コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

アルマス (シャルルマーニュ伝説)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

アルマスフランス語: Almace[2])は、シャルルマーニュ伝説に登場する大司教テュルパン(またはチュルパン)フランス語版。11世紀古フランス語武勲詩ロランの歌』やその他の武勲詩、それらの翻訳翻案作品に登場する。

剣名の意味解釈は諸説ある( § 語釈にて後述)。

登場作品と用例

[編集]

ロランの歌』では、テュルパンの剣として登場する[3][4][5]。作中では刃の鋭さが謳われており、一部の日本語訳では「氷の刃」と表現されている[注 1]。異本ではエーグルデュールAigredure[注 2][1][6])等とも表記される[7][注 3]

12世紀末の武勲詩『エイモンの四人の息子』(または『ルノー・ド・モントーバン』)フランス語版[注 4]では、モージに盗み出される[9]

13世紀中頃の武勲詩『ジョフロワ』フランス語版にも登場するが、オートミーズHautemise[注 5])と剣は呼ばれている[10][7]

北欧サガ版

[編集]

13世紀後半に古ノルド語散文で書かれた翻案作品(騎士のサガ英語版)の一つ『カルル大王のサガ英語版』では、アルマツィアAlmacia)の表記で登場する。作中では、カルル大王(=シャルルマーニュ)に献上された三振りの名剣の一つとして登場する。献上した者が語るには、ガラント [12]、すなわちウェイランド・スミス[13]によって7年掛けて鍛えられた業物であるとされる[14]

カルル大王が鋼鉄を試し斬りして、切れ味が上がっていくのを確かめ、小傷させた剣をクルト(=クルタン, Kurt)、掌幅以上切りこんだのをアルマツィア(=アルマス)、足の長さ半分以上の欠片を切り落としたのをデュルムダリ(=デュランダル, Dyrumdali)と名付けた。またアルマツィアはカルル大王から「異教徒を斬るのに良さそうだ」と評されている[15]

その後、異教徒と戦うための武器を求めたトゥルピン(=テュルパン, Turpin)に、カルル大王はアルマツィアを下賜した[16]

語釈

[編集]

アルマス "Almace" はフランス語で読み下して "alme hache" つまり 「聖なる斧」の意と解釈できる、とベルギーの言語学者リタ・ルジュンヌ英語版は主張した[18]

しかしながら、アラビア語に語釈を求める説も幾つかある。

例えば「モーセの剣」を意味する"al-Mūsā"(ال ماضي)が元になったと、ヘンリー・カハネ英語版ルネ―・カハネ英語版ら夫妻は論じている[注 6]。また、このアラブ語形に最も近いのが『ロランの歌』V4本にある異綴りAlmuceであろうと指摘する[注 7][19][20]

これを受けて、元はアラビア語の"al-māsu"であり[注 8]、要するにアラビア語で"ダイアモンド"を意味する「アルマス」(ألماس)が本来の名称だろうと、アルヴァロ・ガルメス・デ・フエンテススペイン語版が反論。固有名詞の由来説には否定的であった[21]

また異説として、al-māḍīالماضي) すなわち"切るもの、切れる、鋭利"[注 9]こそがそのアラビア語での剣名だと、ジェイムス・A・ベラミー英語版は主張した。しかしこの語にあるダード(ḍ, ض)の字はサード(ṣ, ص)の字と点の有無しか違わないため、書き違えやすく、そのようにヨーロッパ人によって誤読された、と論ぜられる[注 10][22]

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 神沢訳 (1990) など。「氷の刃」は日本の語りものにみられる表現で、『南総里見八犬伝』の刀・村雨に対する表現や、浄瑠璃活動弁士などに用例がみられる。参考:抜けば玉散る氷の刃」『デジタル大辞泉https://kotobank.jp/word/%E6%8A%9C%E3%81%91%E3%81%B0%E7%8E%89%E6%95%A3%E3%82%8B%E6%B0%B7%E3%81%AE%E5%88%83コトバンクより2023年3月9日閲覧 氷の刃」『精選版 日本国語大辞典https://kotobank.jp/word/%E6%B0%B7%E3%81%AE%E5%88%83コトバンクより2023年3月9日閲覧 
  2. ^ 『ロランの歌』P本=パリ本、L本=リヨン本。
  3. ^ C本(シャトールー本) ではDalmice; V本(ヴェニス写本 IV=ヴェネツィア、国立マルチャーナ図書館Fr. Z. 4写本)も同様にAlmice[8][1]
  4. ^ 「ルノー・ド・モントーバン」「エイモンの四人の息子」の表記はゴーティエ & 武田編訳 (2020), p. 324にみられる。
  5. ^ 『Gaufrey』、5087-88行目。
  6. ^ これは両氏のデュランダル語源説と関連している。ギリシア語魔術パピルス英語版にみえる「ダルダノスの剣」がデデュランダルの剣の語源とみており、これを模してヘブライ語でも「モーセの剣」英語版Ḥarba de-Moshe חרבאדמשה)という表現/文書が確立したと主張する。
  7. ^ V4本=ヴェネツィア、国立マルチャーナ図書館Fr. Z. 4写本。V本と異なり、こちらはフランコ=イタリア語(またはフランコ=ヴェネト語)英語版で書かれている。
  8. ^ 語尾"-u"は発音上、落とされる。古典アラビア語では記すが、通常会話では抑制された、と説明される。
  9. ^ "(the) cutter, cutting, sharp".
  10. ^ アラブ人ならば、仮に点が省略されたしても(「ダ行」を「サ行」音に変えてしまうと意味不明になるため)自己訂正して読めるが、ロマンス諸語の読者は惑わされ(「アル=マディ(?)」を「アル=マシ(?)」と読んでしまう)と説く。また、アラビア語の「サード ṣ」の字は、古スペイン語や古フランス語化するとき"ç"に置き換えられるが、これはかつて両語で「ツ ts」音で発音された[22]

出典

[編集]
  1. ^ a b c Stengel ed. (1900), p. 225.
  2. ^ 『ロランの歌』O本=オックスフォード本の表記[1]
  3. ^ 有永訳 1965.
  4. ^ 神沢訳 1990.
  5. ^ Gautier 1872, vol. 1, p. 166, 第156節、2089行目。ウィキソース出典 Deuxième partie/Texte” (フランス語), La Chanson de Roland, ウィキソースより閲覧。  [スキャンデータ]。原文:Il trait Almace, s’espée d’ acer brun, / En la grant presse mil colps i fiert e plus ;(引用は2089-2090行目、強調は引用者による)
  6. ^ Foerster ed. (1886), p. 113
  7. ^ a b Langlois (1904) Table des noms, s.v. "Almice": "Épée de Turpin. R 2089 (var. Almace, Dalmuçe, Aigredure). -- Autemise. RM 306. -- Hautemise. Ga 154。Rは校訂版『ロランの歌』(Stengel ed. (1900))、RMは『ルノー・ド・モントーバン』(Michelant編、1862刊)、Gaは『ジョフロワ』(GaufreyGuessard & Chabaille (1859))の略称。
  8. ^ Foerster ed. (1883), p. 184
  9. ^ Gautier 1872, vol. 2, p. 169, Vers 2089. - Almace. ウィキソース出典 Notes et variantes” (フランス語), La Chanson de Roland, ウィキソースより閲覧。  [スキャンデータ]
  10. ^ Kibler, William; Chabaille, P., eds (1859). Gaufrey: Chanson de geste publiée pour la première fois d’après le manuscrit unique de Montpellier. Paris. p. 154. https://books.google.com/books?id=bxA6AAAAcAAJ&pg=PA154&q=Hautemise 
  11. ^ Langlois (1904) Table des noms, s.v. "Galant (2)"
  12. ^ ガラン[ト](Galant)とはフランス文学における伝説的鍛冶[11]
  13. ^ Hieatt tr. (1975a), p. 132(第43章)注2
  14. ^ 『カルル大王のサガ』第1枝篇第43章。Unger (1860), p. 40heimskringla.no版Hieatt tr. (1975a), p. 132。Togeby et al. (1980) Chapitre 40, pp. 88–89
  15. ^ 『カルル大王のサガ』第1枝篇第44章。Unger (1860), p. 40heimskringla.no版Hieatt tr. (1975a), p. 133。Togeby et al. (1980) Chapitre 41, p. 89
  16. ^ 『カルル大王のサガ』第1枝篇第58章。Unger (1860), p. 48heimskringla.no版Hieatt tr. (1975a), p. 155。Togeby et al. (1980) Chapitre 55, pp. 103–104
  17. ^ Lejeune, Rita (1950), “Les noms d'épées dans la Chanson de Roland”, Mélanges de linguistique et de littérature Romances, offerts à Mario Roques (Bade (Baden-Baden): Éditions Art et Science): pp. 161–162, https://books.google.com/books?id=EJqxM_RPMTwC&q=Almace 
  18. ^ Lejeune (1950), p. 162[17]; Bellamy (1987a), p. 272, n34に引用。
  19. ^ Kahane, Henry (February 1959), “Magic and Gnosticism in the 'Chanson de Roland'”, Journal of the American Oriental Society 12 (3, Charles H. Livingston Testimonial): 218, JSTOR 44939010 : reprinted in: Kahane, Henry; Kahane (1981), Graeca Et Romanica Scripta Selecta, Hakkert, p. 155, https://books.google.com/books?id=9ikkAAAAMAAJ&q=Almuce 
  20. ^ Cf. Galmés de Fuentes (1972), p. 238 (スペイン語)
  21. ^ Galmés de Fuentes, Álvaro (1972), “« Les nums d'Almace et cels de Durendal » (Chanson de Roland, v.2143). Probable origen árabe del nombre de las dos famosas espadas”, Studia hispanica in honorem R. Lapesa (Madrid: Cátedra-Seminario Menéndez Pidal) 1: pp. 238–239, https://books.google.com/books?id=EJqxM_RPMTwC&q=Almace 
  22. ^ a b Bellamy (1987a), p. 273, Bellamy (1987b), p. 255

参考文献

[編集]
ロランの歌
カルル大王のサガ
その他

外部リンク

[編集]