ニクトサウルス
ニクトサウルス Nyctosaurus | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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トサカを持つ標本の復元図
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保全状況評価 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
絶滅(化石) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
地質時代 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
中生代後期白亜紀 サントニアン-カンパニアン | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Nyctosaurus Marsh, 1876 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
シノニム | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
属シノニム
N. gracilis シノニム
N. nanus シノニム
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和名 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ニクトサウルス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
種 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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ニクトサウルス(学名:Nyctosaurus、「夜の爬虫類」)は後期白亜紀ニオブララ累層産のニクトサウルス科翼竜の1属で、生息当時ニオブララ累層が広がるアメリカ中西部は広範囲に浅い海で覆われていた。ニクトサウルス属の1種とされ "N." lamegoi と呼ばれている種の化石が数点ブラジルで発見されているが、その種は別属 Simurghia に属する可能性がある。ニクトサウルス属には数多くの種が所属させられたが、これらの多くが実際に本属に属するのかについてさらなる研究を要する。少なくとも1種は非常に巨大な枝角状のトサカを備えていた[2]。
ニクトサウルスは中型の翼竜で、ニオブララ累層を堆積させた西部内陸海路と呼ばれる大きな内海の海岸沿いに生息していた。アホウドリのような現生帆翔鳥類と同様な飛行、すなわち羽ばたきを滅多に行わない非常に長距離の飛翔、を行っていたと推測されている[3]。N. gracilis と N. nanus はかつてプテラノドンに近い種と考えられていたため、当時は Pteranodon gracilis と Pteranodon nanus とされていた。
発見と種
[編集]ニクトサウルスの最初の化石は1870年にイェール大学がアメリカ西部に送り込んだ発掘隊によって発見された[4]。発掘隊の指揮はオスニエル・チャールズ・マーシュが担っていた。この当時の西部はアメリカ先住民との衝突も懸念されていたため、発掘隊は騎兵隊の警備下で調査を行い[4]、同行者の中にはバッファロー・ビルとして有名なウィリアム・F・コディ大佐もいた[5]。この時の遠征において、北米産として初めて命名される2属の翼竜化石がカンザス州のスモーキー・ヒル川河畔から発見された。その2属の一方がプテラノドン、そしてもう一方が本属ニクトサウルスである[5]。
1876年、マーシュはその遠征で採取された標本をもとに新属のプテラノドン属を記載し、記載論文中でいくつか挙げられた種の中で最小のものとして Pteranodon gradlis が記載された[6]。同年後半、マーシュはその標本 YPM 1178 を模式標本としてニクトサウルス属 (Nyctosaurus) を新設し、 Pteranodon gracilis を Nyctosaurus gracilis とした[7]:属名はギリシア語のνύξ (nyx)「夜」と σαῦρος (sauros)「トカゲ」に由来し、「夜の爬虫類」の意になる。1881年、マーシュはニクトサウルスという学名が既に他で命名されていたと誤認し、ニクトサウルスを Nyctodactylus に変更したが、現在 Nyctodactylus という名はニクトサウルスのジュニアシノニムであるとされている[8]。1902年にサミュエル・ウェンデル・ウィリストン (Samuel Wendell Williston) が、1901年に H. T. Martin によって発見された当時最も完全な骨格 (P 25026) について記載した。1903年ウィリストンは2番目の種 N. leptodactylus を命名したが、今日これは N. gracilis と同じ物だと考えられている。
1953年、ブラジルの古生物学者 Llewellyn Ivor Price はパライバ州グラマメ累層 (Gramame Formation) で発見された上腕骨の一部 (DGM 238-R) を N. lamegoi と命名し、種小名は当時のリオデジャネイロ鉱物省地質学・鉱物学局長官だったAlberto Ribeiro Lamego への献名である[9]。本種の翼開長は 4 m と推定されている:現在では一般的にこれはニクトサウルスとは異なる形状をしていると見なされているがまだ別の属名を与えられていない[2][10][11]。本種はおそらくカンパニアン-マーストリヒチアンの産であり、Simurghia 属の1種である可能性がある[12][13]。
1962年にジョージ・フライヤー・スタンバーグによって発見された新しい骨格 FHSM VP-2148 は、1972年に N. bonneri と命名されたが、今日ではこれも N. gracilis であると見られている[2][12][14]。
1978年に Gregory Brown が現在知られている最も完全なニクトサウルスの骨格 (UNSM 93000) をプレパレーションした[15]。
1984年、Robert Milton Schoch は小型の Pteranodon nanus (Marsh 1881) を Nyctosaurus nanus と命名し直した[8]。この種の有効性についての問題は今のところさらなる研究待ちである[2]。
2000年代初期にカンザス州エリス (Ellis) 在住の Kenneth Jenkins はニクトサウルス化石の標本を2点所持しており、これらの標本によって初めてニクトサウルスにはトサカを持っていた種がいたことだけでなく、その成熟個体のトサカが非常に大型で複雑な物であったことが明らかになった。その標本はテキサス州オースティンの個人コレクターによって購入された物だった。博物館標本ではなく個人蔵であったにもかかわらず、古生物学者 Chris Bennett は当該標本を研究することに成功し、標本に参照番号 KJ1 と KJ2 を("KJ" は Kenneth Jenkins から)付与した。Bennett は2003年にこれらの標本の記載を発表した。非常に変わったトサカを持ってはいたが、それでもその標本は他のニクトサウルス標本との違いは見つからなかった。しかしその当時命名されていた種は非常に似かよっており、ニクトサウルス属に属する種間の差異(または差異の無さ)に関するさらなる研究が発表されるまで、Bennett はこれらの標本を特定の種に割り当てることを留保した[2]。
記載
[編集]大きさと体重
[編集]ニクトサウルスは解剖学的には同時代に生息していた近縁のプテラノドンと共通点が多い。比較的長い翼を持ち現生の海鳥に似た形状をしている。しかし全体としてプテラノドンよりもかなり小さく、成体の翼開長は 2 m を少し超える[2]。しかしドイツの古生物学者ペーター・ヴェルンホファーによる1991年の推定ではおよそ 2.4-2.9 m となり[16]、本属であるか疑問がある種 "N." lamegoi は1953年に Price によって 4 m [17]、1991年にヴェルンホファーによって 3.5 m [9]という推定値が与えられている。N. gracillis の胴体長は 37.6 cm、翼開長は 2.72 m、体重は 1.86 kg と推測されている[18]。
頭骨とクチバシ
[編集]頭骨標本には特に大きなトサカを保存している物がいくつか存在し、老成個体では少なくとも 55 cm もの高さになり、これは体の他の部分に比べても巨大なだけでなく、頭部長の3倍にもなる。このトサカは溝を持つ長い2本の桁から構成され、1本は上方へもう1本は後方へ向いており、頭骨後部から上後方へ飛び出す共通の基部から伸びている。2本の桁はほぼ同じ長さで、両方とも胴体の総全長より長いまたはほぼ同じ長さである。上方に向かう桁は少なくとも 42 cm であり、後方に向かう桁は少なくとも 32 cm であった[2]。
ニクトサウルスの上下顎は長く非常に尖っていた。先端は薄くて針のように鋭く、化石標本ではよく折れてしまって片方がもう片方より長いように見えることがあるが、生存時はおそらく同じ長さであった[2]。
翼
[編集]ニクトサウルスは近縁のプテラノドンに似た構成の翼を備え、高いアスペクト比と低い翼面荷重を持っていた。翼の構造は全体的に現生のアホウドリに類似しており、よって飛び方も同様だった。しかしプテラノドンと異なる点としては、ニクトサウルスはすっと小さく、相対的に翼開長も小さかった。ただし初期の翼竜類と比べると充分に大きい[2][17]。
前肢
[編集]近縁なプテラノドンと同様、ニクトサウルスも他の初期の翼竜に比べて長い前肢を持っている。上腕と前腕のほとんどの腱は内部で骨化しており、これはニクトサウルス科のみに特有な特徴であり、他にこの特徴を持つのは近縁のムズキゾプテリクスである。これ以外のニクトサウルス独自の特徴としては、他の翼指竜亜目では4本である翼指骨がニクトサウルスでは3本であるという点があり、これはニクトサウルスにのみ見られる固有派生形質の可能性がある[19]。
ニクトサウルスは上腕骨長のおよそ 2.5 倍にもなる伸長した中手骨をもつ。このような比率は他に2グループの翼竜でしか見られない:すなわちプテラノドン科とアズダルコ科である。ニクトサウルスがプテラノドンと共有する別の特徴は、翼において翼指骨の占める長さが翼全体の 55 %になるという点である[19]。
ニクトサウルスにおける解剖学的研究によって、第1・第2・第3中手骨は手根骨と接していないことが確認され、これはプテラノドン科と同様の特徴だがプテラノドン科とは異なり、ニクトサウルス(とおそらく他のニクトサウルス科翼竜)は「翼指骨」以外の指骨との接続も失っている[19]。結果として、地上での移動には支障が伴ったと考えられ、科学者たちはニクトサウルスはほとんどの時間を空中ですごし滅多に地上には降りなかったと推測するに至っている。実際、地表や樹皮をしっかり掴む鉤爪が無くてはニクトサウルスにとって崖や木の幹にしがみついたりよじ登ったりは不可能なことだったろう[2]。
後肢
[編集]伸長した前肢とは逆に、ニクトサウルスは体全体のサイズに対して短い後肢を持っていた。ニクトサウルスは全翼竜の属の中で最短の後肢を持っていたといくつかの分析が示しており、後肢/体サイズ長比からみると後肢長は翼長のおよそ 16 %しかない[19]。
分類
[編集]下図は2013年の Brian Andres と Timothy Myers の研究に従ったクラドグラムで、Pteranodontia 中でニクトサウルスの系統上の位置を示している。この分析ではニクトサウルス属の2種(N. gracillis と "N." lamegoi)が含められ、ニクトサウルス科 (Nyctosauridae) の中でムズキゾプテリクスの姉妹群の位置にいる[20]。
Pteranodontia |
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2018年、Nicholas Longrich らによるクラドグラムではクレード Pteranodontoidea をより包括的なグループに置き、Pteranodontia はプテラノドン科とニクトサウルス科翼竜のみを含むよう限定された。この分析ではニクトサウルス属には3種、"N." lamegoi・N. nanus・N. gracilis が含まれ、3種全てがニクトサウルス科の派生的位置に置かれた[12][21]。
Pteranodontoidea |
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2024年、"N." lamegoi は系統分析を基にして Simurghia 属の1種に含まれた[13]。
純古生物学
[編集]生活史
[編集]ニクトサウルスは近縁なプテラノドンのように孵化後急速に成長したと考えられている。完全成熟個体の標本でも P 25026(発見と種節に図示)のような未成熟個体よりもそれほど大きくなく、ニクトサウルスは孵化後成体の大きさ(翼開長 2 m 超)となるまでに1年かからなかったことが示唆される。ほぼ無損傷の頭骨が保存されている亜成体標本が何点かあるが、トサカは存在した痕跡すらなく、この特徴的な大型のトサカは生後1年を過ぎてからでないと発達し始めないことが推測される。トサカは年齢を重ねるごとにより複雑に成長した可能性があるが、完全に成熟して大型のトサカを備えた標本個体の年齢を調査した研究はまだ無い。これらの個体は死亡時には5歳だったかも10歳だったかもしれない[2]。
トサカの機能
[編集]比較的保存状態の良いニクトサウルスの頭骨は5つしか見つかっていない。それらの中で1つは若年個体でトサカは持っておらず(標本 FMNH P 25026)、2つはもう少し成熟した個体でトサカを持っていた徴候がうかがえるものの損傷の度合がひどくはっきりとしたことは言えない(標本 FHSM 2148 と標本 CM 11422)。しかし、2003年に記載された2つの標本(標本 KJ1 と標本 KJ2)は巨大な二叉のトサカを保存していた[2]。
当初、この巨大な枝角に似たトサカには飛行安定のために用いられた皮膚の「帆」が張られていたという仮説が立てられた。化石にはそのような帆があった証拠は残されていないが、骨質のトサカに展帆された膜は空力的優位性を付与することが知られている[3]。しかし、その化石の実際の記載では、古生物学者 Christopher Bennett はトサカに膜もしくは軟組織の延長部が存在した可能性に対して否定的な主張を行った。Bennett は、各分枝の端は滑らかで丸く、軟組織の付着部が存在したようには見えないと書き残している。彼はニクトサウルスと、分枝に支持された軟組織延長部が実際に保存されていた大型のトサカをもつタペヤラ科翼竜の比較も行い、それらのタペヤラ科翼竜では骨から軟組織への移行部は縁がギザギザになっていて付着部がはっきりとわかる事を示した。Bennett は現生動物での似たような構造を引き合いに出して、トサカは単にディスプレイのために用いられた可能性が最も高いと結論づけた[2]。その巨大なトサカに「帆」があった場合の空気力学を試算した邢立達 (Xing Lida) らによる2009年の研究では、さらに帆がなかった場合についても同様に試算を行い、重大な否定的要因は無いということが判ったため、帆のないトサカでも通常の飛行に支障はなかっただろう[3]。トサカの主目的はディスプレイであり、空力的効果は副次的なものだったというのが最も蓋然性が高いと思われる。Bennett はまた、トサカはおそらく性的二形ではなく、近縁のプテラノドンも含めたほとんどのトサカを持つ翼竜でのように、雌雄どちらの性もトサカを持ち形状や大きさが異なるだけであると主張している。したがってこの説を取れば、一見トサカが無いように見えるニクトサウルス標本はおそらく亜成体である[2]。
翼面荷重と飛行速度
[編集]Sankar Chatterjee] と R.J. Templin は完全なニクトサウルス標本を基にした推定値を、体重・総翼面積を決定するために用い、総翼面荷重を 44.6 N/m2 と計算した。また、筋肉組織量の推定値から有効飛行仕事率も算出された。これらの計算結果から、Nyctosaurus gracilis の巡航速度は 9.6 m/s (34.5 km/h) と推定された[18]。
古環境学
[編集]既知の全てのニクトサウルス化石はカンザス州のスモーキーヒルチョークから産出しており、これはニオブララ累層の一部である。具体的には、彼らは Spinaptychus sternbergi 種のアンモナイトが豊富に産することで特徴づけられる細い地帯でだけ発見されている。これらの石灰岩堆積物は西部内陸海路の海退期に堆積し、これは 85 Ma から 84.5 Ma(Ma:百万年前)にかけて続いた。したがって、ニクトサウルスは比較的短期間の存続しか確認されていない属であり、これは近縁のプテラノドンが Pierre 頁岩層を覆うニオブララ累層のほぼ全ての場所で発見され 88 Ma から 80.5 Ma にかけて生存していたのとは対照的である[22]。
この地域に保存されている生態系はその脊椎動物の豊富さで特徴づけられる。ニクトサウルスが飛んでいた空には鳥類イクチオルニスとプテラノドンの1種 Pteranodon longiceps も飛んでいたが、ニオブララ産プテラノドンの2番目の種 P. sternbergi はこの時点で化石記録からは消えている。西部内陸海路の海域には、クリダステス、エクテノサウルス、エオナタトル、ハリサウルス、プラテカルプス、ティロサウルスなどのモササウルス類が泳ぎ、ドリコリンコプスや Polycotylus などの首長竜、バキュリテスや Tusoteuthis などの頭足類、Ctenochelys や Toxochelys などのウミガメ類も発見されている。非飛翔性海鳥の Parahesperornis もこの場所で発見されており、カジキに似たプロトスフィラエナや、パキリゾドゥス、シファクティヌス、イクチオデクテス、ギリクス、Leptecodon、エンコドゥス、キモリクティスなどの捕食性魚類、濾過食性の Bonnerichthys、背びれの大きなバナノグミウス、軟骨魚類のクレトラムナ、プチコドゥス、サカタザメ属、スクアリコラックスなどもこの地層から発見されている[22]。ニクトサウルス化石とともに恐竜化石も見つかっており、これにはノドサウルス科の Hierosaurus やニオブララサウルスに加えてハドロサウルス科の Claosaurus が含まれる[23]。
出典
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参考文献
[編集]- Witton, Mark (2013). Pterosaurs: Natural History, Evolution, Anatomy. Princeton University Press. ISBN 978-0-691-15061-1
- ペーター・ヴェルンホファー『動物大百科別巻2 翼竜』平凡社、1993年。ISBN 4-582-54522-X。
外部リンク
[編集]- Nyctosauridae (scroll down) in The Pterosaur Database