タカワラビ科
タカワラビ科 | |||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
分類(PPG I (2016)) | |||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||
学名 | |||||||||||||||||||||
Cibotiaceae Korall (2006) | |||||||||||||||||||||
タイプ属 | |||||||||||||||||||||
Cibotium Kaulf. (1820) | |||||||||||||||||||||
和名 | |||||||||||||||||||||
タカワラビ科 | |||||||||||||||||||||
属 | |||||||||||||||||||||
タカワラビ科 Cibotiaceae(高蕨科)は、ヘゴ目に属する大葉シダ植物の科の1つである[1]。
タカワラビ科という和名はかつては Dicksoniaceae s.l. に用いられたが[1]、分子系統解析の結果細分化され、Christenhusz et al. (2011) や PPG I分類体系では、タカワラビ属 Cibotium は Cibotiaceae に含まれ、タカワラビ科はこの和名として用いられる[注釈 1]。タカワラビ科 Cibotiaceae はタカワラビ属ただ1属のみを含む単系統群の単型科である[2]。
本項では現在用いられる Cibotiaceae(およびタカワラビ属)について述べ、最後に旧タカワラビ科 Dicksoniaceae についても触れる。
学名
[編集]タカワラビ属 Cibotium のタイプ種は Cibotium chamissoi Kaulf. である[3]。タカワラビ属は Pinonia Gaudich. をジュニアシノニムとして内包する[3]。
属名 Cibotium は古代ギリシア語の κιβώτιον (kibṓtion) に由来し、小さな箱を意味する語である[4][5]。これは胞子嚢群が包膜に覆われる形状に由来するとされる[4][6]。
形態
[編集]胞子体
[編集]地上生で、茎は匍匐または直立し、数メートル(m)と大きくなる[1]。茎の径は太く、先端や葉の基部に軟らかい金色の毛を付け、鱗片を欠く[1]。中心柱は管状または網状である[1]。
葉は長さ2–4 m と大型で、胞子葉と栄養葉は同形である[1]。葉身は2回羽状複葉以上に細かく切れ込む[1]。裂片は先端が尖る[7]。葉脈は遊離し[7][1]、単条か二叉、または羽状に分岐する[1]。葉柄には関節がなく、基部は太く、長い毛が密生する[7][1]。葉柄の断面は3本の維管束がΩ字形に配列する[1]。羽軸および小羽軸の向軸側は隆起する。
胞子嚢群は葉縁の脈端に付く[1][7]。包膜は胞子嚢群を包むような二弁状で、クロロフィルを持たず、円形(外側)または楕円形(内側)である[7][1]。胞子嚢は先端に付くものから順に成熟する(順熟 gradate[8])[1][7]。環帯は斜め巻きで、糸状の側糸を持つ[1][7]。1つの胞子嚢当りの胞子数は64個で、胞子は丸みを帯びた四面体形の三溝粒である[1]。
基本染色体数は x = 68[1]。
配偶体
[編集]配偶体は緑色で心臓形の前葉体をなす[1]。クッション部の細胞層がウラボシ目と比較してやや厚い[1]。無毛である[1]。
下位分類
[編集]
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
分子系統解析に基づく系統関係[9]。 |
タカワラビ属は環太平洋地域に。9[2]–11種[1]が知られ、そのうち6種がハワイに固有である[1]。以下、Hassler (2024) による種のリストを示すを含む。日本では沖永良部島以南の琉球列島にタカワラビ Cibotium barometz 1種のみが分布する[1]。
- タカワラビ科 Cibotiaceae Korall (2006)
- タカワラビ属 Cibotium Kaulf. (1820)
- Cibotium arachnoideum (C.Chr.) Holttum (1982)
- Cibotium barometz (L.) J.Sm. (1842) タカワラビ(ヒツジシダ)[1]
- Cibotium chamissoi Kaulf. (1824)
- Cibotium cumingii Kunze (1841) クミンタカワラビ[1]
- Cibotium glaucum (Sm.) Hook. (1832) ハープウ・プル[10](ハワイ語: Hāpuʻu pulu[4])
- Cibotium menziesii Hook. (1844) ハープウ・イイ[6](ハワイ語: Hāpuʻu ʻiʻi)
- Cibotium nealiae O.Deg. (1951)
- Cibotium regale Verschaff. & Lem. (1868)
- Cibotium schiedei Schltdl. & Cham. (1830)
- Cibotium taiwanense C.M.Kuo (1985) タイワンタカワラビ[1][注釈 2]
- Cibotium ×heleniae D.D.Palmer (1999)(C. chamissoi x C. menziesii)
化石記録
[編集]日本の岩手県の上部白亜系から、タカワラビ属の1種 Cibotium iwatense Ogura の化石記録がある[1][11]。また同じく岩手県の上部白亜系久慈層群玉川層からは、ヘゴ目の中での系統関係ははっきりしないものの、Concavissimisporites punctatus, Cyathidites spp., Deltoidospora spp., Uvaesporites sp. などの胞子化石が知られる[12]。
また、アメリカ合衆国オレゴン州の上部始新統からは葉柄基部と茎の周縁が保存された Cibotium oregonense Barr. が知られる[13]。
現生種と同種と考えられている化石は中国の桂平市の中新統から見つかっており、タカワラビ Cibotium barometz (L.) J.Sm. と同定されている[14]。
利用
[編集]タカワラビは海外では根茎が工芸品として用いられるほか、薬用にも供される[1]。幹はヘゴ材と同様、蘭やアンスリウムの培地として用いられる[6]。
ハワイでは、タカワラビ属の植物はハープウ(ハプウ、hāpuʻu)と呼ばれる[6]。かつてのハワイ人はハープウの若い茎を用いて帽子を作った[6]。また、フィドルヘッドは調理して食用とされた[6]。毛はプル (pulu[15]) と呼ばれ、包帯として用いられたほか、枕やマットレスの詰め物としてアメリカ本土に輸出された[6]。また、澱粉を含む茎はブタの飼料に使われたこともある[6]。
系統関係
[編集]従来、木生シダであるディクソニア属 Dicksonia に代表される広義タカワラビ科は、同じく木生シダであるヘゴ科と近縁であるのか収斂であるのか議論があったが[16]、様々な手法による系統解析が進み近縁であることが明らかになった[16]。
分子系統解析からも、タカワラビ科は何れの系統仮説においてもヘゴ目に属することが示されている[1][17][18][19][20][21][22]。その中でも、ヘゴ科、ディクソニア科、メタキシア科とともに単系統群をなす[1][18][19][20][21][22]。
Korall et al. (2006), Korall et al. (2007), Lehtonen (2011), PPG I (2016) | Nitta et al. (2022) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
|
|
旧タカワラビ科
[編集]広義のタカワラビ科は、根茎は直立か斜上し、高く伸びてヘゴ科と同様に木生シダとなる種を多く擁する[23][7][注釈 3]。多系統であるため解体された。
かつては薄嚢シダ類は胞子嚢群の付き方で2群に大別できるという考えがあり、胞子嚢群が葉縁に付く縁生類と胞子嚢群が葉面上に付く面生類が区別されていた[7][注釈 4]。木生シダのうち、胞子嚢群が葉縁に付く形質のものが本科に分類されてきた[1][7]。それに対し、ヘゴ科では葉の裏面の葉脈上に生じる[16][26]。また、本科は包膜がコップ形か2弁形なのに対し[7]、ヘゴ科のものでは球状や鱗片状など[27]で、時にこれを欠く。
茎には複雑な網状中心柱があり、表面は多細胞性の長くて黄金色の毛で一面に覆われている[7]。本科やメタキシア属、ロフォソリア属では、茎や葉に毛があるが鱗片がないのに対し、広義ヘゴ属 Cyathea s.l.(=狭義ヘゴ科 Cyatheaceae s.s.)には鱗片がある[16]。なお、広義タカワラビ科の中にも鱗片を持つものが知られる[7]。
下位分類
[編集]現生の5ないし6属[23]に加え、化石属が含められていた[28]。ディクソニア属は熱帯域に約20種、タカワラビ属は10種ほどがあるが、他の属はごく少数の種を含むのみである[23]。
- 広義タカワラビ科 Dicksoniaceae M.R.Schomb. (1849)
- Dicksonia ディクソニア属[23]
- Cibotium タカワラビ属[23]
- Culcita クルキタ属[23]
- Chalochlaena カロクラエナ属[23]
- Thyrsopteris ティルソプテリス属[23]
- Cystodium キストディウム属[23]
- †Coniopteris[28]
- †Eboracea[28]
- †Kylikipteris[28]
PPG I (2016) では、このうちディクソニア属とカロクラエナ属、そしてヘゴ科[16](またはロフォソリア科[28])とされていたロフォソリア属 Lophosoria の3属がディクソニア科 Dicksoniaceae に残され、残りのクルキタ属、タカワラビ属はヘゴ目ではあるもののそれぞれ独立した科に移された[3]。キストディウム属に関しては単型科キストディウム科 Cystodiaceae に移され、ウラボシ目に置かれた[29]。
なお、Christenhusz & Chase (2014) では、タカワラビ属などとともに木生にならないキジノオシダ科を含むヘゴ目全体がヘゴ科として扱われ、PPG I (2016) におけるヘゴ目の科は亜科として扱われた[1][30]。タカワラビ科はタカワラビ属のみからなる亜科 Cibotioideae Nayer)として扱われた[30]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ もとの Dicksoniaceae はディクソニア科と呼ばれる(#旧タカワラビ科を参照)。
- ^ クミンタカワラビのシノニムともされるが[1]、Knapp (2011) などでは独立種として認められている。
- ^ 木生シダは直立した根茎(茎)から不定根が塊状に生え、葉柄基部や不定根が重なることで見かけ上幹のようになったものであり、真の木本ではない[24]。
- ^ この考え方に基づけば、縁生類の中でもっとも原始的な形態を持つフサシダ科から巨大化し、タカワラビ科が進化したと考えられていた[7]。また、コケシノブ科は真の縁生なのに対し、ディクソニア属の胞子嚢群は正確には「次縁生」で、胞子嚢群は葉縁の周辺に生じるが、葉縁の細胞が分裂組織としての能力を失い、柔組織になる[25]。
出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah 海老原 2016, p. 344.
- ^ a b PPG I 2016.
- ^ a b c PPG I 2016, p. 575.
- ^ a b c “Cibotium glaucum”. Native Plants Hawaii. 2022年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月27日閲覧。
- ^ “Cibotium”. Wiktionary. 2024年7月27日閲覧。
- ^ a b c d e f g h 崎津 鮠太郎. “ハープウ”. Anuhea ハワイの花・植物・野鳥図鑑. 2024年7月27日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 岩槻 1992, p. 99.
- ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 266.
- ^ Nitta et al. 2022, Data Sheet 1 (Supplementary Materials).
- ^ “野ブタによる害”. Hawaii Nature Explorers (2008年6月2日). 2024年4月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年7月27日閲覧。
- ^ Ogura 1933, pp. 748–754.
- ^ ルグランほか 2019, pp. 59–67.
- ^ Barrington 1983, pp. 1118–1124.
- ^ Hu et al. 2023, pp. 96–106.
- ^ “pulu”. Hawaiian Dictionary. Ulukau, the Hawaiian Electronic Library. University of Hawaii Press (2003年). 2024年7月27日閲覧。
- ^ a b c d e 西田 1997, p. 67.
- ^ Hasebe et al. 1994, pp. 5730–5734.
- ^ a b Korall et al. 2006, pp. 830–845.
- ^ a b Korall et al. 2007, pp. 873–886.
- ^ a b Lehtonen 2011: e24851
- ^ a b PPG I 2016, p. 567.
- ^ a b Nitta et al. 2022: 909768
- ^ a b c d e f g h i 西田 1997, p. 66.
- ^ 岩槻 1992, p. 17.
- ^ ギフォード & フォスター 2002, p. 267.
- ^ 岩槻 1992, p. 95.
- ^ 初島 1975, p. 141.
- ^ a b c d e 岩槻 1975, p. 184.
- ^ PPG I 2016, p. 576.
- ^ a b Christenhusz & Chase 2014, pp. 571–594.
参考文献
[編集]- Barrington, D.S. (1983). “Cibotium oregonese: An Eocene tree-fern stem and petioles with internal structure”. American Journal of Botany 70 (8): 1118–1124. doi:10.1002/j.1537-2197.1983.tb12460.x.
- Christenhusz, M. J. M.; Zhang, X.-C.; Schneider, H. (2011). “A linear sequence of extant families and genera of lycophytes and ferns”. Phytotaxa 19: 7–54. doi:10.11646/phytotaxa.19.1.2. ISSN 1179-3155.
- Christenhusz, M. J. M.; Chase, M. W. (2014). “Trends and concepts in fern classification”. Annals of Botany 113: 571–594. doi:10.1093/aob/mct299.
- Hasebe, M.; Omori, T.; Nakazawa, M.; Sano, T.; Kato, M.; Iwatsuki, K. (1994). “rbcL gene sequence provide evidence for the evolutionary lineages of leptosporangiate ferns”. Proc Natl. Acad. Sci. USA 91 (12): 5730–5734. doi:10.1073/pnas.91.12.5730.
- Hassler, Michael (2004 - 2024). “World Ferns. Synonymic Checklist and Distribution of Ferns and Lycophytes of the World. Version 24.7; last update July 18th, 2024.”. Worldplants. 2024年7月26日閲覧。
- Hu, Jia-Rong; Zhang, Hao; Huang, Lu-Liang; Wu, Xin-Kai; Spicer, Robert A.; Quan, Cheng; Jin, Jian-Hua (2023). “The first megafossil of Cibotium within its modern distribution”. Journal of Palaeogeography 12 (1): 96–106. doi:10.1016/j.jop.2022.12.002.
- Knapp, Ralf (2011-05). Ferns and Fern Allies of Taiwan. KBCC Press & Yuan-Liou Publishing Co., Ltd.. ISBN 9789868709805
- Korall, P.; Pryer, K. M.; Metzgar, J. S.; Schneider, H.; Conant, D.S. (2006). “Tree ferns: Monophyletic groups and their relationships as revealed by four protein-coding plastid loci”. Molecular Phylogenetics and Evolution 39 (3): 830–845. doi:10.1016/j.ympev.2006.01.001.
- Korall, P.; Conant, D.S.; Metzgar, J. S.; Schneider, H.; Pryer, K. M. (2007). “A Molecular phylogeny of scaly tree ferns (Cyatheaceae)”. American Journal of Botany 94 (5): 873–886. doi:10.3732/ajb.94.5.873. PMID 21636456.
- Lehtonen, S. (2011). “Towards Resolving the Complete Fern Tree of Life”. PLoS One 6 (10): e24851. doi:10.1371/journal.pone.0024851. PMID 22022365.
- Nitta, J. H.; Schuettpelz, E.; Ramírez-Barahona, Santiago; Iwasaki, W. (2022). “An Open and Continuously Updated Fern Tree of Life”. Frontiers in Plant Science 13: 909768. doi:10.3389/fpls.2022.909768. PMC 9449725. PMID 36092417 .
- Ogura, Y. (1933). “On the structure of a fossil fern stem of Cibotium-Type from the Upper Cretaceous of Iwate”. The Botanical Magazine 47 (563): 748–754. doi:10.15281/jplantres1887.47.748.
- PPG I (The Pteridophyte Phylogeny Group) (2016). “A community-derived classification for extant lycophytes and ferns”. Journal of Systematics and Evolution (Institute of Botany, Chinese Academy of Sciences) 56 (6): 563–603. doi:10.1111/jse.12229.
- 岩槻邦男 著「シダ植物門」、山岸高旺 編『植物分類の基礎』(2版)図鑑の北隆館、1975年5月15日、157–193頁。
- 岩槻邦男『日本の野生植物 シダ』平凡社、1992年2月4日。ISBN 9784582535068。
- 海老原淳『日本産シダ植物標準図鑑1』日本シダの会 企画・協力、学研プラス、2016年7月15日、344頁。ISBN 978-4-05-405356-4。
- アーネスト M. ギフォード、エイドリアンス S. フォスター『維管束植物の形態と進化 原著第3版』長谷部光泰、鈴木武、植田邦彦監訳、文一総合出版、2002年4月10日。ISBN 4-8299-2160-9。
- 西田治文「タカワラビ科」『朝日百科 植物の世界[12] シダ植物・コケ植物・地衣類・藻類・植物の形態』岩槻邦男、大場秀章、清水建美、堀田満、ギリアン・プランス、ピーター・レーヴン 監修、朝日新聞社、1997年10月1日。
- 初島住彦『琉球植物誌(追加・訂正版)』沖縄生物教育研究会、1975年11月 。
- ルグラン ジュリアン; 西田治文; 平山廉 (2019). “上部白亜系久慈層群玉川層大沢田川産地(岩手県)の パリノフロラからみた古植生と古環境”. 化石研究会会誌 51 (2): 59–67 .
外部リンク
[編集]- ウィキメディア・コモンズには、タカワラビ科に関するカテゴリがあります。