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麻田信二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

麻田 信二(あさだ しんじ、1947年12月23日[1] - )は、日本の学校経営者、学校法人酪農学園理事長[2]北海道副知事などを歴任した元地方官僚[2]

経歴

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北海道網走市出身[1]北海道網走南ヶ丘高等学校北海道大学農学部農芸化学科卒業[1]。上京して製薬会社に勤務した後[3]1974年に北海道庁に入庁[1]。酪農畜産課長、農政課長を経て、1999年に農政部次長、2002年に農政部長となり、2004年から2006年まで副知事を務めた[2][3]。副知事退任後は、長沼町で果樹園経営にあたる[3][4]

生活協同組合関係の役職も長く務めており、北海道生活協同組合連合会会長、2008年生活協同組合コープさっぽろ理事常任議長、後に同会長(2018年離任)などを歴任している[1]。2019年秋の叙勲で瑞宝中綬章を受章[5]

酪農学園理事長として

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2007年7月、麻田は、酪農学園大学とわの森三愛高等学校を経営する学校法人酪農学園理事長に就任した[3][6]。麻田理事長の下、酪農学園大学は、3学部8学科から2学群5学類の体制へ大幅な組織再編を行い、酪農学園大学短期大学部は募集停止となった[6]。当初予定された、「北海道三愛大学」への改称は、教授会や同窓生などからの反対で先送りされたが[7]、麻田理事長は引き続き改称を追求することを表明している[6]

2015年7月14日、酪農学園理事会は、酪農学園大学の干場信司学長を解任し、麻田理事長が職務代理者に就いた[8]。その後、2015年8月に、竹花一成を新学長に選出した[9]

2016年7月1日、麻田は理事長を退任し、後任には元学長の谷山弘行が就任した[10]

脚注

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  1. ^ a b c d e 食と観光で北海道経済の新局面を切り拓く(前編)”. 自治タイムス社. 2015年8月28日閲覧。 - 初出は、『建設グラフ』2004年8月号
  2. ^ a b c 食と農の応援団 麻田 信二”. 農山漁村文化協会. 2015年8月28日閲覧。
  3. ^ a b c d 地域活性化伝道師プロフィール 麻田 信二” (PDF). 首相官邸. 2015年8月28日閲覧。
  4. ^ 2010年の時点では、0.5ヘクタールほどの農園で1500本のブルーベリーを育てている。:元副知事麻田信二さんは1500坪の農園主”. リアルエコノミー (2010年7月5日). 2015年8月28日閲覧。
  5. ^ 『官報』号外第151号、令和元年11月5日
  6. ^ a b c 「大学校名の変更は諦めない」麻田信二・酪農学園理事長の危機感”. リアルエコノミー (2010年12月14日). 2015年8月28日閲覧。
  7. ^ 滝川康治「”農業と食" 北の大地から 連載第86回 「校名変更問題」で揺れる酪農学園大学」『北方ジャーナル』3月、2010年、112-117頁。  - 記事執筆者=滝川康治のサイト内で公開されているPDF
  8. ^ “酪農学園大学長、解任 本人は不服表明 理事会”. 朝日新聞・朝刊・北海道総合: p. 28. (2015年7月15日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
  9. ^ 酪農学園大学 新学長の就任について”. 酪農学園大学 (2015年8月26日). 2019年9月1日閲覧。
  10. ^ “酪農学園理事長に谷山氏”. 朝日新聞・朝刊・北海道: p. 26. (2016年7月16日)  - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧
先代
平尾和義
学校法人酪農学園理事長
第8代: 2007年 ‐ 2016年
次代
谷山弘行