鷹司房熙
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時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 宝永7年8月13日(1710年9月6日) |
死没 | 享保15年4月24日(1730年6月9日) |
別名 | 号:清浄林院 |
官位 | 従二位、内大臣 |
主君 | 中御門天皇 |
氏族 | 近衛家→鷹司家 |
父母 |
父:近衛家熙、母:町尻兼量の娘 養父:鷹司兼熙 |
兄弟 |
徳君、家久、政姫、尚子、安己君、房熙、宝演、寛深、尚輔、房子 養兄弟:基子、西園寺公晃 |
子 | 養子:尚輔、基輝 |
鷹司 房煕(たかつかさ ふさひろ)は、江戸時代中期の公卿。官位は従二位・内大臣。鷹司家18代当主。
概要
[編集]近衛家の22代目当主である近衛家熙の二男として生まれ、鷹司家の18代目当主となった。従二位となり、内大臣などを歴任した。
経歴
[編集]鷹司兼熙の養子となり、内大臣(1728年 - 1730年)を歴任した。享保15年(1730年)、薨去。
家族・親族
[編集]系譜
[編集]鷹司家
[編集]鷹司家は、近衞家実の子である鷹司兼平を始祖とし、五摂家の一つであった。
→詳細は「鷹司家」を参照
近衞家
[編集]近衞家は、藤原忠通の子である近衞基実を始祖とし、五摂家の一つであった。
→詳細は「近衛家」を参照
皇室との関係
[編集]後陽成天皇の男系五世子孫である。後陽成天皇の第四皇子で近衛家を継いだ近衛信尋の男系後裔。
詳細は皇別摂家#系図も参照のこと。