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衣掛山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
衣掛山
敦賀市道口の禅源寺から見た衣掛山と敦賀衣掛大橋
標高 181[1] m
所在地 日本の旗 日本
福井県敦賀市
位置
衣掛山の位置(日本内)
衣掛山
北緯35度37分10.10秒 東経136度04分29.38秒 / 北緯35.6194722度 東経136.0748278度 / 35.6194722; 136.0748278座標: 北緯35度37分10.10秒 東経136度04分29.38秒 / 北緯35.6194722度 東経136.0748278度 / 35.6194722; 136.0748278
山系 野坂山地
プロジェクト 山
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衣掛山(きぬかけやま)は、福井県敦賀市にあり、岩籠山の北尾根最北端に位置する低山である。

概要

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衣掛山の北東は、近世における交通の要衝である道口(みちのくち)であり、西近江路から、敦賀、若狭、木ノ芽峠の三方面の分岐点となっている。現在においても、衣掛山麓の笙の川沿いは、滋賀県から敦賀市街に出る要路であり、国道8号、JR北陸本線が通っている。衣掛山には、鉄道ファンにはよく知られたJR北陸本線の上り線の鳩原ループ線があり、また2014年に開通した舞鶴若狭自動車道の敦賀衣掛大橋が、北陸本線、国道8号、笙の川、送電線鉄塔をまたいで、山腹を貫いている。

登山

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登山道は、舞鶴若狭自動車道の敦賀衣掛大橋の下をくぐるルートとなっている。この道は、2003年に中郷地区の子ども会が中心となり整備した登山道である。標高181mの低山であり、30分程度で登頂できる。衣掛山から南側の尾根沿いにも山道は続いており、224.7mに四等三角点(基準点名「堂」)、さらに373.7mに三等三角点(基準点名「岩篭」)がある。さらに南進すると、岩籠山、夕暮山方面である。

伝承

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山名の由来となっている源義経の言い伝えがある。義経一行が奥州に落ちのびる際、近江から敦賀へ北上しようと三ノ口(現在の敦賀市道口)手前に差し掛かったが、すでに関所が設けられ、越えることが容易でない状況であった。そこへ三ノ口村の美尾屋十郎が出迎え、抜け道への案内を申し出た。村外れの雁山の道無き道を抜け、ようやく、川向うに美尾屋の屋敷が見えるところまでたどりついた。義経は、一息入れ、汗を拭おうと、衣を松の木に掛けた。その後、美尾屋に逗留し、出立するとき、「きぬかけし松おもおも江そのむかし 花とは若葉のみどりなりけり」と詠み、色紙に残した。また、「困ったときに開けよ」と言って、お礼に箱を手渡した。このような経緯で、雁山は衣掛山と呼ばれるようになり、当時の関所跡は関ヶ谷の地名で残った。また、箱は開けずの箱として禅源寺に伝わるという。

ギャラリー

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周辺の山

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脚注

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  1. ^ 電子国土基本図”. 国土地理院. 2016年7月23日閲覧。

参考文献

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