1933年の相撲
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1933年の相撲(1933ねんのすもう)は、1933年の相撲関係のできごとについて述べる。
できごと
[編集]- 1月、新横綱・玉錦が誕生。
本場所
[編集]誕生
[編集]- 1月24日 - 若杉山豊一(最高位:前頭筆頭、所属:時津風部屋、+ 1999年【平成11年】)[2]
- 2月10日 - 大矢崎武男(最高位:十両7枚目、所属:荒磯部屋→伊勢ヶ濱部屋)
- 2月20日 - 公地次男(最高位:十両3枚目、所属:伊勢ヶ濱部屋→荒磯部屋→伊勢ヶ濱部屋)
- 8月8日 - 大海竹郎(最高位:十両10枚目、所属:花籠部屋)
- 8月29日 - 栃光正之(最高位:大関、所属:春日野部屋、+ 1977年【昭和52年】)[3]
- 9月9日 - 緑岩三郎(最高位:十両18枚目、所属:立浪部屋)
死去
[編集]- 1月8日 - 柏山吾郎(最高位:前頭7枚目、所属:伊勢ノ海部屋、年寄:山科、* 1879年【明治12年】)[4]
- 1月16日 - 千葉ヶ嵜俊治(最高位:大関、所属:二十山部屋、年寄:玉ノ井、* 1893年【明治26年】)[5]
- 2月16日 - 對馬洋弥吉(最高位:大関、所属:出羽ノ海部屋、* 1887年【明治20年】)[6]
- 2月16日 - 綾川五郎次(最高位:関脇、所属:高砂部屋→入間川部屋、年寄:千賀ノ浦、* 1883年【明治16年】)[7]
- 5月15日 - 大蛇潟粂藏(最高位:関脇、所属:錦嶋部屋、年寄:錦嶋、* 1891年【明治24年】)[8]
- 7月28日 - 3代西ノ海嘉治郎(第30代横綱、所属:井筒部屋、年寄:浅香山、* 1890年【明治23年】)[9]
- 9月30日 - 沖ツ海福雄(最高位:関脇(現役没)、所属:若藤部屋、* 1910年【明治43年】)[10]
- 12月10日 - 四海波太郎(最高位:小結、所属:出羽ノ海部屋、* 1883年【明治16年】)[11]
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 313頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 151頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 139頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 15頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 40頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 32頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 33頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 22頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 37頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 71頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 27頁