コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

マグダレナ・マレーバ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マグダレナ・マレーバ
Magdalena Maleeva
マグダレナ・マレーバ
基本情報
フルネーム Magdalena Georgieva Maleeva
愛称 マギー
国籍  ブルガリア
出身地 同・ソフィア
生年月日 (1975-04-01) 1975年4月1日(49歳)
身長 168cm
体重 59kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1989年
引退年 2005年
ツアー通算 15勝
シングルス 10勝
ダブルス 5勝
生涯通算成績 560勝423敗
シングルス 439勝290敗
ダブルス 121勝133敗
生涯獲得賞金 $4,398,582
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(1991・93・94・2002)
全仏 4回戦(1993・96・2003・04)
全英 4回戦(2001・02・04・05)
全米 ベスト8(1992)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(1992・2001・04)
全仏 3回戦(1993)
全英 3回戦(1993・2003)
全米 ベスト8(2003)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 4位(1996年1月29日)
ダブルス 13位(2004年2月2日)

マグダレナ・マレーバMagdalena Maleeva, ブルガリア語: Магдалена Малеева, 1975年4月1日 - )は、ブルガリアソフィア出身の元女子プロテニス選手。姉妹プロテニス選手として有名な「マレーバ3姉妹」(マニュエラカテリナ、マグダレナ)の末っ子である。自己最高ランキングはシングルス4位、ダブルス13位。WTAツアーでシングルス10勝、ダブルス5勝を挙げた。身長168cm、体重59kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。「マギー」(Maggie)という愛称で親しまれた。

来歴

[編集]

マレーバの家族は、母親がブルガリアの国内テニス選手権で9度優勝するほどの名選手で、父親はバスケットボールのブルガリア・ナショナル・チームでプレーした経歴を持つ、スポーツの名門一家だった。その環境の中でマレーバ3姉妹はテニスに親しみ、マグダレナも自然にテニスを始める。1989年4月に14歳でプロ入り。4大大会の自己最高成績は、1992年全米オープンのベスト8で、この準々決勝では姉のマニュエラと“姉妹対決”の最中に 2-6, 3-5 で故障のため途中棄権を余儀なくされた。この年にサンマリノの大会でツアー初優勝を挙げている。

1993年4月30日、マグダレナ・マレーバはテニス史上最大の悲劇を目撃する。ドイツハンブルクの「シチズン・カップ」準々決勝でモニカ・セレシュと対戦していた試合中に、セレシュがドイツ人の暴漢ギュンター・パルシェに背中を刺された。この時マグダレナは 4-6, 3-4 とリードされて、チェンジ・コート(奇数ゲームの終了後、90秒間の休憩時間が与えられ、その後コートで打つポジションを交替すること)の合間の出来事だった。

1993年には「マレーバ3姉妹」の3人全員が全豪オープン全仏オープンウィンブルドンの3大会連続で4大大会のシード選手に入った。4大大会の組み合わせ抽選では、世界ランキング上位16名が「シード選手」の資格を得られるが、この時期は3人とも世界ランキング16位以内に入ったのである。同年の全米オープンでは3人姉妹全員が4回戦に進出した。マグダレナは4回戦で止まったが、次女カテリナは準々決勝へ、長女マニュエラは準決勝まで進出している。

2003年6月、マグダレナはイギリスバーミンガムで行われた「DFSクラシック」(芝生コート、ウィンブルドン前哨戦の1つ)にて、決勝戦で日本の浅越しのぶを 6-1, 6-4 で破って優勝した。オリンピックのブルガリア代表選手としても、1992年1996年2004年の3度出場している。

一番上の姉マニュエラは、コーチと結婚してスイスに移住し、1994年2月に27歳で現役を引退した。次女のカテリナも1996年末に27歳で引退している。マグダレナは姉たちの引退後も故国ブルガリアで長く現役を続行したが、2005年10月第3週の「チューリッヒ・オープン」2回戦敗退を最後に30歳で現役を引退した。現在は母親と3人姉妹が「マレーバ・テニスクラブ」を経営し、後進の育成に携わっている。

その後マグダレナは、2010年のブルガリア選手権に35歳で出場し優勝している[1]。2011年のフェドカップにダブルスで出場している。

WTAツアー決勝進出結果

[編集]

シングルス: 21回 (10勝11敗)

[編集]
大会グレード
グランドスラム (0–0)
ティア I (2–3)
ティア II (2–4)
ティア III (3–3)
ティア IV & V (3–1)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 1991年4月28日 ユーゴスラビアの旗 ボル クレー イタリアの旗 サンドラ・チェッキーニ 4–6, 6–3, 5–7
優勝 1. 1992年7月27日 サンマリノの旗 サンマリノ クレー イタリアの旗 フェデリカ・ボンシニョーリ 7–6(3), 6–4
準優勝 2. 1993年1月10日 オーストラリアの旗 ブリスベン ハード スペインの旗 コンチタ・マルティネス 3–6, 4–6
優勝 2. 1994年9月25日 ロシアの旗 モスクワ カーペット (室内) イタリアの旗 サンドラ・チェッキーニ 7–5, 6–1
優勝 3. 1994年10月9日 スイスの旗 チューリッヒ カーペット (室内) ベラルーシの旗 ナターシャ・ズベレワ 7–5, 3–6, 6–4
優勝 4. 1995年2月12日 アメリカ合衆国の旗 シカゴ カーペット (室内) アメリカ合衆国の旗 リサ・レイモンド 7–5, 7–6(2)
準優勝 3. 1995年4月5日 アメリカ合衆国の旗 ヒルトン・ヘッド クレー スペインの旗 コンチタ・マルティネス 1–6, 1–6
準優勝 4. 1995年5月21日 ドイツの旗 ベルリン クレー スペインの旗 アランチャ・サンチェス・ビカリオ 4–6, 1–6
優勝 5. 1995年9月24日 ロシアの旗 モスクワ カーペット (室内) ロシアの旗 エレーナ・マカロワ 6–4, 6–2
準優勝 5. 1995年10月1日 ドイツの旗 ライプツィヒ カーペット (室内) ドイツの旗 アンケ・フーバー 不戦敗
優勝 6. 1995年11月5日 アメリカ合衆国の旗 オークランド カーペット (室内) 日本の旗 杉山愛 6–3, 6–4
準優勝 6. 1996年5月26日 スペインの旗 マドリード クレー チェコの旗 ヤナ・ノボトナ 6–4, 4–6, 3–6
優勝 7. 1999年11月21日 タイ王国の旗 パタヤ ハード ルクセンブルクの旗 アンネ・クレマー 4–6, 6–1, 6–2
準優勝 7. 2000年10月1日 ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク カーペット (室内) アメリカ合衆国の旗 ジェニファー・カプリアティ 6–4, 1–6, 4–6
準優勝 8. 2001年2月18日 フランスの旗 ニース カーペット (室内) フランスの旗 アメリ・モレスモ 2–6, 0–6
優勝 8. 2001年4月22日 ハンガリーの旗 ブダペスト クレー ルクセンブルクの旗 アンネ・クレマー 3–6, 6–2, 6–4
準優勝 9. 2001年9月30日 ドイツの旗 ライプツィヒ カーペット (室内) ベルギーの旗 キム・クライシュテルス 1–6, 1–6
優勝 9. 2002年10月6日 ロシアの旗 モスクワ カーペット (室内) アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート 5–7, 6–3, 7–6(4)
準優勝 10. 2002年10月27日 ルクセンブルクの旗 ルクセンブルク ハード (室内) ベルギーの旗 キム・クライシュテルス 1–6, 2–6
優勝 10. 2003年6月15日 イギリスの旗 バーミンガム 日本の旗 浅越しのぶ 6–1, 6–4
準優勝 11. 2004年2月8日 日本の旗 東京 カーペット (室内) アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート 4–6, 1–6

ダブルス: 10回 (5勝5敗)

[編集]
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 1991年4月28日 ユーゴスラビアの旗 ボル クレー イタリアの旗 ローラ・ゴラルサ イタリアの旗 サンドラ・チェッキーニ
イタリアの旗 ローラ・ガロン
不戦勝
準優勝 1. 1993年2月14日 日本の旗 大阪 カーペット (室内) スイスの旗 マニュエラ・マレーバ チェコスロバキアの旗 ヤナ・ノボトナ
ラトビアの旗 ラリサ・ネーランド
1–6, 3–6
準優勝 2. 1993年4月25日 スペインの旗 バルセロナ クレー スイスの旗 マニュエラ・マレーバ スペインの旗 コンチタ・マルティネス
スペインの旗 アランチャ・サンチェス・ビカリオ
6–4, 1–6, 0–6
優勝 2. 2002年2月17日 ベルギーの旗 アントワープ カーペット (室内) スイスの旗 パティ・シュナイダー フランスの旗 ナタリー・ドシー
アメリカ合衆国の旗 メイレン・ツー
6–3, 6–7(3), 6–3
準優勝 3. 2002年6月23日 オランダの旗 スヘルトーヘンボス ドイツの旗 ビアンカ・ラマデ オーストラリアの旗 キャサリン・バークレー
ドイツの旗 マルチナ・ミュラー
4–6, 5–7
優勝 3. 2003年3月30日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード 南アフリカ共和国の旗 リーゼル・フーバー 日本の旗 浅越しのぶ
日本の旗 宮城ナナ
6–4, 3–6, 7–5
優勝 4. 2003年5月4日 ポーランドの旗 ワルシャワ クレー 南アフリカ共和国の旗 リーゼル・フーバー ギリシャの旗 エレニ・ダニリドゥ
イタリアの旗 フランチェスカ・スキアボーネ
3–6, 6–4, 6–2
準優勝 4. 2004年1月10日 オーストラリアの旗 ゴールドコースト ハード 南アフリカ共和国の旗 リーゼル・フーバー ロシアの旗 スベトラーナ・クズネツォワ
ロシアの旗 エレーナ・リホフツェワ
3–6, 4–6
準優勝 5. 2004年2月8日 日本の旗 東京 カーペット (室内) ロシアの旗 エレーナ・リホフツェワ ジンバブエの旗 カーラ・ブラック
オーストラリアの旗 レネ・スタブス
0–6, 1–6
優勝 5. 2005年1月8日 オーストラリアの旗 ゴールドコースト ハード ロシアの旗 エレーナ・リホフツェワ イタリアの旗 マリア・エレナ・カメリン
イタリアの旗 シルビア・ファリナ・エリア
6–3, 5–7, 6–1

4大大会シングルス成績

[編集]
略語の説明
 W   F  SF QF #R RR Q# LQ  A  Z# PO  G   S   B  NMS  P  NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, Z#=デビスカップ/BJKカップ地域ゾーン, PO=デビスカップ/BJKカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, P=開催延期, NH=開催なし.

大会 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 通算成績
全豪オープン A LQ 4R 1R 4R 4R 1R A A 1R A 1R 1R 4R 3R 2R 3R 17–12
全仏オープン LQ 3R 1R 3R 4R 1R 2R 4R 1R A 1R 3R 1R 1R 4R 4R 2R 20–15
ウィンブルドン A 2R 1R 1R 3R 2R A 2R 3R A A 2R 4R 4R 2R 4R 4R 21–13
全米オープン LQ 1R 2R QF 4R 4R 2R 1R 3R A A 2R 2R 3R 1R 2R 2R 20–14

脚注

[編集]

外部リンク

[編集]