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ノート:栄養素/酵素について

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酵素について

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酵素は大部分タンパク質であり、したがって当然、酵素は栄養素と言えるでしょう。しかし「栄養素」という側面に注目するならば、酵素であるタンパク質と、酵素でないタンパク質に本質的な違いはないはずです。どうせ消化されて多くはアミノ酸になるでしょう。ですからこの文脈で、タンパク質のうちことさら酵素を強調する必要はないように思います。一方、酵素を経口摂取した場合、それが消化管内に届き、そこで機能し、消化・吸収に関与することは実際あります。しかしその現象は、その酵素が「栄養素であること」とは本来無関係なはずです。いずれにせよここでわざわざMeltbeenさんご執心(?)の佐伯先生のお名前を持ち出してまで記述する必要は、いまのところ(この文脈では)ないと思います。--エクリプス 2008年1月18日 (金) 16:00 (UTC)

酵素は消化吸収に関係することもあり、物質として利用されますので栄養素の一つとしてカウントして正しいでしょう。また主要な構成要素がタンパク質だからといって、タンパク質ではありませんので一括して語ることはできません。タンパク質としての利用を目的として摂取せず、酵素の活性作用を目的とします。また大衆に広く認識されたのはいつであるのかという背景の情報があれば百科事典として有用です。--Meltbeen 2008年1月19日 (土) 02:07 (UTC)
私もエクリプスさんと同意見です。「栄養素」としては、酵素を構成するタンパク質も酵素以外のタンパク質も違いがないわけで、さまざまな種類があるタンパク質の中からここで酵素について特筆する必然性は全くないと思います。--Luna plena 2008年1月19日 (土) 05:52 (UTC)
同意見と言いますが、「栄養素」がなんであるから酵素とタンパク質が同列に語られるかという具体的な根拠が共有されていないわけですから、同結論にはなりえても即同意見にはできませんよ。--Meltbeen 2008年1月19日 (土) 18:06 (UTC)
私は酵素を特別視する必要がないという点では共有しているつもりなのですが、もちろん私がそう思っているだけで全くの同意見かは分かりません。少なくとも言えることは、酵素についてここで言及する必然性が明らかではないということです。どうしてタンパク質一般の記述に留めずに、酵素という特殊な例について栄養素の記事で言及する必要があるとお考えなのかご説明ください。--Luna plena 2008年1月19日 (土) 18:54 (UTC)
これは「栄養素」という記事なので、「栄養素なので」とされても根拠としてよくわかりません。栄養素が何であるかという説明が必要となるのではないでしょうか?私は酵素はタンパク質とは機能が違うとして言及する理由を書いていまして、私以外の方は、「栄養素なので」「必然性が明らかではない」と結論のみを述べ、考えが提示されていません。--Meltbeen 2008年1月19日 (土) 19:07 (UTC)
私は、栄養素は消化管から体内に吸収されることで生体内でなんらかの機能を持つ物質だと考えています。酵素を含むタンパク質は、低分子のペプチド断片かアミノ酸にまで分解されなければ基本的には吸収されません。酵素の分解によって生じたペプチドやアミノ酸はもはや酵素としての活性を失っており、この時点で酵素とそうでないタンパク質を区別することはできなくなります。従って、栄養素という意味では酵素と他のタンパク質を区別する必要はないと思うのです。--Luna plena 2008年1月19日 (土) 19:33 (UTC)

では、食物繊維は栄養素に分類されないということですか?また舌下など口腔内からの吸収や点滴はどうなりますか?--Meltbeen 2008年1月19日 (土) 20:39 (UTC)

私の考えでは食物繊維は栄養素には含まれません。人工的に取り込まれても栄養素は栄養素ですが、それはアーティファクトであって本来は消化管から吸収されるものです。ここで私が伺いたいのはMeltbeenさんがどのような根拠に基づいて酵素を特筆なさっているのかです。私とMeltbeenさんは異なる栄養素の定義に基づいて議論しているのかもしれません。Meltbeenさんがどのような定義に基づいているのか、その定義に従うとどうして酵素を特筆する必然性が生まれるのか教えてください。--Luna plena 2008年1月20日 (日) 05:12 (UTC)
国策的な「2005年版の日本人の食事摂取基準について」では、食物繊維は栄養素としてカウントされていますので、腸から吸収されるか否かということは栄養素を定義する基準ではないという認識がすでに広く提示されているということです。従って、食物繊維のように腸から吸収されないものは栄養素ではないというのは単に一つの意見となります。また消化管のみが吸収経路ではありませんから、消化管から吸収すべきか否かということも栄養素を定義する基準ではなく、それは思い込みではないでしょうか?酵素を特筆する必然性はすでに述べているので、繰り返すことになりますが、酵素はアミノ酸として分解されることを目的としてではなく酵素の活性作用という機能を目的として摂取するということです。食物繊維においても、分解され吸収されブドウ糖として利用されるということではなく、ほとんど吸収されないがプレバイオティクスとして機能を目的として摂取されます。--Meltbeen 2008年1月20日 (日) 09:22 (UTC)
Meltbeenさんが紹介してくださった資料でも、酵素は栄養素としては挙げられていませんよね。私の定義が一つの意見にすぎないとしても、結局は酵素に単なるタンパク質以上の意味を栄養素として見出すことはできません。つまり、現時点ではMeltbeenさんのお考えも一つの意見に過ぎないと思うのです。まずはMeltbeenさんの考えを裏付ける客観的な資料を提示していただきたく思います。百科事典に書くからには酵素が「栄養素」として単なるタンパク質以上の意味を持つという考えが個人の意見以上のものである必要があると思うので。--Luna plena 2008年1月20日 (日) 09:53 (UTC)
客観的な資料として、食物繊維のように吸収されないものも機能として栄養素として数えられるという意味で資料を提示しているわけです。またタンパク質以上の機能があると何度も言っているわけです。--Meltbeen 2008年1月20日 (日) 10:03 (UTC)
いやいや、ジアスターゼのような分解酵素が経口摂取された際に消化管内で酵素活性を発揮する可能性は否定していませんよ。しかし、それもって酵素が栄養素であるとは言えないわけですよ。 食物繊維と同様に、酵素が栄養素として認知されているということの根拠となる資料を教えてください。あの資料では食物繊維が栄養素であることの根拠とはなっても、酵素が栄養素であるということの根拠にはなりません。--Luna plena 2008年1月20日 (日) 10:46 (UTC)
ですから、吸収されないとしても機能として栄養素として定義づけられるという意味で資料を提示しています。また、あなたはすでに酵素はタンパク質として栄養素であると結論しています。食物繊維は多糖類ですが機能として説明されます。--Meltbeen 2008年1月20日 (日) 11:11 (UTC)

では、ニワトリが飲み込む砂も吸収されないが消化を助ける機能を有しているという意味で栄養素に含めていいのですか? 機能があるからと言って、それが栄養素であることを意味するとは限らないでしょう。私が酵素を栄養素として認めているのは単にタンパク質としてのみです。--Luna plena 2008年1月20日 (日) 12:54 (UTC)

あなたはすでに酵素はアミノ酸として吸収される栄養素であると結論しており、私は酵素の機能を説明してあるだけです。--Meltbeen 2008年1月20日 (日) 13:33 (UTC)
では、栄養素であることと直接の関係がない酵素の機能について、栄養素の記事で説明する必要がどうしてあるのですか? それがあるように私には思えないんです。--Luna plena 2008年1月20日 (日) 14:49 (UTC)
質問と結論を繰り返すのではなくて、根拠が伴った発言をお願いします。--Meltbeen 2008年1月20日 (日) 16:28 (UTC)
質問に答えていただければ、前進すると思うのですが。それから、ここで議論されているのはMeltbeenさんによる記述であって、その記述の根拠を挙げるべきなのはMeltbeenさん自身であるということはよろしいでしょうか。現時点では説明不足です。--Luna plena 2008年1月20日 (日) 18:25 (UTC)
こちらはすで何回も答えています。「説明不足」は結論であって、結論に根拠が伴っていないのでこの主観的な意見を共有できません。--Meltbeen 2008年1月20日 (日) 18:46 (UTC)

ですから、現状では食物繊維が栄養素として認知されるていることを示す文献しか提示されておらず、酵素が単にタンパク質以上の意味で栄養素として認知されているとする文献がないと申し上げているのです。これが説明不足であることの根拠です。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 06:10 (UTC)

小説『吾輩は猫である』に登場し[1]、消化を促進する機能が広く認知されています。これによってまだビタミンが発見されてもいない時代に酵素の機能を目的として大根が用いられました。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 06:19 (UTC)
私が読んだ限りでは、その小説にはジアスターゼが単なるタンパク質以上の意味で栄養素であるということを示す文言はありませんでした。むしろ「功能がない」などの表現を考えると、胃に効く薬として認知されているように思います。そして、それ以前に文学作品では栄養素に酵素が含まれるかという科学的な問題に関するソースとしては不的確でしょう。ジアスターゼが栄養素であることを示す文言が小説に載っていたとしても、それは夏目漱石という一個人の認識以上のものであることを意味しません。学術的な文献で、酵素が栄養素としてタンパク質以上の意味を持つことを示すものはないのでしょうか。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 06:36 (UTC)
1904年にジアスターゼという消化を促進する酵素を論文で発表したのが、栄養学者の佐伯矩であり、これが1905年のこの小説にも登場し、消化を助けるとしてビタミンもまだ発見されていない、食物繊維も役に立たないとされていた時代に、大衆がもっぱらジアスターゼを目的に大根おろしを用いるというように広く認知されました。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 06:43 (UTC)
そのことがどうして、栄養素として酵素を位置付ける根拠になるのですか? それに、当時の大衆が酵素が栄養素であると認識していたとしても、それをもって酵素が単なるタンパク質以上の意味で栄養素であるということにはなりませんよね。現在形で百科事典に書くから学術的にそういった考えにある程度コンセンサスが取れている必要があると思います。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 06:59 (UTC)
百科事典としての掲載基準は、学術的なコンセンサスではなくてWikipedia:検証可能性であるかどうかです。また百科事典なので、もし過去の事実であれば「過去にこうであった」と書けばいいのではないでしょうか?--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 07:25 (UTC)

基準はそれだけではありませんよ。言うまでもないことですが、検証可能であれば何を書いても良いというわけではありません。百科事典に個人の見解は不要ですし、大衆の認識であって学術的に確立されていないのならそう分かるように書くべきです。過去にそういう認識があったのなら、おっしゃる通りそう書くべきでしょう。しかしながら、現時点では夏目漱石自身がそういう見解を持っていたという証拠もないし、大衆がそうだったという証拠も提示されていないわけですから、それもできませんよね。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 07:40 (UTC)

「そういう見解」、「大衆がそうだった」が何を指しているのかわかりませんので具体的にお願いします。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 07:52 (UTC)
「そういう見解」=酵素が単にタンパク質であるという以上の意味で栄養素であるとする見解。「大衆がそうだった」=大衆が酵素が単にタンパク質であるという以上の意味で栄養素であると認識していた。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 07:58 (UTC)
大衆がもっぱらジアスターゼを目的に大根おろしを用いるようになり広く認識されたという、タンパク質以上の機能的な認識の根拠があります。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 08:03 (UTC)
その機能があることと、酵素が栄養素であることとは何の関係があるのでしょうか。私にはその関連が見出せないため、栄養素の記事でその機能に言及する意義が分からないのです。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 08:18 (UTC)
すでに答えています。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 08:25 (UTC)

これまでのまとめ

  1. 根拠を「栄養素だから」とする。> 栄養素の記事なのでその定義を語らなければ根拠にならない
  2. 定義:栄養素は消化管から体内に吸収されることで生体内でなんらかの機能を持つ物質である > 国策の「2005年版の日本人の食事摂取基準について」で、腸から吸収されることが目的ではない食物繊維は栄養素となっているのです
  3. 百科事典に書くには学術的なコンセンサスが必要 > 学術的なコンセンサスではなくて検証可能性です。
  4. 「功能がない」などの表現 > 出典がない
  5. 大衆が酵素が単にタンパク質であるという以上の意味で栄養素であると認識しているか、またその文献 > 栄養学者の佐伯矩が消化酵素を発見し、大衆がもっぱら酵素のジアスターゼを目的に大根おろしを広く用いた文献がある
  6. 酵素は単なるタンパク質 > 酵素の構成要素であるアポ酵素がタンパク質であるというが正しいので、酵素はタンパク質であるという一般化は不可能である。

--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 09:13 (UTC)

まとめありがとうございます。順番に意見を述べます。
  1. 私は「栄養素」の記事だから、栄養素のという観点に沿って書くべきだと言っている。酵素であることと栄養素であることの関連が明らかにされない限り、ジアスターゼになんらかの機能があったとしてもここに書くべき事ではない。
  2. その資料は飽くまで食物繊維が栄養素に含まれるということを示したに過ぎず、酵素を同列に扱うべき根拠とはなり得ない。
  3. 栄養素は栄養学という科学の一分野の記事であるという前提を忘れてはならない。飽くまで本論は科学的に定義された栄養素について述べるべきで、大衆の認識は書くにしても付随的に区別される形で書くべきである。従って、現行の表現は不適切。
  4. 出典はhttp://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/789_14547.html。 (「ジヤスターゼ」で検索していただければ、比較的容易に該当部分に辿り着けると思われます。言うまでもなく、これは文学作品ではないので「功能がない」ことの根拠だとは思っていません。)
  5. 栄養学者が発見したからと言ってそれが栄養素だとは言えないので、それは根拠にならない。
  6. 確かにそうだが、この議論とは関係がない。私は酵素に含まれるタンパク質がただ単にタンパク質として栄養素であると言っているだけであって、補酵素には言及していないだけにすぎない。無論、補酵素が存在するのであれば、それも栄養素となりうる。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 09:51 (UTC)
  1. ですから、「栄養素だから」「栄養素とはいえない」は結論のみの主張、つまり根拠を欠いた主観なので根拠として不可能である。
  2. 示されたのは栄養素は吸収されるものであるという定義に対しての、吸収されない場合も栄養素であるという反証である。議論とは関係がない論点にずらさないでください。
  3. 『吾輩は猫である』には「効能がない」という記述がないが、効かないと書いてあるのはタカジアスターゼという製品であって、大根のジアスターゼのことではなく誤認である。酵素の機能が大衆に知られるようになったという出典の一つとして提示しているのであって、科学的であるかどうかということで示されたものではない。議論とは関係がない論点にずらさないでください。タカジアスターゼの解説
  4. 「栄養素は栄養学という科学の一分野の記事であるという前提を忘れてはならない。飽くまで本論は科学的に定義された栄養素について述べるべきで、大衆の認識は書くにしても付随的に区別される形で書くべきである。」には根拠がない。

酵素は栄養として身体の機能を維持することを目的として、タンパク質とは異なったその活性機能を利用しているので栄養素である。また大根ジアスターゼをはじめとして、その利用が大衆によって広く認識されている。 --Meltbeen 2008年1月21日 (月) 10:28 (UTC)

コメント依頼からまいりました。さて、酵素がたんぱく質とは別の栄養素であるということは検証可能なのでしょうか? 酵素に単なるたんぱく質とは異なった機能があること、たんぱく質が栄養素であること、腸から吸収されない栄養素もあることなどはおそらく検証可能なのでしょう。ですが、そこから酵素が栄養素であると推測して加筆するのは検証可能性を満たしていない独自研究だと思います。--Personofedo 2008年1月21日 (月) 11:10 (UTC)
栄養素の定義の具体的な詳説と、その出典がありましたらその提示もよろしくお願いします。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 11:20 (UTC)
エンカルタ総合大百科2003によると、「酵素とは生体の中で生じる様々な化学反応の触媒となるたんぱく質のことで酵素はすべて細胞内で作られる」「栄養素とは生きていくために体外から取り入れる物質のなかで特に動物の食物中に含まれるもの」だそうですので酵素は栄養素ではありませんね。--Personofedo 2008年1月21日 (月) 12:31 (UTC)
議論しているのは食物中の酵素です。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 12:35 (UTC)
  1. 栄養素の記事に書くためには、酵素が単にタンパク質以上の意味で栄養素である必要がある。これは根拠がないのではなくて、栄養素の記事を書く以上当たり前の事。酵素が単にタンパク質以上の意味で栄養素であると言えるかどうか。そしてMeltbeenさんは食物繊維は吸収されなくても栄養素に含まれるという事実から、推測によって酵素までも栄養素として位置付けようとしておりこれこそ根拠がない。
  2. それが反証されても、酵素が栄養素であるということを必ずしも意味しない。本当に栄養素として酵素がタンパク質以上の意味を持つなら、立証責任を有するMeltbeenさがそれをなさるべきであるが、いまだにそれがなされていない。文学作品は栄養素の定義を示す資料になり得ない。
  3. 私は効果があるかどうかについてもそもそ議論していないので見当違い。
  4. 栄養素が栄養学の対象であることは自明なこと。本当に大衆に酵素がタンパク質以上の意味で栄養素であるという認識があったのなら、ソースに基づいて大衆にそのようなことがあったことを書けば言い。そのソースもMeltbeenさんは提示できていない。『吾輩は猫である』にはジアスターゼが栄養素であると示す記述は存在しない。

--Luna plena 2008年1月21日 (月) 14:09 (UTC)

二つ前の私の書き込みにある「これは文学作品ではないので」は「これは文学作品なので」の誤りです。お詫びして訂正いたします。失礼しました。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 14:12 (UTC)

吸収される必要があるという定義は反証され、Personofedoさんの提示している典拠による栄養素の定義に酵素は該当します。この意味で提示できています。

  1. まだ栄養素の定義がされていない。
  2. 文学作品は、「大衆が酵素が単にタンパク質であるという以上の意味で栄養素であると認識していたか」という質問に対して、大衆に広く認識され用いられていたという意味で提示したのであり、栄養素の定義が何であるかという資料としては用いられていません。
  3. Luna plenaさんが持ち出した「功能がない」という脈絡のない発言は何の意味があるのかという話をしているわけですよ。
  4. Wikipediaは栄養学のみを書くわけではない。

--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 14:19 (UTC)

吸収される必要があるという定義が反証されたことが意味するのは、「吸収されることは栄養素であるために必要ではない」ということです。この認識はよろしいでしょうか。この時点で吸収されない「酵素であっても栄養素でないとは言いきれない」ことになりますよね。でも、「栄養素でないとは言いきれない」というだけでは「栄養素である」というには根拠が不足しています。もちろん酵素がタンパク質として栄養素であることは私も認めているわけですが、Meltbeenさんは単なるタンパク質以上の意味で酵素について記述されたわけです。この記述のためには、酵素が単なるタンパク質以上意味で「栄養素である」ことを直接示す資料が必要です。繰り返しになりますが、『吾輩は猫である』は小説ですので、栄養素の定義の根拠としては不的確です。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 14:41 (UTC)
ですから、「大衆が酵素が単にタンパク質であるという以上の意味で栄養素であると認識していたか」という質問に対して『我輩は猫である』が持ち出されています。栄養素が何であるかという質問に対して出されたものではありません。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 14:45 (UTC)
なるほど。しかし、『吾輩は猫である』に酵素が栄養素と認識されていたことを示す記述が見付からないのですよ。具体的に該当部分を引用してくださいませんか。確かに大根のジアスターゼについては言及されているけど、食物中に含まれる成分に言及したからと言ってそれが栄養素と認識されていたことの証明にはならないでしょう。そして仮に漱石自身がそう認識していたとしても、それを大衆一般に押し広げるのは無理があると私は思います。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 14:55 (UTC)
栄養素の定義が吸収されなくても健康に有用な物質とも言えます。そして、大衆がもっぱら酵素を目的として用いらるようになったということです。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 15:02 (UTC)
健康に有用かどうかはここでの争点ではありませんが、検証可能だし私は間違いとも思いません。「大衆が〜」というためには
『吾輩は猫である』という作品があるだけでは根拠として不十分です。そしてここが一番重要なことですが、「栄養素とは健康に有用な物質である」という定義が客観的根拠によって裏付けられていないことです。この定義を採用すると経口摂取する医薬品の多くが栄養素に含まれてしまいそうですが、それは問題にはならないのでしょうか。--Luna plena 2008年1月21日 (月) 15:11 (UTC)

「大衆が用いるようになった」と大衆という主客がついて大根ジアスターゼ用いられるようになったという参考文献としては、『日本栄養学史』『栄養学者佐伯矩伝』『佐伯式フードガイド』などいろいろあるので問題ありません。医薬品の多くが栄養素に含まれてしまうと問題である根拠が出ていません。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 15:22 (UTC)

『日本栄養学史』なら読めそうなので近いうちに確認したいと思います。「栄養素とは健康に有用な物質である」という定義の根拠となる文献は何ですか?--Luna plena 2008年1月21日 (月) 15:35 (UTC)
栄養の記事に佐伯が健康増進の意味で営養でなく栄養を一般化させたと、私が脚注をつけて書いていますが、この意味に基づけば栄養素とは栄養のために必要な物質ですからその表現です。--Meltbeen 2008年1月21日 (月) 15:46 (UTC)
食物中の酵素に関しては単なるたんぱく質の塊でしょう。消化されてしまいますよ。それと酵素は物質ではなく物体です。豚肉と同じで、たんぱく質や食物繊維とは異なる概念です。したがって私が示した栄養素の定義によると酵素は栄養素ではありません。--Personofedo 2008年1月22日 (火) 01:04 (UTC)
岩波生物学辞典(ISBN 978-4000800877)から引用すれば、ヒトの栄養素は
  1. 有機栄養素:炭水化物・脂肪・蛋白質(以上を三大栄養素という)・ビタミン.
  2. 無機栄養素:無機塩類すなわち俗にミネラルともいわれるもので,食塩・カリウム塩・カルシウム塩・マグネシウム塩・燐酸塩などを主とし,元素として鉄や沃素も必要.
と定義されています。タンパク質の枠を超えて酵素を特別視する記述はありません。- NEON 2008年1月22日 (火) 03:03 (UTC)
NEONさん、流れを読んでください。Personofedoさん、豚肉と酵素は物体で物質ではないという根拠をはっきりさせてください。--Meltbeen 2008年1月22日 (火) 05:14 (UTC)

なにやら調べていくうちに私の酵素に関する認識があやふやなものである可能性が出てきました。少し時間ください。というか、酵素が栄養素だということが書かれた文献はあるんですか? それが示されない限りは栄養素の項目に酵素のことを書くのは方針違反ですが あと、「流れを読んでください」の一言で人の発言を流すのはいかがなものかと思いますが。--Personofedo 2008年1月22日 (火) 06:04 (UTC) 下線部追記--Personofedo 2008年1月22日 (火) 06:11 (UTC)

流れとして、酵素の利用を行っている文献の典拠を示した上で、酵素は栄養素としてどうかという定義づけを議論しているわけです。よく読んでから発言してください。またご自分でも理解できない文章は書かないで下さい。--Meltbeen 2008年1月22日 (火) 06:44 (UTC)
不確かな認識に基づいて発言してしまったことに関してはお詫びいたします。さて、質問にお答えいただけないようですので再度申し上げます。酵素が栄養素だということが書かれた文献はあるのですか?--Personofedo 2008年1月22日 (火) 06:47 (UTC)
定義づけを議論している(と思っている)のであれば、それはウィキペディアですべき事ではないです。独自の研究や情報の合成は禁じられています。Personofedo 氏も書いていますが、「酵素は栄養素である」と明記された信頼できる情報源が出てこない限りは記述できません。- NEON 2008年1月22日 (火) 06:56 (UTC)
なお、「大衆が(あるいは特定の個人が)酵素が栄養素だと認識していた」ことと「酵素が栄養素である」ということは違うということを理解した上で、「酵素は栄養素である」ということを明示した文献の提示をお願いします。--Luna plena 2008年1月22日 (火) 09:49 (UTC)
信頼できる情報源とは、Wikipedia:独自研究は載せない#信頼できる資料のことでしょうか?「大衆が酵素が栄養素だと認識していた」という、そこに意味上の違いはあるとしても、どう違うんですか?そういう結論のみの主張はしないようにお願いします。--Meltbeen 2008年1月22日 (火) 10:39 (UTC)

「人々が天動説が真実だと認識していたこと」と「天動説が真実であること」とは違うでしょう? それと同じことだと思います。 さて、再三再四の要請にもかかわらず出典を示していただけないのでそろそろ記述を消去することを視野に入れていることをお伝えしておきます。--Personofedo 2008年1月22日 (火) 10:47 (UTC)

それらは意味上の主客の違いがあるだけで、「酵素が栄養素である」という認識には違いないので何が違うのか質問しているんです。天動説の例は、宗教書の記述の信仰が科学的事実とは違うという例ですが、酵素の利用は科学的に効果が分かったものを利用するので同じことにはなりませんよ。また私は信頼できる資料が何であるかという確認を行っているのでお答えください。--Meltbeen 2008年1月22日 (火) 11:09 (UTC)
「大衆が酵素が栄養素だと認識していること」と「酵素が栄養素であること」のどこが同じなのか理解できません。前者から後者を導き出すことも、その逆もできません。
信頼できる資料に関しては基本方針を良くお読みいただければご理解いただけると思いますが。--Personofedo 2008年1月22日 (火) 11:22 (UTC)
酵素は栄養のための物質だと科学的に提示され認識しているわけですよね。この暗黙的な前提があるので、それらの2文がどう違うのかよくわからないということですよ。「酵素が栄養素であること」という後者の文章であるためには、どういう条件が必要なんですか?信頼できる資料に関して基本方針はこれからもう少し読んでみます。--Meltbeen 2008年1月22日 (火) 11:34 (UTC)
Aという信頼できる資料に「大衆はBがCであると認識していた」という記述があったとします。この文章から「BがCである」と結論付けるのは無理だと申しているのです。
そもそも「酵素は栄養のための物質だと科学的に提示され認識している」とのことですが、これはいかなる資料に載っているのでしょうか?--Personofedo 2008年1月22日 (火) 11:46 (UTC)
『日本栄養学史』にのっています。「BがCである」と結論付けるのはどのように行うんですかと質問をしているわけなので、無理だという結論ではなく、なぜ無理かというプロセスの説明をお願いします。結論を繰り返されても理解できないということです。--Meltbeen 2008年1月22日 (火) 14:13 (UTC)

「大衆がBがCであると認識していた」ということが書いてあるだけで、「BがCである」と書いてあるわけではないからです。 あと申し訳ないのですが、私は『日本栄養学史』を持っていないので「酵素は栄養のための物質だと科学的に提示され認識していた」という部分の記述を議論の参考にするために引用して頂けませんか?--Personofedo 2008年1月23日 (水) 01:11 (UTC)

「BがCである」となる条件・プロセスとはなんですか?結論だけを書かないで下さい。消化酵素として発見されたので大衆が大根おろしを用いたというようなことが書いてあります。--Meltbeen 2008年1月23日 (水) 07:41 (UTC)
「BがCである」となる条件は「BがCである」と信頼できる情報源に書いてあることでしょう。大衆が認識することとその認識が科学的に正しいこととは何の因果関係もありません。
明確に「酵素が栄養のための物質である」と書かれているわけではないのですね?--Personofedo 2008年1月23日 (水) 08:13 (UTC)
文言どおりに要約すると消化酵素として発見されいくつかの書籍に登場し、大衆が役に立たないとされた大根おろしを用いるようになったです。やっとわかりました背景として「BがCである」という情報源があった上でそれを「大衆がBがCである」と認識することがあるので理解できませんでしたが、「WikipediaにBがCであると書くには」ということの説明だったわけですね。--Meltbeen 2008年1月23日 (水) 08:43 (UTC)

(インデント戻します)なるほど、その辺の解釈の齟齬があったわけですか。失礼しました。さて、ご理解いただけたところで「酵素が栄養素である」ということが記述された信頼できる情報源を提示して頂きたいのですが。「消化酵素として発見されいくつかの書籍に登場し、大衆が役に立たないとされた大根おろしを用いるようになった」とのことですから、日本栄養学史には載っていないようですので。無論今すぐというわけではないですが、一ヶ月くらいでお願いできますか。--Personofedo 2008年1月23日 (水) 08:51 (UTC)

すでに脚注に出典が出してあります。--Meltbeen 2008年1月23日 (水) 08:56 (UTC)
見落としていました。失礼いたしました。--Personofedo 2008年1月23日 (水) 11:02 (UTC)

『日本栄養学史』の29ページで、大根ジアスターゼの発見によって大衆が大根おろしを用いるようになったとする部分を確認しました。--Luna plena 2008年1月24日 (木) 03:04 (UTC)

酵素栄養学

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私は全く知らなかったのですが、「酵素栄養学」というのがあるようです。Google検索すると賛否両論たくさん出てきますが…どう取り扱っていいものでしょう。難しそうです。--eno 2008年1月22日 (火) 14:15 (UTC)

検索して上位に表示された複数のサイトを読みましたが、正しい部分もあるものの疑似科学に当たる部分が非常に多いです。(もしかしたら疑似科学ではない正真正銘の酵素栄養学というものがあるのかもしれませんが、私はこの分野の人間でないこともあり知りません。)これを根拠に栄養素について何かの記述をしている人がいたら、具体的にどこが疑似科学なのか指摘すべきでしょうが、今のところその必要はないのではないでしょう。もしもEnoさんが、この「酵素栄養学」に基づいて具体的に書くべきだと思うことを提示してくださるなら反論する余地もありますが。--Luna plena 2008年1月22日 (火) 14:47 (UTC)
私の個人的意見では、酵素栄養学は完全なエセ科学ですので、私がその観点から記述することはありません。ただ、さきほど出典として追加された、「エドワード ハウエル 『キラー・フード-あなたの寿命は「酵素」で決まる』」、この著書が酵素栄養学の提唱者です。出典としてどう扱うべきでしょう。--eno 2008年1月22日 (火) 15:04 (UTC)
なるほど、そういうことでしたか。本当にその文献の内容が疑似科学だとしたら、反証可能性を有していない可能性が高いので資料としては脚下されるべきでしょうが、現時点ではそれも分かりませんね。困りました。--Luna plena 2008年1月22日 (火) 15:14 (UTC)
Wikipediaに掲載する情報の取り扱いはWikipedia:独自研究は載せない#信頼できる資料にあります。
疑似科学だとお考えの場合Wikipedia:中立的な観点#疑似科学と科学を対等に扱うのかWikipedia:ウィキペディアは何でないか#ウィキペディアは演説をする場所ではありませんが参考になります。--Meltbeen 2008年1月22日 (火) 15:11 (UTC)
結論から先に述べると「酵素自体の役割は生体内に取り込まれることではないので、栄養素の定義に合致しない」が私の見解です。
幾つかの百科事典、用語辞典を引用すると次のとおりです。
  • 「生物が外界から物質をとり入れ,生命現象に必要な体成分の更新,増加,エネルギーの獲得を行なうこと.狭義には,生体(動物)が食物を摂取して,代謝によって活動を維持すること.とり入れる物質を栄養素(nutrient)という。」(「栄養」、『岩波理化学辞典』、第5版、岩波書店、1998年)
  • 「栄養のために摂取される物質.ただし,一般には呼吸のための酸素,全生物にとっての水,緑色植物にとってのCO2などは含めず,より特殊性のある物質が注目される.」(「栄養素」、『岩波生物学辞典』、第4版、岩波書店、1998年)
  • 「生物が生命を維持するために栄養(食物)として外界から取り入れる物質を栄養素という。」(「栄養素」『世界大百科辞典』、平凡社、1998年)
消化酵素は外分泌であり、消化管の内面は生物学的には生体外です。したがって消化酵素は栄養素とは逆に積極的に外に分泌されるものです。ジアスターゼの例を出されていますが、これはアミラーゼの別名です。アミラーゼは人であれば唾液もしくは膵液にとして対外に分泌される酵素です。すなわちどこまでいっても代用品で唾液や膵液が十分に分泌されれば本質的には生体には不要です。また、「1)酵素の主成分がタンパク質であり」、「2)タンパク質は栄養素である」なので「3)酵素は栄養素である」という三段論法ですが、これは第二段が「すべてのタンパク質は栄養素である」でないと成立しません。通常は、「体内に吸収されるタンパク質は栄養素である」と考えるのが妥当です。例として食物線維を挙げられていますが、食物線維は食べ物の要素であるが栄養素であるという出典は提示さていないと判断します(出典先でも食事の成分としてあつかわれており、栄養素ではないです)。酵素の粘膜吸収や注射は生物としての役割の範囲を超えて人為的な操作であり、生物的な「栄養」の概念の外であり、単なる栄養素からの類推の域をでないので定義に合致しないと考えます。--あら金 2008年2月7日 (木) 08:15 (UTC)
こんにちは。Wikipediaは百科事典なので、検証可能性ウィキペディアは何でないか中立的な観点のルールに従えば、簡単にいえば刊行されている様々な観点を記事にできるということになっています。食物線維は食事摂取基準において、栄養素に分類されています。そして、あら金さんの意見はWikipedia:独自研究は載せないにあたると思います。これらのルールを参照してみてください。よろしくお願いします。--Meltbeen 2008年2月7日 (木) 08:33 (UTC)
在りていに言わせていただければ、Meltbeenさんの論旨にはひとつ重要な点が抜けています。検証可能性と共にWikipedia:信頼できる情報源からの引用であることを前提とするからです。すなわち、検証可能性だけでは不十分で出典が引用目的に妥当か否かを検証した結果が信じるに足るという判断ができる必要があります。つまり「栄養素と呼ばれる」ということと「栄養素である」ということは同義ではありません。その理由は文書内で「栄養素と呼ぶ」とローカル定義する場合もありますし、単にレトリックや類推により語の用法を拡張することはざらに存在します。ご提示いただいたデータソースでは「栄養素と呼ばれる」ことは証明できますが、「栄養素であると定義されている」ということの証明にはなっていません。すなわち「食物繊維は栄養素と呼ばれることがある」というのと「食物繊維は栄養素である」というのは前者がローカルな集団での定義であり後者はパブリックな定義であるかということです。通常は政府報告書(それ自体の存在意義はパブリックですが)に使われている用例の存在をもってパブリックであると断定することはしません。それ故、定義の出典が示されていないと判断しております。例えば、権威ある用語辞典などで定義されているのであれば信頼できる情報源ですが、用例が見つかっただけでは不十分と考えます。少なくとも、このノートの議論は『~は栄養素と呼ばれるか否か』という議論ではなく、『~は栄養素に定義付られているか否か』の議論であると存じます。であるならぱご提示いただいた用例を示しただけ出典は検証可能であるが、定義の出典としては信頼性に足りるとする根拠に欠けます。また用語であれ学術語であれ時代によって変遷します。たとえば酵素については戦前の用例の存在を根拠に説明されているようですが、その様な地域・時代・背景を無視して記事本文に同列列挙する必然性はないと考えます。文脈としては栄養素の種類の節に書かれているので、現在パブリックに種類の定義として認知されていることを書くべきで「かつて、と呼ばれた」とか「戦前の刊行物では、記述とされた」ならば単なるトリビアです。少なくともトリビアであるならばトリビアであるように分けて書かれるべきです(たとえば脚注に書くとか節をを変えるとか)。このようなことが起こるのは、検証が検証可能性にとどまっており、引用としてWikipedia:信頼できる情報源であるかどうかの評価がなされていないためと考えます。--あら金 2008年2月7日 (木) 10:44 (UTC)
非常に熱心な文章ですがWP:TPG#簡潔であることの考慮もお願いします。検証可能性といいますのは、「検証できるか」であるので政府の広報というによって食物繊維が栄養素とされているのが確認できる以上[1]真実であるかどうかは関係がないというのが検証可能性のルールです。この場合、査読は政府が行ったので執筆者が独自調査する必要はありません。酵素のほうは酵素栄養学のほうを根拠としています。大根のほうは広く用いられたという例示です。--Meltbeen 2008年2月7日 (木) 11:01 (UTC)
はい執筆時点で執筆者の独自調査は不要ですが、その出典の妥当性について問題にしているのですから別のデータソースを提示した以上、それと比較しての食い違いに関しては評価して本文に反映することが求められます。--あら金 2008年2月7日 (木) 11:50 (UTC)
もっと根本を言うと記事本文の論旨が整理されていないです。種別の説明がいつの間にか機能解説になっていたりして。わたしは栄養素の定義を信頼できる(と考えられている)情報源から栄養素の定義を提示しました。百科事典であれは自然科学NPOVの問題は考慮済みの記述と判断しております。それとは異なる分野において異なるPOVに立脚した定義があるのであれば、書くなとは申しませんが用例提示ではなく同程度信頼できる情報源からの引用でどのPOVの文脈か判別しうるように文脈を整理した上で分けて書くべきです。たとえば「酵素が栄養素である」という説(これ自体がPOV)がもし存在するのであれば「酵素が栄養素である」という定義はその説の範囲内では「そう定義したからそうなった」という自己撞着なので定義上の齟齬を生じるのです。酵素については少なくとも酵素栄養学という別記事か節かに整理して文脈のPOVは明示すべきです。--以上の署名のないコメントは、あら金会話投稿記録)さんが 2008年2月7日 (木) 11:43 (UTC) に投稿したものです。

そういった論点は出ていなかったんですね。生物学、理化学、栄養学の辞書からの脚注をゴチャゴチャにするのもよくないですよね。食い違いに関しては中立的な観点に基づいて両方掲載するということだと思います。生物学の辞典には有機・無機栄養素というのがありますがレアな単語だと思います。逆に分野を重複していることもあると思います。あら金さんのように、冷静な議論が行える状態でなかったんですね。--Meltbeen 2008年2月7日 (木) 12:12 (UTC)

『日本人の食事摂取基準-日本人の栄養所要量-食事摂取基準-策定検討会報告書-2005年版』厚生労働省健康局総務課生活習慣病対策室
これにはっきり食物繊維が栄養素だと書かれているので、独自理論は必要ありません。齟齬が大きすぎるので栄養学にも詳しいのか、生物学にだけ詳しいのかを分けて発言すべきだと思います。--Meltbeen 2008年2月8日 (金) 17:02 (UTC)

異論受付期間1~7日は経過しました

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Wikipedia的には(Wikipedia:合意形成)、議論放棄あるいは異論なしということです。--Meltbeen 2008年2月8日 (金) 10:02 (UTC)

どの提案に対しての異論受付期間が終わったのですか? ちょっと分かりにくいので明確にしていただきたいのですが。--Luna plena 2008年2月8日 (金) 12:04 (UTC)
履歴では1月24日の次は2月7日に加筆が行われていますので、2008年1月24日までのものです。--Meltbeen 2008年2月8日 (金) 12:12 (UTC)
まとめ
  1. 酵素は栄養素か?という議論提起者のエクリプスさんは登場しなくなりました。
  2. 酵素は栄養素か? - 参加してくださった方々との議論は出典の追加で収束した模様です。
現在起こっている新たな提起
  1. 2008年2月7日のあら金さんの提起 - 「生物学、理化学、栄養学などを分けて明文したほうがいい」
--Meltbeen 2008年2月8日 (金) 14:58 (UTC)
明快な説明とまとめ、ありがとうございます。「酵素は栄養素か?」という問題に関しては、あら金さんの2008年2月7日 (木) 08:15 (UTC)の書き込みで議論の対象になっているので、まだ収束したとは言えないと思います。--Luna plena 2008年2月8日 (金) 16:11 (UTC)
正確には、あら金さんがWikipedia:合意形成に違反しています。合意形成のルールをよくお読みください。--Meltbeen 2008年2月8日 (金) 16:29 (UTC)
私は異議を提起して、合意していません。多数決を請求します。--あら金 2008年2月8日 (金) 19:10 (UTC)

Wikipedia:合意形成は草案なので、拘束力はありません。違反ということはないです。
さて、「酵素=栄養素説」は、なかなか歴史的にも興味深いトピックなようですので、「酵素栄養学の立場からは、酵素が外界から摂取する必要のある栄養素として言及されている」とでも、立場を明確にして書けばOKだろうと私は考えます。「食物繊維=栄養素説」は、あら金さんのご意見に近いですが、「生物学的には栄養素と考えないが<ref>生物学事典</ref>、日本の食料摂取基準では栄養素に分類されている」と、出典込みで両論併記しかないように思います。どうでしょうか。--eno 2008年2月8日 (金) 18:03 (UTC)

それには同意できません。なぜならば現状の本文では完全なヒトPOVでNPOVになっていないからです。栄養素がなんであるか定義は生物種によって異なります。たとえば典型的な植物では栄養素とはミネラル(無機栄養素)だけです。無機栄養素と光と二酸化炭素と水だけで植物は生長します。それ以外の生物が有機栄養素と無機栄養素とを栄養素とします。ビタミンを栄養素とするのは主に高等動物だけです。ここでいう有機栄養素は三大栄養素を意味しません(石油酵母という生物もいるからです)。したがって生物種に普遍的な栄養素の定義は世界大百科辞典のとおりです。三大栄養素とか五大栄養素とか酵素栄養学とかはヒトの栄養素という限定をしない限りはまったく意味を持ちません。したがって現在のページは「栄養素 (栄養学)」に移動することを提案します--あら金 2008年2月8日 (金) 19:28 (UTC)
違反という単語の意味が強すぎましたが、マナーとしてあら金さんの発言が少し遅いというような意味です。
発言者が私以外は生物学にのみ依拠しているので多数決は中立的な状況ではないし、また検証可能なものを多数決をとることは中立的な観点ではないと思います。
栄養学と生物学で分けるのか、ヒトで分けるのか、動物と植物で分けるのか、あるいは分けずにまず無機栄養素という概念あたりの説明だけ生物学的な説明であると明示するといったところでしょう。--Meltbeen 2008年2月9日 (土) 00:17 (UTC)
ヒトPOVを優先しなければならない理由はないのでヒトに関する応用科学である農芸化学・食品化学・健康科学・栄養学上の概念は一つに纏めて整理し、栄養素 (栄養学)移動していただければ結構です。保護がかかっているので加筆できないだけで移動していただけれは移動後24時間以内にNonヒトPOV版は私が責任をもってアップロードいたします。他の議論参加者もご安心ください。酵素の問題が決着してから分割提案してもよろしいですが。Meltbeen氏はヒトないしは哺乳類にしか適用範囲を持たない内容に関して栄養学上の定義を優先することに固執されておりますので上記のノートと同じ形而上学の議論を繰りかえすおそれが大です。それはMeltbeen氏というよりはそれ以外の方の労力が無駄になりますので合わせて議論することが適当です。私は 栄養素 (栄養学)への分割を選択肢として多数決投票を請求します。--あら金 2008年2月9日 (土) 03:57 (UTC)
  1. 現在、なぜか分かりませんが人数として生物学のみを扱う方ばかり発言していますが、このような状況で多数決を行うのは中立的な視点を確保できません。
  2. とりあえずの分割ではなくて、分割のレベルになるまで節で分けるなどして併記を行って、どのような感じになるのかを見た上で、もし分割が必要であれば分割するほうが自然にいけるかと思います。
  3. 分割するにしても、結腸栄養というようになりますと対象がヒトですが医学になりますし、生物学や生化学で分けるのか、植物と動物で分けるのかというようなことは併記を行っていけば自然に分かれるのではないでしょうか。また分割が必要かどうかも流れでみていけばいいのではないでしょうか。こういうあたりを詰めていかなければならないと思います。--Meltbeen 2008年2月9日 (土) 08:06 (UTC)
あら金さんが責任をもってnonヒトPOVの記事をアップしていただけるのであれば意義があると思うので、多数決投票の実施に賛成します。ただ、酵素の問題に関して「合わせて議論することが適当」という意味が良く分からないので、そう提案される理由をもう少し説明していただけませんか。--Luna plena 2008年2月9日 (土) 09:26 (UTC)
nonヒトPOVが何であるのか・どの程度の量であるのかが不明なので、このような早急な決定を起こさずにどのようになるのかを併記して見ていけばいいと思います。en:Wikipediaなどに何か似たような記事があるならば分かりますが、少し早急すぎると思います。植物の成長と栄養というような記事になるのか、生物と栄養素となるのかなどいろいろありますが、漠然として分かっていないもの、分割の必要性が判断できない、ゲンブツがない物を決定することはできないと思います。--Meltbeen 2008年2月9日 (土) 09:35 (UTC)
新しく項目を立てるよりも、「栄養素」では生物全般についてさらっとまとめておいて、ヒトに関しては「栄養学」で詳しく書く、という線ではどうでしょう。ヒト以外について「栄養学」で取り扱うことは少なそうですし。--eno 2008年2月9日 (土) 13:48 (UTC)
それはWikipediaの観点に違反しています。--Meltbeen 2008年2月9日 (土) 13:53 (UTC)
POVの平等を期すために、知識ベースやトリビア集やニュースダイジェストにして良いともWikipedia:ウィキペディアは何でないかの公式方針に明示されています。--あら金 2008年2月17日 (日) 12:29 (UTC)
本稿を栄養素 (栄養学)に移動、あるいは栄養学(本項目同様、編集合戦として保護されました)に統合する案に賛成します。先立って多数決投票自体への意思表明が必要ならば、投票の実施にも賛成します。いずれにせよ、Meltbeen氏が固執する狭義の(栄養学の)「栄養素」を移動する必要があるでしょう。栄養素は全ての生物が要求するものであり、生物全体に視点を広げた記述を栄養素に据えるべきです。ヒトPOVを排した栄養素が新設されるならば、私も幾許かの力になれましょう。- NEON 2008年2月9日 (土) 15:42 (UTC)
Wikipedia:合意形成の草案をよくお読みになった上で、合意形成が優先され、また多数決に決定力がないことをご理解ください。記事のノートページの使い方の通り、意見には、理由の説明をお願いします。ヒト除外POVの必要性がありませんし、生物学と栄養学は被っていると思います。--Meltbeen 2008年2月9日 (土) 15:48 (UTC)
「ヒト除外POV」、つまり「ここではヒト以外の栄養素について説明しています。ヒトの栄養素については栄養素(ヒト)を参照してください」は、「栄養学除外POV」ではないですよ。--Meltbeen 2008年2月9日 (土) 17:51 (UTC)
とりあえず70%の仕上がりですが案を利用者‐会話:あら金/栄養素(原稿)に公開します(加筆継続中)(加筆完了)。下敷きは英語版です。なおMeltbeen氏は栄養学に関する栄養素を微にいり細に入り記述されたいようです。なのでWikipedia:ページの分割と統合#分割すべき場合「ページ中で特定の説明だけの分量が多く、明らかにバランスを失している場合」と考えます。また案はスタブ以上にそだてましたので、分割条件は満たすと考えます。筆者敬白。--あら金 2008年2月10日 (日) 15:09 (UTC)。更新しました--あら金 2008年2月11日 (月) 06:00 (UTC)
その原案は栄養学と内容が被っています。ヒト除外ではありません。また「ヒト除外POV」が「栄養学除外POV」になっているという致命的な論理的思考の欠落論理の飛躍がありますので反対します。--Meltbeen 2008年2月10日 (日) 15:22 (UTC)
POVの平等を期すために、知識ベースやトリビア集やニュースダイジェストにして良いともWikipedia:ウィキペディアは何でないかの公式方針に明示されています。--あら金 2008年2月17日 (日) 12:29 (UTC)
あら金さん、執筆おつかれさまです。細かい点はさておき、ご提案された記事の方向性に関しては意義なしです。
一点、記事名なのですが、栄養素 (栄養学)という記事名は、少し混乱を引き起こすような気がします。どこまでが栄養学で、どこからが生物学なのか、なかなか境界がはっきりしないので(例えば、ラットを使った実験は生物学か栄養学か、などなど)。上でも述べましたが、ヒトに関しては栄養学にまとめるか、または栄養素 (ヒト)と明確な記事名にするのがよいと思います。--eno 2008年2月10日 (日) 17:09 (UTC)
ラットを使った実験の結論がQOLを目的とした視点で結論づけられていれば(獣)医学・栄養学の実験ですし、そうでなければ生物学実験だと考えます。言い方を変えると基礎化学か応用科学かということでもあり、その観点で線引きは可能です。記事名については下にもコメントしました。--あら金 2008年2月10日 (日) 23:03 (UTC)
わたしも、あら金さんの翻訳は非常に参考になりますし、加筆も素晴らしいと思います。しかし、議論すべき点がいくつかあります。
  • 「現状の本文では完全なヒトPOVでNPOVになっていないからです」が、いきなりヒト除外POVになっている。酵素のように併記すればよく、分ける必要がないと思います。
  • ヒト除外POVの必要性がまったく議論されていないのに、論理的飛躍が起こり、ヒトを除外して作るという方向で暴走し、記事が作成されている。
  • そのヒト除外POVがまた暴走して栄養学除外POVになっているが、ヒトを対象とする場合、栄養学以外の学問でも扱うので名称が適切ではない。
  • 当初の「どのPOVの文脈か判別しうるように文脈を整理した上で分けて書くべきです」が反映されておらず、POVの文脈が分からない。--Meltbeen 2008年2月10日 (日) 17:28 (UTC)
現在、植物の栄養素の節以外は特定の生物群にしか該当しない節はありません(NPOVということです)。植物の栄養素の節は「植物の」とあるとおり植物POVです。そして現在の栄養素との重複も20%以下数行です。したがって現在の記事とマージすると「ヒトの栄養素」というヒトPOVの分量が全体の半分程度を占め、且つその話題のメインテーマはヒトの健康ですからその分野だけ突出してアンバランスな構成になります。なので分割して独立していただいて十分な状態ですので分割提案させていただいています。分割後の記事のメインテーマはヒトの健康のようなので、名称はヒト(とペットなど獣医系の含みを持たせて)の健康の観点から栄養を探究する分野である栄養学POVと判断して仮に栄養素 (栄養学)と提案しています。--あら金 2008年2月10日 (日) 22:46 (UTC)。(更新)--あら金 2008年2月11日 (月) 06:06 (UTC)
(追伸)移動後のタイトルは栄養素 (健康科学)でも栄養 (健康科学)でもよいですよ。--あら金 2008年2月10日 (日) 22:51 (UTC)
(再追伸)え~、私案である利用者‐会話:あら金/栄養素(原稿)に早速加筆された方がありますが、ご自分の案は別途ページを立てられるかしてください。私の見解のように見られてはなはだ迷惑です。次回見つけた場合は予告なしでWikipedia:投稿ブロックの方針「8.2 ノートページや会話ページにおける他者の発言の故意の改竄」を理由に投稿ブロックを申請いたします。--あら金 2008年2月10日 (日) 23:29 (UTC)
あら金さん、誠に申し訳ございませんでした。今後は該当の原稿の編集は行いません。--Meltbeen 2008年2月11日 (月) 05:11 (UTC)
あら金さんの博識を駆使して、あっという間に素晴らしい記事が出来上がりました。この記事は当初のNPOVではないと思いますが、どれが何のPOVであるか分かりません。また、とりあえずは現在の栄養素の記事とマージするだけでいいのではないでしょうか。--Meltbeen 2008年2月11日 (月) 06:24 (UTC)
下記で選択肢としてご提案ください。--あら金 2008年2月11日 (月) 08:29 (UTC)
こういうことになってきますと、どう主張を通すかというところで引き際が難しくなってきてしまうと思いますが、あら金さんにヒトPOVを解消するような記事を大幅に加筆して頂いたので、これをマージしNPOVとなるということで、お願い致します。--Meltbeen 2008年2月11日 (月) 10:37 (UTC)
多数意見が議論の余地がまだあると考えるならば選択肢1が採択されると考えますが、わたくしは選択肢1は支持しません。--あら金 2008年2月11日 (月) 16:04 (UTC)
多数決に強制力がありませんよ。--Meltbeen 2008年2月11日 (月) 16:07 (UTC)
多数決によりコンセンサスは形成されます。コンセンサスが形成された後では、そのコンセンサスを順守しない編集行動についてはWikipedia:投稿ブロックの方針「8.記事の編集に際し他の執筆者との協調が図れないなど、Wikipediaの目的遂行を妨げる行動で、次のようなもの。」を提案することは可能です。--あら金 2008年2月11日 (月) 16:23 (UTC)

インデントを揃えてもよろしいでしょうか?Wikipedia:投票の指針に基づいて、強く投票自体に反対します。--Meltbeen 2008年2月11日 (月) 16:27 (UTC)

かまいませんが、ここに書いても多くの方が見過ごされると存じます。--あら金 2008年2月11日 (月) 16:32 (UTC)
「コンセンサス=合意」という意味であれば、Wikipedia:投票の指針に基づいて、投票は合意になりませんよ。わたしは、あら金さんの博識な知識によって加筆された記事によって、まずNPOVになることを強く希望します。--Meltbeen 2008年2月11日 (月) 16:44 (UTC)
このスレッドに書くべきことはすべて書きつくしましたので、最後に一点だけ指摘しておきます。「世間は発言に信用を置くのではなく、行為に対して信用を置く」という点です。ここでMeltbeen氏と私とで談合して私の発言を翻したとあっては、その一貫性の無い行動により私の信用は地に落ちます。なので私は投票により判明する多数意見に従うという点を宣言しておきます。以上 --あら金 2008年2月11日 (月) 17:42 (UTC)
Wikipedia:投票の指針に基づいて投票は合意になりませんよ。--Meltbeen 2008年2月11日 (月) 20:21 (UTC)
「現状の本文では完全なヒトPOVでNPOVになっていないからです」が、生物学POVの強要で暴走し急遽投票を決行し、コメント欄で個人攻撃をはじめる[2][3]という、こういうことはやめて頂きたい。--Meltbeen 2008年2月11日 (月) 20:54 (UTC)
私があなたの無礼な行動に腹を立てていることをご理解いただけて大変うれしく思います。--あら金 2008年2月12日 (火) 01:51 (UTC)
確かにわたしのほうに至らない面があり後悔しています。大変申し訳ございませんでした。しかし、このような個人攻撃となると、やや方向性が変わってきますのでお控え頂きたい。--Meltbeen 2008年2月12日 (火) 08:07 (UTC)
拝見しました。談合する予定はありません。選択肢をご提案いただき世論の支持を取り付けてください。宣言したとおり多数意見に従います。--あら金 2008年2月12日 (火) 15:45 (UTC)
Wikipedia:投票の指針に基づいて、投票で合意しないでください。--Meltbeen 2008年2月12日 (火) 16:26 (UTC)
当方の無礼によってお怒りになったのはごもっともです。Meltbeenというもののために少し投票を急ぎすぎた。正確なところはわかりませんが、Meltbeenに非があるということで皆さまも納得していただけるかもしれません。少々投票には速すぎた。Meltbeenの無礼のせいだというようなことです。--Meltbeen 2008年2月12日 (火) 17:41 (UTC)

「酵素は栄養素か?という議論提起者のエクリプスさんは登場しなくなりました」とのことですが、ここにいます。パスワード喪失のため「エクリプス」ー>「えくりぷす」をなのっております。酵素は栄養素ではありません。--えくりぷす 2008年2月15日 (金) 16:00 (UTC)

そういった事情があったんですか。えくりぷすさんの主張をどう扱えばいいのか分かりませんが、議論の継続はお願いします。何かの視点では栄養素ではないということだと思いますが、Wikipedia:中立的な観点をとれば、そういった観点もあるので百科辞典として掲載できます。こちらの出典によって3週間ほど前に議論が止まったようです。--Meltbeen 2008年2月15日 (金) 16:24 (UTC)
「問題を提起した」とされる「エクリプス」(えくりぷす)です。最初にに申しあげたとおりです。付け加えることはございませんよ。。酵素は栄養素ではありません。--えくりぷす 2008年2月15日 (金) 16:40 (UTC)
そのお考えの根拠は何なのでしょうか?エクリプスさんはノートページで1月は2回だけ発言しただけだったのですが頻繁に発言するようお願いします。--Meltbeen 2008年2月15日 (金) 16:49 (UTC)
それでは再度発言いたします。私「エクリプス」は、私がこの件に関して発したとされる最初の意見(酵素はタンパク質の一であり、それゆえ酵素というだけではとうてい栄養素とはみなされない旨)を、ここにおいて再度主張します。-えくりぷす 2008年2月15日 (金) 17:15 (UTC)
そういう視点もあります。多くの方もその視点でした。しかし、酵素が栄養素とみなされる視点もあるということで議論が止んでいるかと思います。Wikipedia:中立的な観点を一度参照してください。--Meltbeen 2008年2月15日 (金) 17:27 (UTC)
議論が止んでいるとの認識はありません。--えくりぷす 2008年2月16日 (土) 00:48 (UTC)
わかりました。議論の継続をお願いします。「酵素はタンパク質」ということは正しいと思います。しかし、Wikipedia:中立的な観点を一度参照してください。--Meltbeen 2008年2月16日 (土) 15:02 (UTC)
POVの平等を期すために、知識ベースやトリビア集やニュースダイジェストにして良いともWikipedia:ウィキペディアは何でないかの公式方針に明示されています。--あら金 2008年2月17日 (日) 12:29 (UTC)

酵素栄養学の「酵素栄養学は…栄養学である」という定義が情報源が酵素栄養学の参考文献以外の信頼できる情報源で確認できないのであれば「栄養学」でいうところの栄養素ではなく、エドワード・ハウエル氏の独自研究にすぎません。日本リビングフード協会なる団体は酵素栄養学はビタミン栄養学に起源をもつことは示していますが、ビタミン栄養学が栄養学であるという信頼できる情報源を引用するものではないために結局、酵素栄養学が栄養学がどうかは検証不能です。検証不能な例示では議論ができないので、酵素栄養学が栄養学の一分野であるという信頼できる検証可能な情報源の出典を提示できていない現状では、エドワード・ハウエル氏とその協賛団体の独自研究として扱うしかないというのが合理的判断であると存じます。 「酵素が栄養素とみなされる視点」が存在するという真実があっても、Wikipedia:ウィキペディアは何でないか#ウィキペディアは単なる知識ベースではありませんに「100%真実だからといって、百科事典の項目に相応しいとは限りません。」と書かれているように「酵素が栄養素である」という項目が記事 栄養素にふさわしい項目であるという理由にはなりません。中立性の方針は執筆者の順守義務について定めたもので、POVの順守義務を違反したばあいは削除の理由にはなりますが、POVの順守したから百科事典の項目に相応しいという理由には相当しません。--あら金 2008年2月15日 (金) 21:07 (UTC)

「ウィキペディアは単なる知識ベースではありません」の項にある例に該当しません。Wikipediaで独自研究というのは信頼できるサイトでWebになっていない、または出版されていない情報のことです。出版されているものについて独自研究だからうんぬんと述べているあら金さんの発言から、本当にWikipedia:検証可能性Wikipedia:独自研究は載せないをよく読んでいないことがわかります。読んでくださいますようお願いします。あら金さんの独自研究は記事に反映できません。--Meltbeen 2008年2月15日 (金) 22:13 (UTC)
べつに酵素栄養学が独自研究だなどとは言っていません。「酵素栄養学栄養学である」という見解が信頼できる情報源に由来すると確認できないので、「酵素栄養学栄養学である」ことを根拠とする項目は、真実であっても栄養素にふさわしい項目ではないと申し上げております。--あら金 2008年2月16日 (土) 00:51 (UTC)
「酵素栄養学が栄養学の一分野である」ということは栄養素の記事には書かれていませんし、必要のない議論かと思います。--Meltbeen 2008年2月16日 (土) 15:02 (UTC)
では、Meltbeen氏は恣意的に情報を連結して特定の観点のみを表明する為の独自っ研究に基づいた投稿をされたということが明確になりました。--あら金 2008年2月17日 (日) 12:29 (UTC)

(インデント戻します)私も酵素を栄養素として取り上げるのは変だと思うんですが、両論併記だからまあそれはいいのでしょう。ただ、むしろ繊維とともに別の章として、「成分が特別な機能を持つ場合」といった題名をつけてはどうかと思います。そこへさらに栄養素と扱う説もある、としてはどうかと。酵素の働きに関しては、土壌動物で落葉中の菌糸の持つ酵素が消化に役立っているらしいという話があったと思いますので、別にジャスターゼなんか持ち出さなくてもいいと思うし、食物中の物質が消化に役立つ、という話であれば、栄養素ではないとしても触れてあっていい話かと。--Ks 2008年2月20日 (水) 11:08 (UTC)

機能として栄養素とされることもあるという、そのPOVを示すということですね。--Meltbeen 2008年2月26日 (火) 05:06 (UTC)

脚注

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  1. ^ 夏目漱石 『吾輩ハ猫デアル』 上巻、大倉書店、1905年。119頁。