ムーディー・ブルース

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ムーディー・ブルース
1960年代全盛のラインナップ(1968年、左からRトーマス、Jヘイワード、Mピンダー、Gエッジ、Jロッジ)
基本情報
出身地 イングランドの旗 イングランド ウェスト・ミッドランズ州バーミンガム
ジャンル
活動期間 1964年 - 2018年
レーベル
旧メンバー

ムーディー・ブルースThe Moody Blues)は、イングランド出身のロックバンド

ロック界においても最古参に位置する、プログレッシブ・ロックの草分け的存在として知られる。音楽にいち早くメロトロンを取り入れ、シンフォニック・ロックの礎を築いた[9]。トータルセールスは7,000万枚以上[10]

経歴[編集]

R&B期(1964年 - 1967年)[編集]

1964年5月、バーミンガムでムーディー・ブルースとして初のコンサートを行う[11]。当時のメンバーはレイ・トーマスマイク・ピンダーグレアム・エッジデニー・レインクリント・ワーウィックの5人。デビュー最初期はR&B系グループとして活動しており、1965年にアルバム『デビュー! (The Magnificent Moodies)』を発表。同年、シングル「ゴー・ナウ」が全英1位・全米10位の大ヒットを記録するが、1966年春にクリント・ワーウィックが脱退し、同年にはリード・ボーカルとギターを担当していたデニー・レインも脱退[11]。レインは後にポール・マッカートニー率いるウイングスに1971年に加入する。

プログレッシブ・ロック期(1967年 - 1974年)[編集]

1960年代末のライブ

メンバー2人の脱退に伴い、バンドはジョン・ロッジジャスティン・ヘイワードを迎え入れて、メロトロンシンセサイザーなどの電子楽器を駆使した前衛的な音楽性に変わっていく。1967年発表の2ndアルバム『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』では、1960年代の段階でオーケストラとの競演で新しいロックのスタイルを築き上げるなど、プログレッシブ・ロックというジャンルを生み出した草分け的な存在と言える[12]

その後は、1968年失われたコードを求めて』、1969年夢幻』、1970年クエスチョン・オブ・バランス[13]1971年童夢』といったほとんどのアルバムが英米で大ヒットを記録[14]ピンク・フロイドキング・クリムゾンイエスEL&Pジェネシス等と共に1960年から1970年代にかけてのプログレッシブ・ロック・ムーブメントを支えた。かつてジミー・ペイジは「本当にプログレッシブなバンドは、ピンク・フロイドとムーディー・ブルースだけだ」と語っていた。

1970年のグループショット

また、1967年に発売されたシングル「サテンの夜」は、発売当時は全英19位のヒットだったが、1972年にラジオ局から人気に火がつき、全英9位・全米2位・カナダ1位の大ヒットを記録し、彼らの代表曲となった。収録されているアルバム『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』も後年1972年にアメリカでチャートインし最高位3位迄上昇した。

1972年にアルバム『セヴンス・ソジャーン』を発表してからは、メンバー個人のソロ・アルバム製作や、アーティスト自身のレコード・レーベルでは先駆けとなる「スレッショルド・レコード」(『夢幻』の原題から名称がとられた)の運営などが活動の中心となり、バンド活動が停滞する。この時期はプログレッシブ・ロックの最盛期であり、この頃にほとんど活動を行っていなかった。1974年4月には、アメリカカリフォルニア州に移住していたマイク・ピンダーが、家族との生活を優先させるためバンドを一度脱退する[15]

再始動(1978年 - 2001年)[編集]

再始動時期のライブ

1977年、かつて1969年に開催されたロイヤル・アルバート・ホール公演のライブ音源とスタジオ・アウトテイク5曲を収録したアルバム『コート・ライヴ+5』がリリースされ、同アルバムの売り上げが好調だったことから1978年に正式に再始動し[16]、マイク・ピンダーもバンドに復帰した[15]。しかし、再結成第1弾アルバム『新世界の曙』録音途中で、マイク・ピンダーは続くツアー参加に難色を示し、録音途中でアルバム製作から抜け、プロモーションビデオやアルバム用写真撮影にも不参加。それに伴い、長年、6人目のムーディー・ブルースとまで言われたプロデューサーのトニー・クラークも「マイクがいないムーディー・ブルースをプロデュースする意味がない」という理由で抜け、同じく長年録音エンジニアを担当していたデレク・バーナルズが、生オーケストラを使ったアレンジを加え、最終的なアレンジが完成した。こうして難題が続いた『新世界の曙』は、リリースまでこぎつけたが、続くツアーには、オーディションの結果、元イエスパトリック・モラーツが参加した[17]

その後、1981年発表のアルバム『ボイジャー - 天海冥』のレコーディングに際し、マイク・ピンダーから「レコーディングにだけは参加したい」との連絡がメンバーに入ったが、バンドは参加を認めず、パトリック・モラーツを正式なメンバーとしてレコーディングを行う。このアルバムは、9年ぶりに全米1位を獲得[18]、復活を印象付けた。「イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』のようなドラム演奏をしたかった」というグレアム・エッジのコメントが残っているが、実際、グレアム・エッジのドラム演奏は、過去のアルバムを通し、もっともダイナミックでパワフルな演奏を残している。

1980年代以降はプログレッシブ・ロックの衰退もあり、ポップな大衆的音楽に変化していった。1986年にはトニー・ヴィスコンティをプロデューサーに迎え、ポップ・ナンバー「Your Wildest Dreams」が全米9位を記録し、久々のヒットとなった。

1991年、パトリック・モラーツが自身の音楽活動に専念し、新アルバム制作に支障をきたしていることと、またバンドに対する大きな報酬を要求しているとして、バンドは『キーズ・オブ・ザ・キングダム』の録音に、アシストメンバーとしてクレジットした。それに不服申し立てを行ったパトリック・モラーツとバンドは訴訟となり、結果、バンドは敗訴した。それに伴い、パトリック・モラーツは脱退した[17]

3人体制(2002年 - 2017年)[編集]

2002年12月、レイ・トーマスが今後のツアーには参加しない意志を明かし[19]、バンドの正式メンバーはジャスティン・ヘイワード、ジョン・ロッジ、グレアム・エッジの3人となる。

英国ブリストル公演(2013年)

2003年、16thアルバム『December』をリリース。後日ジャスティン・ヘイワードは「これが最後のスタジオ・アルバムになるだろう」と示唆した[20]。その後はライブに専念し、サポートメンバーを集いながら活動を続ける。

2016年、ジョン・ロッジのソロ・アルバムが製作されたが、その中に1曲、マイク・ピンダーとレイ・トーマスが参加している。

2017年、『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』発表から50年を記念して、アルバム全曲を演奏するライブツアーを敢行。ツアーの模様はブルーレイ、DVD、CDとして発売された。

バンドの終焉(2018年 - 現在)[編集]

2018年1月、『ロックの殿堂』入りを果たしたが、セレモニーを前に創設メンバー レイ・トーマスが死去[21]。開催当日には、旧メンバーのデニー・レイン、マイク・ピンダーも同じステージに立った。

同年、唯一のオリジナルメンバーであるグレアム・エッジが、この年をもって引退。ジャスティン・ヘイワードは「グレアム無しでは考えられない」と、解散宣言のない事実上の活動停止。音楽性については、ジョン・ロッジがソロ活動で引き継いでいる[22]。そして3年後の2021年、グレアム・エッジが80歳で死去する[23]

そして2023年にデニー・レイン、2024年にマイク・ピンダーが亡くなり、オリジナルメンバーは全て他界した[24]

メンバー[編集]

※2021年11月時点

最終ラインナップ[編集]

  • ジャスティン・ヘイワード (Justin Hayward) - ギター/ボーカル (1966年–2018年)
  • ジョン・ロッジ (John Lodge) - ベース/ボーカル (1966年–2018年)
  • グレアム・エッジ (Graeme Edge) - ドラムス/ボーカル (1964年–2018年引退) 2021年11月死去

旧メンバー[編集]

  • レイ・トーマス (Ray Thomas) - フルート/ボーカル (1964年–2002年) 2018年死去
  • マイク・ピンダー (Mike Pinder) - キーボード/ボーカル (1964年–1978年) 2024年死去
  • デニー・レイン (Denny Laine) - ギター/ボーカル (1964年–1966年) 2023年死去
  • クリント・ワーウィック (Clint Warwick) - ベース/ボーカル (1964年–1966年) 2004年死去
  • ロドニー・クラーク (Rodney Clark) - ベース/ボーカル (1966年)
  • パトリック・モラーツ (Patrick Moraz) - キーボード (1978年–1991年)

ディスコグラフィ[編集]

スタジオ・アルバム[編集]

発売年 邦題 原題 順位(英) 順位(米)
1965 デビュー! The Magnificent Moodies - -
1967 デイズ・オブ・フューチャー・パスト Days Of Future Passed 27位 3位
1968 失われたコードを求めて In Search Of The Lost Chord 5位 23位
1969 夢幻 On The Threshold Of A Dream 1位 20位
1969 子供たちの子供たちの子供たちへ To Our Children's Children's Children 2位 14位
1970 クエスチョン・オブ・バランス A Question Of Balance 1位 3位
1971 童夢 Every Good Boy Deserves Favour 1位 2位
1972 セヴンス・ソジャーン Seventh Sojourn 5位 1位
1978 新世界の曙 Octave 6位 13位
1981 ボイジャー - 天海冥 Long Distance Voyager 7位 1位
1983 プレゼント - 新世界への道程 The Present 15位 26位
1986 ジ・アザー・サイド・オブ・ライフ The Other Side Of Life 24位 9位
1988 シュール・ラ・メール Sur La Mer 21位 38位
1991 キーズ・オブ・ザ・キングダム Keys Of The Kingdom 54位 94位
1999 ストレンジ・タイムズ Strange Times 19位 93位
2003 December - -

ライブ・アルバム/コンピレーション・アルバム[編集]

発売年 邦題 原題 順位(英) 順位(米)
1974 失われたロマンを求めて - ムーディー・ブルースの世界 This is The Moody Blues 14位 11位
1977 コート・ライヴ+5 Caught Live + 5 - 26位
1979 Out of this world 15位 -
1985 Voices In The Sky (The Best Of The Moody Blues) - 132位
1990 ムーディー・ブルース・グレイテスト・ヒッツ Greatest Hits 71位 113位
1993 ライヴ:ア・ナイト・アット・レッド・ロックス A Night At Red Rocks - 93位
1996 ザ・ベスト・オブ・ムーディー・ブルース The Best of The Moody Blues 13位 -
2000 ホール・オヴ・フェイム - ロイヤル・アルバート・ホール・コンサート2000 Hall Of Fame - 185位
2005 Lovely To See You - -
2007 BBCライヴ Live At The BBC: 1967 - 1970 - -
2010 ライヴ・アット・ザ・アイル・オブ・ワイト・フェスティヴァル1970 Live at the Isle of Wight Festival 1970 - -

音源の補足[編集]

2017年、痛んでいて使われなかった『デイズ・オブ・フューチャー・パスト』のオリジナル・マスターテープを使ったCDを発売。マスターテープ劣化による左右チャネルのよれはあるもの、「Evening」はオリジナルのミックスに戻った。

2018年、『失われたコードを求めて』の50周年記念盤をリリース。これまで存在しなかった5.1chミックスの発表と、50thニューミックスを収録。「The Actor」のイントロが長い。「Voices In The Sky」の冒頭、左チャネルのフルートによる音割れが修正されている。

日本公演[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e Eder, Bruce. The Moody Blues Biography, Songs & Albums - オールミュージック. 2021年11月18日閲覧。
  2. ^ Prown, Pete; HP Newquist (1997). Legends of Rock Guitar: The Essential Reference of Rock's Greatest Guitarists. Hal Leonard Corporation. p. 78. ISBN 978-0793540426. "... British art rock groups such as the Nice, Yes, Genesis, ELP, King Crimson, the Moody Blues, and Procol Harum ..." 
  3. ^ Ray, Michael (2012). Disco, punk, new wave, heavy metal, and more: Music in the 1970s and 1980s. Rosen Education Service. p. 107. ISBN 978-1615309085 
  4. ^ Tawa, Nicholas E. (2005). Supremely American: Popular Song in the 20th Century: Styles and Singers and what They Said about America. Scarecrow Press. p. 248. ISBN 978-0-8108-5295-2. https://archive.org/details/supremelyamerica0000tawa 
  5. ^ Perone, James E. (2009). Mods, Rockers, and the Music of the British Invasion. ABC-CLIO. p. 130. ISBN 978-0-275-99860-8. https://web.archive.org/web/20180101142903/https://books.google.com/books?id=S5UbIgKdAS4C&pg=PA130 
  6. ^ Chapman, Rob (2015年9月18日). “The Moody Blues – psychedelia's forgotten heroes”. ガーディアンThe Guardian (Guardian Media Group). https://www.theguardian.com/music/2015/sep/17/the-moody-blues-psychedelias-forgotten-heroes 2021年11月18日閲覧。 
  7. ^ Greene, Doyle (10 March 2014). The Rock Cover Song: Culture, History, Politics. McFarland. p. 124. ISBN 978-1-4766-1507-3. https://web.archive.org/web/20180101142903/https://books.google.com/books?id=oJlDAwAAQBAJ&pg=PA124 
  8. ^ Macan, Edward (2005). Endless Enigma: A Musical Biography of Emerson, Lake and Palmer. Open Court. p. 78. ISBN 978-0-8126-9596-0. https://web.archive.org/web/20170325095930/https://books.google.com/books?id=tXoIAQAAMAAJ 
  9. ^ ロックの進化に貢献したムーディー・ブルースの絶頂期の作品のひとつ『童夢』”. okmusic (2019年4月19日). 2019年4月23日閲覧。
  10. ^ https://www.musicradar.com/news/guitars/justin-hayward-on-the-moody-blues-and-writing-in-corners-580967
  11. ^ a b The Moody Blues : AllMusic - Biography by Bruce Eder
  12. ^ ムーディー・ブルース『Days Of Future Passed』発売50周年記念デラックス・エディションが11月発売 amass 2017/10/05
  13. ^ 1970年夏、3週1位を記録したムーディー・ブルースの『A Question of Balance』”. U discovermusic.jp (2019年8月22日). 2019年8月28日閲覧。
  14. ^ アルバム・バンドへ移行していったムーディー・ブルースの『Every Good Boy Deserves Favour』”. U discovermusic.jp (2019年8月14日). 2019年8月28日閲覧。
  15. ^ a b Interview With Mike Pinder - classicbands.com - 2013年3月3日閲覧
  16. ^ Caught Live +5 - The Moody Blues : AllMusic - Review by Bruce Eder
  17. ^ a b Patrick Moraz - A Biography - patrickmoraz.com
  18. ^ The Moody Blues - Awards : AllMusic
  19. ^ The Moody Blues 2003 - to present
  20. ^ ムーディー・ブルースのスタジオ・アルバムは2003年の『December』が最後? ジャスティン・ヘイワード語る amass 2016/03/04
  21. ^ 元ムーディー・ブルースのレイ・トーマス、殿堂入りを前に急逝”. BARKS (2018年1月8日). 2019年4月23日閲覧。
  22. ^ ムーディー・ブルースのジョン・ロッジ「ムーディー・ブルースはもうツアーをやらない」”. amass (2021年5月24日). 2021年11月13日閲覧。
  23. ^ ムーディー・ブルースのドラマー、グレアム・エッジが死去”. Barks (2021年11月12日). 2021年11月13日閲覧。
  24. ^ ムーディー・ブルースの創設メンバーで革新的なメロトロン奏者 マイク・ピンダー死去”. amass (2024年4月25日). 2024年4月26日閲覧。

外部リンク[編集]