Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/ウルム戦役 20180124
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選考終了日時:2018年2月6日 (火) 16:04 (UTC)
- (自薦)英語版秀逸な記事より翻訳致しました。こちらの記事は事前に査読を通して良質な記事に推薦しても大丈夫だと思いましたので、自薦させて頂きます。査読のやり取りはリンクをご確認ください。Wikipedia:査読依頼/ウルム戦役 20171126
--Arisen (会話) 2018年1月23日 (火) 16:13 (UTC)
- 賛成 英語版原文は読んでいませんが、日本語版を見る限り、図を使用しており適度な長さと良い質があるため、良質な記事に推薦しても問題がないと思います。--Napoleon VIII(会話) 2018年2月1日 (木) 08:53 (UTC)
- 賛成 質、量ともに基準をクリアしていると考えます--Hanabishi(会話) 2018年2月3日 (土) 16:13 (UTC)
- 賛成 自薦票--Arisen(会話) 2018年2月5日 (月) 15:30 (UTC)
- 反対 労作に難癖をつけるようで心苦しいのですが、この記事の文章は私には読みにくく、内容的には十分なのだとしても(この点は判断できませんが)、このままGAとするには抵抗があります。典型例として、冒頭の段落と「序章」の一部について指摘しておきますが、できれば全文を見直して読みやすい文章にしていただければと思います。
- まず冒頭文ですが、フランス(帝国)とバイエルン(軍)とオーストリア(軍)の関係がわからず、この後もそうですが国、軍、兵の使い分けが適切でないところがあります。同時に、「軍事的な機動」という表現も、戦役に軍事的な機動とそうでない機動があるのか、そもそもこのような表現を用いる意図がよくわかりません。つづく文では、ロシア軍の増援がどちらに向けたものなのかわかりません。オーストリアの友軍であるならそのように書いていただきたい。ナポレオンについても、初出の人物は所属や肩書などが必要でしょう。さらにその続きですが、「一般的にこの戦役は戦略上最も偉大な勝利と考えられており」とありますが、この「戦略」とはなんでしょうか。また、「19世紀末のシュリーフェン・プランに大きな影響を与えた。」ということなら、本戦役のなにがどのように影響を与えたのか後段で具体的に述べる必要があるでしょう。末尾の「結果」節で画像のキャプションにそれらしい記述がありますが、これでは不十分です。
- 「序章」の節では「オーストリアの軍事的準備」がとくによくないと思います。カール公が軍改革を始めていたということですが、外交上の彼の意見とはなんでしょうか。軍政治評議会とオーストリア宮廷、軍事と外交の関係が整理されておらず、どういうことなのか要領を得ません。後段では、マック将軍が軍を改革したとなっていますが、カール公の改革はどうなったのでしょうか。編成と将校の訓練が調和しなかったとは具体的にどういうことなのか、「最良の騎兵」が歩兵陣営に組み入れられていたことがなぜフランス軍に対抗できない理由になるのか、このあたりは自明のことならともかく、そうではないと思いますので、触れるのであれば丁寧に述べる必要があります。また、終りの部分は評価であり、「序章」よりもむしろオーストリアの敗因といった分析的な節を設けて述べるべきことのように感じます。--みっち(会話) 2018年2月6日 (火) 09:33 (UTC)
- ご指摘ありがとうございます。選考自体は終了しましたが、今後もこの記事のブラッシュアップする際の参考にさせて頂きます。
選考終了時点で賛成3票反対1票のため、通過となります。Arisen(会話) 2018年2月6日 (火) 16:15 (UTC)