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マイク・マダックス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マイク・マダックス
Mike Maddux
テキサス・レンジャーズ コーチ #41
セントルイス・カージナルスでのコーチ時代
(2018年9月11日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 オハイオ州モンゴメリー郡デイトン
生年月日 (1961-08-27) 1961年8月27日(63歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 1982年 MLBドラフト5巡目
初出場 1986年6月3日
最終出場 2000年7月4日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

マイケル・オースリー・マダックスMichael Ausley Maddux, 1961年8月27日 - )はアメリカ合衆国オハイオ州モンゴメリー郡デイトン出身の元プロ野球選手投手)、野球指導者。右投左打。現在は、MLBテキサス・レンジャーズの投手コーチを務める。

実弟は元プロ野球選手のグレッグ・マダックス

経歴

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プロ入り前

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1979年MLBドラフト36巡目(全体838位)でシンシナティ・レッズから指名されたが、テキサス大学エルパソ校英語版へ進学した。

プロ入りとフィリーズ時代

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1982年MLBドラフト5巡目(全体119位)でフィラデルフィア・フィリーズから指名され、6月21日に契約した。契約後、傘下のA-級ベンド・フィリーズ英語版でプロデビュー。11試合(先発10試合)に登板して3勝6敗、防御率3.99、59奪三振を記録した。

1983年はA級スパルタンバーグ・スピナーズ英語版、A+級ペニンシュラ・パイロッツ、AA級レディング・フィリーズでプレー。A+級ペニンシュラでは14試合に先発登板して8勝4敗、防御率3.62、78奪三振を記録した。

1984年はAA級レディングとAAA級ポートランド・ビーバーズでプレー。AAA級ポートランドでは8試合に先発登板して2勝4敗、防御率5.84、22奪三振を記録した。

1985年はAAA級ポートランドでプレーし、27試合(先発26試合)に登板して9勝12敗、防御率5.31、96奪三振を記録した。

1986年はAAA級ポートランドで開幕を迎え、6月にメジャーへ初昇格した。6月3日のロサンゼルス・ドジャース戦で先発起用されメジャーデビュー。初回から4失点を失い、2回にも1失点し、2回1死で降板した。この日は5安打5失点2四球と抑えられず、メジャー初黒星を喫した[1]。この年は16試合に先発登板して3勝7敗、防御率5.42、44奪三振を記録した。

1987年はAAA級メイン・ガイズで開幕を迎え、8月にメジャーへ昇格した。昇格後2試合は先発として登板していたが、3度目の登板となった9月5日のサンフランシスコ・ジャイアンツ戦からリリーフに転向した。この年は7試合(先発2試合)に登板して2勝0敗、防御率2.65、15奪三振を記録した。

1988年はリリーフとして開幕ロースター入りし、5試合に登板後、4月にAAA級メインへ降格した。6月に先発としてメジャーへ再昇格したが、8月下旬から再びリリーフに転向した。この年は25試合(先発11試合)に登板して4勝3敗、防御率3.76、59奪三振を記録した。

1989年はリリーフとして開幕を迎え4月29日のシンシナティ・レッズ戦から先発に転向した。同試合では9回を2安打無失点1四球4奪三振に抑え、メジャー初完封を記録した[2]。この年は16試合(先発4試合)に登板して1勝3敗1セーブ、防御率5.15、26奪三振を記録した。オフの11月20日に自由契約となった。

ドジャース時代

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1989年12月21日にドジャースと契約を結んだ。

1990年は傘下のAAA級アルバカーキ・デュークスで開幕を迎え、5月にメジャーへ昇格した。昇格後はリリーフとして9試合に登板していたが、防御率4.15と結果を残していないまま、6月から先発に転向した。6月6日のアトランタ・ブレーブス戦では3回2失点で降板し、2度目の先発となった12日のヒューストン・アストロズ戦では5安打5失点で1死しか取れず降板し[3]、AAA級アルバカーキへ降格した。この年は11試合(先発2試合)に登板して0勝1敗、防御率6.53、11奪三振を記録した。レギュラーシーズン終了後の10月15日にFAとなった。

パドレス時代

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1991年3月30日にサンディエゴ・パドレスと契約を結んだ。開幕後はリリーフに定着し、自己最多でチームトップタイの64試合(先発1試合)に登板した。7勝2敗5セーブ、防御率2.46、57奪三振を記録した。

1992年は開幕から15日間の故障者リスト入りし、4月27日に復帰した。復帰後は前年と同様にリリーフに定着した。この年は50試合(先発1試合)に登板して2勝2敗5セーブ、防御率2.37、60奪三振を記録した。

メッツ時代

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1992年12月17日にロジャー・メイソン英語版マイク・フレイタスとのトレードで、ニューヨーク・メッツへ移籍した。

1993年はリリーフとして58試合に登板して3勝8敗5セーブ、防御率3.60、57奪三振を記録した。

1994年は27試合に登板して2勝1敗2セーブ、防御率5.11、32奪三振を記録した。レギュラーシーズン終了後の10月18日にFAとなった。

パイレーツ時代

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1995年4月10日にピッツバーグ・パイレーツと契約を結んだ。昇格後は8試合に登板したが、防御率9.00と結果を出せず、5月16日に自由契約となった。

レッドソックス時代

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1995年5月30日にボストン・レッドソックスと契約を結んだ。移籍後は36試合(先発4試合)に登板して4勝1敗1セーブ、防御率3.61、65奪三振を記録した。オフの11月6日にFAとなったが、12月15日にレッドソックスと再契約を結んだ。

1996年は開幕ロースター入りし、開幕後は13試合に登板していたが、5月6日に15日間の故障者リスト入りした。8月6日に復帰すると、先発に転向した。この年は23試合(先発7試合)に登板して3勝2敗、防御率4.48、32奪三振を記録した。オフの11月1日にFAとなったが、12月7日にレッドソックスと再契約した。

1997年3月26日に自由契約となった。

マリナーズ時代

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1997年4月11日にシアトル・マリナーズと契約を結んだ。昇格後はリリーフとして6試合に登板したが防御率10.13と結果を残せず、7月23日に自由契約となった。

パドレス傘下時代

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1997年8月19日にサンディエゴ・パドレスと契約を結んだ。契約後は傘下のAAA級ラスベガス・スターズで先発として3試合に先発登板して0勝2敗、防御率5.62、13奪三振を記録した。レギュラーシーズン終了後の10月15日にFAとなった。

エクスポズ時代

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1998年3月30日にモントリオール・エクスポズと契約を結んだ。開幕ロースター入りし、リリーフとして1993年以来の50試合登板を記録した。この年は51試合に登板して3勝4敗1セーブ、防御率3.72、33奪三振を記録した。9月29日にFAとなった。

1999年2月2日にエクスポズと再契約した。開幕後は4試合に登板したが、4月15日に自由契約となった。

ドジャース復帰

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1999年4月24日に古巣・ドジャースと契約を結んだ。リリーフとして49試合に登板して1勝1敗、防御率3.29、41奪三振を記録した。レギュラーシーズン終了後の10月14日にFAとなった。

アストロズ時代

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2000年2月1日にアストロズと契約を結んだ。開幕後はリリーフとして18試合に登板していたが、5月21日に15日間の故障者リスト入りした。6月23日に復帰後は3試合に登板したが、7月5日に自由契約となり、現役引退を発表した。

引退後

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2000年のシーズン途中からアストロズ傘下のAA級ラウンドロック・エクスプレスの投手コーチに就任し、同年のテキサスリーグ優勝に貢献した。

2001年カルロス・ヘルナンデスティム・レディングの好投もあり、テキサスリーグ1位のチーム防御率を記録し、2年連続の優勝を経験した。

2002年もテキサスリーグ三連覇に貢献した。

ブルワーズでのコーチ時代

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ミルウォーキー・ブルワーズでのコーチ時代
(2008年8月3日)

2002年オフにミルウォーキー・ブルワーズの投手コーチに就任した[4]

2003年ネッド・ヨスト監督の下でコーチ1年目を迎えたが、チーム防御率はナショナルリーグ平均(4.28)を大きく下回るワースト3位の5.02だった。先発陣もベン・シーツウェイン・フランクリン英語版マット・キニーの三本柱こそ二桁勝利を挙げたが、4番手のグレンドン・ラッシュは1勝12敗、5番手のウェス・オーバーミューラーは2勝5敗と、先発投手の不足も露呈し、投手コーチとしては頭の痛いシーズンとなった。

2004年はシーツとダグ・デービスがナ・リーグ3位タイとなる24度のクオリティ・スタートを記録し、チーム防御率がリーグ平均の4.30を上回る4.24に向上した。

2005年はナ・リーグ5位となるチーム防御率3.97を記録した。

2006年は前年防御率1点台を記録したクローザーのデリック・ターンボウが不調でシーズン途中にマイナーへ異動するなど、リリーフ陣が崩壊し、チーム防御率はナ・リーグワースト2位の4.82に悪化した。

2007年は前年の開幕投手であるデービスが移籍したが、新加入のジェフ・スーパンの活躍もあり、二桁投手を4人輩出。ターンボウからクローザーの座を奪ったフランシスコ・コルデロが球団新記録の44セーブを挙げるなど、先発・リリーフ共に活躍し、チーム防御率はナ・リーグ9位の4.41まで回復した。

2008年は防御率1点台を記録したCC・サバシアの加入もあり、チーム防御率はナ・リーグ2位となる3.85に向上。チームは地区2位となり、ワイルドカード獲得に貢献したが、ヨスト監督の退任に伴い、同年限りでブルワーズを退団した。

レンジャーズでのコーチ時代

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テキサス・レンジャーズでのコーチ時代
(2015年3月9日)

2008年11月3日にテキサス・レンジャーズの投手コーチへの就任が発表された[5]

2009年は前年アメリカンリーグ最下位のチーム防御率5.37を、ア・リーグ8位の4.38まで改善。

2010年はア・リーグ3位となるチーム防御率を3.93まで向上させ、地区優勝及びア・リーグ優勝に貢献した。

2011年はチーム防御率が昨年を上回る3.79を記録(ア・リーグ5位)。先発5本柱(C・J・ウィルソンコルビー・ルイスデレク・ホランドマット・ハリソンアレクシー・オガンド)全員が二桁勝利を挙げ、2年連続の地区優勝及びア・リーグ優勝に貢献した。

2012年はチーム防御率が3.99と前年を下回った。

2013年はチーム防御率を3.62まで向上させた。

ナショナルズでのコーチ時代

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ワシントン・ナショナルズでのコーチ時代
(2016年8月22日)

2015年11月4日にワシントン・ナショナルズの投手コーチへの就任が発表され[6]2017年まで務めた[7]

カージナルスでのコーチ時代

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2018年シーズンからはセントルイス・カージナルスの投手コーチを務める[8]2022年まで務めた[9]

2度目のレンジャーズでのコーチ時代

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2022年11月23日にレンジャーズの投手コーチへの就任が発表された[10]

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
1986 PHI 16 16 0 0 0 3 7 0 -- .300 351 78.0 88 6 34 4 3 44 4 2 56 47 5.42 1.56
1987 7 2 0 0 0 2 0 0 -- 1.000 72 17.0 17 0 5 0 0 15 1 0 5 5 2.65 1.29
1988 25 11 0 0 0 4 3 0 -- .571 380 88.2 91 6 34 4 5 59 4 2 41 37 3.76 1.41
1989 16 4 2 1 0 1 3 1 -- .250 191 43.2 52 3 14 3 2 26 3 1 29 25 5.15 1.51
1990 LAD 11 2 0 0 0 0 1 0 -- .000 88 20.2 24 3 4 0 1 11 2 0 15 15 6.53 1.35
1991 SD 64 1 0 0 0 7 2 5 -- .778 388 98.2 78 4 27 3 1 57 5 0 30 27 2.46 1.06
1992 50 1 0 0 0 2 2 5 -- .500 330 79.2 71 2 24 4 0 60 4 1 25 21 2.37 1.19
1993 NYM 58 0 0 0 0 3 8 5 -- .273 320 75.0 67 3 27 7 4 57 4 1 34 30 3.60 1.25
1994 27 0 0 0 0 2 1 2 -- .667 186 44.0 45 7 13 4 0 32 2 0 25 25 5.11 1.32
1995 PIT 8 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 42 9.0 14 0 3 1 0 4 1 0 9 9 9.00 1.89
BOS 36 4 0 0 0 4 1 1 -- .800 367 89.2 86 5 15 3 2 65 5 0 40 36 3.61 1.13
'95計 44 4 0 0 0 5 1 1 -- .833 409 98.2 100 5 18 4 2 69 6 0 49 45 4.10 1.20
1996 23 7 0 0 0 3 2 0 -- .600 295 64.1 76 12 27 2 5 32 1 0 37 32 4.48 1.60
1997 SEA 6 0 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 59 10.2 20 1 8 2 1 7 1 0 12 12 10.13 2.63
1998 MON 51 0 0 0 0 3 4 1 -- .429 228 55.2 50 3 15 1 1 33 3 1 24 23 3.72 1.17
1999 4 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 26 5.0 9 1 3 0 1 4 0 0 5 5 9.00 2.40
LAD 49 0 0 0 0 1 1 0 10 .500 234 54.2 54 5 19 2 4 41 1 0 21 20 3.29 1.34
'99計 53 0 0 0 0 1 1 0 10 .500 260 59.2 63 6 22 2 5 45 1 0 26 25 3.77 1.42
2000 HOU 21 0 0 0 0 2 2 0 2 .500 128 27.1 31 6 12 0 2 17 0 0 20 19 6.26 1.57
MLB:15年 472 48 2 1 0 39 37 20 *12 .513 3685 861.2 873 67 284 40 32 564 41 8 428 388 4.05 1.34
  • 「-」は記録なし
  • 通算成績の「*数字」は不明年度があることを示す

年度別守備成績

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投手(P)












1986 PHI 16 5 10 2 0 .882
1987 7 1 1 1 0 .667
1988 25 8 18 4 1 .867
1989 16 7 12 0 1 1.000
1990 LAD 11 0 2 0 0 1.000
1991 SD 64 9 18 1 1 .964
1992 50 9 18 1 1 .964
1993 NYM 58 6 16 1 1 .957
1994 27 2 11 1 2 .929
1995 PIT 8 0 1 0 1 1.000
BOS 36 9 11 1 1 .952
'95計 44 9 12 1 2 .955
1996 23 7 12 0 1 1.000
1997 SEA 6 1 1 0 0 1.000
1998 MON 51 3 10 0 0 1.000
1999 4 0 0 0 0 ----
LAD 49 5 6 1 1 .917
'99計 53 5 6 1 1 .917
2000 HOU 21 1 6 0 0 1.000
MLB 472 73 153 13 11 .946

背番号

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  • 44(1986年 - 1989年)
  • 54(1990年)
  • 51(1991年 - 1994年、1998年 - 1999年、2016年 - 2017年)
  • 60(1995年 - 同年途中)
  • 19(1995年途中 - 1996年)
  • 20(1997年)
  • 36(2000年、2003年- 2008年)
  • 31(2009年 - 2015年、2018年 - 2021年途中、2022年 - 2023年途中)
  • 35(2022年途中 - 同年終了)
  • 41(2023年途中 - )

脚注

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  1. ^ Tuesday, June 3, 1986, , Veterans Stadium”. Baseball Reference. 2014年5月27日閲覧。
  2. ^ Saturday, April 29, 1989, 3:51, Veterans Stadium”. Baseball Reference. 2014年5月27日閲覧。
  3. ^ Tuesday, June 12, 1990, 7:35, Astrodome”. Baseball Reference. 2014年5月27日閲覧。
  4. ^ Donnelly rounds out Brewers coaching staff”. MLB.com Brewers Press Release (2002年11月27日). 2014年5月27日閲覧。
  5. ^ Rangers name Mike Maddux pitching coach”. MLB.com Rangers Press Release (2014年11月3日). 2014年5月27日閲覧。
  6. ^ Chelsea Janes (2015年11月4日). “Nationals hire Mike Maddux as pitching coach” (英語). ワシントン・ポスト. 2017年11月20日閲覧。
  7. ^ Chelsea Janes (2017年10月24日). “On collateral damage and the Nationals’ future coaching staff” (英語). ワシントン・ポスト. 2017年11月20日閲覧。
  8. ^ Jenifer Langosch (2017年10月26日). “Mike Maddux hired to be Cards pitching coach” (英語). MLB.com. http://m.cardinals.mlb.com/news/article/259762400/mike-maddux-named-cardinals-pitching-coach/ 2017年11月20日閲覧。 
  9. ^ Derrick Goold and Carter Chapley (2022年10月26日). “Cardinals announce coaches Jeff Albert, Mike Maddux will not return in 2023” (英語). St. Louis Post-Despatch. 2023年10月22日閲覧。
  10. ^ Kennedi Landry (2022年11月23日). “Rangers hire Mike Maddux as pitching coach” (英語). MLB.com. 2023年10月22日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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