コニー・ブース
コニー・ブース Connie Booth | |
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1970年代のブース | |
本名 | Constance Booth |
生年月日 | 1944年1月31日(80歳) |
出生地 |
アメリカ合衆国 インディアナ州インディアナポリス |
国籍 | アメリカ合衆国 |
職業 | サイコセラピスト、女優、コメディアン、作家 |
配偶者 |
ジョン・クリーズ(1968年 – 1978年) ジョン・ラー(2000年 – 現在) |
著名な家族 | シンシア・クリーズ(娘) |
主な作品 | |
『フォルティ・タワーズ』 |
コニー・ブース(Constance "Connie" Booth, 1944年1月31日[1] - )は、アメリカ合衆国出身の作家、女優、コメディエンヌ、サイコセラピストである。イギリスに拠点を置いて活動しており、1970年代にBBCで放送された『フォルティ・タワーズ』で知られている。彼女はメイン・キャラクターの1人、ポリー・シャーマン (Polly Sherman) を演じていたほか、当時の夫ジョン・クリーズと共同で脚本を書いていた。彼女はクリーズの最初の妻であり、クリーズたちモンティ・パイソンによる番組『空飛ぶモンティ・パイソン』にも出演している。
経歴
[編集]青春時代
[編集]ブースの父はウォール街で働く株式仲買人であり、母は女優であった。家族はブースがインディアナポリスで生まれた後、ニューヨーク州へ引っ越した[1][2]。ブースは演劇活動を始め、ブロードウェイで代役俳優・ウェイトレスとして働いているところに、同じ時期にニューヨークで仕事をしていたジョン・クリーズと出会った[2]。彼女は1968年2月20日、ニューヨークでクリーズと結婚した[3]。
俳優としての活動歴
[編集]ブースは最初の夫・クリーズの作品に数多く出演している。彼の所属していたモンティ・パイソンの作品では、『空飛ぶモンティ・パイソン』(1969年 - 1974年)[注 1]、『モンティ・パイソン・アンド・ナウ』(1971年)、『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(1975年)[注 2]などに登場した。彼女はまた、パイソン作品前に、クリーズや他のパイソン・メンバー[注 3] も参加して制作された "How to Irritate People" (en) (1968年)にも出演している[6]。また、クリーズがアントン・チェーホフの短編『コントラバス物語』[7] を改作して作った短編映画 "Romance with a Double Bass" (en) (1974年)に出演しているほか、1977年にクリーズが作ったシャーロック・ホームズシリーズのパロディ、"The Strange Case of the End of Civilization as We Know It" (en) では、ハドスン夫人を演じている。
ブースとクリーズは、1975年・1979年のテレビ番組『フォルティ・タワーズ』で共同脚本・共演を行っており、ブースはウェイトレス兼部屋係のポリー (Polly Sherman) を演じた。同役は彼女の代表作になっている。
ブースは、英国のテレビ番組で、『ディケンズ・オブ・ロンドン』(1976年)のソフィー役、BBCによる1980年の『小公子』翻案 (Little Lord Fauntleroy (1980 film)) でのエロール夫人役、ドラマ『バッカニアーズ』(イーディス・ウォートン原作、1995年)のミス・マーチ役などを演じている。彼女は1981年のドラマ "The Story of Ruth" で主演し、虐待的な父親を持つ統合失調症の娘を演じて批判に晒された。1994年には、子供向けSFテレビシリーズ『ザ・トゥモロー・ピープル』のエピソード "The Culex Experiment" で助演をしている。
1995年、彼女は俳優業を引退した[2]。ロンドン大学で5年間学んだ後[1]、彼女は英国心理療法協会 (British Psychoanalytic Council) に参加し、ロンドンでサイコセラピストとして働き始めた[1][2][8]。30年余り、彼女は『フォルティ・タワーズ』について語ることを拒んできたが、2009年のデジタルテレビ局・ゴールドでのドキュメンタリー番組制作に当たって、閉ざしていた口を開いている[9]。
私生活
[編集]1971年に、ブースとクリーズの間には娘・シンシアが生まれた[1]。彼女は父親のクリーズと、映画『ワンダとダイヤと優しい奴ら』、『危険な動物たち』で共演している。ブースとクリーズは1978年に離婚したが[10]、親密な仲を保っている[11]。
ブースは2000年に、作家でザ・ニューヨーカーの元ドラマ批評家であるジョン・ラーと再婚した。2人は北ロンドンに在住している[2]。
主な登場作品
[編集]- 『モンティ・パイソン・アンド・ナウ』(1971年) - 複数役
- "Romance with a Double Bass" (en) (1974年) - コスタンツァ姫(英: Princess Costanza)
- 『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(1975年) - 魔女
- 『ディケンズ・オブ・ロンドン』(1976年) - ソフィー
- "The Strange Case of the End of Civilization as We Know It" (en) (1977年) - ハドスン夫人 / フランシーン・モリアーティ[注 4]
- 『リトル・プリンス』(1980年) - エロール夫人
- 『デッドリー・ゲーム』(1982年)- ヘレン・トラップ
- 『バスカヴィル家の犬』(1983年)- ローラ・ライオンズ
- "Past Caring"(1985年)- リンダ
- 『チャーリング・クロス街84番地』[12](1987年)- デラウェア出身の婦人
- 『帰ってきたシャーロック・ホームズ』[13](1987年)- ヴァイオレット・モースタン
- 『プランケット城への招待状』(1988年)- マージ(英: Marge)
- 『ホークス』(1988年)- ジャーヴィス看護師
- 『オックスフォードの恋』(1991年)- キャロライン・ハートレイ
- "Leon the Pig Farmer" (en) (1993年)- イヴォン・チャドウィック(英: Yvonne Chadwick)
- 『バッカニアーズ』(1995年)- ミス・マーチ
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d e Smith, Sean. “Don't mention the classic comedy series”. Camden New Journal. 2004年1月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月2日閲覧。
- ^ a b c d e Milmo, Cahal (25 May 2007). “Life after Polly: Connie Booth (a case of Fawlty memory syndrome)”. The Independent (London). オリジナルのMay 2, 2008時点におけるアーカイブ。 8 September 2011閲覧。
- ^ “John Cleese Biography (1939-)”. FilmReference.com. 2013年11月21日閲覧。
- ^ The Lumberjack Song - Monty Python's Flying Circus - YouTube
- ^ Witch Village - Monty Python and the Holy Grail(1m4s〜) - YouTube
- ^ How to Irritate People - IMDb
- ^ アントン・チェーホフ 著、神西清、池田健太郎、原卓也 訳『チェーホフ全集 第5 (小説(1886))』中央公論社、1960年。全国書誌番号:56004173。
- ^ “Fawlty Towers: Where are they now?”. UKTV Gold. November 21, 2013時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月2日閲覧。
- ^ Parker, Robin (23 March 2009). “Gold to reopen Fawlty Towers”. Broadcastnow 23 March 2009閲覧。
- ^ “Divorce for Cleese”. ヘラルド (グラスゴー): p. 5. (September 9, 1978) 16 November 2010閲覧。
- ^ Hoyle, Antonia (21 July 2008). “Our divorceymoon! What happened when Cleese and Winner invaded Switzerland on a six-day road trip”. London: Daily Mail 2008年8月3日閲覧。
- ^ チャーリング・クロス街84番地 - allcinema
- ^ 帰ってきたシャーロック・ホームズ - allcinema