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阿由葉鎗三郎

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阿由葉鎗三郎

阿由葉 鎗三郎(あゆば そうざぶろう、1865年2月5日慶応元年1月10日[1] - 1921年大正10年)7月29日[2])は、明治から大正時代の政治家実業家衆議院議員(2期)。

経歴

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下山信之[注 1]の長男として下野国[注 2](現栃木県)に生まれる[1]。1887年(明治20年)頃、足利郡利保村(北郷村を経て現足利市利保町)の父の弟で先代阿由葉吟次郎の養子となり[3]1907年(明治40年)4月、家督を相続する[1]。農業を営む傍ら、北郷村長、同村会議員、栃木県会議員、県農会評議員を歴任する[2]。実業家としては足利倉庫、日本国債各社長、下野新聞足利銀行各監査役、四十銀行、足利撚糸各取締役、館林貯蓄銀行監査役などを歴任した[2]

1912年(明治45年)5月の第11回衆議院議員総選挙では栃木県郡部から出馬し当選[2]。つづく1915年(大正4年)3月の第12回衆議院議員総選挙においても当選し衆議院議員を2期務めた[2]中正会に所属した[2]

親族

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脚注

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注釈

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  1. ^ 北辰一刀流千葉道場免許皆伝、旗本富田帯刀家武術掛。『栃木県歴史人物事典』35頁。
  2. ^ 『栃木県歴史人物事典』35頁では、江戸の富田帯刀邸で出生と推測している。

出典

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  1. ^ a b c d e 人事興信所 1915, あ8頁.
  2. ^ a b c d e f 衆議院、参議院 編 1962, 5頁.
  3. ^ 『栃木県歴史人物事典』35頁。

参考文献

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