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門脇才蔵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

門脇 才蔵[1](かどわき さいぞう、1871年4月6日明治4年2月17日[2] - 没年不明)は、日本の実業家地主[3][注 1]鳥取県多額納税[5][6][7]。旧姓・河本

経歴

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河本伝九郎の二男[5][7]。先代元右衛門の養子となり、1921年家督を相続する[5][7]農業を営む[3][5][7]。また所子信用組合理事[1]、博愛病院監査役、米子銀行取締役[3]などをつとめる[5][7]

人物

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門脇才蔵について、『商工資産信用録 第26回』には「職業・雑、調査年月・1925年7月、正身身代・J、信用程度・A」とある[8]

『商工資産信用録 第34回 鳥取県ほか』には「職業・銀行重役、調査年月・1933年1月、正味身代・K、信用程度・A」とある[9]

米子銀行の大株主である[10]貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有する[2]。住所は鳥取県西伯郡所子村[5][7](現大山町)。

家族・親族

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門脇家
親戚
  • 大村貞蔵(農業、島根県多額納税者、松江銀行常務取締役)

脚注

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注釈

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  1. ^ 『西伯之資力 大正11年10月調』によると、門脇才蔵の地価所有高は3万8778円10銭である[4]

出典

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  1. ^ a b 『大日本紳士名鑑』鳥取県24頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年9月1日閲覧。
  2. ^ a b 『全国貴族院多額納税者議員互選人名総覧』鳥取県97頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年10月8日閲覧。
  3. ^ a b c 『大日本長者名鑑』中国9頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2023年9月30日閲覧。
  4. ^ 『西伯之資力 大正11年10月調』116頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年9月1日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 『人事興信録 第9版』カ85頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年10月8日閲覧。
  6. ^ 『日本紳士録 第37版附録 多額納税者名簿』58頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年10月8日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『人事興信録 第12版 上』カ119頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年10月8日閲覧。
  8. ^ 『商工資産信用録 第26回』鳥取県4頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年5月14日閲覧。
  9. ^ 『商工資産信用録 第34回 鳥取県ほか』鳥取県7頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年5月14日閲覧。
  10. ^ 『銀行会社要録 附・役員録 第27版』鳥取県1頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年9月1日閲覧。
  11. ^ a b c d 『人事興信録 第14版 上』カ100頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2020年10月8日閲覧。

参考文献

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  • 竹内伊四郎編『大日本紳士名鑑』明治出版社、1916年。
  • 商業興信所編『商工資産信用録 第26回』商業興信所、1921 - 1926年。
  • 西伯の資力調査会編『西伯之資力 大正11年10月調』西伯資力調査部、1922年。
  • 東京興信所編『銀行会社要録 附・役員録 第27版』東京興信所、1923年。
  • 『大日本長者名鑑』貞文舍、1927年。
  • 『全国貴族院多額納税者議員互選人名総覧』銀行信託通信社出版部、1932年。
  • 『商工資産信用録 第34回 鳥取県ほか』商業興信所、1933年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第37版附録 多額納税者名簿』交詢社、1933年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第9版』人事興信所、1931年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1940年。
  • 人事興信所編『人事興信録 第14版 上』人事興信所、1943年。