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羽石菴

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
羽石 菴
はねいし いおり
生年月日 1888年4月10日
出生地 栃木県芳賀郡茂木町
没年月日 (1971-04-03) 1971年4月3日(82歳没)
死没地 栃木県芳賀郡茂木町
出身校 栃木師範学校卒業
前職 小学校校長
称号 勲五等双光旭日章

当選回数 4回
在任期間 1954年9月15日[1] - 1970年6月30日[1]

(旧)茂木町長
当選回数 2回
在任期間 1947年4月5日[2] - 1954年7月31日[2]
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羽石 菴(はねいし いおり、1888年4月10日[3] - 1971年4月3日)は、日本政治家俳人栃木県芳賀郡茂木町長を務めた。

経歴

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茂木町河井に生まれる[3]1912年明治45年)、栃木師範学校を卒業[4]。物部小、茂木小校長などを経て1947年昭和22年)の(旧)茂木町長選挙で当選[4]。以後、(旧)茂木町長を2期7年4か月、新設合併後の茂木町長を4期15年10か月務めた。

昭和4年度から13年間校長を務めた物部小では、羽石の指導で週1回放課後に報徳の輪読が行われたという[5]。また、同校の校長在任中には桜町二宮神社の造営に奔走するなど報徳思想の実践に努力した[4]

なお、羽石は亜雲と号して俳人としても活動した[4]。町長在任中には勲五等双光旭日章、県文化功労章などを受章している[6]

1971年(昭和46年)4月3日午前0時40分、心不全により茂木町小井戸の自宅で死去した[3]

脚注

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  1. ^ a b 『栃木県町村会七十年史』,479頁
  2. ^ a b 『栃木県町村合併誌 第二巻』,308頁
  3. ^ a b c “羽石菴氏(前茂木町長)”. 下野新聞: p. 3. (1971年4月4日) 
  4. ^ a b c d 『栃木県歴史人物事典』,491頁
  5. ^ 『二宮町史 通史編3 近現代』,654頁
  6. ^ “六選町長 羽石さん退陣 茂木 潔白な人柄、惜しまれ”. 下野新聞: p. 3. (1970年6月30日) 

参考文献

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  • 『栃木県町村会七十年史』 栃木県町村会、1991年6月18日。
  • 『栃木県町村合併誌 第二巻』 栃木県、1955年4月。
  • 『栃木県歴史人物事典』下野新聞社 、1995年7月27日。
  • 『二宮町史 通史編3 近現代』二宮町 、2008年3月31日。
先代
佐藤武
(旧)茂木町長
第22・23代:1947年 - 1954年
次代
茂木町の発足に伴い廃止
先代
-
茂木町長
第1代:1954年 - 1970年
次代
笹島保