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萬徳寺 (稲沢市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
萬徳寺
所在地 愛知県稲沢市長野3丁目2-57
山号 長沼山
宗派 真言宗豊山派
創建年 神護景雲2年(762年
開基 慈賢
法人番号 4180005010667 ウィキデータを編集
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萬徳寺(まんとくじ、万徳寺)は、愛知県稲沢市にある真言宗豊山派寺院

概要

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山号は長沼山。本尊は阿弥陀三尊

境内面積は1200坪。4月下旬には境内の牡丹が咲き、「ぼたん寺」として知られている。

歴史

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神護景雲2年(762年)に慈賢が創建し、草堂に阿弥陀三尊を安置、称徳天皇が官寺とした。その鵜沼川の洪水で荒廃したが、承和元年(834年)に空海が再建した。天暦年中(947年957年)の火災、永祚年間(989年990年)の大嵐で再び荒廃したが、建長6年(1254年)に常円が再興し、中興開山となった。常円は梶原景時の猶子で、長母寺(現在の名古屋市)開山の一円無住、地蔵寺(現在の一宮市)中興開山の空円とは兄弟と伝え、尾張三円と称した。萬徳寺縁起には亀山天皇の保護を受け、その後多宝塔を建立し、大日如来を安置、本堂を建立、梵鐘を鋳造、八幡社を勧請して鎮守としたという。

天正20年(1592年)には駒井重勝徳永寿昌より、文禄4年(1595年)には豊臣秀吉より、ともに寺領530石の寄進を受け、尾張藩主も代々安堵した。「寛文覚書」には、元高530石で田畑三町四反十二歩とある。江戸期は醍醐寺報恩院末で尾張真言宗大本山として末寺53カ所を有したが、1969年昭和44年)の火災で本堂・宮殿を焼失した。その後、再建された。

文化財

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重要文化財

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  • 「黒漆塗蒔絵経営付金銅宝相華唐草文透彫経筒」 - 鎌倉時代
  • 「紙胎漆彩絵中籠付曲物筒」 - 鎌倉時代。
  • 「多宝塔」 - 室町時代
  • 「鎮守堂」 - 室町時代。

県指定文化財

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  • 「木造大日如来坐像」 - 鎌倉時代
  • 「紙本墨書覚禅鈔」 - 南北朝時代
  • 「絹本著色両界曼荼羅図」 - 鎌倉時代
  • 「紙本墨書秘禅鈔木箱」 - 鎌倉時代

参考文献

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  • 『愛知県の地名』平凡社、1981年、416ページ

外部リンク

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  • 萬徳寺 稲沢市(2021年10月30日閲覧)