コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

藤原洋

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ふじわら ひろし

藤原 洋
生誕 (1954-09-26) 1954年9月26日(70歳)
日本の旗 日本福岡県八幡市(現・北九州市
国籍 日本の旗 日本
出身校 京都大学理学部
職業 起業家
科学者
活動期間 1977年 - 現在
団体 ブロードバンドタワー代表取締役CEO
インターネット総合研究所代表取締役
株式会社ナノオプトニクス・エナジー取締役会長ファウンダー
株式会社ナノオプト・メディア代表取締役社長
著名な実績 著書『科学技術と企業家の精神』
著書『第4の産業革命』
著書『技術を創る~知の本流からのメッセージ~』
著書『MPEG教科書』
著書『最新MPEG教科書』
著書『実践MPEG教科書』
著書『インターネット数理科学』
影響を受けたもの トーマス・エジソン
肩書き 宇宙物理学学士
工学博士
公式サイト 藤原洋 (hiroshi.fujiwara.7186) - Facebook
藤原洋のコラム - Ameba Blog
テンプレートを表示
映像外部リンク
STOCKVOICE Official YouTube Channel
ブロードバンドタワー[3776]JASDAQ IR(2018年) - YouTube
ブロードバンドタワー[3776]JASDAQ IR(2021年) - YouTube
映像外部リンク
KigyokaTV Official YouTube Channel
熱血企業家!第九回 ブロードバンドタワー 藤原洋 社長【前編】 - YouTube
熱血企業家!第九回 ブロードバンドタワー 藤原洋 社長【後編】 - YouTube

藤原 洋 (ふじわら ひろし、1954年9月26日 - )は、日本の起業家科学者ブロードバンドタワー代表取締役CEOインターネット総合研究所代表取締役、株式会社ナノオプトニクス・エナジー取締役会長ファウンダー、株式会社ナノオプト・メディア代表取締役社長京都大学にて宇宙物理学の学士、東京大学にて工学博士を取得。MPEG技術の標準化に大きな貢献を果たした。福岡県八幡市(現・北九州市)出身。

概要

[編集]

日本IBM日立アスキー等を経て、1996年にインターネット総合研究所を設立。同社は1999年に東証マザーズの第1号上場を果たした。2000年にはブロードバンドタワーを設立、2005年に上場した。ブロードバンドタワーは、データセンター(主なクライアントとしてYahoo! JAPAN)、イーコマース事業等を手がける。同氏は合計3社の上場を果たしている。科学技術をベースとしたベンチャー起業家としての第一人者である。

経歴

[編集]

福岡県八幡市(現・北九州市)生まれ[1][2]

1977年昭和52年)3月、京都大学理学部(宇宙物理学科専攻)を卒業[1]

1977年(昭和52年)4月、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。同年12月、日立エンジニアリング株式会社に入社。日立エンジニアリングで制御用コンピュータの設計に携わった。当時のコンピュータは大きくて1台何億円もした。そこに登場したのが小さなシリコンチップの中に機能をパッケージした数万円の8ビットマイクロコンピュータ。コンピュータの世界に革命が起きたと確信した。その後、マイクロコンピュータを使ったコンピュータネットワークの制御装置「ローカルエリアネットワーク」の設計をして雑誌に取り上げられるなど有名になった。そこにアスキーの副社長であり、マイクロソフトの副社長も兼ねていた西和彦から「会いたい」と連絡をもらい、そのときに連れてきたのがパソコンの神様ビル・ゲイツだった。株式会社アスキーへの転職の誘いを受けた[3]

1985年(昭和60年)2月、株式会社アスキーに入社。パソコンの神様と言われたアスキーの創業者、西和彦の下で働き、ベンチャースピリットに触れた[1][3]

1987年(昭和62年)2月、株式会社グラフィックス・コミュニケーション・テクノロジーズに出向、取締役 研究開発本部長に就任[4]

1988年(昭和63年)9月、米国ベル通信研究所(Bellcore)訪問研究員[5]

1993年平成5年)3月、株式会社グラフィックス・コミュニケーション・ラボラトリーズ出向 常務取締役 研究開発本部長に就任。同年6月、株式会社アスキー取締役に就任[5]

1996年(平成8年)1月、東京大学より工学博士号を取得。同年12月、株式会社インターネット総合研究所を設立、代表取締役に就任(現任)[1]

2005年(平成17年)11月、株式会社ナノオプトニクス・エナジーを設立、取締役会長に就任(現任)[5]

2012年(平成24年)4月、株式会社ブロードバンドタワー 代表取締役会長兼社長CEOに就任(現任)[1]

人物

[編集]
  • 大切にしていることは「前例のないことにチャレンジする」。前例のあることに取り組むなら起業の必要はない。大企業でやればいい。藤原の友人の青色LEDの研究でノーベル物理学賞を受賞した天野浩がやってきたのは「前例のないことにチャレンジする」ことだけだった[3]
  • 尊敬する起業家はトーマス・エジソン[2]
  • 座右の銘は「知恵・愛・根性」[2]

公職活動

[編集]
  • 内閣府 国民生活審議会 総合企画部会 臨時委員[6]
  • 総務省 ユビキタスネットワーク技術の将来展望に関する調査研究会 構成員[6]
  • 総務省 インターネット基盤委員会 主査代理[6]
  • 総務省 ICT政策タスクフォース メンバー、新たな電波の活用ビジョンに関する検討チーム メンバー、日印ICT成長戦略委員会 委員、周波数オークションに関する懇談会 構成員、新事業創出戦略委員会及び研究開発戦略委員会 合同ワーキンググループ 基本戦略ボード、Beyond 5G推進戦略懇談会 構成員[6]
  • 鳥取県経済成長戦略会議委員 文部科学省 大学共同利用機関法人自然科学研究機構 経営協議会委員[6]
  • 仙台市最高デジタル責任者補佐官[6]
  • 独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学評議会 評議員[6]

学会活動

[編集]

その他の活動

[編集]

慶應義塾大学客員教授、会津大学客員教授、多摩美術大学非常勤講師、名古屋大学非常勤講師、東京大学大学院数理科学研究科客員教授、青山学院大学国際マネジメント研究科特任教授歴任[6]

現在、SBI大学院大学学長教授、慶應義塾大学環境情報学部特別招聘教授(環境エネルギー情報論)、慶應義塾大学大学院SDM研究科研究プロジェクト教授、一般財団法人インターネット協会 理事長、一般社団法人デジタル田園都市国家構想応援団代表理事。人民日報海外版日本月刊 理事長[7]

著書

[編集]
※ 国立国会図書館「藤原洋」調べ

監訳

[編集]

テレビ出演

[編集]

脚注

[編集]

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]