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下書き1:アルゴス王の一覧
[編集]アルゴス王の一覧より (List_of_kings_of_Argos21:12, 3 September 2017を翻訳)
アルゴス王の一覧は、古代ギリシアにおける都市国家アルゴスの君主の一覧。 恐らくこれらのほとんどは神話的、または半歴史的なものである。このリストはカエサレアのエウセビオスによる資料に基づく。
イーナコス朝
[編集]- イーナコス(アルゴス地方を流れるイーナコス河の河神。この地の最初の王。)
- ポローネウス(イーナコスの子。ポローネウスこそが最初の王だったとも。ペロポンネーソス全土を支配した。)
- アーピス(ポローネウスの子。横暴な僭主となり、策謀によって殺害された。)
- アルゴス(ゼウスとポローネウスの娘ニオベーとの子。彼によってペロポンネーソスの王国はアルゴスと名付けられた。)
- クリアーソス(アルゴスの子)
- ポルバス(アルゴスまたはクリアーソスの子)
- トリオープス(ポルバスの子)
- ヤソス(ポローネウス、アルゴス、百眼の巨人アルゴス、トリオープスのいずれかの子)
- アゲーノール(トリオープスの子)
- クロートポス(アゲーノールの子)
- ステネラース(クロートポスの子)
- ゲラーノール(ステネラースの子。ダナオスに王座を譲った。)
ダナオス朝
[編集]- ダナオス(エジプト王ベーロスの子。50人の娘ダナイデスを持つ)
- リュンケウス(アイギュプトスの子。ダナオスの娘ヒュペルムネーストラーと結婚した)
アバース朝
[編集]- アバース(リュンケウスの子)
- プロイトス(アバースの子)
- アクリシオス(アバースの子。プロイトスと双子の兄弟。彼らは母の胎内にいるときからライバルだった。アクリシオスはプロイトスを倒し、追放したが、後に王国を分け合い、彼にはティーリュンスと東部アルゴスを与えた。)
- ペルセウス(ゼウスとアクリシオスの娘ダナエーとの子。ペルセウスはアルゴスを統治せず、ティーリュンスの王メガペンテースと国土を交換し、ミュケーナイの都市と王国を確立した。)
- メガペンテース(プロイトスの子)
- アルゲイオス(メガペンテースの子)
アナクサゴラースの系譜
[編集]- アナクサゴラース(アルゲイオスの子、あるいはメガペンテースの子。アルゴスを三つに分けた。メラムプースとビアース(メラムプースの兄弟)に国土の3分の1ずつを与え、アナクサゴラースの系統は中央の地域を支配し続けた。)
- アレクトール(アナクサゴラースの子)
- イーピス(アレクトールの子)
- ステネロス(イーピスの娘エウアドネーとアレクトールの子カパネウスとの子。アムピロコスの死によってメラムプースに与えられた国土は戻された。)
- キュララベース(ステネロスの子。キュアニッポスの死によってビアースに与えられた国土は戻され、アルゴスを再統一した。死後、王座はオレステースが引き継いだ。)
メラムプースの系譜
[編集]- メラムプース(アルゴスの女たちの狂気を治療し、国土を得た。)
- アンティパテース(メラムプースの子)
- オイクレース(アンティパテースの子)
- アムピアラーオス(オイクレースの子)
- アムピロコス(アムピアラーオスの子。死後、国土はステネロスが引き継いだ。)
ビアースの系譜
[編集]- ビアース(兄弟のメラムプースがアルゴスの女たちの狂気を治療し、国土を得た。)
- タラオス(ビアースの子)
- アドラーストス(タラオスの子)
- ディオメーデース(アドラーストスの子アイギアレウスが戦死したため、娘のアイギアレイアの夫ディオメーデースが王座を継いだ。しかしディオメーデースがトロイア戦争に出征している間に、妻がステネロスの子コメーテースと不倫し、戦争後アルゴスから追放された。)
- キュアニッポス(アイギアレウスの子、アドラーストスの孫。死後、国土はキュララベースが引き継ぎ、アルゴスは統一された。)
ペロプス朝
[編集]- オレステース(ミュケーナイの王アガメムノーンの子。ミュケーナイ、スパルタ、アルゴスの王座を得た。)
- ティーサメノス(オレステースの子。ミュケーナイ、スパルタ、アルゴスの王。ヘーラクレイダイに王座を奪われた。)
ヘラクレス朝
[編集]- テーメノス(ヘーラクレイダイの1人で、アリストマコスの子。アルゴスを支配した。マケドニア王国を建国したカラノスの父。)
- Pheidon_I(テーメノスの子。)
- デーイポンテース(テーメノスの娘ヒュルネートーの夫。)
- ケイソス(テーメノスの子。テーメノスは息子がいたにもかかわらずデーイポンテースに王国を残した。これにより、デーイポンテースはテーメノスの息子たちの計略によって殺害され、長男のケイソスが王位についた。この時代よりアルゴス市民は自治権を訴えるようになり、王の権力は衰え、治世の終わりにはケイソスは名前だけの王になった。)
- メドーン(ケイソスの子。王の大権は国民の自治のため最小限に制限されていた。)
- Maron(ケイソスの子)
- Thestros(Maronの子)
- AkoosまたはMerops(Thestrosの子)
- Aristodamidas(AkoosまたはMeropsの子)
- Eratos
- Pheidon II(Aristodamidasの子)
- Damokratides
- 不明
- Lacidaus(Lacidamos)(Pheidonの子)
- Meltas(Lacidamosの子)
テーメノスの死後、王の大権は減少し始めた。王位はケイソスからLacidaus(Lacidamos)まで継承したが、肩書き以外のものはほとんどなかった。これを歯痒く感じたMeltasは古来の尊厳を取り戻そうと画策したが、それには時が遅すぎた。既に民衆の力は強大であったため、計画を発見すると、すぐに王権を終わらせ、政府を民主主義に転換し、Meltasを処刑した。
Meltasの後、王権は歴史的な時代にも残ったが、政治権力は無かった。唯一の例外は独裁王Pheidonである。
非ヘラクレス朝
[編集]- Aigon
参考文献
[編集]- Felix J., "Die Attische Königsliste," Klio 3 (1902), 406-439.
下書き2:馬術について
[編集]馬術についてより (On_Horsemanship 06:06, 13 January 2018 を翻訳)
『馬術について』(古典ギリシア語:Περὶ ἱππικῆς, peri hippikēs)は、古代ギリシアの軍人・著述家であるクセノポンによる馬術に関する2つの著作のうちの1つである。もう一方の著作は『騎兵隊長について』(古典ギリシア語:Ἱππαρχικὸς, hipparchikos)である。
『馬術について』では一般的な馬の選び方やケア、訓練について記されている。軍の訓練と騎兵隊長の任務については『騎兵隊長について』で述べられる。
歴史
[編集]紀元前350年頃に書かれたクセノポンのこの著作は、1931年にベドジフ・フロズニーが紀元前1360年頃にミタンニ王国のキックリによって書かれたヒッタイト語の文書を発表するまで、あらゆる資料の中で現存する最古の馬術書と見なされていた。 クセノポンが本著で二度言及しているアテネのシモンによる著作と同じように、プリニウスによる馬術についての著作も失われたと考えられる。しかしながらシモンの著作の一部は残存しており、これらは1912年にFranz Rühlによって出版された。
内容
[編集]第1章:若馬の購入
[編集]クセノポンは軍馬として馬を購入する際、何を調べるべきか詳述している。彼は特に健全さを重要視することを説いている。詳細は次のとおり。
- 分厚い蹄と、地面から離れた蹄叉(ていさ)。
- 繋(つなぎ)の角度はあまりまっすぐ直立していてはいけない。騎手を激しく揺さぶり、痛みを引き起こすためである。臥せた繋もいけない。駈けたときに球節を地面に打ち付けたり、岩で切ったりするためである。
- 骨太の管(かん)。
- 前膝(手根関節)の屈曲が良いこと。馬が躓いたり倒れたりする可能性が低いためである。
- 筋肉がしっかり付いた太い前腕(ぜんわん)。
- 広い胸部。脚が干渉しにくく、見栄えも良いため。
- 高い位置にあり、上向きに掲げられた首。クセノポンはこれによって、馬は正面にあるものをより見ることができ、更に馬は頭を下げるのが難しくなるためライダーを圧倒することはできないと信じていた。
- 小さな顎骨、柔らかい口、そして良好な視覚のため目が張り出した頭部の骨格。
- 大きな鼻孔。良好な呼吸と獰猛な見栄えのため。
- 大きな首筋と小さな耳。
- 馨甲(きこう)が高いこと。騎手を支え、肩と身体との良好な結合を与える。
- 二重の背(背骨の両脇の肉が盛り上がっていること)は、騎乗がより快適であるだけでなく、より可愛らしい。
- 深く丸みを帯びた側面は、騎手はより簡単に踏み止まることができ、馬も食物の消化がより良くできる。
- 幅広く短い腰。馬が前半身を持ち上げ後半身を踏み込むことで長い腰よりも強くなる。(クセノポンは馬の収縮を説明している)
- 筋肉質でしっかりした下肢は速度も速い。
- 下腿と臀部はよく分かれ、そのため馬は後ろに立ち、よりバランスがとれ、誇りのある佇まいを与えることができる。
- 大きな睾丸はよくない。
クセノポンは読者に子馬の身長を予測するためには管を見るよう指示している。
興味深いことに、クセノポンの提案の多くは今日でも競技馬を選ぶ際に適用されている。
第2章:若馬の訓練
[編集]第3章:既調教馬の購入
[編集]第4章:馬の世話とは
[編集]第5章:馬の手入れ
[編集]第6章:馬丁に対する助言
[編集]第7章:騎手に対する助言
[編集]第8章:上級訓練
[編集]第9章:活発な騎乗と鈍い馬
[編集]第10章:立派な姿勢、ハミについて
[編集]第11章:式典に臨む馬を作る
[編集]第12章:武装について
[編集]関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- ギリシャ語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:Περὶ Ἱππικῆς
- On Horsemanship(ペルセウス電子図書館にある原文と英訳)