鬼ヶ島 (アルバム)
『鬼ヶ島』 | |||||
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平山みき の スタジオ・アルバム | |||||
リリース | |||||
録音 | 1982年 | ||||
ジャンル | ロック・歌謡曲 | ||||
レーベル | Invitation/VIH-28086(LP) | ||||
プロデュース | 近田春夫 | ||||
平山みき アルバム 年表 | |||||
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ビブラトーンズ 年表 | |||||
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近田春夫 年表 | |||||
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『鬼ヶ島』(おにがしま)は、1982年(昭和57年)6月21日にビクター音楽産業(現:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)/Invitationから発売された平山みきの通算5作目のオリジナル・アルバムであり、近田春夫のプロデュース作品、ビブラトーンズの楽曲提供・編曲・演奏全面参加によるスタジオ・アルバム。
背景・概要
[編集]1981年(昭和56年)秋の「タレント廃業、ミュージシャン専念」宣言以来、近田春夫&ビブラトーンズ結成、アルバム『ミッドナイト・ピアニスト』(同年)を発表後の近田春夫が、翌1982年「筒美京平の秘蔵っ子」[1]平山のアルバム・プロデュースを行った。
全作品の作詞を近田、全作品の編曲をビブラトーンズのギタリスト・窪田晴男、作曲は近田が4曲のほか、ビブラトーンズのパーカッショニスト・福岡ユタカが4曲、ギタリストの岡田陽助が2曲を担当。全楽曲の演奏はビブラトーンズが行った。
1979年(昭和54年)12月21日に発売された平山の前アルバム『魅嬉環劉嬲』は、全曲が1971年(昭和46年)の大ヒット曲『真夏の出来事』の橋本淳・筒美京平コンビによるものであっただけに、近田は「どのような方法をとっても比較されるし、同じ方法論をとっても比較される上に、平山に合う方法を発見する必要があった、それがテーマだった」という旨を、後のCD再発売の際のライナーノーツで当時を振り返っている[1]。
近田春夫&ビブラトーンズ結成前、ビブラトーンズの前身・人種熱と近田とのアルバム『「悪魔と姫ぎみ」オリジナル・サウンド・トラック』(1981年)制作時に、「人種熱+近田春夫」のボーカルに青木美冴を迎えたように、ビブラトーンズに平山みきを迎えたような構えで本作は制作された。当時ビブラトーンズは日本コロムビアと契約していたため、クレジットは一部仮名。本作発売を前後して窪田はビブラトーンズを脱退、サエキけんぞうらとパール兄弟を結成した[2]。
本作は、1991年(平成3年)6月21日、1995年(平成7年)3月24日(いずれもビクターエンタテインメント、2009年4月現在廃盤)、2008年(平成20年)3月3日(ブリッジ)の3度にわたりCD再発売された[3]。
クレジット
[編集]- プロデューサー Haruo Chikada (近田春夫)
- 参加メンバー VIBRA-TONES (ビブラトーンズ)
- Yutaka Mogi (茂木由多加、コンピュータプログラミング)
- Joe String (JOE STRINGS、ストリングス)
- Junior Sky Mates (コーラス)
収録曲
[編集]全作詞:近田春夫 全編曲:窪田晴男
Side A
[編集]Side B
[編集]- よくあるはなし
- 作曲:福岡ユタカ
- おしゃべりルージュ
- 作曲:近田春夫
- 電子レンジ
- 作曲:岡田陽助
- 雨ふりはハートエイク
- 作曲:近田春夫
- 鬼ヶ島
- 作曲:近田春夫
関連事項
[編集]脚注
[編集]出典
[編集]- ^ a b “平山みき「鬼ヶ島」(BRIDGE079) - BRIDGE INC. ONLINE STORE”. 平山みき「鬼ヶ島」(BRIDGE079) - BRIDGE INC. ONLINE STORE. 2023年2月1日閲覧。
- ^ 石川誠壱のウェブサイト「近田春夫と私」の記述を参照。
- ^ #外部リンク内のYahoo! ミュージック「鬼ヶ島」リンク先の記述を参照。
外部リンク
[編集]- 平山みき「鬼ヶ島」(BRIDGE079) - 2008年盤発売元BRIDGE INC.公式サイト内
- 鬼ヶ島 - Yahoo! ミュージック(ウェイバックマシン) - 1991年6月21日発売 (廃盤)
- 鬼ヶ島 - Yahoo! ミュージック(ウェイバックマシン) - 1995年3月24日発売 (廃盤)
- 鬼ヶ島 - Yahoo! ミュージック(ウェイバックマシン) - 2008年3月3日発売