コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

辰馬半左衛門

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

辰馬 半左衛門[1](たつうま はんざえもん、1850年6月13日嘉永3年5月4日[2] - 没年不明)は、日本資産家[2]、酒造家[3]実業家。東辰馬酒造取締役[4][5]辰馬商会監査役[6]。族籍は兵庫県平民[2][4]

人物

[編集]

兵庫県平民・辰馬市左衛門の二男[2][4]1885年家督を相続した[2][4]清酒醸造業を営んだ[3]。住所は兵庫県武庫郡鳴尾村[2][4](現・西宮市)。

家族・親族

[編集]
辰馬家
  • 父・市左衛門(兵庫平民)[2][4]
  • 母・ふさ1839年 - ?、大阪、片岡半右衛門の二女)[4]
  • 弟・悦蔵1864年 - ?、兵庫、長尾ゆき先代よしの養子となる[2][4]、酒造業[5]
    • (大阪、越智得次郎の妻)[4]
    • (大阪、川崎佐治右衛門の妻)[4] - 娘婿に山田輝郎がいる。
    • よね(兵庫、辰馬保蔵の妻)[4]
  • 妻・あい1867年 - ?、大阪、濱田嘉治の妹)[2][4]
  • 二男・半左衛門1887年 - ?、前名・脩蔵[4]、あるいは修蔵[7][8]1922年に家督を相続[9]、東辰馬酒造取締役、本辰酒造監査役[7]、酒造業を営み、名声があり[8]、県下の多額納税者である[9]
  • 三男・容蔵1892年 - ?)[2]
  • 四男(1900年 - ?)[2]
  • 五男(1902年 - ?)[2]
  • 六男(1904年 - ?)[2]
  • 長女・1881年 - ?、兵庫、辰馬與平の妻)[4]
  • 三女・1889年 - ?、兵庫、山下孝介の妻)[4]
  • 四女・1896年 - ?)[2]
  • 五女・1898年 - ?)[2]

脚注

[編集]
  1. ^ 『大日本紳士鑑』兵庫県武庫郡328頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年3月24日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『人事興信録 第3版』た171頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月3日閲覧。
  3. ^ a b 『関西実業名鑑 明治40年』武庫郡各村(摂津国)68頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月3日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『人事興信録 第4版』た107-108頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月3日閲覧。
  5. ^ a b 『大正人名辞典』1024頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年10月29日閲覧。
  6. ^ 『日本全国諸会社役員録 明治40年』上編516頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月3日閲覧。
  7. ^ a b 『人事興信録 第5版』た135-136頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月6日閲覧。
  8. ^ a b c 『人事興信録 第7版』た146頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月3日閲覧。
  9. ^ a b 『人事興信録 第8版』タ213頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2019年7月6日閲覧。

参考文献

[編集]
  • 商業興信所編『日本全国諸会社役員録 明治40年』商業興信所、1893-1911年。
  • 妹尾久造編『大日本紳士鑑』経済会、1895年。
  • 橋本治策編『関西実業名鑑 明治40年』関西実業名鑑編纂所、1908年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第3版』人事興信所、1903-1911年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第4版』人事興信所、1915年。
  • 東洋新報社編『大正人名辞典』東洋新報社、1917年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第5版』人事興信所、1918年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第7版』人事興信所、1925年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第8版』人事興信所、1928年。