Wikipedia‐ノート:投稿ブロック依頼/倫敦橋
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審議と関係ない意見表明を含め、それに関連するコメントともに本文から移動した。
- (コメント)理由がわかりやすいように差分のリンクを追加してもらえないでしょうか?(例えばこのような感じで。)たね 2006年9月13日 (水) 18:46 (UTC)
- (たねさんへ)ノート:不作為義務#続・改名についての要約 全体を、差分のリンクを付け加えて書き換えました。検討よろしくお願いします。-Kuijken 2006年9月17日 (日) 13:43 (UTC)
- (保留)緊急を要するほど記事を編集合戦したわけではないので保留にしておきます。当事者二名での意見のぶつけ間と時には真っ向から対立する場合があります。もう少し意見を書いてコメント依頼に提示後第三者にコメントを付けてもらうのが今回はよさそうです。もちろん議論中に本文を強行的に書き換えるのならば議論のしようもありませんが。たね 2006年9月18日 (月) 12:49 (UTC)
- (コメント)たねさん、時間を割いてコメント下さったことに感謝いたします。しかし、ここは、ウィキペディアのブロック方針に従ってブロックするか否かを判断する場であり、第三者の裁量的判断を募集する場ではないはずです。倫敦橋氏は、すでに「根拠に欠け、かつ悪質と見なしてよい」(※)本文の書き換えを行いましたし(ノート:不作為義務#C 倫敦橋氏による項目移動について)、ほかにも不適切な言動を、多数行っています。「編集合戦」に至っていなかったり、当事者が二名だったりすると、なぜ、中傷や編集妨害があっても一方当事者が甘受すべきことになるのでしょうか。また、一方は中傷や編集妨害を連ねているだけ、もう一方は根拠を示して意見を述べ、中傷や編集妨害の不当性を指摘している状態を指して「真っ向から対立」と言うのは、あまりにも理不尽な判断ではないですか。
- また、「付けてもらうのが」「よさそう」なコメントをする第三者とは、どういう第三者を指しているのでしょうか。このブロック依頼に賛同する『第三者』は、コメント依頼に対応する以前に、そもそもこの場で賛同意見を書くはずですし、むしろ、Kuijkenは、すでに要約を行って(「もう少し意見を書いて」)依頼をしているのに、なぜ意見をさらに追加するのか、疑問に思うでしょう。コメント依頼という制度に対応する類の意見の追加をすることで、ブロック依頼が妥当か否かの結論が変わるわけではないからです。しかし、たねさんは、ブロック依頼が出されているのに、なぜか、コメント依頼に依頼しなおすよう誘導しています。すなわち、『第三者』のコメントが、ブロック依頼の支持になりようがない形にするのがよさそうだ、と述べていることになります。結局、たねさんのいう【第三者】は、1 倫敦橋氏による中傷・悪質な編集行為を支持する【第三者】か、2 経緯を無視した無責任なコメントをする【第三者】に限定されます。『第三者』によるブロック賛成の余地自体を否定し、【第三者】のコメントがつくように誘導する対処のどのあたりが「よさそう」なのか、全く不可解です。
- たねさんのコメントは、投稿ブロック依頼と関係のない論点を持ち出すことで、依頼文に対する予断を抱かせる内容になっていますから、私のこのコメント以降の反応や、そこに示される意図次第では、編集行為に付随する投稿ブロック依頼を妨害する行為にあたりうると考えます。コメントを下さるならば、公式の方針に従って、依頼に示された事実を(図式的にでなく)実質的に踏まえて判断していただきたいです。よろしくお願いいたします。(※…「強行的に」は恣意的な解釈の余地が大きいので適当でないと思います)-Kuijken 2006年9月19日 (火) 10:19 (UTC)
- (反対)ブロックに値する投稿記録が現段階では見当たらない。--M3HR 2006年9月24日 (日) 07:09 (UTC)
- (M3HRさんへ)どう見ても見当たるんですが…。単に「見当たらない」ではなく、どう見当たらないのかきちんと書いてもらえないでしょうか。それから、繰り返しますが、裁量的判断(「…に値する」)でブロックするかどうか決められるのであれば、方針がないのと実質的に同じなのですが。-Kuijken 2006年9月24日 (日) 10:19 (UTC)
- (補足)いまのところ草案ですが、Wikipedia:追放の方針という文書があります。こちらには、以下のような行為が追放の対象となる旨書かれてあります;「個人攻撃あるいは無礼なふるまい」「嫌がらせ」「NPOVや検証可能性のような、ウィキペディアの内容の方針に対する重大な違反をしつこく繰り返すこと」「ウィキペディアの基本方針とガイドラインへ従う気がない、あるいは従うことができないことを示すふるまい」・・・倫敦橋氏の言動が、「部分的な追放」の対象となるものであることは明らかです(もっとも、ブロック方針を無視したほうが「よさそう」であるとか、依頼にあたって示された事実を「見当たらない」と完全無視するような人々によって検討されるなら、どんな方針があっても無駄なことですが)。追放の方針(草案)は、現在の投稿ブロック依頼の方針(誹謗中傷、議論の拒否や妨害)より、ごまかしのききにくい、具体性のある文言であり、今回のケースの不当性にストレートに対応した表現になっていると思われたので、紹介させていただきました。-Kuijken 2006年9月24日 (日) 11:35 (UTC)
- (コメント)意に染まぬ意見だからといって、投票者を軽侮するようなことは書くべきでありません。--新芽 2006年9月24日 (日) 22:22 (UTC)
- (新芽さんへ 1) ブロック依頼の場で裁量的判断を一方的に述べ、ブロック方針を無視したほうが「よさそう」としたり、依頼にあたって示された事実を「見当たらない」と完全無視したりするコメントがついたのは事実です。そのようなやり方が横行すれば、投稿ブロックや追放という制度を設けても、方針に示された建前から見て無駄であることも確かです。以上の指摘が「((反対)投稿ブロック事由に該当しません。--新芽 2006年9月24日 (日) 22:22 (UTC)」とだけ書くことに問題を感じないような人によって「軽侮」とみなされたとしても、それは軽侮とみなす人の考えが間違っているだけです。いかにももっともらしい言い回しで印象付けを行うことで、実際に述べられた内容とそれへの批判の全体を無視したり、読者を誘導しようとしたりすることはやめてください。批判の実質を「意に染まぬ」とを新芽さんの側から一方的に矮小化した上で、「投票者を軽侮するようなことは書く」と、人格的評価に結びつきうる発言を行うことは、中傷そのものです。また、ある程度の長さを持つ文章に対して、断言調の一文を書き付けると、なんとなく重そうでかっこよくて説得力が生じると勘違いしてらっしゃるようですが、その実質は、新芽さんのコメントに誘導された人々のコメントの「数」によって立場を合理化できるという期待に過ぎず、そのような期待のみを頼った主張を行うことは、正しくありません。-Kuijken 2006年9月25日 (月) 11:16 (UTC)
- (コメント)意に染まぬ意見だからといって、投票者を軽侮するようなことは書くべきでありません。--新芽 2006年9月24日 (日) 22:22 (UTC)
- (反対)投稿ブロック事由に該当しません。--新芽 2006年9月24日 (日) 22:22 (UTC)
- (新芽さんへ 2) 繰り返しますが、「見当たらない」「該当しません」ではなく、どう見当たらないのか、どう該当しないのか、きちんと書いてください。意に染まぬ意見だからといって、全く理由を述べずに否定してかかるのはやめてください。-Kuijken 2006年9月25日 (月) 11:16 (UTC)
- (コメント)理由は、依頼文に挙げられた倫敦橋さんの行為が、Wikipedia:投稿ブロックの方針#投稿ブロックの対象となる行為に示された「複数ユーザーからの中止要請に応じない場合」という条件に、明らかに当たらないからです。なお、新芽は、倫敦橋さんの投稿は「他者を誹謗中傷する内容」にも当たらないと考えています。むしろ、この場におけるKuijkenさんの投稿(「投票者のコメントを貶す」「ブロック依頼することをほのめかして異論者の投稿を妨害する」「短時間に何度も投稿する」など。)の方こそ、問題点が多いのではないかと感じられます。--新芽 2006年9月27日 (水) 19:53 (UTC)
- (反対)ここは議論の場ではありませんし、コメント依頼も提出されていません。「要約」というのが長すぎて要約の用を成していない上に、依頼文もまとまりを欠き、さらに補足名目で・・・ ここは主張の場ではないことも申し添え、苦言を呈しておきます。--PeachLover PeachLover 2006年9月25日 (月) 00:29 (UTC)
- (PeachLoverさんへ 1) 「ここは議論の場ではありません」とのことですが、Wikipedia:投稿ブロックの方針 には「投稿ブロック依頼が行われた場合、上記の条件に当てはまるユーザーはWikipedia:投稿ブロック依頼の書式に従い投稿ブロックの可否についてコメントを述べて議論に参加することができます。」とあるのですが。措置を決める場である以上、主張の機会・議論の場が、依頼者・被依頼者・第三者それぞれに保障されるのは当然です。依頼に反対する結論だけ並べる人が、依頼の理由を述べる人に対して 「あなたは依頼の理由を述べて主張を構成し、依頼に関して議論を行おうとしているから、依頼として不当だ」 と述べるのは、明らかに支離滅裂です。つまるところ、PeachLover さんは、倫敦橋氏と同種の言動を正当化する人なのでしょう。そのような PeachLover さんにとっては、Kuijken の依頼は、「苦言を呈しておき」たい「(依頼にかこつけた)主張」であり、投稿ブロック依頼は、そのような「主張」を展開する場ではない、となるわけです。しかし、投稿ブロックの方針には、誹謗中傷・議論の拒否や妨害は投稿ブロック対象になると書いてありますので、それに言及して依頼をし、依頼を根拠付けるために、方針の内実をはっきりさせる主張を行うことは、何らおかしなことではありません。
- また、コメント依頼は、倫敦橋氏が私の要約に対して出しています。ノート:不作為義務#倫敦橋氏によるコメント依頼についてで、依頼に関する Kuijken の立場も明示しています。これらの点は、すでにこの依頼で指摘しています。基本的な事実関係を露骨に無視するコメントをつけないでください。(そもそも、誹謗中傷・議論の拒否や妨害がすでに継続的になされていることが明白であるのに、形式的に第三者のコメントを求めるよう、あえて主張するのは不合理であるともいえます。)
- それから、「「要約」というのが長すぎて要約の用を成していない」は、PeachLover さん個人が、「要約」という概念に対して抱く予断を理由に、『要約』 を無視したことを示すに過ぎません。投稿ブロック依頼のための『要約』を正しく行うためには、元の議論からの引用をかなりの程度行わなければなりません。今回の『要約』が長いのは、むしろ引用をきちんと行い、公平さを期したためです。そもそも、『要約』 のBや、当依頼に記された例に少し目を通すだけでも、倫敦橋氏の言動が投稿ブロック対象になることは認められるはずなのに、それを無視する理由も不明です。『要約』が長くなり、例が増えたのは、倫敦橋氏の不当な言動が蓄積されたからです。なぜ、蓄積されればされるほど、「まとまりを欠」くと称して、倫敦橋氏に有利な判断が基礎付けられることになるのでしょうか。
- 「依頼文もまとまりを欠き」とありますが、今回の依頼文の冒頭には概要があります;「倫敦橋氏は、ノート:不作為義務他において、極めて不誠実な編集態度をとっています。」(…)「今回の場合、厳しい措置をとる不都合はかなり少ないと考えられます。」 続く記述は、「…言動の例です。」と断っています。概要はどう見てもまとまっていますし、例に「まとまり」を要求するのは理不尽です(例をまとめたら、例になりません)。結局のところ「まとまりを欠き」は、前述の「要約」と同様、PeachLover さんご自身が希望する結論を導くためにこじつけられた口実にすぎません。それに、他人の文章のまとまりの無さを指摘するのでしたら、「ここは議論の場ではありません」~「ここは主張の場ではないことも申し添え」と、たったの2文の中で、結論だけを2回繰り返すような文章を書くのをやめてからにしていただきたいです。
- 加えて、「補足名目で・・・ ここは主張の場ではないことも申し添え、苦言を呈しておきます」とありますが、「補足名目で・・・」・・・なんなのでしょうか。思わせぶりな書き方で発言の正当性を演出しないでください。そういう表現法は、倫敦橋氏の言動の問題点の一つとして、すでに指摘してもいます。また、私は公式の方針として採用される見込みの文書から、投稿ブロックの検討にあたって参考になるところを紹介しただけです。これは依頼に関係する主張(議論)ですから、否定する理由はありません。-Kuijken 2006年9月25日 (月) 11:16 (UTC)
- (コメント)あなたの手法で解決できるなら、自分の道を進みください。ここは、「審議」の場です。審議として行われる議論というものはあるのでしょうけれどもね。--PeachLover ももがすき。 2006年9月25日 (月) 11:24 (UTC)
- (PeachLoverさんへ)依頼に際して根拠を述べているだけのことを、「手法」と称して不当であるかのように見せかけるのはおやめください。倫敦橋氏同様、一方的にマジックワードを持ち出した上で、その意味を全く説明せずに、何を言っているのか趣旨がはっきりしないことをもっともらしそうに述べるのがお好きなようですが、「依頼に際して行われる議論」を「審議」と呼び変えたところで、PeachLoverさんの考え方の正当化には全く繋がりません。「自分の道を進みください」については、ぜひ新芽さんに「意に染まぬ意見だからといって、依頼者を軽侮するようなことは書くべきでありません」と指摘していただきたいものです。また、私が投稿した 2006年9月25日 (月) 11:16 (UTC) の時点から、2006年9月25日 (月) 11:24 (UTC) までで、私の文章を読みそれにコメントをつけることが適切に行いうるのか、甚だ疑問です。明らかにろくに検討しないでコメントしていますよね。-Kuijken 2006年9月25日 (月) 11:32 (UTC)
- (新芽さん、PeachLoverさんへ)あなた方のコメントが、編集行為に付随する投稿ブロック依頼を妨害する行為にあたりうることは、これまでの投稿で示せていると考えます。今後の反応次第では、あなた方に対しても投稿ブロック依頼を出しますので、よろしくお願いします。実質的な理由を示してコメントすべきである、という主張を否定してかかるような人たちが、日本版ウィキペディアにおいて主流の立場でないことを希望します。-Kuijken 2006年9月25日 (月) 11:38 (UTC)
- (コメント)今回の依頼を一読した感想としては、Kuijkenさんの依頼文及びユーザーからのコメントに対する返答が長過ぎてKuijkenさんが倫敦橋さんを投稿ブロックとすべきだと考える要旨だけでなく、審議(もしくは議論)の流れまで分かりにくくなっているということです。限られた時間の中でコミュニティ内の問題を解決するためには、分かりやすさは重要な要素だと考えます。できれば、この依頼を一旦ご破算として、再度、端的に依頼文を書いて頂ければいいのかな、と思いますが、難しいでしょうか?また確かに倫敦橋さんの言動は決して褒められたものではないと私も思います。しかし、この依頼におけるKuijkenさんの言動も決して褒められたものではありませんよ。私から見れば、新芽さんやPeachLoverさんは今回の依頼に対する自分の意見を表明したに過ぎません。それを「投稿ブロック依頼の妨害」と断定し、彼らに投稿ブロックを依頼する可能性を示唆することは、一種の「脅迫」にも見えます。私が新芽さんやPeachLoverさんの立場であれば、自分が投稿ブロック依頼を掛けられるリスクを背負ってまで議論に参加しようとは思わないでしょう。Kuijkenさんがすべきことはより多くの人から賛成票を得るために説得をすることであって、反対者を議論の場から締め出すことではないはずです。是非、冷静になっていただきたいと思いますm(__)m。Xmas Steps 2006年9月27日 (水) 10:29 (UTC)
- (Xmas stepsさんへ) Xmas stepsさんは、「限られた時間の中でコミュニティ内の問題を解決するためには、分かりやすさは重要」という原則論を前提として、私の主張の要旨を把握するXmas stepsさんの責任を、私の文章の側の「分かりにくさ」に転嫁しています。しかし、PeachLoverさんのコメントをチェックしたのであれば、それへの反論 Kuijken 2006年9月25日 (月) 11:16 (UTC) の依頼文の長さに関する説明をお読みになったはずです。1 お読みになったのであれば、一方的に「Kuijkenさんの依頼文及びユーザーからのコメントに対する返答が長過ぎてKuijkenさんが倫敦橋さんを投稿ブロックとすべきだと考える要旨だけでなく、審議(もしくは議論)の流れまで分かりにくくなっているということです。」と結論付けることは、私の主張を無視しているだけです。 2 お読みになっていないなら、Xmas steps さんは、単に新芽さんやPeachLoverさんの態度は正しいという予断のみをもとに、コメントを書かれたことになります。 いずれにしても、Xmas steps さんは、Xmas stepsさんが新芽さんやPeachLoverさんたちと共有する「依頼」「要約」に関する予断をもとに、私の『要約』へのコメントを書かれたことになります。
- Kuijken 2006年9月25日 (月) 11:16 (UTC) で説明しましたとおり、私の依頼文の冒頭には、明らかに簡潔な概要がついており、以下は例示になっているので、構造的にこれ以上簡単にできません。またノート:不作為義務#続・改名についての要約 の長さは、依頼としての公平さを期すために原文を引用しているためであり、これらが、ある種の人々の予断を招きやすい状態であることは認めますが、招きやすい予断は依頼者自ら不公平な手段をとることによって避けるべきだ、というなら、それは理不尽な主張であると考えます。
- それから、Xmas steps さんは、実態とあまり整合的でない表現ではあるものの「倫敦橋さんの言動は決して褒められたものではない」と認めてくださっており、その点についてはありがたく思いますが、すぐ後で私の言動を同じ「決して褒められたものではない」という表現を用いて、対比を利用して批判するのは、 1 その根拠のなさや (「私から見れば…(結論)…に過ぎません。」「「投稿ブロック依頼の妨害」と断定し…一種の「脅迫」にも見えます(「あたりうる」は断定ではありませんし、あたりうる理由を曲がりなりにも示してあるなら、依頼を出す可能性を事前に告げるほうが、いきなり出すより穏当であるはずです)」) 2 すでに書いた Xmas steps さんの予断の存在からしますと、 明らかに不適切ではないかと思います。Xmas steps さんは、私の言動と倫敦橋氏の言動の程度が、まるで同程度であるかのような印象を与える文章を、根拠なく書いていることになるからです。
- 加えて、私は「より多くの人から賛成票を得るために説得」しています。単に、これまで反対された方たちが説得されることに期待していないだけです。説得を、すべての人に通じるように行うよう要求することは、明らかに不当な要求です。根拠を全く述べずに結論づけることについて疑義を呈されてもはねつけるような人たちを、どのようにして説得せよと言うのでしょうか。その人たちが感情的に判断していないことを、Xmas steps さんは保証できるのですか? また、「是非、冷静になっていただきたい」は、倫敦橋氏が繰り返し用いていた不当なレトリックなのですが。「反対者を議論の場から締め出す」という表現も、反対者の態度の不当性が明らかになったのなら、不当性ゆえに場にいられなくすることについて、誤った責任の帰属を行っているだけです。確かに反対者が場にいられなくなったとすれば、その原因は不当性を明らかにした側にもありますが、原因があるからといって、原因をつくった者が当然に悪いかのように述べるのは、不当な議論です。-Kuijken 2006年9月27日 (水) 13:14 (UTC)
- (コメント)妨げていると思うなら、コメント依頼でも出して下さい。ブロック依頼でも構いません。--PeachLover ももがすき。 2006年9月27日 (水) 11:09 (UTC)
- (コメント)私は「妨げている」とだけ述べたわけではありません。矮小化した主張に「コメント依頼でも出して下さい。ブロック依頼でも構いません。」という文章を対比させることで、過去のやりとりと無関係に自己の正当性を演出することは、おやめください。なぜ、PeachLover さんは、ブロック依頼について書いているのに、それを出す可能性について Kuijkenが触れた 2006年9月25日 (月) 11:38 (UTC) の下に、(コメント)しなかったのですか。そのすぐ上にある、Kuijken 2006年9月25日 (月) 11:32 (UTC) は、明らかにあなたにとってかなり都合の悪い指摘であり(差分)、Xmas Steps さんの投稿の下に書くほうが有利だったからですよね。-Kuijken 2006年9月27日 (水) 13:14 (UTC)
- (終了提案)現状で賛成同意も得られず、一部ユーザーが自説を開陳し、また他のユーザーへのコメントを発する場所としてこの場を利用しているため、投稿ブロックのための審議・投票を行える環境にありません。従いまして、投稿ブロック依頼の早期終了を提案します。--PeachLover ももがすき。 2006年9月27日 (水) 11:18 (UTC)
- 上の提案は不当です。Kuijken 2006年9月25日 (月) 11:16 (UTC) 以下を参照ください。よろしくお願いします。-Kuijken 2006年9月27日 (水) 13:14 (UTC)
- ひとつ、補足いたします。「他のユーザーへのコメントを発する場所としてこの場を利用」する必要が生じたのは、他のユーザー(PeachLoverさんも含まれます)のコメントに問題があったためです。普通、こういう主張はマッチポンプと呼ばれ、正当化できないものと考えられていると思います。-Kuijken 2006年9月27日 (水) 13:20 (UTC)
- (賛成)終了に賛成してみます。ここまでの流れを拝見しましたが、「ブロックするかどうか」の審議なのに、依頼者が「ブロックされなければおかしい」と考えてしまっているので可否の投票ができなくなっています。賛成の人もいれば反対の人もいて当然なのに(まだブロックは決まってないのだから)、反対者を「編集行為に付随する投稿ブロック依頼を妨害する行為にあたりうる」と言い切ってしまっては話になりません。個別に反論があるにしても過剰です。ブロックすべきかどうかは一人で決められないのです。--ハノト 2006年9月27日 (水) 15:14 (UTC)
- (ハノトさんへ) 依頼者が「ブロックされなければおかしい」と考えるのは当然です。依頼者が「ブロックされなければおかしい」と考えていないなら、なぜ依頼を出すのですか。また、依頼者が「ブロックされなければおかしい」と考えていると、なぜ可否の投票が「できなくなる」のでしょうか。現になされているのですが…。それから、私は、賛成の人も反対の人も出てきうることは、当然承知しています。しかし、ここでなされた反対コメントは、文字通り全く根拠が書かれていないものや、根拠が成り立たない点を容易に指摘できるものばかりです。そういったコメントに対して、「反対の人もいるのは当然」だから、反論するなというのは、全く理不尽だと思います。「編集行為に付随する投稿ブロック依頼を妨害する行為にあたりうる」と言い切って、とありますが、「あたりうる」の、どこが「言い切り」なのですか。あたりうる、と文章を完成させたからですか? 「個別に反論があるにしても過剰」は、その「個別」の正当性・不当性と、反論の正当性・不当性を全く無視して、反論の分量のみに着目して不当とみなしていることになりますが、そのような考えは明らかにおかしいですし、「過剰」に理由を述べないほうが、よほど問題ではないでしょうか。「ブロックすべきかどうかは一人で決められない」とありますが、一人で決められないのは「ブロックするかどうか」です。「すべきかどうか」は、「一人で決められます」。-Kuijken 2006年9月27日 (水) 15:43 (UTC)
- (コメント)他人の投票行動にいちいち「Kuijkenさんが」コメントをするのはおやめ下さい。「Kuijkenさんと対話をするための場所」ではありません。審議妨害行為はおやめ下さい。--PeachLover ももがすき。 2006年9月28日 (木) 00:15 (UTC)
- (コメント)Wikipedia:投稿ブロック依頼/Kuijkenを提出しました。--PeachLover ももがすき。 2006年9月28日 (木) 00:22 (UTC)
以上、2006年9月28日(木)09:22版より移動しました。--PeachLover ももがすき。 2006年9月28日 (木) 10:24 (UTC)