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利用者‐会話:Amagiri

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Amagiriさん、はじめまして! 私はウィキペディアンの一人でいちごミルクと申します。

それでは、あなたに素敵なウィキライフが訪れることを願って。--いちごミルク order 2006年12月19日 (火) 13:52 (UTC)[返信]

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星の由来は有名ですが、歩兵の兵科色の由来が血の赤とはぞっする話です。わざわざ帽子に星をつけて、襟を血で塗るというのもへんな話です。当時の歩兵ならずとも悪い冗談のように聞こえる話ですが、その情報はどこから得たものでしょうか?--HAHEN 2008年5月23日 (金) 23:55 (UTC)[返信]

疾風について[編集]

四式戦の愛称ですが公募したとの記述の書き込みがございますが、その事実を寡聞にして知りません。よろしければ出典をご教授ください。papamaruchan22 2009年6月5日 (金) 11:01 (UTC)[返信]

ご指摘恐れ入ります。四式戦の愛称公募の事実につきましてですが、以下に当時の一次資料(大阪毎日新聞2面。昭和20年4月11日版報道記事)を併記致しますのでご確認下さい。原文は縦書きです。太字ママ。旧字体・旧仮名のみ現代遣いに修正しております。「敵撃滅~」の前の(?)部分の漢字一文字は原本のインクが滲んでいた為に判別不能でした。元記事には地上姿勢の疾風の写真も掲載されております。
『疾風』と命名 陸の最新鋭戦闘機
B29の迎撃戦に、また沖縄本島の日米決戦場その他の戦域において(?)敵撃滅に殊勲を樹てている陸軍最新鋭戦闘機は今回「疾風」と命名された、これで陸軍の戦闘機は「隼」「鍾馗」「飛燕」「屠龍」を合せて五種となったわけで「疾風」の命名は産業戦士から募集した命名のうち大部分を占めたもので疾風のごとく敵に襲いかかるわが戦闘機の雄姿を讃ふにふさわしい名前である。(写真は「疾風」の雄姿)
以上の事からお分かりになられますかと存じます。
  • キ84四式戦闘機の愛称「疾風」は確かに公募(募集)されていた事
  • またその公募の中から選ばれた事
  • それがS20年4月11日に報道された事 
この大阪毎日以外の有力紙以外にも、ほぼ同じ内容の報道がされてると思いますので、もし宜しければ当日付新聞のマイク:ロフィルム等をご覧下さい。この度は、項目編集時に出典を同時に脚注で明記するべきところを、己の不手際で疎かにしてしまいました事申し訳ありませんでした。--Amagiri 2009年6月6日 (土) 15:51 (UTC)[返信]

大変お世話様でした、参考になりました。今後ともよろしくご厚誼のほど。papamaruchan22 2009年6月7日 (日) 12:26 (UTC)[返信]

挺進団司令部では[編集]

こんばんは。挺進連隊この編集について気になったのですが、挺進団司令部ではなく挺進団本部なのでしょうか。アジア歴史資料センターのオンライン資料を見ると、大戦前期の「編成完結の件」(JACAR Ref.C04123613300)や「第1挺進団復帰完結書類提出の件」(JACAR Ref.C01000936500)、大戦後期の「第一挺進団」(JACAR Ref.C12121031900)で、いずれも「挺進団司令部」となっています。歩兵団司令部や飛行団司令部といった例と比べても、本部ではなく司令部だったと思うのですが。--Snlf1会話2013年1月11日 (金) 14:17 (UTC)[返信]

はじめまして。ご指摘恐れ入りますとともに、アジ歴該資料のご教示感謝申し上げます。当方の勘違いであり、誠に以って申し訳ありませんでした。修正させていただきます。--Amagiri会話2013年1月14日 (月) 02:08 (UTC)[返信]

Amagiriさんの体裁修正に関して[編集]

Amagiriさん。九七式中戦車の記事ですが、「体裁修正」と称して私のアップロードした画像のキャンプションを根拠も無く「一式47mm砲」→「一式機動四十七粍砲」と書き換えるのは止めてください。ウィキペディアコモンズと脚注に「一式47mm砲」と記述した理由と根拠を説明しているので目を通してください。これで2度目です。もしも3度目があれば意図的な「荒らし行為」としてウィキペディア管理人に通報します。--Huji2013会話2013年6月25日 (火) 02:04 (UTC)[返信]

当方の勘違いによりご不快の念をおかけ致しまして申し訳ありません。書き換えの経緯につきましてですが、単に本項において制式名称の表記統一「一式機動四十七粍砲」(「一式機動四十七粍速射砲」「一式機動47mm速射砲」「一式機動47mm砲」「一式機動47ミリ砲」等)を行っていた道中、誤ってHuji2013さんが編集されました「一式47mm砲」を「対戦車砲たる47mm砲」としてしまった事が原因であります。決して他意はありません。ご理解の程お願い致します。--Amagiri会話2013年6月29日 (土) 17:54 (UTC)[返信]

つい感情的になり厳しい言い方となってしまい、申し訳ありませんでした。単語や単位などの表記統一に関しては基本的に賛成なのですが、多数の編集者が存在し、中には原典の正確な記述を重視されている方もおられるので、微妙なニュアンスの変化など難しい面もあり、Amagiriさんも色々と苦労されていると思います。--Huji2013会話2013年7月6日 (土) 01:13 (UTC)[返信]

寛大なるご処置、改めて御礼申し上げます。以降、校正の際にはこの様な不手際がない様善処する所存でありますとともに、Huji2013様の機甲記事における更なるご活躍を心よりご期待申し上げております。--Amagiri会話2013年7月8日 (月) 15:27 (UTC)[返信]

「尾翼の旭日」の記述の場所[編集]

こんにちは。Amagiriさんが書かれた「尾翼の旭日」部分についてですが、旭日旗の制定の下にサブセクション「陸軍臨時航空隊の国籍標識」を作ってそちらに移したいのですがどうでしょうか?概要には「第一次世界大戦時には帝国陸軍の戦闘機の国籍標識に旭日の意匠が一時的に採用された。」というような一文を入れればよいかと思っています。それから質問なのですが、ニューポールNGと注釈付きの画像はどこの本から取ったものかご存知ですか?元画像は探しました[1]。--Seisato会話2014年7月20日 (日) 12:24 (UTC)[返信]

ご指摘恐れ入ります。適当な場所が無かった事と、対外的に用いられる事実上の国籍標識である事から概要部に挿入した次第でして、特に深い意味はありません。Seisatoさんの仰る通り、概要部に旭日の国籍標識の一文を挿入し本文は旭日旗の制定等のより適当なセクション(ないし旗章を除く軍隊における旭日の意匠の利用といったセクションを新設)に移動で宜しいかと存じます。ご質問の件につきましては大変申し訳ありませんが外部サイト画像の転載元書籍名は存じません。該画像がコモンズにありません事と、転載の転載アップロードは憚られるため脚注にて外部サイトを使用した次第であります。出典と致しましては一次資料たる写真帖名・出版元・近代デジタルライブラリー書誌ID・サ等を脚注にて表記しては如何でしょうか。--Amagiri会話2014年7月20日 (日) 16:30 (UTC)[返信]
ありがとうございます。取り合えず、移動しました。出典とかアップロードについては後々の検討ということで・・・--Seisato会話2014年7月27日 (日) 13:24 (UTC)[返信]

「御賜」という言葉について[編集]

記事「陸軍大学校」「恩賜の軍刀」などについての、Amagiri氏の編集を拝見いたしました。主に「恩賜」を「御賜」に置き換える、括弧書きで追記する編集を行っておられるようです。

さて「御賜」という言葉が、例えば「恩賜の短剣」や「恩賜の軍刀」や「恩賜の銀時計」に刻まれていることは承知しております。一方で、上記のような品物は「恩賜品」と呼ぶのが普通であり(多数の文献にそう記載されております)、私の手元にある文献ですと、「秦郁彦 編著『日本陸海軍総合事典』(第2)東京大学出版会、2005年。 」をざっと確認した限りでは「恩賜」という言葉で統一されているようです。手元にある国語辞典「広辞苑 第5版」では、「恩賜」は立項されており「天皇・主君から賜ること。」と定義されておりますが、「御賜」は立項されておりません。

短剣や軍刀や銀時計を優等卒業者に天皇が授けることを、天皇の視点では「御賜」(天皇の署名と捺印を「御名御璽」と表現するのと同じ)、拝受者の視点では「恩賜」になり、世間一般で使われる言葉(広辞苑に載るような言葉)は、拝受者の視点での表現である「恩賜」だけになる、ということではないでしょうか。

ウィキペディアの編集については「Wikipedia:独自研究は載せない」という方針があり、編集には「Wikipedia:信頼できる情報源」を満たす出典が求められております。冒頭で述べた、Amagiri氏の、「恩賜」を「御賜」に置き換える、括弧書きで追記するような編集について、出典は提示されていないようです。出典がない編集は「独自研究」として除去されるのはご承知と思います。

Amagiri氏のお考えをお聞きしたく、よろしくお願いいたします。--Pooh456会話2017年10月13日 (金) 08:50 (UTC)[返信]

ご意見恐れ入ります。私蔵の複数品を含め、いわゆる恩賜品自体には揃って御賜の表記であることから一連の編集を行っておりました(蛇足ではありますが、かつて複数の陸士航士予士卒業者の方と恩賜・御賜表記について交歓した際のある会話も理由となります)。もちろん何れも正規の出典として到底認められるものではありませんので、後ほど修正させていただきます。申し訳ありません。--Amagiri会話2017年10月13日 (金) 09:44 (UTC)[返信]
誠意あるご回答を頂き、早々に記事の修正を実施して頂き、誠に有難うございました!それでは失礼いたします。--Pooh456会話2017年10月13日 (金) 11:42 (UTC)[返信]

三八式歩兵銃の画像の除去について[編集]

こんにちは。あなたは三八式歩兵銃から画像:Pacific War US Propaganda Leaflet No.33-J-1(back).jpgを除去されましたが、どのような理由で除去されたのでしょうか? 全く説明が無く合点がいきません。この件に付きご説明願います。--Y.haruo会話2018年3月7日 (水) 18:43 (UTC)[返信]

こんにちは。件の画像が置かれていた運用のセクションですが、他画像が三八式歩兵銃自体の実物画像または演習地戦地における当時の三八式歩兵銃の運用を撮影したものであり、運用を詳述する同セクションに対して特に適しているのに対し、除去しました画像は単純な伝単画像であり、また画像サイズが過大かつ設置場所も不適当でPC閲覧時に問題があると感じたためです。しかし一方で独善的ともとれる編集であったことお詫び申し上げます。伝単画像の内容は下の各国との比較サブセクション内容と一部重なるものであるため、同サブセクションへの移転等でも宜しいでしょうか?最後になりますが、当方はwikipediaは毎日確認しているわけではないため、こちら返答が遅れましたこと重ねてお詫び申し上げます。対話拒否者でも荒らしでもありませんことはどうぞご理解ください。--Amagiri会話2018年3月10日 (土) 12:31 (UTC)[返信]

私が当画像を「運用」に置いたのは記事には支那事変までの画像しかなく、太平洋戦争でも使われていたことを示している写真が無いため「運用」に配置したものです(『諸君の使って居られる~』)。文字が読めなければ意味が有りませんから、読めるであろうギリギリの大きさで掲載しており記事中の文字より画像の文字が小さいことはお分かりいただけると思います。また、伝単といえども当時の米軍の三八式に対する見解や、それを宣伝工作として利用したことを認識出来る貴重な資料です。画像を除去する必要性は全く感じません。画像を「各国との比較」に移動するのであれば反対はしませんが、文字が読めなくなるのでサイズを小さくするのには反対です。--Y.haruo会話2018年3月10日 (土) 21:38 (UTC)[返信]

貴重なご意見として今後の参考とさせていただきます。--Amagiri会話2018年3月12日 (月) 04:13 (UTC)[返信]

「陸軍特種船」なのか「陸軍特殊船」なのかについて[編集]

記事名「陸軍特種船」について、元々は記事名が「陸軍特殊船」で冒頭で「特殊船」で「特種船とも呼ばれる」という記述だったのですが2013年9月のあなたの編集によって、冒頭が「特種船」で「俗称は特殊船」という記述になりました。あなたの編集を根拠に私が記事「陸軍特殊船」から「陸軍特種船」への改名提案を行い、1週間異論がなかったことで改名を実施しましたが、その直後からノート:陸軍特種船で「陸軍特種船」という記事名に異論が出て、「陸軍特殊船」へ戻す意見が出ました。なので、冒頭が「特種船」で「俗称は特殊船」という記述をしたAmagiriさんの意見を聞くために、この会話ページに投稿しました。

意見があるのでしたらノート:陸軍特種船でメッセージを待ってます。といっても約5年前の2018年7月を最後に編集を止めていますので、Amagiriさんから意見を聞くのは難しいと考えていますが。--東の風雨会話2023年3月22日 (水) 11:08 (UTC)[返信]