フランシスコ・マツラナ
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名前 | ||||||
ラテン文字 | Francisco Antonio Maturana García | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | コロンビア | |||||
生年月日 | 1949年2月15日(75歳) | |||||
出身地 | キブド | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | DF | |||||
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
フランシスコ・アントニオ・マツラナ・ガルシア(Francisco Antonio Maturana García,,1949年2月15日 -)は、コロンビアのキブド出身の元サッカー選手でサッカー指導者。現役時代はDF。
経歴
[編集]キャリアの殆どをアトレティコ・ナシオナルで過ごし、引退後は教員生活を経て[1]、指導者の道に進んだ。1987年にナショナルの監督に就任[2]、1989年にはコパ・リベルタドーレス優勝に導き、インターコンチネンタルカップではACミランを相手に互角の試合を繰り広げるも[3]、延長戦で惜敗した。
またコロンビア代表を数度に渡り指揮した。当時は南米の弱小チームクラスであったチームを、1990年のワールドカップ・イタリア大会で初の決勝トーナメントに進出させた[3]。2001年のコパ・アメリカでは優勝に導いた。
主な獲得タイトル
[編集]現役時代
[編集]- アトレティコ・ナシオナル
- カテゴリア・プリメーラA : 1973, 1976
指導者
[編集]- アトレティコ・ナシオナル
- コパ・リベルタドーレス : 1989
- アメリカ・デ・カリ
- カテゴリア・プリメーラA : 1992
- コロンビア
脚注
[編集]- ^ “最強ミランと渡り合ったナシオナル・メデジン サッカー世界遺産第15回 「ナシオナル化」の賭け”. サッカーマガジン (2020年5月16日). 2022年3月18日閲覧。
- ^ “歯科医だったコロンビアの名将。30年前に先進的サッカーができた謎”. 集英社 (2020-2-2-4). 2022年3月18日閲覧。
- ^ a b “最強ミランと渡り合ったナシオナル・メデジン サッカー世界遺産第15回 最強ミランと互角の攻防”. サッカーマガジン (2020年5月16日). 2022年3月18日閲覧。