織田雪巌
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織田 雪巌[注釈 1](おだ せつがん[1]、天保14年4月8日(1843年5月7日)[2] - 大正5年(1916年)5月5日[3])は、尾張国大曽根出身の僧侶。
人物
[編集]1843年(天保14年)、尾張国大曽根において生を受ける[4]。尾張藩船手組・吉田甚七郎の次男[2]。宮出町の永安寺住職であった雲菴黄竜の元で修行し、得度した[4]。近江国の慈眼院第12世、宮出町永安寺第28世、豊後国泉福寺独住第3世、尾張国曹源寺第19世、武蔵国豪徳寺第30世、相模国最乗寺独住第7世と、各地において住職を務めた[4]。また、總持寺の移転にも力を尽くしたとされる[4]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 織田雪厳(おだ せつげん)とする文献もあるが、誤記と見られる。
出典
[編集]参考文献
[編集]- 愛知県姓氏歴史人物大辞典編纂委員会 編『角川日本姓氏歴史人物大辞典23 愛知県』角川書店、1991年10月30日。ISBN 4-04-002230-0。