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Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/翔鳳丸 20161111

選考終了日時:2016年11月25日 (金) 00:07 (UTC)2016年12月9日 (金) 00:07 (UTC)

  • (自動推薦)2016年10月の月間強化記事賞受賞記事。--Trvbot会話2016年11月11日 (金) 00:07 (UTC)[返信]
  • 賛成 翔鳳丸型の建造の背景、構造、就航後の状況など、的確にまとめられており、十分な内容になっているものと思います。構造のところ、各甲板ごとの配置を示した図を用意できればより良いのですが、さすがにそこまでは難しいのでしょうね。--Tam0031会話2016年11月18日 (金) 16:20 (UTC)[返信]
  • コメント 主執筆者のAkoihsinです。Tam0031様 いつも賛成票をいただきありがとうございます。翔鳳丸の一般配置図は山本熈氏著「車両航送」(1960年刊行)に掲載されており、物理的にはUP可能なのですが、著作権が気懸かりでUPしていません。著者は亡くなられてから50年は経っていません。--Akoihsin会話2016年11月19日 (土) 13:34 (UTC)[返信]
  • コメント 日本で最初の車載客船とのことで、建造の背景、船体構造、関連地上設備、運用史、そして就航の影響まで幅広く一定の説明がされているものと思います。ただ、以下の箇所について明確な典拠があればお示しいただきたく、一旦コメントとさせていただきました。
    • 「車載客船建造までの経緯」節、「1921年(大正10年)12月に浦賀船渠へ2隻、…更に2隻の建造を発注した。」の一文
    • 「端艇甲板」節、「しかしその後、青函航路では前進のまま入港し、…」から「…石狩丸(3代目)まで受け継がれた。」までの部分
    • 「外観」節、「太平洋戦争開戦後は4隻とも戦時警戒色に塗装されてしまった。」の一文
    • 「翔鳳丸型一覧表」節、個別の脚注が付いていない項目。例えば「脚注のない項目は、〜〜〜による」のように表の下にまとめて記載いただく方法もあるかと存じます。
以上となります。細かい点で恐れ入りますが、ご検討いただけますと嬉しいです。--Mogumin会話2016年11月21日 (月) 13:54 (UTC)[返信]
  • コメント Akoihsinです。Mogumin様 毎度 ご指導いただきありがとうございます。ご指摘の「青函航路では前進のまま入港し」と「戦時警戒色の始まりの時期」はともに明確に記述された文章を未だ発見できておりませんので、カユイ所に手が届いていない面もありますが・・ 一部文章を改変したうえで出典を付けました。--Akoihsin会話2016年11月22日 (火) 15:14 (UTC)[返信]
    • 賛成 Akoihsinさん、早速ご対応くださりありがとうございました。修正いただいた内容をもって良質な記事への選出に賛成します。戦時警戒色については、今後、具体的に述べている文献が見つかりましたら、補強いただければなと思います。--Mogumin会話2016年11月23日 (水) 00:36 (UTC)[返信]
    • コメント Mogumin様 賛成票ありがとうございます。「・・青函航路では前進のまま入港し、…」関連では、青函船舶鉄道管理局1978年発刊の「航跡」p96に、「車両航送開始以来、連絡船を青森、函館両岸壁に着岸させる操船方法は基本的に、現在とほとんど変わっていない。」の一文を確認しました。また、「戦時警戒色」に関しても、同じく「航跡」p288に「太平洋戦争が始まると、日本中の船舶がすべて警戒色(灰緑色)に塗りつぶされたが、連絡船も例外ではなかった。」とありましたので、これらを出典として若干修正を加えました。--Akoihsin会話2016年11月24日 (木) 11:28 (UTC)[返信]
  • コメント 選考終了時点で賛成2票、反対0票のため、選考期間が2週間自動延長となります。--Kinketu会話2016年11月25日 (金) 13:42 (UTC)[返信]
  • 賛成 既に充分な内容が書かれていた物が、上記の手入れによって更に良くなったと感じます。賛成票を入れさせて頂きます。--お茶飲む人会話2016年12月8日 (木) 06:01 (UTC)[返信]

選考終了時点で賛成のみ3票のため、通過となります。--Kinketu会話2016年12月9日 (金) 16:23 (UTC)[返信]