副島大助
副島 大助 | |
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生誕 |
1890年2月14日 日本 佐賀県 |
死没 | 1974年4月19日(84歳没) |
所属組織 | 大日本帝国海軍 |
軍歴 | 1910年 - 1945年 |
最終階級 | 海軍中将 |
副島 大助(そえじま だいすけ、1890年(明治23年)2月14日[1] - 1974年(昭和49年)4月19日[1])は、日本の海軍軍人。最終階級は海軍中将。位階勲等は正三位勲一等[2]。
経歴
[編集]佐賀県出身[1]。1910年(明治43年)7月、海軍兵学校第38期を卒業し[1]、1911年(明治44年)12月に海軍少尉に任官した[2]。呉海軍工廠艤装員[2]、「扶桑」「生駒」各乗組などを経て[2]、1916年(大正5年)、海軍大尉進級と同時に海軍大学校乙種学生となり[2]、1917年(大正6年)5月に海軍砲術学校高等科学生となった[2]。次いで「浅間」「鹿島」各分隊長[2]、「伊吹」副砲長兼分隊長などを経て[2]、1921年(大正10年)12月に海軍大学校甲種学生(第21期)となった[2][1]。1922年(大正11年)12月に海軍少佐に進級し[2]、1922年(大正12年)10月に「長門」副砲長兼分隊長に就任した[2]。1924年(大正14年)1月に軍事参議官副官兼海軍省副官となり[2]、井出謙治大将に仕え[2]、同年6月に海軍省副官兼海軍大臣秘書官に転じた[2]。その後は練習艦隊司令部附兼参謀[2]、海軍兵学校教官兼監事を経て[2]、1927年(昭和2年)12月に海軍中佐進級と同時に海軍省教育局局員に着任した[2]。1930年(昭和5年)12月に「長門」副長に転じ[2]、1931年(昭和6年)12月に海軍大佐に進級した[2][3]。
欧米出張を経て[2][3]、1932年(昭和7年)11月に「多摩」艦長に就任し[2]、1933年(昭和8年)11月、「八雲」艦長に転じ[2]、1934年(昭和9年)2月に海軍兵学校教頭兼監事長に着任した[2]。1936年(昭和11年)12月に横須賀海兵団長に転じ[2]、1937年(昭和12年)12月に海軍少将に進級した[2][3]。1938年(昭和13年)2月に横須賀鎮守府参謀長に就任し[2]、1939年(昭和14年)11月に広東方面特別根拠地隊司令官(第2遣支艦隊[4])に任ぜられ[2]、同方面に出動した。1941年(昭和16年)10月に海軍中将に進級し[2][3]、11月には水路部長に就任した[2]。1943年(昭和18年)6月には第2遣支艦隊司令長官に親補され[2]、太平洋戦争に出征した[1]。1945年(昭和20年)4月25日に軍令部出仕となり[2]、9月6日に予備役に編入された[2]。
1947年(昭和22年)11月28日、公職追放仮指定を受けた[5]。
年譜
[編集]- 1910年(明治43年)7月18日 - 海軍兵学校卒業、笠置乗組[2]
- 1911年(明治44年)
- 1912年(大正元年)12月1日 - 海軍水雷学校普通科学生[2]
- 1913年(大正2年)
- 1914年(大正3年)10月19日 - 呉海軍工廠艤装員[2]
- 1915年(大正4年)
- 1916年(大正5年)12月1日 - 海軍大尉、海軍大学校乙種学生[2]
- 1917年(大正6年)
- 1918年(大正7年)12月1日 - 鹿島分隊長[2]
- 1919年(大正8年)12月1日 - 伊吹副砲長兼分隊長[2]
- 1920年(大正9年)12月1日 - 海軍砲術学校教官兼副官[2]
- 1921年(大正10年)12月1日 - 海軍大学校甲種学生[2]
- 1922年(大正11年)12月1日 - 海軍少佐[2]
- 1922年(大正12年)10月15日 - 長門副砲長兼分隊長[2]
- 1923年(大正13年)
- 1924年(大正14年)
- 1925年(大正15年)2月1日 - 練習艦隊司令部附兼参謀[2]
- 1927年(昭和2年)
- 1930年(昭和5年)12月1日 - 長門副長[2]
- 1931年(昭和6年)12月1日 - 海軍大佐、横須賀鎮守府附[2]
- 1932年(昭和7年)
- 1933年(昭和8年)11月15日 - 八雲艦長[2]
- 1934年(昭和9年)2月20日 - 海軍兵学校教官兼監事長[2]
- 1936年(昭和11年)12月1日横須賀海兵団長[2]
- 1937年(昭和12年)12月1日 - 海軍少将[2]
- 1938年(昭和13年)12月1日 - 横須賀鎮守府参謀長[2]
- 1939年(昭和14年)11月15日 - 広東方面特別根拠地隊司令官[2]
- 1941年(昭和16年)
- 1943年(昭和18年)6月21日 - 第2遣支艦隊司令長官[2]
- 1945年(昭和20年)
脚注
[編集]- ^ a b c d e f 福川 2000, 218頁.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg bh bi bj bk bl bm bn bo bp bq br bs bt bu bv bw 海軍歴史保存会 1995, 287頁.
- ^ a b c d 外山 1981, 148頁.
- ^ 坂本、福川 2003, 257頁.
- ^ 総理庁官房監査課編『公職追放に関する覚書該当者名簿』日比谷政経会、1949年、「昭和二十二年十一月二十八日 仮指定者」69頁。
参考文献
[編集]- 福川秀樹 編著『日本海軍将官辞典』芙蓉書房出版、2000年。ISBN 482950272X。
- 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 海軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500034。
- 坂本正器、福川秀樹 編著『日本海軍編制事典』芙蓉書房出版、2003年。ISBN 4829503300。