コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

キリストの捕縛 (カラヴァッジョ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
『キリストの捕縛』
イタリア語: Cattura di Cristo nell' orto
作者カラヴァッジョ
製作年1602年ごろ
寸法133.5 cm × 169.5 cm (52.6 in × 66.7 in)
所蔵アイルランド国立美術館
(リーソン・ストリートのイエズス会から寄託)、ダブリン

キリストの捕縛』(キリストのほばく、: Presa di Cristo nell'orto or Cattura di Cristo)は、イタリアバロック期の巨匠ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジオによるイエスの逮捕の絵画である。もともとは、1602年にローマの貴族チリアーコ・マッテイによって委嘱された作品で、現在はダブリンにあるアイルランド国立美術館に所蔵されている。

概要

[編集]

絵画には7人の人物がいる。左から順に福音記者ヨハネイエス・キリストイスカリオテのユダ、3人の兵士(右端の1人は後ろにいて、ほとんど見えない)、そしてランタンを持っている男である。人物たちは立っていて、身体の上部の4分の3だけが描かれている。ユダはイエスにキスをし、兵士にイエスを示したところである。人物たちは、設定が不明瞭になっている非常に暗い背景の前に配置されている。主な光源は絵画でははっきりしていないが、左上から射している。小さい方の光源は、右側の男(カラヴァッジョの自画像である[1] と信じられているが、最初はイエスのことは知らないと言い、イエスを裏切るものの、やがて世界にキリストの光をもたらすことになる聖ペテロを表しているとも想定される)が持っているランタンである。左端では、ヨハネが逃げている。その腕は上げられ、喘いでいる口は開いており、翻っているマントは兵士に捉えられている。恐怖に駆られたヨハネの逃亡は、画家の登場とは対照的である。キリストの復活から千年後の罪人であるカラヴァッジョ自身さえ、ヨハネよりもキリストをよく理解していると言っているのだ、と学者たちは主張している [2] [注釈 1]

絵画には、より不可解な細部が二ヶ所ある。そのうちの一つは、イエスとヨハネの頭部が左上隅で視覚的に融合しているように見えるという事実である。二つ目は画面中央の、そして最前面にあって目立っている、キリストを逮捕している警官の、高度に磨かれた金属で覆われた腕の存在である。絵画の中央にある兵士の磨かれた金属製の腕鎧の細部描写について、フランコ・モルマンドは、鏡、内省するための鏡、良心を査定するもの(デトロイト美術館のカラヴァッジョの『マルタとマグダラのマリア』などを参照)として、カラヴァッジョが意図したことを示唆している。同時代の精神性に重きを置く、多くの作家や説教者がそうであるように、画家は「鑑賞者がイエスを裏切る自分自身の毎日の行い、すなわち罪を通してユダの行為を自分自身に当てはめて見るよう促している[3]

出典

[編集]
アルブレヒト・デューラーの木版画(部分)

イエス、ユダ、そして手を伸ばした兵士で構成される中央の集団は、アルブレヒト・デューラーによる『小受難シリーズ』中の1509年の木版画と類似している[4]

喪失と再発見

[編集]

18世紀後半までに絵画は失われたと考えられ、約200年もの間所在不明であった。1990年、カラヴァッジョの失われた傑作はアイルランドダブリンにあるイエズス会の建物で認められた。再発見は1993年11月に発表された[5]

この絵画は1930年代初頭からダブリンのイエズス会の食堂に飾られていた。しかし、カラヴァッジョのオランダ人追随者の一人で、ゲラルド・デッレ・ノッティとしても知られるヘラルト・ファン・ホントホルストによる、失われたオリジナルの複製と長い間考えられていた。この誤った帰属は絵画を最初に依頼したローマのマッテイ家が所有していたときにすでになされていた。1802年、マッテイは絵画をホントホルストの作品としてウィリアム・ハミルトン・ニズベットに売却し、スコットランドのニズベットの自宅に1921年まで掛けられていた。その後の十年間のうちに絵画は特定されないままアイルランドの小児科医マリー・リー・ウィルソンに売却された。そして彼女は最終的に1930年代にダブリンのイエズス会の神父たちに寄贈した。彼女の夫、パーシバル・リー・ウィルソン大尉はウェックスフォード県ゴーリーの王立アイルランド警察隊の地区査察官であったが、1920年6月15日にアイルランド共和国軍によって銃殺されていた[6][7]。マリー・リー・ウィルソンはその後イエズス会の神父たちの支援に感謝して、絵画をイエズス会に寄贈したのであった。

『キリストの捕縛』は、1990年代初頭にノエル・バーバー神父から依頼を受けたアイルランド国立美術館の上級学芸員であるセルジオ・ベネデッティによって発見され、認定されるまで、約60年間ダブリンのイエズス会の所有物であった。バーバー神父はリーソン・ストリートのイエズス会共同体(バーバー神父が代表であった)の多くの絵画を修復の目的で調査するよう、ベネデッティに依頼していたのである[8]。汚れや変色したニスの層が取り除かれると、絵画の高い技術的質が明らかとなり、カラヴァッジョの失われた絵画として暫定的に認定された。この絵画の真筆性を検証した功績の多くは、ローマ大学の二人の大学院生であるフランチェスカ・カペレッティとラウラ・テスタによるものである[9]。長い研究の期間中に、二人は、小さなレカナーティの町の宮殿地下室に保管されていたマッテイ家の古文書中の、もともとのカラヴァッジョへの注文と支払いを文書化した古く腐敗した帳簿に『キリストの捕縛』についての最初の記録された言及を見出したのである。

この絵画は、ダブリンのリーソン・ストリートにあるイエズス会共同体からアイルランド国立美術館に無期限に貸与されている。イエズス会はマリー・リー・ウィルソン医師の親切な寛大さに感謝している。フランコ・モルマンドがボストン大学のマクマレン美術館で開催した1999年の「聖人と罪人」展の目玉として米国で展示され[10] 、アムステルダムのヴァン・ゴッホ美術館で開催された、2006年の「レンブラント/カラヴァッジョ」展で展示された。 [11] 2010年には、カラヴァッジョの死から400周年を記念して、2月から6月にかけてローマのクイリナーレ宮殿で展示された。 [12] 2016年には、ロンドンのナショナル・ギャラリーで展示された[13]

オデッサの破損したコピー

複製

[編集]

この絵画には少なくとも12点の複製が知られている。それらには、マンチェスターのシューカー大聖堂博物館とセント・ビーズ・カレッジにあるもの、そして以前はウォルター P. クライスラー・ジュニア・コレクションにあったものが含まれている[14]

オデッサ西洋東洋美術館(ウクライナ)には、カラヴァッジョ自身が制作したオリジナルの複製であると信じられている『キリストの捕縛』がある。この絵画は2008年に美術館から盗まれ、ドイツで発見された[15]。修復と調査の後、ウクライナロシアの科学者は、その絵画がオリジナルの所有者チリアーコ・マッテイの兄弟である、アスドルバーレ・マッテイのためにジョヴァンニ・ディ・アッティリによって制作された複製であると主張した。 アスドルバーレの帳簿には、この作品に対して1626年に12スクードの支払いが記録されている。

サンニ―ニ版:推定オリジナル作

[編集]

フィレンツェのサンニーニ家が所有するバージョンは、1943年にロベルト・ロンギの注目を集め、複製と見なされた。 2003年、画商のマリオ・ビゲッティは、それがオリジナルであると考え、購入する契約を結んだ。ビゲッティは、マリア・レティツィア・パオレッティに相談したが、パオレッティはX線画像の下に見える多数の描きなおしがオリジナルであることを証明したと主張した。 1993年にダブリンのバージョンを真筆としたデニス・マホン卿は、2004年にサンニーニのバージョンはカラヴァッジョのオリジナルであるが、ダブリンのバージョンはカラヴァッジョ自身による複製であると述べた。これは2004年2月にアイルランドとイギリスのメディアでコメントを促すことになった[16][17][18]。サンニーニ・バージョンは法的な論争の対象であり、公的な保護のもとに置かれた。マウリツィオ・セラチーニによる顔料分析で、1615年以前の絵画では知られていなかった「ナポリ・イエロー」が見つかり、セラチーニはこの作がオリジナルではないことが証明されたと述べた。パオレッティは同意しなかった。ジョナサン・ハーによるダブリンの絵画についての本は、セラチーニの主張を受け入れているが、「アートウォッチ」のマイケル・デイリーは同意しなかった[19][20]

文化的言及

[編集]
  • ケヴィン・スペイシー主演の映画『私が愛したギャングスター』では、カラヴァッジョによる『キリストの捕縛』の発見に賛同が示された。
  • エレクトロ・アコースティック即興グループ.I.M.E.O.による2001年のアルバム『Hands of Caravaggio』はこの絵画に触発されたものである。
  • この絵画は2009年のBBCシリーズ「傑作の私生活」の特別なイースタープログラムの主題であった。
  • メル・ギブソンは映画『The Passion of the Christ』は、カラヴァッジョの様式を模倣することを目的としていると述べた。映画の逮捕シーンでは兵士がイエスを捕らえた瞬間の絵画と同様の視点、照明、人物の配置を使用している。
  • この絵画は「アイルランドのお気に入りの絵画」を探すRTÉコンペティションの候補として使用された。

参考文献

[編集]
  • Benedetti, Sergio (1993). Caravaggio, the Master Revealed. National Gallery of Ireland. ISBN 0-903162-68-7 
  • Harr, Jonathan (2005). The Lost Painting: The Quest for a Caravaggio Masterpiece. Random House. ISBN 0-375-50801-5 
  • Mormando Franco, ed (1999). Saints and Sinners: Caravaggio and the Baroque Image. McMullen Museum of Art. ISBN 1-892850-00-1. https://archive.org/details/saintssinnerscar00morm 
  • Benedetti, Sergio (November 1993). “Caravaggio's 'Taking of Christ', a Masterpiece Rediscovered”. The Burlington Magazine 135 (1088): 731–741. JSTOR 885816. 

脚注

[編集]
  1. ^ カラヴァッジョへの旅-天才画家の光と闇、宮下規久朗、角川学芸出版、2007年刊行、113-114頁 ISBN 978-4-04-703416-7
  2. ^ Apesos, Anthony (Winter 2010). “The Painter as Evangelist in Caravaggio's Taking of Christ”. Aurora XI. 
  3. ^ Franco Mormando, 'Just as your lips approach the lips of your brothers: Judas Iscariot and the Kiss of Betrayal' in F. Mormando, ed., Saints and Sinners: Caravaggio and the Baroque Image (Chicago: Distrib. by University of Chicago Press, 1999), p. 183. Mormando's essay gives an overview of contemporary commentary on the scene of the betrayal of Judas in the most popular spiritual literature available to Caravaggio as he prepared to depict this scene.
  4. ^ Herrmann Fiore, Kristina (January 1995). “Caravaggio's 'Taking of Christ' and Dürer's Woodcut of 1509”. The Burlington Magazine 137 (112): 24–27. JSTOR 886401. 
  5. ^ Benedetti (November 1993)
  6. ^ Humphrys. “Dr. Nora Stack”. HumphrysFamilyTree.com. 6 February 2009閲覧。
  7. ^ Lowe, W. J. (2002). “The war against the R.I.C., 1919–21”. Éire-Ireland (Fall/Winter): footnote 71. 
  8. ^ Barber, Noel (1999). “Preface: The Murder Behind the Discovery”. In Mormando, Franco. Saints & sinners: Caravaggio & the Baroque image. Chestnut Hill, MA: McMullen Museum of Art, Boston College; Distributed by the University of Chicago Press. pp. 11-13. ISBN 978-1-892850-00-3. https://archive.org/details/saintssinnerscar00morm/page/n5/mode/2up?ref=ol&view=theater 5 March 2021閲覧。 
  9. ^ "On the Trail of a Missing Caravaggio" by Michiko Kakutani, The New York Times (2 December 2005)
  10. ^ "Saints and Sinners", exhibition information.
  11. ^ Exhibition information Archived 2010-01-24 at the Wayback Machine.
  12. ^ "Caravaggio, pittore superstar", Edoardo Sassi, Corriere della Sera (18 February 2010) (イタリア語)
  13. ^ [1]
  14. ^ Benedetti (November 1993) p.731 fn.6
  15. ^ Charney, Noah (2015-05-13). “A History of Transnational Trafficking in Stolen and Looted Art and Antiquities”. In Bruinsma, Gerben. Histories of Transnational Crime. Springer. pp. 103–146: 134–136. doi:10.1007/978-1-4939-2471-4_6. ISBN 9781493924714. https://books.google.com/books?id=gJxqCQAAQBAJ&pg=PA134 30 November 2016閲覧。 
  16. ^ Cunningham, Grainne (20 February 2004). “And the real Caravaggio masterpiece is . . . um, both of them”. Irish Independent. http://www.independent.ie/irish-news/and-the-real-caravaggio-masterpiece-is-um-both-of-them-26017545.html 30 November 2016閲覧。 
  17. ^ Reynolds, Nigel; Johnston, Bruce (20 February 2004). “The real Caravaggio is . . . both of them”. The Daily Telegraph. https://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/europe/italy/1454918/The-real-Caravaggio-is-.-.-.-both-of-them.html 30 November 2016閲覧。 
  18. ^ Conrad, Peter (22 February 2004). “Who really painted The Taking of Christ? In search of the real Caravaggio”. The Observer. https://www.theguardian.com/uk/2004/feb/22/arts.artsnews 30 November 2016閲覧。 
  19. ^ Harr 2006, "Epilogue"
  20. ^ Daley (30 September 2014). “Art’s Toxic Assets and a Crisis of Connoisseurship Artwatch”. ArtWatch UK. 30 November 2016閲覧。

注釈

[編集]
  1. ^ Apesos gives a close reading of the iconography of this canvas as seen through the lens of contemporary preachers and other theological primary sources of Caravaggio's day.