いられ、1900年に初の開胸による縫合修復が行われた[18]。体外式除細動や心肺蘇生が行われるのは1960年代以降で、それ以前は心肺停止に対しては緊急開胸が標準的に用いられていた[19]

画像

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緊急開胸

心破裂に対する緊急開胸の画像(右側が頭側、左側が尾側)。左乳頭の尾側に皮膚切開をおいて左開胸し、肋骨に開胸器をかけて視野を確保している。心膜は切開され、また臓側胸膜も既に開放されて肺が露出している。右手で左肺下葉を牽引することにより、心尖部に裂傷があることが見て取れる。

脚注

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  1. ^ 重症鈍的胸部外傷による出血性ショックに対し蘇生的開胸術を施行し救命した1例 日外傷会誌 30巻 4 号(2016)
  2. ^ November 27, 2012. Resuscitative Thoracotomy. San Diego: The Division of Trauma/Surgical Critical Care/Burns is part of the Department of Surgery, UC San Diego Health System.
  3. ^ 救急室開胸 日本救急医学会・医学用語解説集
  4. ^ a b Moore 2012, p.462
  5. ^ a b Biffl, L. Walter (September 2000). “Resuscitative thoracotomy”. Operative Techniques in General Surgery 2 (3): 168–175. doi:10.1053/otgn.2000.17741. 
  6. ^ 日本版救急蘇生ガイドライン策定小委員会-わが国の新しい救急蘇生ガイドライン(骨子)- 外傷
  7. ^ Koyama T, et al. Cardiac Rupture Caused by Blunt Trauma: Pitfalls in Diagnosis and Treatment. Jpn J Thoracic Cardiovasc Surg. September 2000, Volume 48, Issue 9, pp 579-582.
  8. ^ FAST 日本救急医学会・医学用語解説集
  9. ^ Seamon MJ, Chovanes J, Fox N, et al. (September 2012). “The use of emergency department thoracotomy for traumatic cardiopulmonary arrest”. Injury 43 (9): 1355–61. doi:10.1016/j.injury.2012.04.011. PMID 22560130. http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0020-1383(12)00139-8 2014年3月10日閲覧。. 
  10. ^ Karrel R, Shaffer MA, Franaszek JB. Emergency diagnosis, resuscitation, and treatment of acute penetrating cardiac trauma. Ann Emerg Med. 1982 Sep;11(9):504-17.
  11. ^ Pevec WC, Udekwu AO, Peitzman AB. Blunt rupture of the myocardium. Ann Thorac Surg. 1989 Jul;48(1):139-42.
  12. ^ a b 龍野勝彦 他 『心臓血管外科テキスト』 p551
  13. ^ a b Hunt PA, Greaves I, Owens WA (January 2006). “Emergency thoracotomy in thoracic trauma-a review”. Injury 37 (1): 1–19. doi:10.1016/j.injury.2005.02.014. PMID 16410079. http://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/S0020-1383(05)00053-7 2014年3月10日閲覧。. 
  14. ^ Moore 2012, p. 242
  15. ^ American College of Surgeons 2008, p. 92
  16. ^ Moore 2012, p. 240
  17. ^ 心肺蘇生法の歴史 第3章-近代的蘇生法の開発
  18. ^ Brohi, Karim (6 June 2001). “Emergency Department Thoracotomy”. Trauma.org. 2014年3月10日閲覧。
  19. ^ Moore 2012, p. 236

参考文献

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  • American College of Surgeons. Committee on Trauma (2008). ATLS, Advanced Trauma Life Support for Doctors. Chicago, IL: American College of Surgeons. ISBN 9781880696316 
  • Andrew B., MD Peitzman; Andrew B. Peitzman; Michael, MD Sabom; Donald M., MD Yearly; Timothy C., MD Fabian (2002). The trauma manual. Hagerstwon, MD: Lippincott Williams & Wilkins. ISBN 0-7817-2641-7 
  • Feliciano, David V.; Mattox, Kenneth L.; Moore, Ernest J (2012). Trauma, Seventh Edition (Trauma (Moore)). McGraw-Hill Professional. ISBN 0-07-166351-7 
  • 龍野勝彦 他 (2007). 心臓血管外科テキスト. 中外医学社. ISBN 978-4-498-03910-0 

関連項目

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