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Wikipedia:コメント依頼/Nozawa onsen potta

利用者:Nozawa onsen pottaノート / 履歴さんの議論姿勢について、コメントを求めます。Nozawa onsen pottaさん(以下Nozawaさんと略させていただきます)は、2011年1月24日の初投稿[1]からアルボムッレ・スマナサーラ関連の記事での批判的な加筆を行ってきました。これらの記事でおきた編集合戦の当事者の一方でもあります。

関連する議論[編集]

依頼者の意見[編集]

依頼者は、以下の点でNozawa onsen pottaさんの言動には問題があり、抜本的な改善の見落としが立たないかぎり参加をお断りするしかないと考えています。

個人的経験にもとづく編集要求[編集]

本人の弁によれば、Nozawaさんは記事の主題である人の「実物」を知っており(2012年7月19日 (木) 21:41)、教団関係者と知り合いだとも主張しています(2012年7月25日 (水) 18:432012年7月19日 (木) 21:41)。Nozawaさん自身が批判的な立場の関係者だと言えるでしょう。Wikipedia:自分自身の記事をつくらないには、「あなたが個人的に関わっていることがらについて記事を書くときには、あなたは、いつも以上に注意を払い、あるいはそれを控えなければなりません」とあります。どちら側であっても関係者であることはウィキペディアの編集を禁じる理由にはなりませんが、Wikipedia:検証可能性にも関わり、関係者であることを理由に特定の編集を求めることはできないのです。ところがNozawaさんは2012年7月19日 (木) 21:41の発言で、多数の新聞・雑誌記事のまとめを、実物がそうだからという理由で一蹴し、「ノートで実物の話をしてはいけないと言うルールも見当たりません」と言って存命人物に対するノートページでの中傷を正当化しました。そして、「悪質な宗教(2012年7月21日 (土) 04:28)」、「悪質な教壇(2012年8月14日 (火) 21:26 (UTC))」という自己の意見に基づいて編集するよう主張しています。個々の参加者の動機は他人がとやかく言うべきことはではありませんが、ウィキペディアの目的と折り合えるよう言動を抑制できないのであれば、参加をお断りするよりほかないと考えます。

GFDLに対する無理解[編集]

Nozawaさんは、GFDL、GPLに関する独特の理解を持っています。7月には利用者‐会話:Kinori#以下の、お返事をお願いします。で「このライセンスの不思議な所は、、ライセンスが自動的に失効する所で」以下の奇妙な解説を披露しました(2012年7月16日 (月) 01:53)。その上で私に「GPLを未取得と考えて宜しいのですね」と尋ねましたので、私はGFDLのライセンスはそういうものではないと返答しました。数日後はノート:アルボムッレ・スマナサーラで、GFDLはGPLの派生なのでGPLの条文が適用され、GPLの条文にある"guarantee your freedom to share and change all versions of a program"という箇所にもとづけば、「クライテリオンが無い所で、底意・暗喩・ほのめかしを議論する姿勢が、おかしい」という奇妙な解釈を唱えました(2012年7月18日 (水) 14:56)。これについてはPemoさんが誤りをただしましたが、Nozawaさんは漠然としたウィキペディア批判を答えにしてすませてしまいました。その後もGPL系では「勘違い1号や唐変木2号と思われる人とも、対話を拒否出来ない」といった奇妙な解釈が続きます(2012年7月21日)。ライセンスの意味が理解できていないのに、他人に訂正されても認めることがなく、自分のほうがよく知っているのだというポーズを崩しません。少なくとも利用者‐会話:Kinori#以下の、お返事をお願いします。のやりとりでは自分の解釈のほうが誤っていたことを認識したと思うのですが、表だって認めることはなく、その後もKinoriの知能を「論理性の崩壊した人」等と繰り返し貶めています。間違った理解が本人の頭の中にとどまっている限りは問題視するにあたりませんが、それを元にして他のユーザーとウィキペディアを非難するのは、言われる側にとっても、議論の進行という点でも、非常に迷惑です。

合意形成の妨害[編集]

ノート:アルボムッレ・スマナサーラでは、不適切な編集を除去しようという議論が何度か分かれて起きました。今年5月には、Ajitaさんによって投稿された部派仏教と初期仏教を関連づけてシャム派に及ぼす説明の除去が提案され、実施されました(ノート:アルボムッレ・スマナサーラ/過去ログ1#以下を削除します)。第二は、Ajitaさんと2つのIPから投稿された3箇所の投稿で、6月に除去が提案され、中断を経て今も議論中です(ノート:アルボムッレ・スマナサーラ/過去ログ1#出典が無く「Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか」に係る記載削除の提案ノート:アルボムッレ・スマナサーラ#出典が無く「Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか」に係る記載削除の提案(2回目)です。これらの議論でのNozawaさんの振る舞いは適切でした。

第三が、保護の原因となった編集合戦の対象箇所です。これはNozawaさんが投稿したもの(2012年6月5日 (火) 07:02)で、ノート:アルボムッレ・スマナサーラ#星占い等についてに長い議論があります。これについてはPemoさんが記述の部分的除去を意味するローカルルールを定めることを提案し(2012年7月31日 (火) 05:11)、Kinoriが賛成しました。反対したNozawaさんの理由は、「悪質な教壇の宣伝行為に対して事実関係が明らかになった上でも、全く除去どころか対話も行われないと言う本質的な問題」が放置されているから、その問題が対処されない限り賛成しないというものでした(2012年8月14日 (火) 21:262012年8月17日 (金) 18:052012年8月21日 (火) 09:09)。利用者‐会話:Kinoriでの発言によれば、除去と対話は管理者が行うべきことだそうです(2012年8月26日 (日) 05:47)。そしてその悪質な宣伝とは、具体的には(2012年8月17日 (金) 18:05での指摘に従えば)保護時点の版[2]の「思想・活動」節全体です。この記述を「悪質な宣伝行為」とみなすのは無理そうですが、Nozawaさんによれば、教団関係者であるAjitaさんが書いたものはすべて悪質な宣伝なのだそうです。そのような包括的な排除は実質的にAjitaさんの無期限投稿ブロックと変わりなく、Wikipedia:投稿ブロック依頼/AjitaでNozawaさんが望み、却下されたことでした。Nozawaさんの条件は、ブロック依頼が退けられたことを不満として合意を妨げるための無理難題だと思います。

Nozawaさん自身は、反対の目的は保護解除を阻止することだと説明しています(2012年8月13日 (月) 12:52)。Ajitaさんとの議論で投稿ブロックすると言ったのも、「本音は時間稼ぎ」だそうです(2012年8月12日 (日) 08:58)。論争相手の排除を条件とする発言は過去にもあり(2012年7月28日 (土) 01:07)、2度めのブロックにつながった発言の中にも「最初からKinoriさんは、議論に参加すべきでは無かったのでは」という言葉があります(2012年9月3日 (月) 21:44)。

おかしなことに、8月17日にNozawaさんはローカルルールについて「これで合意は得られたので、安心して保護を解除できように管理者に働きかけるべきです」(2012年8月17日 (金) 09:18)、「Pemoさんとの合意も成立した」(2012年8月17日 (金) 10:28)と書きながら、同じ日の続く投稿では内容的に反対としか思えないことを書きました。そこで私が利用者‐会話:Kinoriで「結局賛成なのですか」と問うたところ、Nozawaさんの答えは「私は、管理者がきちんと宣伝の除去に従った行動を取り、それでもダメなら賛成すると述べています」というものでした。提案されたローカルルールと、Ajitaさんの投稿の全部排除とは全然異なる話なのですが、GFDLの場合と同じく、頭の中で勝手な解釈を作り上げているように思われます。

どこまで意図的かはともかく、ここ2、3か月の議論を通じて他人に対する攻撃的な非難だけが突出し、記事の内容やローカルルールの内容をまともに検討する様子がありません。こうした議論姿勢は周囲の人を著しく消耗させ、合意形成を不可能にするものです。

個人攻撃[編集]

Nozawaさんは、議論相手に対して著しく礼を欠いた発言を繰り返しています。最初のブロックは2012年7月29日 (日) 05:26の「どこまでも、こすずるく薄汚い人ですね」という発言、2回めは2012年9月3日 (月) 21:44の「曲がった根性で何度も突っかかってくる人は」「幾ら根性が曲がっているとしても」「そもそも責任能力を問えるか人かどうか」が暴言としてブロックされたものです。それ以前からノートページでKinoriとAjitaさんを侮辱する発言を繰り返しているのは、ノート:アルボムッレ・スマナサーラ/過去ログ1等に見る通りです。Pemoさんに対しては両人に対するほど露骨ではありませんが、根拠なくソックパペットと決めつけたことがあります(ノート:アルボムッレ・スマナサーラ/過去ログ1#ajitaの事にしても)。

私は最初のブロックのとき、利用者‐会話:Nozawa onsen potta#別の場所を使ってくださいで、謝罪の必要はないが、私に対する批判を続けたいなら「解任動議でもコメント依頼でも、しかるべき他の手段を使ってください」と申し上げました(2012年7月31日 (火) 01:26)。しかしこの要望も、他のユーザーの注意ともども、無視されました。

私は多くの他のウィキペディアンはWikipedia:個人攻撃はしないという原則を尊重し、非難に惑わされずに判断してくれるものと信じ、それを支えにして我慢してきました。露骨な宣伝の除去が目的だという本人の説明が本当なら、問題の記事の編集について合意できるだろうと思っていたからでもあります。合意にこぎつければ、それを無視した編集は(特に問題の編集合戦に直接関係したユーザーの違反は)ただちにブロックに持っていけるわけで、我慢のしがいはあると思っていました。しかし積もり積もってここまでに至っては、問題のノートページでの合意の成否に関わらず、こういう議論テクニックもできるのだという認識をどなたにも持ってほしくないと思うようになりました。

依頼者の求め[編集]

私はNozawa onsen pottaさんを長期ブロックするしかないと思っています。しかし、Nozawa onsen pottaさんにはそうなる前に弁明の機会が与えられるべきでしょうし、私以外の人の意見を受け止めて反省し、態度を改めることができるなら、それでもよいと思います。明確な謝罪や反省がなくとも、問題となったスマナサーラやシャム派関連の記事の編集・議論にタッチしないと約束するのであれば、それでもよいと思っています。個人的な執着がある事柄を編集したためにこうなったのなら、そこから離れることでまっとうな編集や議論ができるようになるかもしれません。Nozawa onsen pottaさんの議論姿勢について、そして投稿ブロック等の方法の是非について、ご意見をお願いします。——以上の署名の無いコメントは、Kinori(ノート履歴)さんによるものです。2012年9月15日 (土) 05:43 (UTC) [返信]

被依頼者のコメント[編集]

スレッドの経緯[編集]

以下のような経緯だと思っています。

Kinoriさんは、Ajitaさんのブロックに出てこられ、私の記事を出典付きデータを組み合わせて行なう独自研究と言われ延々とスマナサーラのノート記事が増えました。[3]

しかし、おかしな事に、その後ルールをローカル化する話になり、提案内容が纏まらないうちに合意の議決にまで話が発展しています。

そもそも、私の記事がルールに違反するのなら、ローカルルールは必要無いはずですが、その新ルールさえ、纏まらないうちに議決するような展開は、[4]や「ウィキペディアは多数決主義ではありません」に違反する行動だと思います。

更におかしな事に、「議論がまとまっていないのなら合意出来ない筈」と言われていますが、ルール設定の案が纏まっていないから、Pemoさんともやりとりを続けているのに、ルール設定は纏まったと、お考えのようです。[5]

これらは、腕ずくで解決しないに反する違反と考えます。またルールを合意もなく変更するのはブロック対象でもあるわけで、幾つものルールに違反する行動が見られると考えます。

これらにより、宗教幹部が書いた事が明白な記事を改善する話しには至らず、全く不毛な議論になっていると考えます。

また、そもそも人を犯人よばわりして、縛る縄が無いから、今から編むので合意しろと言われ延々と案が纏まらないなんて事が、ルール以前に普通の世の中にあるのか?と思います。

大変、不愉快極まりないです。

ローカルルールの実施性[編集]

Pemoさんの案は、まとまり切っていないものの、プロパガンダを削除し軽減させる効果は持っているし、また管理コストを下げると言う意味では優れたものだと思います。

しかし、ルールが出来ても、実施し続けなければ、効果が期待出来ないわけですが、だれが実施を継続するかも決めないで賛成しても意味が無いのは明白なのに、それでも同意を求められ、主に私が問題だとさえ発言されています。[6]

これらを鑑みますと、結局は数の暴力に訴えることで、私の記事を削除したいだけなのに、無意味に長引いているだけにしか見えないわけです。

思弁性の低さ[編集]

小学生でも、多数決主義では無いと言うルールを見れば、ああ多数決をしてはいけない所なんだなと言うのは、判ると思います。

しかし、「そもそも投票は合意ができたことについてするものではありません。本当に合意が成立しているなら、投票の必要などないでしょう。意見の対立があるから投票するのです。」[7]と発言されています。

意見の対立があれば、対立したまま放置する方法もあるわけで、投票する必要は必ずしもあるわけではありません。

また中学生くらいの思弁性があれば、投票はそもそも調査でしかなく、その結果を直接受けて決定するのが多数決で、それを禁じているのだなと言うのも判ると思います。

至る所に、こういった思弁性の低さが見受けられ、結局は何を主張なさりたいのかも、わからない事が多いですが、判るのは数で攻めてきたいと言う意思だけで、ほとほと疲れます。

悪意があるのかどうかの判定は微妙な所ですが、悪意にしか感じないのは事実です。

どこにもプロパガンダの削除に対する意見は見られません。

被依頼者の求め[編集]

なんとかルールに合わせてプロパガンダを除去を考えては実施し続けているつもりですが、ルールに合わない方法でヨコヤリを入れ続けるのは、やめて欲しいです。

それでいて、ご自分は、全く反省も無いのだから、こちらも切れ続けています。

暴言で、何度かブロックを喰らいましたが、発言しているより遥に、この展開の悪さや脈絡の無さに対して怒っています。

そもそもウイキペディアは、裁量範囲が大きく実定性が低い上に、職業仕事では無いので、相手が本職のプロパガンダ屋に対して、根本的に有効な対向手段が無い所だと思います。

よほど旨くやっても、長い目で見れば、教団幹部が編集しなくても教団員を初めとする、ちまたのうわさに収束するだけだと思っています。

こういったなかで、Kinoriさんの言動は、私には本当に邪魔にしかなりません。

出来るだけ私に近寄らないにして欲しいのと、仲間が多いのかもしれませんが、そもそもルール違反な行動は止めて欲しいです。--Nozawa onsen potta会話2012年9月15日 (土) 21:59 (UTC)[返信]

論理性の礎は思弁性です。[編集]

ローカルルールを議論なさりたいなら、ルールは、そもそも論理性を持っているので、現在のルール構造を、きちんと解釈する必要があると思います。

ひとつのルールですら、きちんと理解出来ない方に、複数のルールに跨るローカルルールを滞り無く議論するのは不可能です。

また、意見を何としても通したいのはKinoriさんのほうで「すなわち「ノートで議論をし、議論が平行線になった事を確認し、コメント依頼を行い、どうしても異論を取り下げない論者がルールに反している場合は必要に応じて投稿ブロック依頼を行い、最終的に合意を得る」ということです。」と発言なさっています。

それこそ、ルールに反して、腕づくで解決する意思を表明なさっていると考えます。

こういうルール違反まで明言される方の議論は本当に困ります。--Nozawa onsen potta会話2012年9月16日 (日) 00:33 (UTC)[返信]

27日まで出張などが重なっていてゆっくり考える時間が持てません。かならず返事はしますので、暫くお待ちください。--Nozawa onsen potta会話2012年9月20日 (木) 09:09 (UTC)[返信]

第三者のコメント[編集]

コメント 第3者です。まずKinori様にはこれまで心無い事を言われながらも、真摯に対話を続けてこられた事に深い敬意を表します。以下、Nozawa onsen potta様へ。GPLに関しては、不理解意外の何物でもありません(自分と管理者であるKinori様とどちらがルールを知っているかなど、客観的に判断すればわかりそうなものですが)。それより最大の問題として、自己の主張と異なる人を全て「敵」と見なしているように思えます。なので個人攻撃やルールの独自解釈などに走るのです。自戒をこめて申しますが、プラスに傾いていた賛否両論ある記事をゼロに近づける事は良いのですが、気をつけないと「自分の編集でマイナスに傾いていた」となります。事ここに至っては投稿ブロック依頼が提出されないようなコメントを期待します。--JapaneseA会話2012年9月15日 (土) 12:23 (UTC)(主アカウント:利用者:Sutepen angel momo会話 / 投稿記録 / 記録[返信]

コメント これまで、アルボムッレ・スマナサーラにも依頼者にも被依頼者にも関わっていなかったユーザーとしてコメントいたします。ちょうど、被依頼者のコメントがなされていたところなので、そちらと被依頼者の履歴を合わせて拝読いたしました。まず、Kinoriさんの指摘を否定できる材料が見つかりませんでした。一方、依頼者の行動は被依頼者が指摘するようなルール違反の事実はありません。むしろ、感情的な暴言を繰り返してつきまとい、自分の意見を押し通そうとした被依頼者にも誠実な対応をなさったことにJapaneseAさん同様に敬意を表します。このコメント依頼も差分という事実を元に被依頼者の問題点を積み上げ、被依頼者が反省の材料とできる内容になっています。しかし被依頼者は上記のコメントにおいて、指摘された問題点に理解や改善の意思を示さず、「ウィキペディアは多数決主義ではありません」といった自分にとって都合のいい方針のみを恣意的に強弁しており、反論になっていない演説に終始しています。これは依頼文の正しさを証明するとともに、被依頼者の共同作業への無理解の表明としかなっていません。被依頼者はプロパガンダ屋という敵を想定し、それへの対処の必要性を感じてはいたのでしょうが、あまりに意固地になって議論相手を敵視し、また記事の内容よりも投稿者へレッテルをはって不適切な対処を行う傾向があります。Wikipedia:中立的な観点が行動のきっかけだとしても、被依頼者の実際の行動はむしろその方針を蔑ろにするものです。そのWikipediaの方針に反したスタンスで参加し続ける限り、同様の問題が被依頼者によって何度も引き起こされる可能性が高いです。また、この場において「小学生でも~」「中学生くらいの思弁性があれば」といった無用の挑発的な言い回しを使い、Wikipedia:個人攻撃はしないを無視する基本的な議論姿勢の問題は顕著です。感情を制御しきれずに暴言を使ってしまう被依頼者本人のためにも、そのスタンスが改まり、方針への最低限の理解が叶うまで投稿ブロックを行うことは適切な処置かと思われます。--Sikemoku会話2012年9月15日 (土) 22:49 (UTC)[返信]

コメント 以前、被依頼者と関連案件(「Wikipedia:コメント依頼/Ajita」・「利用者‐会話:Law soma#Ajitaさんの記事について」)に絡んで対話(「利用者‐会話:森藍亭#すみません、お教え願いたいのですが。」)した者ですが、その頃から今まで、Kinori氏が指摘する問題は何ら改善されていないように思います。ルール違反を犯しているのは被依頼者であり、彼が自分の非を認めない(そしておそらくこれからも認めることはないのでしょう)以上、強制的に Wikipedia の編集から離れていただくための措置を行うことに問題はないものと考えます。被依頼者の不適切な言動に対し、Kinori氏が誠実かつ忍耐強く対応してきたことに賛嘆の念を禁じ得ません。--森藍亭会話2012年9月15日 (土) 23:50 (UTC)[返信]

(追記)被依頼者が 2012年9月16日 (日) 00:33 (UTC) に行ったコメント[8]を節の階層を修正した上で「被依頼者コメント」節の末尾に移動しました。理由は以下の通り。
  1. 被依頼者が、2012年9月15日 (土) 21:59 (UTC) に行ったコメントの中に、2012年9月16日 (日) 00:33 (UTC) のコメントを挿入したため、それ以前のコメントも、2012年9月16日 (日) 00:33 (UTC) に行ったと見なされるおそれが多分にあること(コメント時刻の偽装を行ったと判断されてもおかしくない)。これは、被依頼者が、ノート等でコメントを行う時のルールを理解していないことを示しています。
  2. あくまで、「被依頼者コメント」節に書かれる内容であるのにもかかわらず、「被依頼者コメント」節と独立した別個の節であるようにコメントがなされていること。これは、被依頼者が他者に対し「論理性」を強調する一方で、肝心の自身の発言における論理構造の整合性に対する配慮が不足していることの表れでしょう。
なお、本コメント依頼において、被依頼者がコメントの節の構造を修正されるのはこれで2回目です(参考:1回目)。同じ事を繰り返すあたり、なぜ見出しの階層を修正されたのか、被依頼者は全然理解できなかったようですね。--森藍亭会話2012年9月16日 (日) 03:47 (UTC)[返信]

コメント依頼内容に関するコメントから外れて申し訳ありませんが、被依頼者さんに対しまして。「Kinoriさんのほうで「すなわち「ノートで議論をし、議論が平行線になった事を確認し、コメント依頼を行い、どうしても異論を取り下げない論者がルールに反している場合は必要に応じて投稿ブロック依頼を行い、最終的に合意を得る」ということです。」と発言なさっています[[9]]」とのことですが、それは私(Pemo)の発言です [10]。即刻取り消した上で、依頼者さんに謝罪すべきだと思いますよ。 また、この発言に対して「それこそ、ルールに反して、腕づくで解決する意思を表明なさっていると考えます」とのことですが、誰かが「ルールに反している場合」に「必要に応じて投稿ブロック依頼」を行うのは何ら問題ない行為です。その場合、ブロックされた利用者は合意の議論に参加できませんから、ブロックされた利用者のみが反対することによって合意が妨げられていた場合には、結果として、その合意が成立することになります。合意というものは、より多人数による合意である事が尊ばれるので、ブロックされてしまった利用者が合意に参加できないのは残念な事ではあるのでしょうが、その利用者がルールを守らないのだから仕方がない事でしょう。また、そのような投稿ブロック依頼を行う場合に「自分の意見が正しいと思っても、その意見を通すために何か別の問題を起こしてはいけません。自分の意見を率直に述べて議論するなど誠実に行動してください」といったWikipedia:腕ずくで解決しようとしないのルールを守って依頼を行えば、当然にWikipedia:腕ずくで解決しようとしないに反することにはなりません。また投稿ブロックの手順はWikipedia:投稿ブロックの方針#通常の投稿ブロック依頼手続きに、既に定められており、この手順は非常に大雑把にまとめれば「投稿ブロック依頼の対象者を除く、投稿実績のあるログインユーザによる多数決」なのですが、この手順自体は「多数決ではない合意形成」により合意された手順ですので、この手順に従う限りWikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは多数決主義ではありませんにも反しません。ゆえに「ノートで議論をし、議論が平行線になった事を確認し、コメント依頼を行い、どうしても異論を取り下げない論者がルールに反している場合は必要に応じて投稿ブロック依頼を行い、最終的に合意を得る」という意見自体が、すなわち「腕づくで解決する意思を表明」という事にはなりません。--Pemo会話2012年9月16日 (日) 06:34 (UTC)[返信]

コメント どうも初めからボタンの掛け違いがあるように思えてなりません。私は、かなり初期からNozawa onsen pottaさんには苦言を呈して参りましたが、Nozawa onsen pottaさんご自身は善意から行動しているとの思いが強く、結果としてご自分の思い通りにならない利用者を糾弾し排除しようとする書き込みが多いように見えます。依頼者の発言どおり、途中までのNozawa onsen pottaさんの書き込みは比較的常識的でしたが、途中から依頼者等に対する誹謗中傷が目立って増えてきており、方針に対する自己流の解釈もまた増えております。このような傾向が好ましくないことは自明であり、この傾向が改められない限りは議論から一旦お引き取り願うよりないと思います。いくらNozawa onsen pottaさんの当初の意図がWikipedia:中立的な観点に立ってのものであったとしてもです。その他の意見は、既に依頼者や上でコメントを入れている利用者の皆さんと同意見です。--ろう(Law soma) D C 2012年9月18日 (火) 05:08 (UTC)[返信]

まとめ[編集]

このままでは投稿ブロックもやむなしという意見が多い一方、Nozawa onsen pottaさんの翻意はありませんでした。27日までゆっくり考える時間がないので待ってくれとのことでしたが、その後週末を経て今日まで動きがありません。Wikipedia:投稿ブロック依頼/Nozawa onsen pottaを出します。--Kinori会話2012年9月30日 (日) 20:56 (UTC)[返信]