Wikipedia‐ノート:ウィキペディア・アジア月間/2016/Participants
表示
2015年のノートはこちらです→ Wikipedia‐ノート:ウィキペディア・アジア月間/2015/Participants
出典基準について
[編集]ここでご相談してみてもいいものかどうか分かりませんが、User:の2の2さんの記事についてはまだ判定をしておりません。 これは、『十六国春秋』『資治通鑑』『晋書』などが出典となっているものの、WP:RS#情報源における一次資料にあたるのではないか、という懸念からです。 こういうのってどこで聞けばいいんでしょうかね。Portal:中国とか? でもあまり活発ではなさそうだし。--Takot(会話)
- 少しご質問からずれる回答かもしれませんが、もう少し審査は甘くてもいいと思います。提出された新記事をたまたま発見した「読む専門」のユーザーが疑問を抱いて「要出典」を貼らない程度の記事ならなんでもいいと思います。
- 既に100以上報告されている記事を3人の世話人で審査するのは負担が多すぎること
- このイベントが記事の質の向上ではなく数を増やすことを目的としているように思われること
- が理由です。審査を通ったはずの記事がイベントが終わってしばらくしてから要出典を貼られまくるなんていうこともあるかもしれませんがご愛嬌でしょう。そして世話人としてのおつとめいつもご苦労さまです。感謝しています。--Akiyama(tentative)(会話) 2016年11月21日 (月) 22:36 (UTC)
- バリバリの一次情報でしょうね。しかも、怪しい説話小説から引用していたり錯誤が多かったりすることで有名な『晋書』…。お悩みはまったくもって正当、正常なことだと思いますが、記事数を巡ってシビアな争いをしているわけでもないし、競争はゆるいので、ポストカード送るぐらいならいいのでは?わたくしも世話人を引き受けてくださる方々には、ほんとうに感謝しています。--ねをなふみそね(会話) 2016年11月22日 (火) 00:04 (UTC)
- ご懸念尤もです。本題ですが、同時代に作られたもの(例えば朝廷の記録等)は一次資料、それを基に後代に編纂されたものは二次資料です。(参考までに)晋代のことについて書かれた『十六国春秋』は北朝、『晋書』は唐代、『資治通鑑』は宋代で、いずれも後代に編纂されたものなので二次資料です。歴史的に信頼されているという意味でもWP:RS#情報源を満たしているのではないでしょうか。「プロジェクト‐ノート:歴史#中国史の人物記事の現状に関して」でも史書の記述を参考にした記事は容認する方向が総意のようです。世話人様には感謝しております。私としても良い機会だと思って投稿しただけなので、あまり悩みませんように。--の2の2(会話) 2016年11月23日 (水) 03:31 (UTC)
- 「古典的な漢籍=一次史料」という思い込みがありました。申し訳ありません。上の「一次情報でしょうね」というコメントは撤回します。『旧唐書』を出典に用いている「朱泚」などを見ると英語版も中文版も『旧唐書』列伝150巻を出典としていますね。--ねをなふみそね(会話) 2016年11月23日 (水) 14:40 (UTC)
- みなさま、コメントありがとうございます。私としても、基準に満たないものを落とすことそのものに目的があるのではないことを思い返しました。「アジアではない」とか「日本の記事である」というような明確な基準ならともかく、出典の性質などについてはちょっとこだわりすぎていた感がありました。その辺りあまり厳密になりすぎずに、柔軟に対応していこうと思います。記事を書いていただいている参加者の皆様には、本当に頭が上がりません。キャンペーン期間は残り少なくなりましたが、引き続きよろしくお願いいたします。--Takot(会話) 2016年11月23日 (水) 15:09 (UTC)
中退します
[編集]誠に申し訳有りませんが、今年は日本語版のアジア月間を諦めることにしました。1日から頑張ったら中国やインドに関する記事を作ることはできたかもしれませんが、専門外だし、日本語が母語じゃないので、今からだと多くとも1つしか作れないと思います。英語版での(専門外の)中国関係の記事や(あまり達者ではない言語の)フランス語版での日本関係の記事を作るのは十分な苦労だったので、非母語なる日本語で日本文学以外の記事を作るのは30日までには無理です。来年はぜひもっと頑張りたいと思います。来月から来年10月までの間は日本文学の記事を作りながら日本語版ウィキペディアの使い方に慣れていこうと思いますので、よろしくお願いします。 Hijiri88(会話) 2016年11月28日 (月) 04:31 (UTC)