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高ノ花武也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

高ノ花 武也(たかのはな たけや、1902年12月7日 - 1960年5月25日[1])は、現在の新潟県上越市出身で出羽海部屋に所属した力士。本名は倉田 武也(旧姓藤田)。183cm、120kg。最高位は西前頭8枚目(ただし、春秋園事件に加担した為に番付が削除され、番付上の最高位は東前頭14枚目)

経歴

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1921年5月場所に「高田川」の四股名で初土俵を踏む。着実に番付を上げていき、1929年1月場所で十両昇進。1931年5月新入幕、恵まれた体格で常陸山に後継者として期待されるが、その後春秋園事件に加担したことで大成できず、1933年1月に幕内格別席で復帰した場所を全休し、そのまま廃業した。廃業後は新宿で相撲料理店「つたや」を経営した。

主な成績

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  • 通算成績:126勝102敗21休3預 勝率.553
  • 幕内成績:13勝9敗11休 勝率.591
  • 現役在位:32場所
  • 幕内在位:3場所
  • 各段優勝
  • 十両優勝:1回(1931年1月場所)

場所別成績

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高ノ花 武也
春場所 三月場所 夏場所 秋場所
1921年
(大正10年)
x x (前相撲) x
1922年
(大正11年)
東序ノ口18枚目
3–1
(1預)
 
x 東序二段26枚目
3–2 
x
1923年
(大正12年)
東序二段3枚目
5–5 
x 東三段目42枚目
3–3 
x
1924年
(大正13年)
東三段目36枚目
3–2 
x 西三段目18枚目
3–3 
x
1925年
(大正14年)
東三段目16枚目
3–3 
x 西三段目11枚目
2–2
(2預)
 
x
1926年
(大正15年)
西幕下33枚目
5–1 
x 西幕下13枚目
3–3 
x
1927年
(昭和2年)
西幕下15枚目
3–3 
西幕下15枚目
1–5 
西幕下15枚目
2–2–2 
西幕下25枚目
4–2 
1928年
(昭和3年)
東幕下11枚目
3–3 
西幕下6枚目
4–2 
東幕下12枚目
4–2 
東幕下12枚目
4–2 
1929年
(昭和4年)
東十両11枚目
4–4–3 
東十両11枚目
6–5 
西十両4枚目
3–7–1 
西十両4枚目
4–7 
1930年
(昭和5年)
西十両9枚目
5–2–4 
西十両9枚目
5–6 
東十両7枚目
7–4 
東十両7枚目
6–5 
1931年
(昭和6年)
西十両2枚目
優勝
8–3
西十両2枚目
7–4 
東前頭14枚目
7–4 
東前頭14枚目
6–5 
1932年
(昭和7年)
西前頭8枚目

脱退
 
x x x
1933年
(昭和8年)
前頭
引退
0–0–11
x x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名

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  • 高田川(たかだがわ)1921年1月場所 - 1926年5月場所
  • 高ノ花 武也(たかのはな たけや)1926年5月場所 - 1933年1月場所[2]

脚注

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  1. ^ 相撲人名鑑(高ノ花武也)
  2. ^ 大相撲力士名鑑平成13年版、水野尚文、京須利敏、共同通信社、2000年、ISBN 978-4764104709

関連項目

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