副島有年
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副島有年(そえじま ありとし、1926年5月12日 - 1999年4月21日)は、日本の大蔵官僚。
来歴
[編集]東京府東京市豊島区出身[1]。1944年に東京高等師範学校附属中学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。1950年1月 国家公務員試験(行政職、法律職)を合格[2]。同年 東京大学法学部政治学科卒業。大蔵省入省。大臣官房兼大臣官房財務官室[2]。1952年9月 外務省在中華民国大使館外交官補。その後は主計局法規課長補佐、主計官司計課長補佐、主計局主計官補佐(公共事業係)、同(防衛係)などを務め、1962年6月から1968年5月までの約5年間、国際通貨基金(IMF)で勤務する。1977年6月17日 理財局次長(旧理財担当)。1978年6月17日 関税局長。1979年7月10日 外務省駐米国大使館公使。1981年4月20日 退官。同年8月より日本ヒルトン社長、その後同会長[1]。1999年4月21日 肺炎で死去[1]。
職歴
[編集]- 1950年4月:大蔵省入省。大臣官房 兼 大臣官房財務官室。
- 1952年3月:総理府外国為替管理委員会為替課。
- 1952年8月:為替局。
- 1952年9月:東京国税局調査査察部調査第五課。
- 1952年9月:外務省在中華民国大使館外交官補。
- 1955年2月:為替局調査課。
- 1957年3月:為替局調査課長補佐。
- 1957年9月:主計局法規課長補佐。
- 1958年8月:主計局司計画課長補佐。
- 1959年8月:主計局主計官補佐(公共事業係)。
- 1961年7月:主計局主計官補佐(防衛係)。
- 1962年6月:国際通貨基金(IMF)アジア局。
- 1964年9月:国際通貨基金(IMF)財政局。
- 1965年10月:国際通貨基金(IMF)リベリア共和国財政顧問。
- 1966年2月:国際通貨基金(IMF)財政局。
- 1968年5月:大臣官房付。
- 1968年6月:大臣官房参事官(大臣官房担当)。
- 1970年11月:世界銀行東京事務所長。
- 1975年8月1日:大臣官房審議官(大臣官房大臣)。
- 1976年6月18日:銀行局保険部長。
- 1977年6月17日:理財局次長(旧理財担当)。
- 1978年6月17日:関税局長。
- 1979年7月10日:外務省駐米国大使館公使。
- 1981年4月20日:退官。
関連項目
[編集]脚注
[編集]官職 | ||
---|---|---|
先代 戸塚岩夫 |
大蔵省関税局長 1978年 - 1979年 |
次代 米山武政 |
先代 田中敬(事務取扱) |
大蔵省理財局次長(旧理財担当) 1977年 - 1978年 |
次代 吉本宏 |
先代 山橋敬一郎 |
大蔵省銀行局保険部長 1976年 - 1977年 |
次代 貝塚敬次郎 |
先代 新設 |
世界銀行東京事務所長 1970年 - 1975年 |
次代 前田多良夫 |