ノート:六地蔵駅
この三つの駅が統合されて、ひとつの記事になっている理由がよくわかりません。
・地下鉄五条駅と京阪五条駅
・京阪木幡駅とJR木幡駅
と扱いを異にしているのは、なぜですか?
2008年1月25日 (金) 06:26 (UTC)--以上の署名のないコメントは、210.159.200.184(会話/Whois)さんが 2008年1月25日 (金) 06:26 (UTC) に投稿したものです(Laichuan Yinfuによる付記)。
- (一部修正させていただきました)そうですねぇ。しいて言えば東西線の案内表示でJR奈良線・京阪宇治線ともに乗換路線として案内されていることでしょうか。太秦天神川駅開業のときに京阪宇治線は東西線・JR奈良線よりちょっと離して描かれるようになりましたが、それでも京阪宇治線への案内自体は残ったままです。黄檗駅は乗り換えようとすれば結構時間がかかりますが同一記事ですし、木幡駅も記事を分けるほどの距離でもなかったのではないでしょうか。--Laichuan Yinfu 2008年1月31日 (木) 12:31 (UTC) 事実誤認があったので修正--Laichuan Yinfu 2008年1月31日 (木) 12:36 (UTC)
こんにちは。JRと地下鉄は同一記事で良いが、京阪は分離して別記事にすべきでしょう。--220.145.96.55 2008年12月5日 (金) 01:58 (UTC)Sie
特定都区市内について
[編集]市内駅扱いは桃山駅までなので削除しました。--219.122.243.197 2008年2月8日 (金) 15:02 (UTC)
京阪六地蔵駅のホーム監視テレビシステムの設置時期について
[編集]これは書き込み人が昭和50年2月高校受験に向かうために始めて六地蔵駅を利用した時の記憶、一緒に受験した同級生がカメラと受像機の存在を教えてくれました。コレでは確認不可能でしょうか--123.221.138.87 2010年5月14日 (金) 13:34 (UTC)
- (コメント)仰る根拠ではWikipedia:独自研究は載せないに該当するため確認不可能です。Wikipedia:検証可能性を満たす出典(文献・記述時点で確認できるウェブサイト(個人サイト・ブログなどは除く)または、せめて一般に配布されたパンフレット類など)を参照し、原典として提示する必要があります。詳しくは、Wikipedia:検証可能性(特に、「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」をお読みください。)--Si-take. 2010年5月14日 (金) 14:02 (UTC)
分割提案(再)
[編集]前回の分割提案が立ち消えになってしまったようなので再度提案させて頂きます。内容は前回と同じく、京阪の六地蔵駅の分離です。JRと地下鉄の六地蔵駅は同一の場所にあり、交通新聞社発行の『JR時刻表』でも乗換駅同一駅としての案内がありますが、京阪は両駅から大分離れている(約300m)こともあり公式には案内はありませんし、徒歩乗換するにもそれなりの時間を要します。なお、プロジェクト議論としてプロジェクト‐ノート:鉄道/駅#「同一の駅」と「同一駅名・同一市町村で所在地が異なる駅」が進行中であることも併せて記しておきます。--Yamatochem 2012年2月20日 (月) 01:20 (UTC)
- コメント PJにて複数の利用者により議論が行われている最中であれば、その議論の趨勢(結論)を待ってから当項目の分割議論(または取り下げ)に入るべきと考えます。現時点の議論提起は、PJ議論を軽視するものでもあり時期尚早です。--Si-take. 2012年2月20日 (月) 06:20 (UTC)
- コメント ウォッチリストに入れていればノートでの議論が起こったことがこの記事に関わった方々にもわかり、PJ議論もより活発化すると考え提案させていただきました。Si-take.さんとは切り口といいますか考え方の方向性がちがったのだと思います。決してどちらかの議論を軽視しているわけではなく、むしろ両方をより重視しております。同一にした方が発展させやすいというのであれば同一にしておくべきであるし、別個にした方が発展させやすいというのであれば別個にすべきだと思うし、要は記事の問題であるから、ノートに書かせて頂きました。今回は運良くSi-take.さんの目に止まりましたので大成功といったところでしょうか。Si-take.さんもよろしければ議論への参加をお願いしたいと思います。--Yamatochem 2012年2月20日 (月) 06:54 (UTC)
- コメント 議論活性化が目的でしたら、コメント依頼の活用をお奨めします。--Si-take. 2012年2月20日 (月) 09:09 (UTC)
- コメント ウォッチリストに入れていればノートでの議論が起こったことがこの記事に関わった方々にもわかり、PJ議論もより活発化すると考え提案させていただきました。Si-take.さんとは切り口といいますか考え方の方向性がちがったのだと思います。決してどちらかの議論を軽視しているわけではなく、むしろ両方をより重視しております。同一にした方が発展させやすいというのであれば同一にしておくべきであるし、別個にした方が発展させやすいというのであれば別個にすべきだと思うし、要は記事の問題であるから、ノートに書かせて頂きました。今回は運良くSi-take.さんの目に止まりましたので大成功といったところでしょうか。Si-take.さんもよろしければ議論への参加をお願いしたいと思います。--Yamatochem 2012年2月20日 (月) 06:54 (UTC)
- PJでは興味を持つ人が少なかったのか議論が停止してしまいました。各記事で前例を作ってから持って行った方がよさそうです。そういうことから、ここでの議論を再開しようと思います。拙の意見は変わりません。大きく距離が離れている京阪六地蔵駅の分割です。一週間を目安に意見を聴取しようとおもいます。よろしくお願いします。--Yamatochem(会話) 2012年3月19日 (月) 15:44 (UTC)
- 反対 駅の役割や設置が企図された状況を当方なりに分析しますと、現時点での分割提起はその議論(材料)が不足しており時期尚早と考えます。駅記事の分割は単純な距離云々ではなく、その連絡駅としての機能(設置者や都市計画として企図された内容および実情)を斟酌し、ケースバイケースで判断すべきですが、連絡駅としての機能(必ずしも距離を理由としない=「単なる近隣駅」である木幡や黄檗とは事情が違う)について、記事中や当議論で説明・議論が尽くされていません。
- 現状のご提案については、公式の案内や住所としての立地の観点からは分割が適当でしょうが、一方で京阪とJR・地下鉄駅を「連絡駅」として案内している実例も方々にあります(実例:京都伏見観光連携協議会・醍醐寺・アルプラザ醍醐専門店)から、実質的な連絡駅としての機能も無視できません。(当然ながら、Wikipediaの記事構築に当たってはこれらを総合的に判断すべきという前提でコメントしており、否定のための材料ではないことをお断りしておきます。)
- なお、もし分割なされるのであれば留意点として、以下の意見(要望)をコメントしておきます。
- 重複記述を極力抑える - 重複記述が多いと、記述内容更新が煩雑になるほか、同一性を保つのが難しくなります。それを防ぐための工夫として、「駅周辺」セクションは可能な限りJR・地下鉄駅に記述し京阪駅の記事からは誘導にとどめるべきだと思います(京阪駅至近の話題を除く)。
- 駅名の付与理由について - 京阪駅については大善寺関連であることに間違いない(「おけいはんねっと」に記述あり)と思いますが、ではJR・地下鉄駅はどうかというと、果たして大善寺関連なのか、はたまた単に既存の京阪駅に倣っただけか?…分割にあたって安易な記述をなさいませんよう、切にお願いする次第です。--Si-take.(会話) 2012年3月25日 (日) 05:48 (UTC)
- コメントありがとうございます。拙としましては、連絡駅として案内されていることと記事を同一にすることは関係ないのではないかと最近では思うようになりました。(和田岬では連絡駅としての案内してあることを以て分割を中止しましたが)①最初に駅所在地の記述が宇治市とありますが、京阪六地蔵は京都市です。②駅周辺節の施設がどちらの駅基準か不明です。③当記事でそれぞれ節分けして独立に書いてあるのであれば同一に無理矢理まとめてしまう必要性も無いのではないかと考えます。④歴史節を編集する際、いちいち社名頭文字を付加しなければならず面倒過ぎます。このような判断材料を提示させて頂きます。--Yamatochem(会話) 2012年3月31日 (土) 12:41 (UTC)
- コメント 2人で話をしても、たぶん堂々巡りです(「反論」としてお出しできる材料や突っ込める点はいくつかありますけど…議論が広がりそうなタイミングがあるなら改めてコメントします)。Yamatochemさんが『各記事で前例を作って』というような意図を含めて提起されている議論であれば尚更、コメント依頼に募るなど、急がず広く意見を求めるようにしませんか?2人だけで話した内容をもって「前例」として別のところで援用しても、説得力が無いでしょう?そういう意図ならもっと派手にやったほうがいいですよ。(上にコメントしたとおり、当方は当該PJ議論については「ケースバイケースで判断=ローカルルールは必要ない」という立場ではありますが。。。)--Si-take.(会話) 2012年3月31日 (土) 13:50 (UTC)
- PJでコメント依頼を出してもそれほど盛り上がらなかったし、ましてや個別の駅で依頼しても意見が来る望みはかなり薄いと考えます。ローカルルール不要というのも拙的にはアリかとも思います。もし、次回どこかの駅記事で分割提案が出されたとき、再度同じ議論をすることになってしまい、二度手間となるので、拙が出した反論に対しての反論を述べて頂けないでしょうか?よろしくお願いします。--Yamatochem(会話) 2012年4月1日 (日) 01:11 (UTC)
- コメント そうですか。では、上記コメントに対しての反論を述べておきます。 まず、①については事実誤認(記事冒頭をよく読んでください)。②については、当該セクションは「半径何メートルを記述する」といった前提を設定せずに両駅の周辺について包括した記述をしていますから、それほど問題はありません。③については、セクション別の構成と記事の分割議論は関係ありません(逆の言い方をするなら、同一記事にまとめる事が可能である内容を分割することでかえって煩雑になるともいえます)。④については当方が便宜的に付与したものですが、その理屈ですとJR駅と地下鉄駅も記事を分割しないといけないことになりませんか?(別ジャンルですが、個別に沿革セクションを設けた例もあります。→鳥取豊岡宮津自動車道を参照。)
- さて、本件議論について『連絡駅として案内されていることと記事を同一にすることは関係ない』と仰っていますが、当方はこれこそが当駅の特筆性の最たるものであり、当駅に関する議論としてはもっとも重要な要素だと思っています。 歴史的事実として、旧東宇治町域は元来京都市域と生活圏が一体であるという「事実」(詳しくは、宇治市史またはそれを出典とした拙著(宇治市#宇治市成立へ向けての合併と京都市への編入議論)を参照)があることから駅利用(連絡)の実態について記述なり議論なりを掘り下げる必要性があるほか、特に両駅がまたがる地域は実態として山科川をまたがった同一生活圏を形成していると思われる(経験談を含め思量)こともあり、両駅が市域をまたいでいることは記事構成について議論するための要素としては比較劣位と考えます。
- 申し訳ないですが、連絡駅としての要素を軽視されんとするコメントをなさった時点でYamatochemさんの議論提起は主従が逆転したという印象であり、正直に言えば「あぁ、地図上で判断できることだけで機械的に分割しようとしているんだな、駅の実態を見て記事構成を考えることを軽視なさってるんだな」といったところです。(都市計画との兼ね合いとか、「連絡駅」と「近接駅」の違いについては以前にコメントしました。) 技術的な観点ばかりを強調して実情を軽視せんとする姿勢で取り組まれても読者の益するところから遠くなるばかりですし、こんなんじゃ議論の落としどころなんて見つかりませんよ?--Si-take.(会話) 2012年4月1日 (日) 02:06 (UTC)
- ①事実誤認でした。しかし、冒頭テンプレートでは所在地に社名が冠されておらずどちらか分かりません。④はそうのように考えています。会社が違うのなら全部分割すべきと考えています。拙としては、会社も違う、運転系統も違う別々の存在が同一にまとめられていることが非常に乱暴に感じるわけです。連絡駅として案内されているから、生活域が同一であるからという理由で同一であるのだとすれば、同一または近接の場所にあっても駅名が違うというだけで別々になっている駅記事を説明できません。Wikipediaでは一つの事柄に対し一ページで扱って欲しいと考えます。決して地図上で判断できることだけで機械的に分割しようとしているわけではないのです。いくつか、隣接しているが駅名が異なるため別ページになっている記事がありますが、駅名が異なる点以外で別ページになっている理由というものを教えて頂けないでしょうか?もう一点、駅名が異なるため別個ページになっているものについて、統合提案が出された場合賛成されますか?--Yamatochem(会話) 2012年4月1日 (日) 02:40 (UTC)
- コメント 『駅名が異なる点以外で別ページになっている理由』については、当方は存じません(たぶん、それぞれの記事主体(駅)のありようや、記事加筆・発展の経緯が違うのでしょう)。『駅名が異なるため別個ページになっているものについて』については、現状の当駅記事はそれなりに収まりが良いと思われるほか、現状の記事を分割してもデータベース的なスタブが濫造されるだけです。(仮に分割するなら、当駅記事(群)のありようをもっと詰める必要があります。)…といいますか、当駅記事に限らない全般的な議論をここでやろうとしないでください。(鉄道駅記事全般について貴殿が思うところ(何らかの意図)を推し進めるために、当駅記事を生贄にしないで!)
- さて、議論を戻します。上にもコメントしていますが、当駅の特筆性の最たるものはその「連絡」駅たる拠点性です。(内部参照で恐縮ですが、京都市営地下鉄によると、同地下鉄計画は1968年に京都市の諮問機関によって最初に立案されたとあります。当時は国鉄奈良線なんて汽車ですから、一意的には京阪との連絡を企図したものでしょうか。また、同市が小学校で行っている社会科では、郷土学習の参考書にも記載がありました(最近のは見てませんが…)。)地下鉄駅と京阪駅の間に市境があるのは、その生活圏や鉄道建設の経緯も含めて結果論に過ぎないとも思える。ゆえに、所在する自治体が違うというだけの理由で分割を企図するのは、記事主体の本質を見誤っている可能性が無いだろうかとも思うわけです。 はじめに『議論(材料)が不足しており時期尚早』と申し上げましたが、当方のような素人が思いつくだけでかような拠点性・特筆性および特殊性(市境について等)のある当駅の記述について、記述整理のための交通整理としてどういった選択を取るにせよ、議論のための材料や根拠は何ら提示されておらず議論にならないと申し上げていますし、当方は分割には反対のコメントをしつつも「落としどころ」をさぐる用意もありコメントもしました。しかし、まずは「相応の材料や議論が尽くされたうえで最終的にどういう処置を成すかを判断すべきである」という投げかけに対して、貴殿がそのための(他の人や議論材料を呼び込む、提示する)努力をなされないという意図であれば、そもそもこの分割議論は成立し得ない(会話にならない)ものですから、提案を早々に閉じていただきたいと思います。(繰り返しますが、2人で話をしても堂々巡りです。)--Si-take.(会話) 2012年4月5日 (木) 09:59 (UTC)
- ①事実誤認でした。しかし、冒頭テンプレートでは所在地に社名が冠されておらずどちらか分かりません。④はそうのように考えています。会社が違うのなら全部分割すべきと考えています。拙としては、会社も違う、運転系統も違う別々の存在が同一にまとめられていることが非常に乱暴に感じるわけです。連絡駅として案内されているから、生活域が同一であるからという理由で同一であるのだとすれば、同一または近接の場所にあっても駅名が違うというだけで別々になっている駅記事を説明できません。Wikipediaでは一つの事柄に対し一ページで扱って欲しいと考えます。決して地図上で判断できることだけで機械的に分割しようとしているわけではないのです。いくつか、隣接しているが駅名が異なるため別ページになっている記事がありますが、駅名が異なる点以外で別ページになっている理由というものを教えて頂けないでしょうか?もう一点、駅名が異なるため別個ページになっているものについて、統合提案が出された場合賛成されますか?--Yamatochem(会話) 2012年4月1日 (日) 02:40 (UTC)
- 終了 貴重なご意見ありがとうございました。六地蔵駅につきましては連絡駅としての歴史的経緯があり、分割することによって不利益な点があることが今回の意見聴取にてはっきりしました。この件につきましては、分割は不適であるとしてこの議論を閉めさせていただきます。ありがとうございました。--Yamatochem(会話) 2012年4月6日 (金) 00:59 (UTC)