加納久堅
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時代 | 江戸時代中期 |
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生誕 | 正徳元年(1711年) |
死没 | 天明6年8月24日(1786年9月16日) |
官位 | 従五位下・近江守 |
幕府 | 江戸幕府 大番頭、奏者番、若年寄 |
藩 | 紀伊和歌山藩士→伊勢八田藩主 |
氏族 | 加納氏 |
父母 | 父:加納政信、養父:加納久通 |
妻 | 立花貫長の娘 |
子 |
久致、娘(京極高品室)、 養女:禎(松平信礼の娘・加納久周室)、 養子:久周 |
加納 久堅(かのう ひさかた)は、伊勢国八田藩主。官位は従五位下・近江守。一宮藩加納家2代。紀州藩士・加納政信の子。
生涯
[編集]正徳元年(1711年)、紀州藩士・加納政信の五男として生まれる。元文4年(1739年)に廃嫡された従兄の八田藩世子加納久武に代わり、叔父の藩主加納久通の養子となった。
宝暦元年(1751年)、大番頭となる。宝暦13年(1763年)、奏者番、従五位下・近江守。
明和4年(1767年)、若年寄となる。寛延元年(1748年)、養父である久通が死去したため、家督を相続する。その後、長男・久致が早世したため、大岡忠光の次男・久周を養子に迎え、松平信礼の娘を養女として嫁した。
天明6年(1786年)、死去。享年76。養嗣子の久周が家督を継いだ。
系譜
[編集]父母
正室
- 立花貫長の娘
子女
養子女